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夕食を食べた後は浴場で風呂に入り、特に何かあるわけもなく就寝する事になった。
翌朝目覚めた俺は、装備を着け直した後に食堂へ行き、簡単な朝食と昼に持ち運べそうな物を受け取って塔の世界からレベルデン王国の裏路地に戻ってきた。
さて、今日も頑張るか。
俺はそう思い、裏路地を出て魔法学院へと歩き始める。
特に街に変わった様子はなく、いつも通りに見える。
エルヴァンとアンリはもう討伐依頼に出発したのだろうか?
俺がそう思って歩いている内に魔法学院に辿り着き、旧校舎へと入っていくと、
「……」
レナーテ・ミュルディルさんが、何やら自分の手を見て黙っている姿が見えた。
教室にいる彼女の様子を廊下から覗いていると、何やらため息を吐いたり見つめている手のひらを閉じたり開いたりしている。
俺はその様子を見ていて、一応臨時の先生が教室内の生徒を覗き見しているこの状況に、変な誤解をされてしまうんじゃないかと考え、俺は教室の扉を少し力を入れて俺に気付かせるように教室に入っていく。
すると、俺の存在に気付いたレナーテ・ミュルディルさんが姿勢を改めて、
「おはようございます」
朝の挨拶をしてきた。
廊下から覗いていた時の表情と挨拶をしてきたときの表情の違いに、俺は先程の事を質問した方が良いのか考えてしまう。
いや、彼女が隠そうとしたという事は、俺には知られたくない事だということだ。
不躾に踏み込んだ事を言っても、彼女が反抗して言いたくない事になってしまってはいけない。
こういう時は、同じ女性でありつつ目上の人生経験が豊富なリーゼロッテ先生に任せるべきだろう。
俺はそう考えると、
「おはようございますレナーテ・ミュルディルさん。早いですね」
何事も無かった様に挨拶を返す。
すると、レナーテ・ミュルディルさんが少し顔を顰めて、
「わざわざ家名まで言わないで下さい。……レナーテで結構です」
そう言ってきた。
生徒を名前呼びして良いものなのだろうか?
リーゼロッテ先生は彼女達と長い間時間を掛けてその呼び方になったから良いとは思うが、まだ2日3日の俺なんかが気軽に呼んで良いとは思えない。
俺がそう思っていると、
「…長いと互いに面倒だと思ったから提案したんです。あまり深くは考えないで下さい」
レナーテ・ミュルディルさんが視線を鋭くしながらそう言ってきた。
俺はその言葉を聞いて、確かにフルネームを呼ぶのは大変だったなと思い出して、
「分かりました。ではこれからはレナーテさんと呼びますね」
彼女の提案に乗る事にした。
俺がそう言うと彼女は、はいと冷静に返事をして机から何かの本を取り出してそれを読み始める。
読書の時間を邪魔してはいけないなと思った俺は、レナーテさんに話しかける事はせずに今日の練習内容を考え始める。
そうして時間が経過していく毎に教室内に生徒が入ってきて、それぞれ友達と話したりレナーテさんと同じ様に読書をしたり、睡眠が浅く寝不足なのか机に突っ伏して仮眠をする、そんな生徒達の姿が目に入る。
……この世界に来ていなかったら、俺も学校でいつもの様に授業が始まるまで仮眠をして過ごしていたんだろうなと考え、生徒達に気づかれない様に苦笑する。
おそらく今まで空いた時間の全てを費やしていた「UFO」が無くなった俺は、ただ無駄に時間を浪費して生きていったんだろうなと考える。
すると本校舎の方から鐘の音が聞こえ、少しすると廊下を走ってくる足音が聞こえてくる。
そして扉が勢いよく開かれると、
「遅れてすみません」
リーゼロッテ先生が息を切らせて、髪も少し跳ねている状態で教室に入ってきた。
その瞬間静まる教室内。
おそらくリーゼロッテ先生以外の全ての人が察したであろう。
また何かしらのドジをしたのだろうと。
教室内にいる者達の心が一致していると、
「今日は、練習場の許可が取れたので…練習場での魔法練習が出来ますよ」
自分の事で生徒達と俺の団結しているとは全然察していないリーゼロッテ先生が、息を切らせながら微笑んでそう教えてくれた。
それからはすぐに教室を出て移動になり、俺達はまだ誰も来ていない練習場に来ていた。
生徒達は俺とリーゼロッテ先生を見て、どんな魔法の練習をするのか気にしている様子だ。
今日は折角練習場を借りる事が出来たのだ。
今日は俺が主に練習の内容を決めたい。
俺はそう思い、
「リーゼロッテ先生、今日は俺に授業を任せて下さいませんか?」
リーゼロッテ先生にそうお願いをすると、彼女は快く受け入れてくれた。
俺は少し大きい声を出すのに息を吸い込むと、
「注目ッ!」
少し大きな声で生徒達の気を引く。
俺の声を聞いた生徒達が、談笑を止めて俺の方を向いてくる。
「皆さんに質問があります。皆さんはモンスターとの戦闘は経験していますか?」
俺がそう質問の声を出すと、数名の男子生徒が手を挙げる。
すると、
「でも、冒険者みたいに戦ったというより護衛をされて少し魔法を使っただけです」
1人の男子生徒がそう答えた。
つまり、貴族のお遊びとかそういうモノで経験した程度か。
俺がそう思って手を挙げている他の生徒を見ると、彼らもうんうんと何度か頷いた。
なるほど、じゃあほぼ全員がしっかりとした実戦を経験した事が無いのか。
俺はそう思いながら、
「分かりました。では今日は実際のモンスターと戦ってもらいましょう」
そう言うと、生徒達に動揺が奔る。
「怖がらなくて良いですよ。一応俺の指示は聞くモンスターですので」
俺はそう言って首に提げている本の中の世界を開くと、
「召喚、パウル」
グールであるパウルを召喚する。
すると、生徒達が悲鳴を出して俺とパウルから離れる…。
まぁ、確かにいきなりグールが出てくるのは驚くとは思うけど、そこまで警戒しないで欲しかったなと少し思ってしまう。
見た目は少しゾンビに似ていて少し中身が出そうになっているが、これでも色々と試行錯誤をして身綺麗にしているし、好感度アップの香水とか付けてるんだぞ。
「バァ~……」
俺がそう思っていると、パウルが肩を落として落ち込んでしまった。
あ、意外に繊細だったのね。
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