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348頁

ヨカナさんを塔に送り、シェーファとセシリアには彼女の事を説明して後を任せてしまった。

レオノーラさんには外で待っていて貰ったのだが、少し彼女の様子がおかしい事が気になっていた俺は彼女を長い時間1人にするべきではないだろうと思い、早め早めで動いていた。

そうして塔から外の世界へと戻って来ると、


「………」


先程までヨカナさんとレオノーラさんと俺が座っていた場所には彼女の姿は無く、少し離れた場所で静かにスラム街の様子を眺めていた。

彼女の背中からは堂々とした姿にも関わらず、哀愁が窺える。

俺はそう思って、今は無駄に話し掛けない方が彼女には良いのかもしれないと思うと、その場に立ち尽くして彼女の後ろ姿を眺める事にした。

レオノーラさんは目に焼き付ける様にスラム街の光景をゆっくりと見つめ、ある程度同じ場所での光景を眺め終えると少し移動してまた同じ様にスラム街の光景を見つめている。

すると、


「………く…」


僅かにレオノーラさんの声が聞こえた。

見ると何かを堪えているのか、肩を震わせている姿が見える。

あんな後ろ姿を見せられたら、もう黙って彼女の事を待っている事など出来ないと思った俺は、ゆっくりと歩き出してレオノーラさんの元まで行くと、


「…す、すまない。こんな情けない姿を見せたくは無かったのだが…」


レオノーラさんは瞳を潤ませて、唇をキツく噛み締めながら俺にそう言ってくる。

そんな彼女の言葉に、


「情けなくなんて無いです。…今の貴女の姿は、とても偉大だと俺は思っています」


俺は静かにそう答える。

俺の言葉を聞いたレオノーラさんは俺から視線を外してもう一度スラム街の光景の方を向くと、


「…スラム街の皆を助けたいと思っていた。私だけの力では無くても、彼ら皆を護り助け合いたいと思っていた。君と一緒に皆を助け、もぬけの殻になったスラム街を見て私は安心と寂しさが出てきてしまった…。おそらく私は、ここ帝都でスラム街の皆が笑顔で暮らしている事を、僅かにだが望んでいたのだろう。………スラム街のこの寂しさというか、街並みが好きだったのだろうな。静かで、皆が助け合う光景。そして私達が出向くと皆が集まってくる。当時は、彼らを助けたい、この廃れたスラムから解放してあげたいと思っていた。しかしいざスラム街から皆がいなくなると、ここは何も無いただの廃墟の森だ」


レオノーラさんは声を震わせながら、俺にそう言ってくる。

彼女の言った安心と寂しさ、おそらくそれ以外にも様々な感情が混ざった彼女の言葉を聞き、


「レオノーラさんの気持ちを完全に理解したとは言えません。貴女ほど俺はスラム街の人達と交流もしていないですし、ここにもあまり来た事が無いですから。でも、それでも今まで貴女が護り助けていた笑顔があったこのスラム街が、誰もいなくなり物静かになってしまった光景は、俺が想像しているよりも遥かに寂しさがあるとは思います。…今は俺しかいません。今まで気丈に振る舞っていたんです、最後に泣いても誰も貴女に幻滅する人はいませんし、おそらく貴女が涙を流したと知ったら騎士団の人達とスラム街の人達が全力で貴女を慰めるでしょうね。でも、それはおそらく貴女自身がそれを許さないでしょう?ですから、今は思いっきり感情を出して下さい」


俺は素直に思った事と、今なら大丈夫だと安心させる様にレオノーラさんにそう伝えると、


「…すま……ない」


彼女はそう言って静かに泣き、俺はそんな彼女の近くで大丈夫と伝える様に動かずに立ち尽くしていた。

少ししてレオノーラさんが落ち着いて来ると、


「…恥ずかしい所を見せてしまった…」


今度は俺と顔を合わせ辛くなってしまったらしく、俺に表情を見せない様にレオノーラさんは顔を背けてしまっている…。


「恥ずかしい所では無かったと思いますが…」


俺がそう言うのだが、


「騎士が涙を見せるなど、あり得ない」


レオノーラさんは俺の言葉にそう返すと、深いため息を吐く。

これは、俺は側にいない方が良かったのだろうか?

俺がそう思っていると、


「…私はそろそろ塔に戻るとする。スラム街の姿は目に焼き付けた。ここはおそらく壊されてしまうと思うが、記憶の中に残っている。大丈夫だ」


レオノーラさんが俺にそう言ってきた。

俺は彼女の言葉を聞き、


「分かりました。夜に忙しかったので、塔に戻ってゆっくりと休んでください。お手伝い、ありがとうございました。明日以降も、よろしくお願いします」


俺がそう返して、本の中の世界(ワールドブック)を開くと、


「…ヴァルダ」


レオノーラさんが少し不機嫌な声で俺の名前を呼んでくる。

何か彼女の気を悪くしてしまっただろうか?

俺はそう思って、


「何か怒らせる事言ってしまいましたか?」


そう彼女に聞いてみる。

本当なら、俺自身で気づかないといけないとは思っているのだが、今の会話には俺が彼女を怒らせてしまった理由が分からないのだ。

俺がそう思っていると、


「…対等な関係と言っただろう?」


レオノーラさんが少し呆れた様子で俺にそう言ってくる。

彼女の言葉に、俺が敬語で話している事が気になるのであろう。

俺はそう思い、


「…なかなか慣れなくて…。レオノーラ、今日はお疲れ様。ゆっくりと休んでくれ」


改めて、敬語やさん付けをしないでそう言うと、


「あぁ、ゆっくりとさせて貰う。だが、私が必要な時はいつでも呼んでくれ」


レオノーラさん…レオノーラは先程の態度と全然違う、普通の態度で俺にそう返答してくれる。

彼女の言葉を聞いた俺は、


「帰還」


そう呟くと近くに黒い靄が発生する。

それを見て、


「おやすみ、ヴァルダ」


レオノーラが俺にそう言って靄の中へと入っていった。

彼女が塔に戻った事を確認すると、


「…さて、次の行動を始めるか」


そう独り言を呟き、


召喚(サモン)、セシリア」


もう一度セシリアを呼び出す。


「お呼びでしょうかヴァルダ様」


黒い靄から出てくるセシリアが、俺にそう聞いてくる。

セシリアの言葉を聞いた俺は、


「セシリアにしか出来ない重要な事だ。よろしく頼む」


セシリアにそう伝えると、その言葉を聞いただけでセシリアは俺の言った事を理解した様子で、


「かしこまりました」


そう返事をしてくれた。


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