06 野外演習【1】
「そっちへ行ったぞ!ルーク頼む!」
そう言って、完全武装した少年クラウスが叫んだ。
「ああ!爆ぜろ!」
ルークがそれに答え、森の木々をかき分け迫り来る大イノシシに向かって火のついた木片を投げつける。
すると、イノシシの目の前でその木片が爆ぜて大きな炎を上げて燃え上がった。
頭を焼かれたイノシシは方向感覚を狂わせ、そのまま勢いよく木に激突した。
「今だ!」
ルークがそう叫ぶと、衝撃でフラつくイノシシの横から細剣を構えたルーナが飛び出し、裂帛の気合いと共に刺突でイノシシのこめかみを貫いた。
高濃度の魔力によってほのかに光を帯びた細剣はイノシシの頭蓋を易々と突き抜け、脳を破壊されたイノシシはその巨体を揺らしドンッという大きな音をたて倒れ伏した。
完全に生き絶えたことを確認するため、三人は倒れたイノシシの元に集まる。
そして確かに獲物が死んでいることを確認し、ホッと一息ついた。
しかし、獲物を仕留めてわずかに気が緩んだルークたちを、茂みに隠れて監視している五体のゴブリンたちがいた。
ゴブリンとは亜人種と呼ばれる人型生物の一種で、知能も体格も人間の子供ほどしかない弱小種族だ。
しかし、彼らは武器や道具、簡単な戦術などを使う種族で、個として人間より弱くとも決して侮ってはならない言われている種族でもある。
ゴブリンは各々異なる種類の粗末な防具に石や魔獣の骨でできた武器を装備していた。
そしてその醜悪な顔をさらに歪め、弓兵らしきゴブリンの一体が茂みから密かにルークたちに狙いも定める。
そして、今や矢を放ち不意打とうとしたところに、そのゴブリンの頭に突然矢が突き刺さった。
何の前触れもなく頭を射抜かれ倒れた仲間の姿を見て、他のゴブリンたちが動揺する。
さらに戸惑う他のゴブリンたちの頭にも次々と矢が刺さり、五体いたゴブリンが瞬く間に全滅した。
「三人とも気を抜くな。ここはもう人外の領域だぞ」
ゴブリンの倒れる音でこちらに気づき駆けつけたルークたちに、木立の上で周囲の警戒をしていたアーノルドがひらりと飛び降りてそう忠告した。
アーノルドの指摘に、ルークたちも非を認めて謝り気を引き締め直そうとする。
しかし、そんな会話をしているルークたちの背後の茂みにもゴブリンたちの生き残りがいた。
先ほどの五体とは反対側の茂みに潜み、より離れた距離で気配を殺していたためアーノルドの索敵を外れていたのだ。
ゴブリンは粗末な弓を引き絞り、仲間を殺したらしきアーノルドを狙う。
だが、そのゴブリンの後ろでフッと景色が歪んだかと思うと、銀光を煌めかせた抜き身のナイフが一瞬のうちにゴブリンの喉を掻き切った。
「惜しかったなぁゴブリンちゃん。もう少しだったのに。俺のこと、気づかなかっただろ?……って、もう聞いてねーか」
そう言ってゴブリンを仕留めたフランクは、血塗れのナイフを拭いながらルークたちの元へ向かった。
「おーいアーノルド、お前もやばかったぞ?俺がいてよかったなぁ。感謝してくれてもいいぜ?」
そう言って血糊を落としたナイフを腰裏の鞘にしまいながら、フランクがルークたちの元へ姿を現した。
「っ!?フランクか。すまん、討ちもらしたようだ。ありがとう」
アーノルドはそう言って出てきたフランクに驚き、自身にも油断があった事に気づいて素直に感謝を述べた。
「おっ、おう。なんか、素直に礼を言われると困るな。まあいいや、次行こうか」
感謝を受けたフランクは照れ臭そうに笑うと、率先して先頭に立ち森の奥へと進んで行った。
ーーーーーーーーーー
今の状況を説明すると、今日の早朝まで遡る。
平時から訓練兵たちの基地を取り仕切る国軍大佐によって、近々ルークたち訓練兵の卒業試験が行われることが正式に発表された。
卒業試験とは、訓練兵を卒業して新兵となるための大切な試験である。
これに受からないと、いつまでも正式な兵士にはなれない。
卒業試験は訓練兵らのみで班を作り、実際に任務を遂行して実戦を経験するのが主な試験内容であった。
そして、間近に迫った卒業試験に備えるため今日から実戦を踏まえた森での野外演習が開始されたのだ。
ルークやその同期たちも、訓練兵となって早三年近く経つ。
今までにも基地周辺を回って街道付近に出没した魔獣や亜人を狩ったり、訓練用に捕獲された下位の亜人や魔獣を相手に戦い命の危険がある中で生命を奪うような訓練は何度かしてきた。
死者こそ出なかったが、同期の中でも心身に傷を負い再起不能となって訓練兵を辞めてしまった者もいた。
しかし、実際に深い森や山脈地帯などの、一般に亜人や魔獣の生息領域に踏み入って実戦をこなすのはこれが初めての事である。
大佐の激励も終わり教官に後を託されると、教官の号令によって訓練兵たちが班で集合する。
この野外演習に当たる班は、事前に訓練兵たち自身で決められていた。
班を作るのに上限が六人という以外には特に指定がなかったので、ルークたちはいつもの五人で班を作った。
他の訓練兵達はルークたちのように親しいもので集まって組んだり、卒業試験を見据えて戦闘スタイルや実力などを考慮し、バランスの良い班構成になるように集まったりして組み分けられた。
そして全ての訓練兵が班を作り、九つの班が結成される。
教官たちの監督の元、班でまとまって基地から最も近く危険な森へと出立した。
そして、森と目と鼻の先に建造された砦前の野営地に到着し、訓練兵たちは班で別れて演習を開始したのだった。
ーーーーーーーーーー
そして冒頭へ戻る。
森へ入ったルークたちの班は、しばらくして大型のイノシシを見つけ、先の流れでイノシシと計六体のゴブリンを仕留め、順調に森の奥へと探索の足を伸ばした。
クラウスが重戦士として不意な事態にも対応出来るよう盾を構え前衛を担い、先頭を立って歩いて行く。
その横に探索や隠系に優れた遊撃のフランクが並んで歩き、ルーナが軽剣士としてやや後ろの横合いを歩く。
最も索敵に優れたアーノルドが最後尾を歩き、その隣を中距離が得意なルークが固めるといったちょっとした陣形を組みながら、五人は黙々と奥へと進んでいく。
五人班をいつものメンバーで組んだのは、仲がいいからだけが理由ではなく元々全員の戦闘スタイル的にもバランスがよかったからでもあった。
同期でも間違いなく最も実力ある班となったルークたちは、順調に森を探索していった。
今日の演習の課題は、一つの班で大型の危険指定されている強力な魔獣、あるいは亜人を一体討伐し、その証明部位を持ち帰って生還することだ。
しかし、大事な魔法訓練兵が死んでしまっては元も子もない。
また、いくら危険な森とは言えそんな敵に都合よく出会えるかどうかも確かではないため、必ずしも大型を討伐しなければならないことはない。
故に、かわりに一定数の数の魔獣や亜人を狩れば、それで今回の課題は合格である。
しかし、大型を狩れば大きな加点となるため、ルークたちはより大型と遭遇しやすい森の奥へ進んで敵を探していた。
クラウスを先頭に、索敵に優れたアーノルドが魔法を併用しながら周囲を警戒して進む。
「左前方距離百メートルほどにゴブリンの集団。数は十だ」
アーノルドが、その魔力による高い索敵能力で木々によって視界すら届かぬ遠く離れた先のゴブリンを発見する。
「わかった。みんなそこへ向かうぞ。手筈はいいな?」
この班のリーダーであるクラウスの言葉に、皆異論はないと頷いて従った。
ゴブリンはその高い繁殖能力と残虐性により、発見次第即座に討伐することが推奨されている。
これはあくまで正規兵にとってであり、訓練兵は特にそう言った指定はない。
しかし、今回ルークたちは可能であれば敵を排除すると決めていた。
ここは既に人外の領域であるが、未だ森の浅瀬である。森を出ですぐに砦が、その後ろには街道があり町や村へ続いている。
戦闘経験も積みたいし、できるなら周辺の村々のために敵は減らしておいた方が良いと言う思いから判断してのことだった。
気配を消してゴブリンの集団へ近づくと、物陰に潜んで向こうから接近するのを待つ。
そして、ゴブリンたちが隊列を組んで目の前を通りかかる瞬間、まずはフランクが集団の真ん中に油の入った皮袋を投げ込んだ。
真ん中にいた3体が油に濡れ、なんだ?と、驚いて上を見上げた瞬間、油にやや遅れて投げ込まれた木片が、先ほどと同じ皮袋のところへ落ちた。
「爆ぜろ!」
ルークは叫ぶとともに、魔法で木片についた火種の火力を増幅して一気に炎を発生させた。
木片は勢いよく爆ぜて燃え上がり、油に濡れた三体は火だるまになって焼死した。
周りのゴブリンたちは急に上がった爆炎とそれに焼かれた仲間を見て動揺し、隊列が乱れたところをクラウスとルーナが隠れていた茂みから飛び出して左右から切り込んだ。
クラウスは大剣でなぎ払い、一振りで棒立ちの二体を両断する。
ルーナは細剣で素早く一突きし、一体の心臓を貫いた。
瞬く間に仲間を失った残りの4体のゴブリンたちは、最早戦う意思なく逃げ出そうとしたが、飛来した二本の矢と二振りのナイフによってあっけなくその命を散らした。
十体いたゴブリンを瞬く間に屠った五人は、気を抜かずに周囲を警戒する。
「……大丈夫だ、周囲に敵はいない」
先程の教訓から警戒を高めていたアーノルドの言葉に今度こそ安心した五人は、先ほど倒したゴブリンたちを調べ始めた。
そしてゴブリンからその討伐証明になる部位を剥ぎ取ると、すぐにそこを離れた。
歩きながら周囲を警戒し、再び探索を再開した。