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エルヴァンの言葉を聞いた俺は、少し考えてしまう。
エルヴァンがこの世界に興味を持ってくれる事は嬉しいのだが、最初からあの帝都にエルヴァンを向かわせるのは精神的教育上どうかと思う。
…うぅむ、だがこういう時は友好関係をしっかりと形成して、今後エルヴァンがここで生活するのに有利な環境を先に作ってしまった方が良いかもしれない。
俺はそう思うと、
「分かった。とりあえず行って来い、ただし俺はある都合上あの国に堂々と入る事が出来ない状態だからな。不安ではあるがお前の判断に任せなくてはいけない。俺が言える事は、あまり喧嘩に巻き込まれない様にしろ。だが亜人の者達に酷い事をする様な連中がいたら、剣を抜いてでも止める事を許可する」
エルヴァンに最低限の約束事を言う。
エルヴァンは俺の言葉に分かりましたと返事をすると、俺に頭を下げて馬車で待っている者達の元へ歩いていく。
俺はそれを見守っていると、馬車の人達が俺の方を見てくる様に見える。
おそらく、俺を残して大丈夫なのかとでも聞かれているのだろう。
エルヴァンは何やら手振りをしていると、馬車の人達は壊れかけている馬車を動かして進み始めた。
俺はそれを見ながら、
「召喚、アンリ」
吸血鬼であるアンリを召喚する。
靄から出てきたアンリは、少しオドオドしながら、
「お呼びでしょうかヴァルダ様?」
頭を垂れて聞いてきた。
俺はそんな彼に、
「アンリ、スキル「分裂」を使って眷属のコウモリをエルヴァンに遣わせてくれ。監視と言っては言い方が悪いが、少し心配でな」
俺がそう指示を出すとアンリは、はいッと返事をしてスキルを使って分裂をし、片方のアンリはコウモリに変身してエルヴァンと馬車一行の元に飛んでいく。
それを見送ると、俺とアンリは森の中へ入っていく。
アンリは吸血鬼だ、陽の光には弱い。
ただでさえ分裂体が陽の光にあたっているのだ、これ以上彼に負担を掛けたくない。
こうなると分かっていたら、気配遮断スキルを最大まで取得しておくんだったな。
王女アンジェの指輪じゃ、触れた瞬間に俺の姿が見えてしまうのが欠点だ。
俺はそう思っていると、
「ふあぁ、人が凄くいっぱいいますね」
アンリが感心したようにそう言ってくる。
どうやらエルヴァン達は無事に帝国内に入る事が出来たようだ。
「そうだな。だが、人以外はあまりいない」
俺がアンリの言葉にそう呟くと、アンリはわぁと感嘆の声を出す。
「アンリ、向こうの景色に注目していると転ぶぞ」
俺がそう言って彼の肩を抑える。
すると、
「あ…す、すみませんヴァルダ様」
アンリはそう言って何度も俺に頭を下げてくる。
そんなに畏まらなくても良いのだが、これはアンリの性格の問題なのだろう。
俺はそう思いつつ、
「俺は塔で今後使うであろう素材の採取をしている。アンリは…この木陰で座ってエルヴァンの事を頼む」
アンリにそう指示を出すと、彼は少し気まずそうな表情を見せる。
どうやら自分は座っているのに、俺が動いて仕事?をしているのが申し訳なく感じているのだろうな。
「今アンリにはエルヴァンにとって重要な事をしてもらっているんだ。その事に集中してもらえる方が俺はありがたい。エルヴァンの事、頼んだぞ。何か問題があったら、俺に報告してくれ」
俺がそう言ってお願いをすると、アンリは元気よく返事をしてエルヴァンの方に行っているコウモリの視界に意識を集中し始める。
俺はその姿を確認して、素材の確保を再開する。
その間、アンリは向こう側の視界に様々な呟きの言葉を漏らしていた。
人が多い所を見たのも、あれだけ賑わっている場所を見るのも初めてなアンリには、とても珍しい光景なのだろう。
それはエルヴァンも同じだから、もしかしたら顔とか声には出さないでエルヴァンも驚いているかもしれないな。
俺がそう思っていると、少し離れた場所に見た事も無い花が生えている事に気がつく。
…何だろうあれ?
俺はそう思いながら花の近くへ行き、よく観察する。
青紫色の花って、ゲームの時にはあったかな?
俺は目の前の花の前に座り込んで少し記憶を掘り返してみるが、ゲーム時代の時にこのような花は見た事が無かった。
…錬金術師の鑑定スキルなら、職業クラスの補正もあってもう少し詳しく調べられるんだが、今は召喚士としていざという時にエルヴァンやアンリの補助をしないといけない。
あまりクラスチェンジをする訳にはいかない。
俺はそう思いつつ、
「…鑑定」
鑑定スキルを発動すると、それがマンドレイクだという事が分かった。
マンドレイク、確か魔術とかの材料に使われるとは聞いた事があるけど、地面から抜いた時に悲鳴を上げるんじゃなかったっけ?
しかもその悲鳴を聞いた者は死ぬ…という話を見た事があるな。
それがこの世界でも常識なら、俺はこの花を引き抜こうとするのは駄目だろう。
即死耐性のスキルは取得しているが、あくまで即死を免れるだけのスキルだ。
しかもそれは「UFO」での話だ。
ゲームオーバーでは済まされない、リアルの死。
怖い、だが経験しておかないといけないものでもある。
寒気がする、鳥肌が立つのを感じる。
体が、心が拒絶している。
それでも、俺はやらないといけない。
これから即死の能力を有している者に会った時、俺がどう対峙して良いのか分からなかったら俺だけが死ぬんじゃない。
本の中の世界の皆も同時に死んでしまうかもしれない。
それだけは、絶対に嫌だ。
俺はそう思いながら意を決して花を優しく掴む。
アンリは吸血鬼、特定の攻撃などじゃなければダメージは通らない。
マンドレイクの悲鳴にも耐えられるはずだ。
俺はそして、花を引いた。
瞬間聞こえる、
「ふふぁぁぁ~~~」
悲鳴とは正反対の間の抜けた声に、俺は一瞬気が緩んだ。
その瞬間、
「ぐ…ご…ぉ…ぇ…」
全身から力が抜けるのを確認する。
体中から痛みが奔り、声も出せないほど息が詰まる。
ダメージを受けた…だけどこの痛みと脱力感、残りのHPはおそらく一桁しか残っていないだろう…。
俺はそう思いつつ、握っているマンドレイクに目を移す。
そこには、欠伸をして目を擦っている妖精の様な女の子がいた…。
…回復薬。
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