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俺が息を潜めてエルヴァンとバルドゥの鍛練を観察し始めて少しして、2人が互いに納得をした様に剣を納めた事を確認して俺は物陰から出る。
すると、2人からしたら突然現れた俺に驚いた様子で、
「ヴァルダ様、おかえりなさいませ」
「ヴァルダ様、申し訳ありません。いつからそこに?」
俺を出迎えてくれるエルヴァンとバルドゥ。
「ただいま、つい先程だな。鍛練も良いがもう少し周りに影響を与えない程度に加減をしないと、いけないと思うぞ…」
俺はそう言って辺りを見回す。
俺の視線の先には、エルヴァンとバルドゥの振るった剣の余波を受けて舞い落ちた木々の葉がそこら中に落ちている光景と、集会場の扉の隙間からこちらの様子を窺っている竜人族の人達の事を見てそう注意をする。
俺の視線の後を追って、エルヴァンとバルドゥも同じ光景を見たのだろう。
「…申し訳無いです」
「今度からはもう少し考えて、エルヴァン様と鍛練をします」
エルヴァンとバルドゥがそう反省の言葉を口にする。
2人の謝罪を聞き、
「まぁ、竜人族の皆さんが怯えていなければそれで良いんだが…。木々に関しては、謝る相手がいないし大丈夫だと思う」
俺は頬を掻きながらそう言って集会場へと目を向ける。
すると、集会場の扉が開いて竜人族の方達が外へと出てくる。
「ただいま戻りました。すみません、出て来難かったですか?」
俺がそう質問をすると、
「いえ。ただ凄まじい光景に皆魅入ってしまっただけですから。あと、衝撃の余波を受けない為に建物から出て来なかっただけですので…」
竜人族の男性がそう言ってくれる。
その言葉に、
「すまない、これからはもう少し力を抑える努力をしよう」
「はい。私もそう思います。周りの人に迷惑を掛けない様にしなければ、ヴァルダ様にも迷惑をお掛けしてしまいます」
エルヴァンとバルドゥが反省の言葉を更に言う。
そんな2人の言葉に、
「…俺達も鍛練の様子を見て、少しだけ参加をさせて貰っていますが、私達もエルヴァンさんやバルドゥさんの様にはなれるのでしょうか?」
純粋な疑問を感じた様子でそんな質問を返してくる。
その言葉に俺は、
「エルヴァンとバルドゥは俺との契約でレベルの上限が皆さんよりも高いので、基本的なステータスの差があるんですよ。2人の様に強くなる事は出来ませんが、それでも鍛練をする事で皆さんがより強くなる事は出来ると思います。元々の貴方達竜人族は純粋にステータスが高い種族ですので、鍛練をする事が無駄になる事は無いと思いますよ」
俺がそう答えると、彼らは少しだけ不満そうな様子になる。
…鍛練の成果に、あまり納得が出来ないのだろうか?
俺がそう疑問に思っていると、俺の心配など気にしていないかの様に竜人族の皆は普通の態度に戻して、
「族長の具合は大丈夫でしょうか?」
ハイシェーラさんの事を口にする。
俺は彼らの言葉を聞き、先程センジンさんの屋敷でユキさんと会って伝言を伝えた時に少しだけ聞いたハイシェーラさんの事、体調は良好でありもう少し安静にしていれば動ける様になるだろうという説明を竜人族の皆にする。
俺の説明を聞き、安心した様子を見せる彼らに俺はそろそろ陽も結構傾いて来て暗くなり始めている事を考えて、夕食にしようと提案をした。
そうして今回は俺が塔の食料…と言っても大きな肉の塊を彼らに提供し、調理を任せた結果。
「…難しいですな」
「まぁ、料理は慣れと言いますから、良いんじゃないですか?今までただ焼き尽くす勢いで炎で炙っていたのを考えれば、大きな進歩だと俺は思いますよっ!」
「………だがこれじゃぁ、結局いつも通りのモノになってませんか?」
「…いやでも、残っていた調味料を使って味付けをしたんですから、これは料理と言っても過言では無いですよ!それに後半は調整も出来て来て、良い焼き具合になっていましたし!」
「その良い焼き具合の肉は、あげちゃいましたけどね」
結果は、道具を使って焼いた炭に近いステーキとなってしまった…。
炎で直接やった方が、彼らからしたら慣れていたのだろう。
肉を切り分けるのは普通に出来ていた、霊峰の遺跡でもそれは知っている。
しかしそれを、焼くとなると難しくなる様だ。
どれだけ焼けば良いのか手間取った結果、高火力で長時間焼いてしまった肉は見事に焦げてしまった。
しかしそれでも最後の方は焼き時間の調整も出来ていて、普通にこんがりとしたステーキが出来上がっていた。
それらは健康的に育って欲しい子供達と、長旅で体力が消耗し、色々と男達の世話をしてくれていた女性達に感謝の意も込めてちゃんとしたステーキが配られて、とりあえず腹に入れば良いだろうと考えている男達には初めの方の失敗…試作品が目の前に並んでいるのだ。
そんな感じで夕食の時間は済み、竜人族の皆は集会場で寝る事になり、俺はエルヴァンとバルドゥを塔に戻してしっかりと休息を取る様に伝えた。
俺は剣聖がもう帝都に戻っている事を考えると、見張りはもう必要が無いとは思ってはいるのだが、用心しても無駄では無いだろうと考えて見張りをする。
気配察知スキルを発動させて、俺は本の中の世界を開いて色々と考え込む。
契約をしているページを確認していると、ルミルフルのレベルがあと少しでカンストするのが分かる。
おそらく、塔で自主的な鍛練とレオノーラとの戦闘でレベルが上がったのだろう。
…そうしたら、色々と彼女には説明をしなければいけないな。
それと、もし彼女が本契約をして更に高みを目指すというのなら、サールやソル、ヴィアンなどに見つからない場所で戦わないといけない。
でなければ、あの子達に彼女の傷ついた姿などを見せてしまう事になる。
そういう事を考えると、やはり安全にルミルフルとの戦いが出来る場所も探さないといけないな。
俺はそう考えながら更にページを捲り続け、やがて空が明るんでくると、
「ヴァルダさん、そろそろお休みになった方がよろしいかと…」
背後から声が掛けられて、俺は本の中の世界を閉じて振り返る。
そこには、1人の竜人族の男性が防具を身に付けた状態で俺の事を見下ろしてくる。
その視線は俺の事を心配している様子で優し気な視線だ。
「…ではお言葉に甘えさせて、眠らせて貰いましょうか。何かあったら、すぐに呼んで下さい」
「はい」
俺は彼の言葉に甘え、後の事を任せて集会場へと入って行くと、部屋の隅に横になる。
流石に塔のベッドが恋しくなるなと思いながらも、すぐにやって来た睡魔に身を委ねて意識を手放した。
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