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俺が声を掛けると、
「分かりました先生。奥様、気遣いのお言葉、感謝します」
「?」
レナーテさんがソファーから立ち上がって、リーゼロッテ先生のお母さんに感謝と挨拶をする。
リーゼロッテ先生はこれから何が起きるのか分からずに、首を傾げているだけだ。
「まずは、リーゼロッテ先生とレナーテさんを塔へ一旦戻って貰い、俺はその間にここを移動します。レヴィアタン達の方に顔を出さないといけないのと、ジーグにも戻らないといけませんからね。とにかく、今は俺の方でもやる事が多くてリーゼロッテ先生達の修行に就いてあげる事が難しいです。ですので、家族の魔法を得意としている者に頼むつもりなんですが、それを頼むまで少しだけ時間を下さい」
俺がそう説明をするとレナーテさんが頷き、リーゼロッテ先生が続いて頷いてくれる。
「塔ではレナーテさんの方が少しだけ慣れていると思うので、よろしくお願いします」
「分かりました」
俺がレナーテさんにそうお願いをすると、彼女は即座に返事をして頷いてくれる。
そんな彼女の事を、そしてリーゼロッテ先生、彼女のお母さんを見た後、
「帰還」
レナーテさん達を塔へと行ってもらう為の言葉を呟くと、黒い靄が出現する。
その様子に、リーゼロッテ先生親子が驚き短く息を飲む音が聞こえた。
そんな彼女達に、
「害があるものでは無いので、安心して下さい」
俺がそう説明をすると、
「では先生、行きましょう」
レナーテさんがそう言って体を靄の中に少しだけ入れる。
彼女のその言葉に、
「は、はいっ!…ではお母さん、行ってきます」
「気をつけてね」
リーゼロッテ先生はお母さんにそう挨拶をし、お母さんはお見送りの言葉を囁く。
レナーテさんが先に靄の中に入り、リーゼロッテ先生も彼女に続いて靄へと、少し緊張しながらも入って行った。
そうしてリーゼロッテ先生とレナーテさんが塔に行った事を確認すると、
「では、俺も失礼させていただきます。旦那様に挨拶出来なかった事が残念ですが…」
俺はリーゼロッテ先生のお母さんにそう伝えると、
「あの人も同じ気持ちでしょう。…リーゼロッテの事、よろしくお願い致します。少し抜けている所がありますけど、人の力になりたいと考える優しい子なんです」
リーゼロッテ先生のお母さんは俺に頭を下げてそう言ってくる。
彼女の言葉に、
「それはもう…大変理解しています。色々な意味で…。リーゼロッテさんの教えは、彼女の教え子達の考えにもとても影響を与えています。そんな彼女を自分の家で、理由が鍛練とは言え預かる訳です。しっかりと、安全を考えて快適に過ごして貰える様に努めます」
俺はそう誠心誠意言葉を伝えてから、アイテム袋からアンジェの指輪を取り出して首に掛ける。
一瞬で目の前にいた俺が消えた事に驚いた表情をし、キョロキョロと辺りを見回す。
そんな姿に俺は声を出さないで笑い、
「では、失礼します。次にお会いできることを楽しみにしています」
「っ!え、えぇ」
俺は最後にそう挨拶をすると、まだ目の前に俺がいると声で理解した様子で返事をしてくれた。
彼女の返事を聞いた俺は、普通に部屋の扉を少しだけ開けて廊下の様子を窺い、誰もいない事を確認してから静かに部屋を後にした。
廊下を歩き玄関の方に出向くと、俺とすれ違う様にリーゼロッテ先生のお父さんと、客であろう男性が屋敷の奥へと向かって行った。
リーゼロッテ先生のお父さんの表情は冷静な、しかし緊張感を宿した表情をしている。
対して彼の後ろを付いて歩いている男は、どこか余裕がある様な笑みを浮かべている。
どんな用で来たかは知らないが、あまり良い話では無さそうだな。
時間に余裕があれば、このまま透明の状態で話を盗み聞きをするのだが、今は他にもやる事がある。
それに、リーゼロッテ先生のお父さんには情報収集を頼んでいる、ここは彼を信じて任せるとしよう。
俺はそう判断し、リーゼロッテ先生の屋敷を後にした。
屋敷を出ると外はもう暗くなり始めており、向こうに着く頃には夜になっているだろうと考え、俺はまず先にジーグへと帰る事にし、俺はカルラに乗って空へと飛び立った。
カルラと共に空を駆けながら、陽がどんどん沈んでいき空が暗くなっていく光景を見続ける。
海の上空を通過し、やがてジーグへと帰って来る事が出来た。
ジーグに戻って来た俺は、まず最初におそらく鍛練をしているであろうセンジンさんやエルヴァン、バルドゥの元へと向かって歩き始める。
そうしてセンジンさんやエルヴァン達がいつも鍛練をしている広場へとやって来ると、
「…これはまた、随分と実戦を想定した鍛練だな」
そこには、1人に対して最低でも3人、多ければ10人かそれに少し及ばない程度の者達に囲まれている状態が、いくつか出来ていた。
そんな光景を見るだけで、反乱の際の戦闘を意識した鍛練だという事が理解出来る。
決闘では無く、基本的には敵は自分達に対して一対一で戦う事など考えていない。
人族の方が人数も多い、それ故に戦闘の際には敵に囲まれやすい状態である事は明らかだ。
出来るならば、味方との連携を意識して戦う事が望ましい。
しかし敵側もわざわざこちら側に有利になる様な事はするメリットが無い。
それを考えた上で、最悪の状況を仮定しての鍛練方法を選び、それを実践している。
それが今目の前に広がっている、1人でも複数の攻撃、しかも同時に迫る刃を受け止め、流し、避ける技術を向上させようとしている鍛練なのだろう。
俺がそう思っていると、一番近くで戦っている1人の男性が目の前から斬りかかって来る仲間の剣を自身の剣で受け止めると、それに続いて男性の背後から2人の男達が斬りかかる。
1人は剣を振り下ろし、もう1人は横に払う様に剣を振るう。
それに反応した男性は受け止めていた目の前の相手の剣を押し返すと、身を屈めて横払いの刃を避ける。
しかし体勢を下に移動させた事で、次に繋がる避ける動作が出来なくなる。
それを今この瞬間に理解した男性は、おそらくそんな動きをしてしまった自分に対して苛立ちの様な感情を抱いたのだろう。
表情が少し怒りに崩れ、振り下ろされる剣を自身の剣で受け止めようと構える。
しかし相手は両手での振り下ろし、対する男性は無理な体勢での片手で剣を構え。
向こうの力の方が、おそらく勝ってしまうだろう。
俺がそう思っていると、
「ッぐ…オォォッッ!!」
その様子を戦いながら見ていたのだろう、別のグループの1人の青年が、自分と相対していた相手を剣と力で強引に押し返すと、地面を蹴って俺が見ていた戦いに、自身の剣を割り込ませた。
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