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少しして、感動は冷めてはいないが時間の関係で水を差す事になってしまう事を後悔しつつ、
「では皆さん、折角自由になれたのに申し訳無いのですが、今度は俺と仮の契約をしてもらいます。今皆さんと学院を抜け出すには、人数が多い所為で見つかる可能性も十分にあります。故に、一時的に俺の契約者として俺の家に行ってもらいます。安心して下さい、仮の契約なので解除はすぐに出来ますし、強制力などもありません」
俺は手短にこれから行う事の説明を始める。
俺の説明を聞いた女性達が、契約という言葉に僅かに緊張した空気を感じ取り、酷い事をするつもりも彼女達の自由を奪うつもりが無い事を即座に説明する。
すると、
「だ…だい丈夫…デスっ!」
ラーラさんが、まだ発声に慣れていないたどたどしくも、しっかりとした決意を俺に伝えてくる。
ラーラさんの言葉に、
「ラーラの言う通りです。今まで私達を縛り付けていた忌みな契約とは、違うモノだと私とラーラは信じています。どの様にすればよろしいでしょうか?」
アーデさんが助太刀をして、俺にそう聞いてくる。
彼女の言葉を聞き、俺は急いで本の中の世界の契約欄のページの端を切る。
俺はそれをアーデさんやラーラさん、周りの女性達に見える様に少しずつ腕を左右に動かしながら、
「これを、手の甲に押し付ければ仮の契約は終了です。痛みなども無いので、安心して下さい」
契約の仕方を説明すると、その言葉に反応してすぐに俺に手を伸ばしてきた人がいた。
「ド…うゾ…っ!わ…タシ…ヲ…さきにっ!」
ラーラさんだ。
言葉の後半は少しだけ発声が良くなってきているな。
このまま少しずつ話をしていけば、普通に会話出来る様になりそうだ。
後遺症の様なモノが無くて良かった、このままたどたどしいままだったらどうしようかと思った。
回復薬系は、こういう状態は効果があるのだろうか?
俺はそんな事を思いながら、
「失礼しますね」
ラーラさんに一声掛けてから、俺は彼女の痩せて力が少し入らないのか、震えている手を取って甲に本の中の世界の切れ端を押し付ける。
彼女の甲に仮契約の刻印がされ、それが確認出来た俺は、
「ありがとうございます。これで終わりですよ」
ラーラさんの手を優しく包む様に両手で握り返すと、
「へあっ!?」
慣れてきてはいるけど、流石に返事がまだおぼつかないな…。
ラーラさんが凄く視線を泳がしている光景を眺めながらそう思いつつ、
「これで終了です。本当にこれだけですので、どうか皆さん安心して手を伸ばして下さい」
周りの人達にそう声を掛ける。
俺の言葉に、ラーラさんが手の甲を皆に見せる様に向け、
「大丈…夫…。痛みも…無い…よ」
そう優しい声を出した。
ラーラさんの言葉に、他の人達もゆっくりと俺の方に手を伸ばして来てくれる。
それを見た俺は、
「では、始めていきますね」
そう一言伝えた後、俺は次々と女性達の手の甲に仮契約の印を付けていく。
人数はそこそこいたが、帝都のスラム街の人達の時を考えるとそれ程大変でも無いな。
俺はそう思いながら、全ての人達に刻印が終わったのを確認すると、
「…ん?」
全ての女性達に刻印が終わったと終わっていたら、目の前にスッと手を伸ばされてきた…。
学院での水仕事や、外仕事ゆえの苦労をしたであろう僅かに荒れた綺麗な手では無く、手入れがしっかりとされており、それこそ水仕事や土などを弄った事が無いのではないかと思わせる程の、別の意味で綺麗な手が俺の前へと伸びてきた。
「…どういうつもりですか、レナーテさん?」
俺は手の主であるレナーテさんにそう質問をする。
するとレナーテさんは、
「いえ、人数が多いのが問題であるのなら、私も先生と契約をした方が良いのかと思いまして」
不自然な程、とても良い笑顔を俺に向けて返答をしてくる。
まるで、俺に圧を掛けてくる様な笑顔だ…。
彼女の言葉を聞き、笑顔を見た俺はそう思いながら、
「レナーテさんは魔法も使えますし、彼女達と違って動きにキレがあると思います。隠れながら逃げるのは簡単だと思いますけど?」
俺も少し不器用ながら、笑顔を作って彼女にそう伝える。
すると、
「…ですが、それは先生の想像の上での私ですよね?もしかしたら私が、学院の警備兵と鉢合わせしてしまう可能性も、無い訳では無いはずですよ?しかし先生1人であれば、どの様な状況でも対処して学院から逃げ出す事が出来るじゃないでしょうか?そう考えた末、私も先生との仮契約をし彼女達と同じ様にした方が良いと、私は思うのです」
普段の彼女からは思えない、自分が失敗してしまう事を踏まえた発言に俺は訝しんだ視線を彼女に向ける。
正直に言えば、まぁ彼女と仮契約を今しても良いとは思っている。
ここを抜けて、安全だと思える場所まで移動してから彼女との契約を解除すれば良い…はずなのだが…。
何だろう、口では彼女に勝てる気がしない…。
政治的と言うか、そういう大人の言い合いなどを見てきた彼女に、俺の言葉など一蹴されてしまいそうな気がする。
そう考えてしまうから、あまり彼女を塔に入れたくは無いのだが…。
ここで長時間話し合っていては、俺の事を信じて即断即決をしてくれた女性達や、彼女達を安心させようと頑張ってくれたアーデさんやラーラさんの気持ちを踏み躙ってしまう事になる。
「………分かりました。ただ、あまり勝手な行動は慎んで下さいね」
好奇心が強い彼女に、一言だけ釘を打ちながら差し出された手の甲に本の中の世界の切れ端を押し付ける。
レナーテさんの手の甲に刻印がされた事を確認した俺は、
「…では、これから皆さんを俺の家に連れていきます。案内は向こうにいる者にお願いする事になりますが、安心して下さい。…帰還」
塔に帰る為の言葉を紡ぎ、黒い靄を出現させる。
突然の黒い靄に驚いている女性達が目に入るが、
「大丈夫ですよ。あの靄に入る事で、先生のお家に行けますから。安心して下さい」
レナーテさんが先に、女性達に安全である事を説明してくれる。
「では、先に行きますから後を付いて来て下さい」
俺はそう言って、先行して黒い靄に入った。
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