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俺の言葉を聞いたシルは、眠そうにしながらも承諾してくれて、
「ではぁ~、行きますよぉ~」
シルは欠伸交じりの声を出して風を操り始める。
そんな様子に、
「………先生?」
「一応、最高速を出さない様には頼んだんですけど…。今のシルは寝ぼけているので、最悪の状況を考えていて下さい…。流石にこんなに遅い時間に呼び出したんです。あまりこちらの我儘を言い続けたくないので…。シルに嫌われたくないですし…」
「…それが本音にしか聞こえないのですが?」
俺とレナーテさんは、シルには聞こえない様にコソコソと話をする。
そんな俺達の様子に気がついていないのか、それともあえて無視をしているのかは知らないが、ゆっくりと俺とレナーテさん、そして元々シルの体が上空へと浮かび始める。
流石に空中に身を預ける事に慣れてしまったのか、レナーテさんは最初のこそ少しだけ慌てた様な、焦った様な声を出したが、すぐに安定した動きを見せる。
恐怖や不安定を無駄に正そうとするからこそ、不安定になってしまう。
それを最初で知った故に、レナーテさんも今はシルの力に身を任せる様にしている。
お陰ですぐに俺とレナーテさんの動きが安定し、
「では行きますよ~」
「あぁ、よろしく頼ッッむゥッッ!?!?」
シルが俺に声を掛けて来て、それに返答しようとした瞬間に俺はまともに声が出せない程の一瞬での加速!
流石だと、普通なら褒めたい所なのだが…。
今はそんな言葉を言う事も出来ない程の速度による空気の壁への突撃!
息をするにも一苦労で、腕や手で口元を覆わないとまともに息も出来ない…。
レナーテさんの事を心配して、彼女の方に視線を向けると、
「…ッッ!!…………」
おそらく文句を言いたいのだろうが、息をするにも大変なこの状況かでは口を開ける事もする事が出来ず、結果視線だけを俺にぶつけて不満を伝えてきた…。
それからすぐに俺達はレベルデン王国に戻る事が出来た。
夜中という事で街の明かりもあまり無く、魔法学院に至っては全く明かりが無い事が見えたので、これ幸いとレベルデン王国にはそのまま上空から入国してしまう。
「ふぁ~、これで良いですかヴァルダ様ぁ?」
魔法学院の敷地内の隅に降り立った俺とレナーテさんを確認し、シルは眠そうに欠伸をしながら俺にそう聞いてくる。
「ありがとうシル。寝る事が好きなシルに夜遅くに呼び出してしまってすまなかったな」
シルに感謝の言葉を伝えると、俺は帰還と声を出してシルを塔へと戻す。
そんな俺とシルの様子を見ていたのだろうレナーテさんが、暗闇でも分かる程何かを気にした様子で俺の事を見てくる。
「…何か質問がありそうですが、今は亜人族の皆様の保護を最優先としましょう。それから、聞きたい事があれば聞いて下さい」
俺がレナーテさんにそう言うと、彼女は少し嬉しそうに表情を変えた後、すぐに真剣な表情へと変えて、
「…約束ですよ」
俺にそう釘を刺してきた。
彼女の言葉に俺は頷き、行動を開始する。
学院の敷地内は不用心にも警備などもおらず、俺とレナーテさんは一応警戒しつつも敷地内を走って移動をする。
学院の敷地に入る正門には警備の兵がいるが、彼らも既に学院内にいる俺達の方には目も暮れず、ただ話をしながら時間を潰している様だ。
さて、ひとまず今やるべき事は旧校舎に監禁されている亜人族の保護なのだが、その光景をレナーテさんに見せるのは大丈夫だろうか…。
いや、もう彼女には様々な情報を見せているし教えている。
信頼もしているし、彼女が危険な目に合うのなら無理矢理でも止めさせると思う程、保護対象だと認識もしている。
…まぁ、彼女の場合塔の存在を知ったら行ってみたいと言いそうな方が、俺的には不安要素ではある。
彼女の好奇心や探究心では、明らかに塔の住人達にも注がれるだろう。
レナーテさんが悪い訳では無い、しかし貴族だと理解しただけで自分達が受けてきた惨状が思い出されてしまう事を、俺は不安に思う。
塔の保護をした人達には、安心して暮らせる環境を作りたいと思っているし、それが彼らを保護した俺の責任でもある。
まだ、皆の気持ちに整理は出来ていないだろう。
だから、今はレナーテさんに契約の状態を見せても良いが塔に案内する事は出来ない。
それをどうやって彼女に伝えたら、彼女を傷つけずに済ませる事が出来るだろうか…。
信頼していない訳では無い、しかし彼女の頼みを優先する順番が保護をした人達よりも下というだけだ。
俺がそう考えていると、
「先生、大丈夫ですか?」
レナーテさんが俺にそう言ってくる。
少し急いでいる様子のレナーテさんを見て、俺は今は考えている場合では無いだろうと気持ちを改めて、
「すみません、少し考え事をしていました」
レナーテさんに謝罪をしてから旧校舎に向かう道を真っ直ぐ見直す。
そうして俺とレナーテさんは旧校舎に辿り着くと、瞬間に人の気配がある事に気がついて俺は足を止める。
俺が走るのを止めたのをレナーテさんも確認し、少し遅れて走るのを止めた。
旧校舎内に集まっているのは、おそらく監禁されている亜人族の人達。
その人達から少し離れた、旧校舎内の廊下に2人の気配がスキルで感知する事が出来た。
この暗闇では、廊下に立っている2人がどの様な人物か把握する事は出来ないな…。
昼間に見張りがいなかった事を考えると、夜中であろうが見張りを置く事は無いと思いはするんだが…。
所詮は俺の憶測。
判断を誤って、教室内の亜人族の人達に怪我や怖い思いをさせる訳にはいかない…。
俺がそう思っていると、
「…何か問題が…?」
小さな声でレナーテさんが俺にそう質問をしてくる。
彼女の言葉に、
「…はい。廊下に2名、人の気配があります」
俺も小さな声で返事をすると、
「その人達の位置は、先生は分かりますか?出来れば、校舎内の詳しい立ち位置を教えて頂ければ良いのですが…」
レナーテさんが俺にそんなお願いをしてきた。
彼女の言葉を聞き、俺はここでレナーテさん達と共に過ごしていた短い期間の記憶を思い出しながら、人の気配がする場所に当て嵌める。
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