01 プロローグ
平に慣らされた大地に、大勢の規則的な掛け声と中年男性の怒鳴り声が響いている。
ここは、大陸有数の大国であるオーランド帝国。
その北部方面のさらに北の端にある、とある魔法兵訓練基地。
そこでは今、多くの若者たちが訓練に勤しんでいた。
「ルーク!隊列から遅れているぞ!ペースを上げろ!列を乱すなっ!!」
一人の男が、集団から遅れがちになっている少年に向けてそう叫んだ。
その男は教官を印す印章の施された、茶緑色の軍服を見に纏っている。
歳は四十代半ばほどで、白髪の混じった黒髪をオールバックにしてまとめていた。
歴戦の兵士ですらひと睨みで縮み上がらせる様な鋭い眼光に、常に怒っているかのように見える険しい表情。
そんな強面教官の怒声は、直接怒鳴られていない他の訓練兵たちにも緊張を誘発させる。
ましてや、直接怒鳴られている少年などはストレスによって半端涙目になっていた。
やや癖っ毛のある淡い金髪に、エメラルドのような翡翠の瞳をしている少年である。
その身体は幾度もの訓練によって鍛え抜かれ、細身ながらもがっしりとしているのがわかる。
この少年こそ、物語の主人公であるルークであった。
(あぁ、兵士って辛いなぁ……)
疲労で重くなった足を、気力だけで前に出す。
決して歩は止めまいと、怒鳴られながらもルークは必死に粘り続ける。
が、差が縮まるどころかどんどん離れていく仲間達の背を見てルークはどうしようもなくそう思うのだった。
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数年前、英雄譚の中に出てくる英雄に憧れていたルークは兵士を志す様になった。
そして十二歳になる頃、自身の魔法の才に気づいたルークは念願の兵士へと志願し、訓練兵となった。
この世界の人間には皆、魔力と呼ばれる不可思議なエネルギーが宿っている。
そのエネルギーについては未だ詳しく解明されていないが、その魔力を用いて魔法という奇跡を起こすことが可能であった。
そして、その魔力を行使し超常の力を発現させる人間を、人々は魔法使いと呼んだ。
しかし、魔力は誰にでもなるものだが、魔法を使えるほど並外れた魔力を宿す者は、千人に1人と言えるほど希少な存在であった。
ルークのいるオーランド帝国では数十年と大規模な戦争がなく、そういった意味では平和と言える世が続いている。
しかし、そこで暮らす人々には亜人と呼ばれる人型の種族や、魔獣と呼ばれる魔力持ちの凶悪な獣たちなどの脅威が未だ多く残っていた。
そんな怪物たちから国と民を守るのが、国防を司る国軍兵士たちである。
大規模な国家間の戦争が無い現在、兵士たちがその武力を行使するのはもっぱら人より怪物たちの方が多くなっているのが現状だ。
厳しい訓練によって鍛えられた兵士たちは、凶悪な怪物にも恐れず立ち向かって行く。
時には人間の領域を荒らす体長五メートルはある巨人族や、全長十メートルほどの飛竜などの危険度の高い魔獣でさえその鍛え上げた力と巧みな連携によって討伐し、国の平和を守っていた。
中でも魔法使いのみがなることのできる国の精鋭部隊とも呼ぶべき魔法兵は、その超常の力【魔法】を駆使して大きな活躍を見せていた。
そんな勇敢な兵士たちの中で特に抜きん出た実力や才覚を記し大きな功績を挙げたものは、国の英雄として讃えられる。
つまり、物語の英雄の様になりたいなら、まずは兵士となって国や民を守り、大きな功績を残さなければならない。
そんな兵士に、荒事とは無縁だったひとりの少年が夢を抱えて嬉々として志願したのだった。