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俺の言葉を聞いたギルドマスターは、
「…それは騎士団の上の連中は了承している話なのか?」
重要である、上の許可を得ているのかどうかを聞いてくる。
彼の言葉に俺は、
「いや、話はしてあるのだが返答はされていない。しかし、それを待っていたら私の仕事も停滞してしまう。それを回避するには、多少上の了承を得られなくてもやらなければいけない事がある。…強制している訳では無い、それに依頼が無く生活が苦しい者達にとっては良い話だと思っている。やる事は、街を見回り問題が発生したら対処をする、それだけやってくれれば十分だ」
ギルドマスターの言葉に返答しつつ勧誘の言葉を周りにいる冒険者達に伝えると、
「…悪くはない話だよな?」
「実際、生活が厳しくなる一方だったしな。むしろ冒険者よりも安定して、報酬も良いんだから千載一遇のチャンスなんじゃねえか?」
少しだが、好意的に受け取っている冒険者達がいる様でそんな前向きな言葉が聞こえてくる。
すると、
「…だがちょっと待て?第一級の入った騎士団は、あの亜人族が集まっている騎士団だぞ?家畜と一緒に仕事なんか出来るか?」
「…クソ、良い話だと思ったら案の定最悪な事を隠されてたぜ…。誰が獣共の世話なんかしなくちゃいけねぇんだ…」
そんな前向きに検討をしていた冒険者達が、亜人族の事に気がついた瞬間に手の平を返して前向きであった態度が一変した。
俺を睨む様にこちらを見てきて、口から零れる声は亜人族を貶す言葉しか出ていない。
そんな彼らを見て、
「…帝都騎士団団長エルヴァン殿?ギルドの者達が貴方の元に行くのは自由だが、今の騎士団ではそれは叶わないでしょうな」
ギルドマスターはうっすらと笑みを、俺の事を馬鹿にする様な表情を向けてそう言ってきた。
彼の言葉を聞き表情を見て、周りで俺とギルドマスターの会話を聞いていた冒険者達の表情を見て、
「………そうか。ならば、ここに用は無いな」
俺は特に言い返す事はせずに、もう話をする必要は無いと言い放って踵を返し冒険者ギルドを後にする。
冒険者ギルドを後にして少しだけ街を歩き続けると、俺は気配察知スキルを使用して付いて来ている気配を感じ取る。
…7人か。
冒険者ギルドで話をしていた時に、他の冒険者が亜人族を貶している言葉に同調せずに悩んでいる様子だった者達がいたのは理解していた。
比較的に年齢が若く、俺よりも年下のまだ新人冒険者だと思う。
そんな彼らは、冒険者としての実績がまだあまり無く仕事自体が少ないのを、俺自身が体験して知っている。
更にそこへ、ギルド自体に依頼が減ってきている。
今の彼らは、明日の自分達の生活を維持するのが大変だと俺は知っている。
そこへ転がって来た安くはあるが安定のしている騎士の見習い、第三級冒険者達からしたら今の自分達の報酬以上の仕事だ。
何が何でも飛びつきたい。
故に、亜人族を貶しているギルド内でも、笑って亜人族を貶していた冒険者とは表情が全然違った。
俺への印象を悪くしない様に、表情を締めていたのを俺は見逃さなかった。
彼らなら、騎士見習いにしても上からの叱咤はあまり受ける事は無いだろう。
俺はそう考え、とりあえず付いて来ている気配を無視して騎士団の詰所に向かい歩みを進めた。
一方その頃、騎士団の詰所から移動させられた貴族の連中を見たエメリッツは………。
「いったいどういう事だッッ!」
「わ、私にも詳しくは分からない状態です…」
エルヴァンだと思っているヴァルダの元に遣わせた騎士が連れて来た貴族達を見て、表情は怒りに染まり言葉遣いも荒々しくなっていた。
そんなエメリッツの様子に、遣わされた騎士も困惑してオドオドしてしまう。
騎士のそんな反応が、エメリッツの苛立ちを加速させてしまい、
「今すぐに倉庫からポーションをッッ!!異常回復のポーションを持って来いッッ!」
エメリッツは激しい声で騎士にそう指示を出すと、指示を出された騎士は返事をしてエメリッツの執務室から飛び出す。
騎士が飛び出していったのを確認したエメリッツは、執務室の床に座っている貴族達を見ると、
「クリズ殿、それにレイフェル夫人…。あぁ、何て事だ…」
エメリッツは彼らの精神的な状態が異常になっている事に状況の悪さを理解し、
「鈍間め、何をグズグズしているのだ…」
先程出て行った騎士に対して、焦りから来る苛立ちの言葉を吐いた。
少しして、
「持って来ました!」
倉庫まで走らされた騎士が箱に入っているポーションを持ってくると、
「早く皆様に飲ませるのだ!手伝え!」
エメリッツは騎士の持っている箱を開けると、数本のポーションが入った瓶を持ち騎士にも指示を出して栓を抜き、虚ろな貴族達に強引に飲ませ始める。
騎士もエメリッツの指示に従いポーションの栓を抜くと、失礼しますと声を掛けてからポーションを口に注ぎ込んでいく。
そうしてエメリッツの執務室に連れて来られた貴族達全てに異常回復のポーションを飲ませ終えたエメリッツは、
「貴様はもう下がっていろ。このポーションは効果があるまで時間が掛かる。邪魔だ」
騎士に対してそう指示を出すと、騎士はようやく解放されると少し安堵しつつ、先程までの自分へと理不尽な叱咤にむかつきを感じながらも、
「…ハッ!失礼します!」
そう言ってからエメリッツの執務室を後にした。
騎士が部屋を出て行ってから少しして、エメリッツはポーションの効果がそろそろあるだろうと思い、
「クリズ様?レイフェル夫人?大丈夫ですか?」
そう貴族達に声を掛ける。
すると、クリズ様と呼ばれた貴族がエメリッツの声に反応して顔を上げる。
その様子にエメリッツが間に合って良かったと安堵したその瞬間、
「私は婦館の支援をしていました。違法な婦館の内部事情を知っており、支援金を渡す代わりにただの客では行えない事もさせて貰いました。私はだたの客ではありません」
目の前にいるはずのエメリッツを視界に入れていない、ただ瞳を開けているに過ぎない貴族の男は説明口調でただひたすらに同じ言葉を言い続ける。
他の者も彼と同じ様に一点を見つめ、自分は婦館の客ではなく支援者でありその報酬で婦館の一室にいた事を説明し続ける。
彼らのそんな様子にエメリッツは、
「エルヴァン殿、いったい何を…」
異常回復のポーションでさえ治させない状態になってしまった貴族達の様子に、エメリッツは怒りと同時に恐怖も心に浮かんだ。
そして、エルヴァンに対しては慎重に対応した方が良さそうだと、エメリッツは心に決めつつ執務室を出て、貴族達を別室に運ぶために騎士達を呼びに行く。
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