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建物から聞こえてくるすすり泣く声が止んで少しして、扉が開かれると、
「入ってきても大丈夫」
レオノーラさんが短く俺にそう言ってきた。
彼女に促されて建物の中に再度入ると、先程まで怯えていた様子の人達が、少しだけではあるが俺の事を気にしているのか、俺の様子を窺うようにしている。
少しだけ、心に余裕が出来たのだろう。
俺は声を発しないでレオノーラさんの事を見ると、彼女は頷いて返事をしてくれる。
「人族である俺が怖いと思うので、少し距離を取って話をさせて貰いますね」
俺はレオノーラさんの頷きを見て、やや遠めから彼らに声を掛ける。
俺の声を聞いた彼らは、少し緊張した様子でありながらも頷いてくれた。
それを見た俺は、
「貴方達を安全な場所で保護したいと思い、俺はレオノーラさんと共にここまで来ました。俺には貴方達の心の傷や、欠損してしまった体を直す事は出来ません。ですが、貴方達が心穏やかに生活できるであろう環境を用意する事は出来ると自負しています」
彼らに向かってそう言葉を紡ぐ。
彼らが安心できる様に、信頼を少しでもしてくれる様に。
俺の言葉を聞いた彼らが、少し悩んでいるのか周りの人に視線を合わせていく。
俺がそう思っていると、
「…諦める必要は無い。彼の言っている場所は、誰も君達を虐げる事も、拷問をする事もしない場所だ。勿論、ちゃんと生きていられる。流石に、彼が可哀想だ」
俺の後ろ側に立っているレオノーラさんが、彼らに向かってそう言う。
レオノーラさんの言葉を聞いて、彼らが決して俺を信用して悩んでいる訳では無い事に気がついた。
つまり、彼らは既に自分達が死んだも同然だと思っているのだ。
故に、今更どんな場所に行ったとしても今までの様に辛い思いをすると考えているのであろう。
それを察したレオノーラさんが、彼らに俺に対して失礼だと言ったのか。
しかし、そう思ってしまう程彼らの心は踏み躙られている。
失礼とか、思う事は無い。
レオノーラさんがフォローしてくれたのは嬉しく思うが。
俺はそう思い、
「…貴方達はこれから、行きたい場所や帰る場所はありますか?」
彼らを傷つけてしまう、そんな質問をする。
俺の問いを聞いた瞬間、少し表情を顰めつつも首を微かに振る人達。
そんな彼らに、
「では、貴方達の行くべき場所は俺の元だけだと、俺は思います。今俺の言葉を拒否しても俺は怒ったりしませんが、そうすると俺は貴方達に対して最低限のサポートをした後、ここを離れなければいけません。そうなった時、貴方達が向かう未来はあまり明るいとは思えませんが…」
俺は脅迫する様な、脅す様な言葉で彼らの選択肢を俺の元に来るように仕向ける。
ここであまり時間を取られる訳にもいかない。
まだ俺にはやらなければいけない事があるのだ、申し訳無いが少しだけ強引に勧誘させてもらう。
恨まれても、仕方が無い。
本意では無くとも、このままここに彼らを置いて行ったら、どうなるのかは目に見えている。
おそらく物乞いなどをしても、ゴミを投げられるだけだ。
亜人族に対して、優しい心を持った人などここには数えるくらいしかいないだろう。
そんな彼らに助けられる可能性よりも、死んだつもりで覚悟を決めて俺の元に来てくれた方が良い。
俺はそう思い、あえて強い言葉を彼らに投げる。
すると、
「お、おい…」
俺の言葉を聞いたレオノーラさんが、不安そうに背後から俺に声を掛けてくる。
彼女の声に視線を後ろに移すと、声の通り不安な表情で俺と彼女から見て俺よりも奥にいる彼らの事を見ている。
そんな彼女に、俺は大丈夫だと伝える様に頷く。
しかし、流石に先程の俺の発言には信用出来る事は無かった様で、俺が頷いた姿を見ても彼女が不安そうにしている表情に変化は無かった。
すると、俺とレオノーラさんが目だけで意思疎通をしようとしているのを遮る様に、
「分かりました。俺達はもう、まともに生きていける気がしません。煮るなり焼くなり、好きにして下さい。どうせ、俺達はもう1人ではまともに立つ事も、生きていく事も、希望を抱く事も出来ませんから」
男性が、諦めた様にそう声を出して俺に伝えてきた。
彼のその言葉に、身を寄せ合っていた周りの者達も仕方が無いと言った様に諦めた表情をしている。
貴方達は、俺の元で亜人族である事に、体が言う事を聞かなくても尊厳を持って生きていける様にさせてみます。
そう伝えたかったが、今の俺が言っても彼らは絶対に信用しないし、反対にまた甘い言葉を掛けた事で警戒されてしまうのは避けたかった。
彼らの信用は、自分達に対して利用価値があり、少しでも自分達に対して思惑を感じている方が信用出来るのかもしれない。
それだけ、彼らは人族の思惑に翻弄され続けたのだろう。
しかしそれは、まだ生きる事を諦めている訳では無い。
利用価値があり思惑があるという事は、その企てがある間は生きながらえる事が出来ると考えての事だろう。
生きていける訳では無い、希望も無い。
そう言ってはいるが、心の奥底では生きていく事を諦めている訳では無い。
だから俺は、
「ならば、君達を身柄は俺が預からせてもらう。それで良いな?…色々と準備が必要だな」
貴方達に対して、期待している事がある様に思わせぶりな言葉を吐きつつ、本の中の世界を元の大きさに戻してページを開き、切れ端を作って彼らの近くへと向かい、
「これを今から、君達の腕や胸元に押し付けて俺の契約した者だと分かる様にする」
そう宣言すると、まずは俺と先程まで話していた男性の手に切れ端を押し付けた。
俺が近づいた事でより不安そうではあるが、それでも拒絶をしないのは単純な恐怖からなのか、それとも虐げられてきた所為でそうする事が当たり前の様に錯覚しているのか…。
俺は疑問に思いつつも、今は彼らとの契約を先にして心に余裕を持ってもらおうと思い、俺は契約する手を速めた。
そうして婦館から保護をした皆との契約が済むと、俺は帰還と呟いて黒い靄を出すと、
「レオノーラさん、お手伝いをお願いしても良いですか?」
俺達の様子を、不安そうに見ていたレオノーラさんにそう声を掛けた。
俺に声を掛けられたレオノーラさんは、
「任せてくれ」
そう頼りになる言葉で返事をしてくれると、あまり動けない人達などに肩を貸したり、抱き抱えたりして塔へと彼らを運ぶのを手伝ってくれた。
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