04 午後の格闘戦
午後の訓練は、魔法や戦闘術などの訓練を一通り行なった後、残りの時間を使って実戦形式の戦闘訓練に当てられた。
ルークは自身が苦手な耐久訓練でないことにややほっとしたものの、戦闘訓練は危険もあると気を引き締め直した。
今回行われるのは、一対一での徒手格闘戦だ。
この格闘戦は、何らかの事情で武器のない状態に陥った時でも、ある程度戦えるようにするための大切な訓練だ。
魔法も身体強化と怪我予防のための魔法防御のみの制限で行われる。
目潰しや頭から落とす投げ技など、故意に重傷や命に関わる傷を負わす行為は禁止されているが、あとは大抵なんでもありの真剣勝負だ。
「整列しろ!」
よく通る教官の号令によって、訓練兵たちが駆け足で集合する。
そして、徒手格闘における個人成績によってペアが組まされた。
このペアで戦うのが、この格闘戦の仕様だ。
フランク、ルーク、アーノルドは、それぞれ別々の相手と組まれて分かれているが、クラウスとルーナの二人は同じペアになった。
二人は徒手格闘を含めてあらゆる戦闘技能において同期の中でも特に優れているため、こうした戦闘訓練では一緒になることが多い。
ペアが決定したら、各自訓練場に等間隔で相手と向かい合って並ぶ。
ルークは腰を落として構えながら、目を凝らして対峙する相手を観察する。
十メートルほど距離を置いて離れた先にいる相手は、180センチを超える高身長に、大柄な体格を持つ少年だった。
ルークも身長こそ170センチ中ばほどと低いわけではないが、細身であるため見た目の差はより大きく見える。
その相手は、現在一戦勝ち越されているアンドレイであった。
二人は実力が近いため、格闘訓練ではよく一緒になるのだ。
同期の中ではそれなりに面識がある方で、クラウス達を除けば同期でも親しい間柄だ。
「よおルーク。今日も俺が勝ちをいただくぜ」
「それはないなアンドレイ。もうお前のクセはだいたい見切った。今日は勝たせてもらうよ」
そう言い合いながら、しばらく二人でにらみ合って開始の合図を待った。
「始めっ!!」
教官によって合図がなされると、ルークは素早く踏み込んで一瞬で差を詰め、下からすくい上げるようにボディーブローを放った。
しかし、アンドレイはルークの速攻を物ともせず迫る拳を払いのけると、顔面に向かって容赦ないカウンター突きを放った。
(それは読んでいたよアンドレイ)
ルークはアンドレイのカウンターを懐に潜り込むようにして躱し、体勢を変えながら彼を勢いよく投げ飛ばした。
体格差があるため懐に潜られ一瞬ルークを見失ったアンドレイは、抵抗出来ずに投げられる。
技こそまだ拙いが、魔法で強化された腕力は大柄なアンドレイを軽々と地面と平行に投げ飛ばした。
アンドレイは空中で驚愕しながらも体勢を立て直そうとするが、追撃を加えようと迫り来る逆さ向きとなったルークを見て諦めて防御の構えをとった。
ルークは強化された身体能力で宙を舞うアンドレイに追い付くと、防御の構えをとったアンドレイに全力で跳び蹴りを放った。
アンドレイは魔力の大半を集中させた腕を体の前で交差させてルークの蹴りを迎え撃つ。
「――ッ!」
その後すぐに、自身の腕に走る衝撃に顔をしかめながら、アンドレイはさらに勢いよく蹴り飛ばされた。
何度か地面を跳ねて転がりようやく停止すると、蹴りのダメージで震える腕を上げながら「参った」と降参の意思を告げた。
ルークは油断なく追撃をかけようとしていた拳を下ろし、勝利に沸き立つ心を 一息で抑えると腕を庇って座り込んでいるアンドレイを抱えるようにして立たせてやる。
アンドレイは残念そうながらも、どこか清々しい顔で負けを認め、自身の考えを確認するように問いかけてきた。
「今日はしてやられたよルーク。お前、あえて俺のカウンターを誘ったな?」
その問いかけに、ルークもその通りだと頷いて肯定した。
「ああそうだ。お前は相手の初撃を待ってカウンターを入れる戦い方を好むからな。今まで何回かそれで負けていたし、今回も同じ手でくると思ったんだ。予想通りでその後の流れが綺麗に決まったよ」
ルークの説明に、彼もなるほどなと納得の表情で頷いた。
「それよりアンドレイ。その腕は大丈夫か?」
赤く腫れてしまったアンドレイの腕をみてそういうと、彼は問題ないと腫れた腕を振ってみせた。
「この程度の傷、医療班に頼めばすぐに治療してくれるさ。それよりもルーク、次の対戦の時は覚悟しておけよ。さっきの手も二度目はない。次は俺が勝たせてもらうぞ」
彼はそう言って挑戦的に笑うと、ルークの肩を叩いて医療班の待機する仮設テントの方へ歩いて行った。
ルークは立ち去るアンドレイをひとしきり見送った後、ひときわ激しい戦闘音のする方へ顔を向ける。
そこにはあたりに砂塵や衝撃波を撒き散らしながら一進一退の攻防を繰り広げているクラウスとルーナがいた。
時間にすればあっという間に決着のついたルークたちとは違い、二人は高度な読み合いや技術を用いて戦い続けている。
クラウスが荒々しくも無駄の少ない連撃でルーナを攻め立て、ルーナがそれを巧みに躱し時には受け流しながら隙をついてカウンターを入れるといった模様だ。
クラウスの攻撃は彼女に当てられず、しかしルーナもカウンターに力を乗せきれずに彼の強靭な肉体と魔法防御を突破できず決定打を与えられていない。
二人の戦いに、ルークのように戦いを終えた他の訓練兵たちも周りを囲って見入っていた。
それからしばらくして、接戦を繰り広げお互いに息切れしはじめた二人の動作が鈍くなり始めた頃、教官が全体に終了の合図をかけた。
クラウスとルーナの二人はホッと一息ついて戦闘態勢をとくと、お互いに微笑みあって礼を言い合い、その後休憩するために訓練場の隅へ向かった。
訓練が終わり、クラウスとルーナのペアの他にも対戦の続いていた者たちが手を納めて各々息を整える。
負傷したものは医療班へ、そうでもないものはクラウス達と同じく端で水分補給などの休憩をとった。
ルークは軽く水分補給した後訓練場の隅で先の戦闘の反省会を行なっているクラウスとルーナの二人の元へ向かう。
「二人ともおつかれ。今日もいい試合だったよ」
そういって声をかけると、二人もルークに気づいて彼を迎え入れた。
そのあとすぐフランクやアーノルドも加わって皆でしばらく話した後、夕食前の浴場準備をするために五人は訓練場を後にした。