ミミックNPCと遭遇!【後編】
「さあ、出たよ」
「!」
エルミーさんが斧を田んぼの上空へと向ける。
カァ、カァと鳴きながら現れたカラスの姿のモンスター。
目玉のない、ゾンビカラス。
見た目は序盤モンスターの中ではトップクラスで気持ち悪いと言える。
「襲ってきた時に叩き落とす戦法で──」
「いくよ! 烈空大回転斧!」
「は?」
大きく足を開いて体の軸を固定させ、振りかぶった大斧を……空へとぶん投げたぁっ!?
回転しながら宙を飛ぶ大斧。
ゾンビガラスは触れてもいないのに、空圧かなにかで引き裂かれていく。
一気に十羽くらい光になって消えた!
「!」
そして私の顔の横にカウンターが現れた。
【11】と書かれている。
多分、今倒したゾンビガラスの数だと思う。
「……い、一気に十一羽……!」
「斧のねーさん!」
「ん? おお、あいよ! 行きな!」
がし、っとブーメランのように戻ってきた。
エルミーさんはそれをキャッチして、突然後ろを向いて斧を手前に両手で持つ。
チナツくんがエルミーさんへ向かって助走をつけ、駆け出す。
ま、待って待って待って!
この二人、一体なにをしようと——!
「おら!」
「とぁ!」
二人の掛け声が重なる。
エルミーさんの持つ斧の柄にチナツくんが飛び乗り、その瞬間、エルミーさんが腕を空へと向けた。
飛び上がるチナツくん。
目を丸くした。
チナツくんが腰の刀を引き抜いた瞬間、襲ってきたゾンビガラスたちは真っ二つに叩き切られる。
しかも田んぼはプレイヤー立ち入り禁止なので、透明な壁のようなものに阻まれるはず。
でも、チナツくんはその壁を蹴り飛ばし、さらにゾンビガラスを斬り続ける。
「マジかあの坊や! やるじゃん!」
エルミーさんが叫ぶ。
私の横にあったカウンターが【23】から【26】……【30】……あ、あわわわわわ……!
なにこのカウンターのスピード〜!?
「っていうか、どうやって降りてくる気なのかな。一応落下死亡あるよ、このゲーム」
「「えええぇっ!?」」
ケロッとエルミーさんが豆粒のようになったチナツくんを見上げながら呟く。
なにそれ、あんな高さから落ちたら死んじゃう!
「チナツく——!」
声をかけようとした時、なんとなくぽちぽち、と電子音が聞こえるような?
空から?
チナツくん?
え? まさか……?
「覚えた」
そんな言葉が聞こえた気がする。
そして、次の瞬間。
「光刃斬!」
キラ、と光。
ゾンビガラスたちは相変わらずどんどんポップしていたが、その光を浴びた瞬間HPが一気にゼロになっていく。
カウンターは……【45】を回る。
た、た、倒した? 今? 今の、まさか刀スキル?
あんな高いところに登って、落下しながらスキルツリーをいじって覚えたの!?
「ほうっと!」
ようやく顔が見えるほどに落ちてきたチナツくん。
最後にまた、ゾンビガラスを回転しながら斬り裂いて着地……。
カ、カウンターが【49】に……!
「あ、あっという間に……」
「本当です、ね……あ!」
「え? わ、わぁあっ!」
私と一緒にぽかーん、としていたバアルさんがカウンターを覗き込んできた。
まったくだ、早すぎる。
これがPSの差でこんなに違うのか、とちょっとへこみそうだったけど、バアルさんの頭上に飛んできたゾンビガラスが!
コツコツコツコツと頭を突かれるが……視認出来るダメージは『0』。
『0』がコツコツの音とともに現れては消えていく。
シュ、シュール……。
「っ……いたく、ない?」
「ダ、ダメージ0ですから……」
「ほ、ほんと……どぅああぁっ!?」
「!?」
頭上から、バアルさんをコココココっと突いていたゾンビガラスが横に叩き斬られて飛んでいく。
その切っ先はバアルさんの鼻をすれすれで掠めていった。
私の顔の真横にあったカウンターが【50】になるよりも、そちらの方に驚く。
「終わったよ」
にこーっと、なんて事もないように言い放つチナツくんが、怖い。
尻餅をつくバアルさん……無理もない、あんな至近距離で刀を振られたのだ。
カウンターは確かに目標であった依頼数に達している、けれど……。
「う、うん……は、は、はは、は、はや、早いね……」
言葉が……あまりのスピードと、PSの差に、色々、うまい言葉が出てこない。
そ、そもそも、立ち入り禁止区間への壁を使うという発想、それを使ってあんなに高く登り、挙句モンスターまで倒すという実力、度胸、実行力……いくらゲームの中とはいえ、やる?
普通、やる!? 出来る!?
そして、クエストが終わるとモンスターは消えていく。
いや、もう、なんか、なんかさぁ!
「きゅー……」
「くぅーん……」
「あ、ああ、あんことだいふくの活躍は、また今度という事で……」
「きゅぅーん……」
「くーん……」
二匹を抱っこする。
も、もう……なんというスピードクリア。
バアルさんの『棒』のスキルツリーを覚えさせて、『杖』まで開放出来たらと思ってたのに、チナツくんがとんでもない強さ……。
「そういえばチナツくん、刀のスキルツリー、覚えたの?」
「うん、いくつか開放もしたー」
「は? せ、戦闘中に?」
「うん」
あ、やっぱりあのぽちぽちいってた電子音はそうたったのか。
バアルさんと顔を見合わせる。
わ、私とバアルさんは多分そこそこゲームをやってると思う。
でも、チナツくんは多分、一つのゲームをやり込んでいるタイプだ。
その、『舞剣乱闘オンライン』って、よっぽどPSが必要なゲームなんだな。
まあ、だとしても不慣れなゲームで他のゲームみたいに振る舞えるのはちょっと本気で変な人だと思うけど!
システムとか丸ごと違ってたら、あんな事で出来ないと思うよ!
無茶無謀!
「さて、と……クエストクリアしたらどーすんの?」
「え、あ……依頼人に報告するんだ。それで報酬をもらって終わり」
「じゃあさっきの人のとこに戻るんだな! いえーい、いこーう!」
「ちょ、ちょっとチナツくん……! ……もう……」
そういえば、報酬とかどうしたらいいんだろう?
たしか報酬は百円だった。
十羽で百円なら五十羽で五百円くらいになるのかな?
三人……いや、四人で分けると一人百二十五円……地味にめんどくさいな!
「……なんかあの子、プレイヤーっぽくないね……」
「……え、あ……えーと……ちょっと変な事情の子で……エージェントプレイヤー……を目指してる的な……?」
「え! ……何それどういう事?」
「…………」
なんで私がチナツくんの事情を説明しなきゃいけないんだろう。
NPCっぽくないNPCは多いけど、ミミックとはいえNPCにプレイヤーっぽくないと言われるチナツくん……。
あの子、本当にお姉さんを探す気があるのだろうか。
「——というわけらしいです」
「へー、なるほど。……変わった事情だね」
「はい……」
ですよね!
「でもエージェントって一応研修受けなきゃいけないんだよ」
「え! そうなんですか?」
「あ、うん! 今度の日曜日研修って言われた!」
「先に受けた方が良いんじゃないの……?」
「今度でいいなら今度で良くない?」
「…………」
何を言っても無駄っぽい。
しかし、エルミーさんは「けど実力はガチっぽいよね」と呟く。
……まあ、確かに。
刀自体、多分そもそも難しい武器だと思う。
それをああも簡単に使いこなしてる辺り、刀に関するPSは元からかなり高いのだろう。
エージェントプレイヤーに適している、かどうかは話が別だと思うけど、エージェントプレイヤーとしてやっていく実力はある、と判断されたのは頷ける。
でもやはり性格が……。
「私、このあとご飯だからログアウトするけど……君たちはどうするの?」
「あ、もう六時なんですね……」
ステータス画面の横に出る時計で時間を確認すると夜の六時。
夕方の風景は、やや藍色が濃くなっている。
チナツくんは夜の十時までと言われてるけど、リアルにある体が保護されていないのであれば戻ってご飯は食べるべき。
私たちもステータス『空腹』に近づきつつあるから……。
「そうですね、今日はここまでにして宿舎に戻ります。……その、危険なプレイヤーはまだ捕まりそうにないんですか?」
「どうだろうね。みんな頑張ってるけど……。結構気配消すスキルが高いからねー。『コレフェル』に行くとそういうスキル伸ばさないと、秒殺されるらしいから」
「…………」
気配消すスキルがないと秒殺……。
『コレフェル』ってそんなに恐ろしいところなのか。
ううぅ、行く事はないけど関わりたくない。
「そ、そうなんですね」
「それでも『桜葉の国』に行くんなら、護衛してあげるよ? あ、私より向いてる奴知ってるから、そいつに頼んであげる」
「……その方もエージェント、ですか?」
「そう。私も強いけどー、そいつはちょっとだけ……私より強い、かな……」
不服そう。
唇を尖らせて、少しぷんむくれ?
エルミーさんもエージェントとしては十分な強さ、という感じだったけれど……エルミーさんよりも、ちょっとだけ強い人、かあ。
「きょ、今日は宿舎に帰るんですか?」
「そうですね、明日もう少し国境に近づいてみましょう」
「…………」
ほっとした様子のバアルさん。
まあ、出てきてすぐ国境……隣国は不安だよね。
装備的にはまったく問題ないと思うんだけど。
「行くなら連絡しておいてあげる。あいつ、私より時間に融通が効くみたいだから」
「……あ、えっと、それじゃあお願いします」
土曜日と日曜日ならビクトールさんも来ると思うけど……ビクトールさんってこっちが時間を把握していないと、自分のご飯を忘れるんだよね……リアルの方の。
ゲーム初心者あるあるの、時間を忘れてゲームしちゃう……あれ、ね。
「オッケー、じゃあ明日の朝八時に冒険者支援協会の前で待ち合わせにする?」
「はい、それで……」
「うん、じゃ、それで連絡しておく。私ともフレンド登録する?」
「え、良いんですか?」
「良いよ良いよー。だって私、エージェントだもん。それに〜」
「?」
なんだろう?
顔が近い?
「なーんでーもなーい! ……さすがにリアルにプレイヤーの女の子にはお触り禁止だよね〜」
「? え?」
「んーん、なんでもないなんでもない。本当気にしないで。キャリーたんにお願いするから大丈夫!」
「キャリー……キャリーと知り合いなんですか!?」
「うん、君の事はキャリーに聞いたんだよ!」
「!」
もしかして、私が『桜葉の国』に行こうとしてるのを聞いて……?
まだ私の事、気にかけてくれてるんだ……嬉しい。
まあ、他の国へ行くのは寂しいけど、別に帰ってこれないわけじゃないしね!
エレメアンの王都はマッピングどころか、倒されたら戻るところでもあるし!
「それじゃあまた明日、がんばってね! 私は平日休みが多いから、私がログインしてたら声かけてくれて良いからね! 多分そんなに用事ないし! っていうか、なぜか私が声をかけてるプレイヤーは私とパーティー組むの嫌がるんだよねー」
「え? なんででしょうか?」
「得物が危ないってよく言われるー」
「…………。なるほど……」
ぶん回してたもんね……。
初期職を前衛にしているプレイヤーからは……嫌がられるかも。
「……でも、私は後衛の方が楽なので助かります」
「そう? じゃあ、ほんと! いつでも呼んでね!」
「はい」
新しいエージェントとフレンドになった!