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時は少し遡り、レベルデン王国での依頼を終えたエルヴァンとアンリは馬車に乗らず、自分達の足で草原を駆け抜け、帝都まで戻ってきていた。
何故馬車に乗らなかったかというと、御者がいる所為で自分達の休みたい姿になる事が出来ないのと、馬車のスピードが遅く帝都に戻るのに時間が掛かるからだ。
そんな2人の出した結論が、自分達の足で帰った方が楽だという事だった。
そうして帝都に帰ってきたエルヴァンとアンリは、
「……」
「このお肉、生では駄目なんですか?」
「流石に生ではお出しできないんですよ。申し訳ありません」
酒場で夕食を食べていた。
と言っても、2人は未だに口に何も入れてはいない。
エルヴァンは読めない文字をただじっと見つめ、アンリは他の誰かが注文した熱したステーキ皿の上で香ばしい匂いと肉が焼ける音を出しているステーキを指差して、そんな注文をしていた。
「じゃあ最小限お店で出せるくらいで焼いて下さい。エルヴァン様は、どうしますか?」
アンリは自分の注文をすると、未だに何も言葉を発さないエルヴァンにそう声を掛ける。
すると声を掛けられたエルヴァンは、
「ではこの店のおすすめを」
「分かりました~」
店員にそう注文した。
「エルヴァン様、体大きいのに普通の量で大丈夫なんですか?」
アンリのそんな問いにエルヴァンは、
「あぁ。必要以上に食べてしまっていざという時に動けなかったら駄目だ。そんな事が無い様に満腹になる事は避けている」
頭の位置を少しずらしながらそう言う。
周りの者達から見たら頭の装備を弄っている程度の動かし方だが、エルヴァン本人からしてみれば少しずらす事は大きな意味がある。
今エルヴァンは、人として帝都の第一級冒険者になり仕事をしているが、そんな自分が亜人だとバレたらヴァルダに顔向けが出来ない。
そんな緊張の所為か、彼は少しでも頭の位置がずれると直す癖が付いてしまった。
アンリもその事に気が付いてなるべくサポートをしようと思ってはいるが、実際は中々サポート出来る状況になった事が無い。
そうしている内にエルヴァンとアンリが注文した料理が運ばれてきて、彼らは食事を開始する。
最初は空腹の所為で食事を優先してきたが、少しお腹の空き具合が落ち着いてくると、
「エルヴァン様、明日からはどうしましょうか?依頼を受けるにしても、討伐の依頼などは他の冒険者さん達が行ってしまったので採取系しかありませんでしたよ」
アンリが肉を表面が焼かれ、中はレアな状態の肉を頬張りそう質問をする。
エルヴァンはその言葉を聞き、フォークに刺した一口サイズに分けた魚の姿揚げを口に入れ咀嚼する。
「ふむ、採取系のスキルは私もアンリも取得していない。下手に依頼を受けても無駄になるだろう。…帝都の探索などしてみるか?」
魚の姿揚げのふわふわの身と少し荒めに剥がされたウロコのサクサク具合を噛み締めつつ、アンリにそう提案をしてみる。
エルヴァンの言葉を聞いたアンリはその言葉に瞳をキラキラと輝かせて、
「そうですね!軽く見ていた程度でしたから、ゆっくりと出来る時に調べておいた方が良いと思います!」
そう言うと、肉を更に口に入れて頬をリスの様に膨らませる。
エルヴァンは塔にいる時からアンリの性格も性別も知っている故に特に気にしていないが、彼らの周りにいる店員や酒場に来ていた客は、
『『『『可愛い…』』』』
アンリの様子を見てそう心に思っていた。
そうして夕食を食べ終えたエルヴァンとアンリは宿屋に移動した後、自分達の装備の手入れをした後にすぐ就寝となった。
翌朝早朝にエルヴァンは起床すると、隣のベッドで寝ているアンリの様子を確認した後に自分の装備を着け直し、アンリが起きない様に静かに宿屋の部屋を出る。
宿屋では朝食を出すために既に店主などが厨房で料理をしている音を後にして、エルヴァンは宿屋の外に出て裏の空き地に向かう。
空き地に着いたエルヴァンは、背中の大剣を鞘ごと抜き構えるとそれを上げて振り下ろす!
塔でも毎日行っていた素振りなどの鍛練を開始する。
一振り一振りするごとに大剣から空を斬る大きな音が辺りに鳴り響く。
エルヴァンがヴァルダの元を離れてからも一日も欠かさす事が無かった素振りを行っていると、
「今日も頑張ってますねぇ」
宿屋の1人娘、ぺトラがエルヴァンに声を掛ける。
その言葉が耳に入ったエルヴァンは一度素振りを止めると、
「当然だ。我が主の名前に泥を塗らない様、日々剣を振るう事が私の使命だ」
今度は自身よりも剣の腕が立つ相手との闘いを想定した構えに体を動かすと、先ほどの素振りとは違い一振りではなく連撃の様に大剣を大きく細かく振るっていく。
風を切る音も大剣の動きに合わせて強弱に変化する。
「…あまり長くやってると他のお客さんの睡眠を邪魔しちゃうから、程々にしてねぇ」
ぺトラはエルヴァンにそう注意の言葉を投げると、仕事の為に宿屋に入って行く。
エルヴァンは宿屋に泊まってから彼女にそう言われ続けている所為で、特に気にする事無く数回大剣を振るうと背中に背負い直して宿屋の自室に戻って行く。
自室に戻ると、未だにベッドで寝ているアンリを確認しエルヴァンは自身が寝ていたベッドに座り頭を外してベッドの上に置く。
「…ふぅ」
ため息の様に息を吐く。
人の世界で自身の正体を隠すために、頭を体の上に置いていたのが慣れずに余計な力を入れていたのだろう。
誰も見ていない自室での一時に、頭をベッドに置く事で今まで余計に力が入っていた全身から力がようやく抜けるのをエルヴァンは感じていた。
そうしてアンリが起きるまで、エルヴァンは頭をベッドに乗せたままゆっくりと休んだ。
時間が経過し、アンリが飛び起きるとエルヴァンは準備を開始し、アンリは着替えを始める。
全ての準備を終えると、2人は宿屋の自室を出発し帝都の街に赴く。
「とりあえず、軽く食事をしましょうかエルヴァン様」
「そうだな」
2人でそう言いあい、向かうは食事処に決まった。
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