02 友と飯
時は戻り、
ルークは結局あのまま仲間達に追いつくことができずに教官によって追加ノルマを課され、居残り訓練をした。
日が沈み、世界が月明かりに照らされ始めた頃。
ようやく追加ノルマをこなし終えたルークは、疲労によって飛びそうになる意識を懸命に繋ぎ止め、おぼつかない足取りで訓練場を後にした。
すでに日が沈んでからしばらくたち、とっくに夕食の配給時間を過ぎてしまっている。
そのため、一刻も早く食堂に向かわなければならなかった。
運が良ければ、まだ後片付けしている食堂のおばちゃんに残飯をねだりまだ食事にありつけるかもしれないからだ。
ルークは訓練兵とはいえ、体が資本の兵士。
それに育ち盛りの少年でもあるため、食事は何よりも大事なことの一つである。
一食抜くだけでも死活問題であり、残飯でもなんでも食らいつかなければ次の訓練にも支障が出る。
そうなれば、再び訓練についていけずまた居残りするという負の連鎖が続いてしまうのだ。
暗がりの中、兵舎からもれるほのかな光と月明かりを頼りに、食堂までの道のりを急ぐ。
(もはや俺は居残り常連だ。おばちゃんならきっと、俺のために夕食を残してくれているだろう)
今まで一度もそんなことなかったが、そうでも思わないと気力が持たない。
心の中で融通のきかないクソババアめと理不尽な罵倒をしながら、ルークは木枠の窓からほのかに灯りが漏れる食堂の扉を開いた。
「お?よおルーク。居残りお疲れ様だな」
食堂に入ってすぐ、どこからかそんな声をかけられる。
その声にハッとして、ルークは時間外で人がいなくなったはずの食堂内を見渡した。
すると、食堂の真ん中あたりに座りこちらを手招きして笑うひとりの少年の存在に気がついた。
その少年は明るい茶髪に碧眼をして、細身のルークとは違い恵まれたたくましい体格を持つ親友のクラウスであった。
彼は同郷で幼馴染でもあり、一緒に兵士へと志願した同期だ。
また、クラウスは同期の中でも特に優秀で剣の腕は随一。そして、気さくで隔てない性格は同期の皆からも好かれている。
今は疲労と喉の渇きで喋るのが辛いため、軽く手を挙げることで返事をする。
そして、苦笑を浮かべて自分を待ってくれている友の元へ足早に歩み寄ると、そのままどさりと椅子に腰を下ろした。
お互いがテーブルに向かいあって座ると、クラウスがお盆に乗った夕食を差し出してくる。
「ほら。おばちゃんの説得に苦労したが、お前ように一人分の夕食をとっておいたぞ。もう時間も経って冷てしまっているが、無いよりはマシだろ?」
そう言って差し出された飯を見て、ルークは話半分にすぐに貪るようにそれに食らいつくと、口にたまった硬い黒パンと芋を追加で差し出された水で流し込む。
訓練兵に与えられる夕食はお世辞にも豪華とは言えない。
固い黒パンにくず野菜の入った塩スープ。ふかし芋や干し肉などの主菜と、量と栄養だけはあるが味は二の次な感じの食事が主であった。
おまけに、今は時間も経って冷めてしまっている。
しかし、空腹のルークには食えるものならなんでもうまい。
数分とたたず夕食を全て平らげると、何が面白いのか笑顔でこちらを眺めている友の顔を見て、ルークは気まずげに目をそらした。
「……ありがとうクラウス。本当に助かった」
しかし、まだお礼を言ってなかったことに気づいてルークはそう言って机に手をついて深く頭を下げた。
心からそう礼を言うと、クラウスは照れくさそうに笑いながら人差し指で頬をかいた。
「ハハッ。まあなんだ、そんなに畏まらなくてもいい。俺たちは親友なんだし、お互い助け合うのが当たり前、だろ?」
「そうか。じゃあ遠慮なく、次も頼むよ親友」
照れながらもそんなこそばゆいことを語るので、ルークも先ほどの礼などなかったかのように戯けてそうのたまった。
もちろん、心の中で深く感謝しながら。
「おいおい。次もなんて言って甘えるなよ。そもそも居残りしないようにするのが当たり前だろう?そうすれば、問題なく皆と一緒に食べられるのに」
同期でもトップクラスの実力をもつ奴がそんなことをほざくが、そんなのは今更考えるまでも無いのでルークもすぐさま断言する。
「考えても無駄だ。身体的に体力の乏しい俺では、耐久訓練だけはついていけそうも無い。人間、時には諦めも肝心だと嫌というほど学んだよ」
情けないこといかにも真剣な顔してそう語るので、クラウスも一瞬呆気にとられて言葉が出ないようであった。
「まあ、善処はするよ」
それがなんだが悪いような気がして、ルークは最後にそう付け加えておく。
そんなルークに、クラウスは真意を悟って「やれやれ打つ手なし」と苦笑しながら首を振るのだった。
そうしてしばらく二人で雑談した後、二人は食堂を後にした。