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こんなにもハンコはいるのだろうか?
俺はそんな疑問を感じながら目の前に出された紙に判を押す。
おかしい、明らかに異常な枚数の書類にハンコを押しているぞ…。
「続いて、騎士団の装備の修繕に払う経費について…」
女性騎士の説明は、まだ団長になって1,2日程度の俺には分からない書類まで押し付けてくる。
しかも俺はその書類を読める訳でも無く、ただ指差された場所に判を押しているだけだ。
すると、
「全員の詳細です」
「ありがとう。牢に連れて行って」
「ハッ!」
詰所に入って来た男性騎士が書類を女性騎士に渡すと、女性騎士が次の指示を男性騎士にする。
女性騎士から指示を受けた男性は返事をすると詰所を出て行く。
その様子に、もしかして俺は余計な事をしない様に監視されているのではないかと考え始める。
これ以上騎士団に迷惑がいかない様に、俺の行動を制限しようとしているのだろう。
俺はそう思いつつ、窓から外を見る。
窓の外の空は既に赤みを帯びており、約束の夕刻に近づいているのが分かる。
レオノーラさんは、あの婦館から亜人族の人達を助けられただろうか?
俺がそう心配していると、またもや無言で書類を目の前の机に差し出され、判を押して欲しい場所を指差される…。
そういえば、レオノーラさんはここまで来るのだろうか?
俺は指差された場所にハンコを押し付けながら、少し不安を感じ始める。
最悪、一度塔に帰還させてから再度召喚するのもアリなのだが、彼女が今何をしているのか分からない状態で帰還をさせるのは、色々と危険だろう。
もし何か重要な話をしている時や、婦館にいた亜人族を連れて逃げている時だったら、彼女は突然消える事になってしまう…。
それは、避けなければいけないのだが…。
俺がそう心配している間にも時間は過ぎて行き、やがて詰所には俺がお願いをして集まって貰った騎士団員が整列している…。
結局、最後の最後まで拘束されてしまったな…。
俺はそう思いつつ、それと同時にレオノーラさんの事で更に不安になっていく。
そう思っている内に、
「…全員集まりました。報告を始めてもよろしいでしょうか?」
女性騎士が俺にそう言ってくる。
彼女の言葉を聞いた俺は、とりあえず報告だけは聞いて時間を少しでも稼いだ方が良いだろう。
俺はそう思考し、
「頼む」
そう告げると、朝と同じ様に代表の騎士達が今日帝都で起こった事の説明と、その対応を述べてくる。
朝聞いたのが夕方から朝までの報告故にあまり問題は無かった様だが、反対に朝から夕刻までの時間は帝都の住民が活発に動いている所為で問題も多かった様だ。
朝に聞いた報告よりも長く説明され、今の俺の状況には幸いではあった。
それにしても、結構帝都では争い事が絶えない様だな。
聞いている限りだと商談が上手くいかなくて口論になり、暴力沙汰まで発展している事が特に多いな。
冒険者同士の報酬の分配とかも、多い様に聞こえる。
俺がそう思っていると、
「以上で、報告を終了します」
最後に報告をしてくれていた騎士がそう締め括り、俺の時間稼ぎが終了してしまった…。
俺はそう思い少し焦っていると、
「それで、団長が私達を呼んだ理由の説明をよろしいでしょうか?」
遂に、整列している騎士達の中からその様な声が挙がる。
その言葉に、周りの騎士達も賛同する様に声は出さずとも頷いていたリ、目がそう訴えている様に見える。
これ以上は、引き延ばす事は出来なさそうだな。
俺はそう覚悟を決めると、
「今日集まって貰ったのは…」
そう話し始めた瞬間、詰所の扉が開かれた。
突然の来訪者に動きが一瞬遅れる騎士達ではあったが、それでもすぐに警戒態勢を整え始める。
その様子に、おぉっと関心の声を漏らす。
来訪者の姿を見た瞬間に、俺はその者が警戒する必要が無い人だと知っていたから。
俺がそう思っていると、
「何者だッ!?どのような用件でここへ来たッ!?」
女性騎士が剣の柄を握りながら、詰所に入って来た来訪者にそう問う。
そんな女性騎士の言葉を聞いた来訪者は、まるで自分には敵意が無いという事を伝える為に身振り手振りで合図をしてくる。
…何故レオノーラさんは声を出さないのだろうか?
俺はそう思い、視線を少しずらして彼女が入って来た扉を見る。
詰所からの声を気にしているのだろうかと思ったのだが…。
俺はそう思いながら扉はしっかりと閉じられているのを確認すると、今度は窓に視線を向ける。
身近にあった窓が換気の為か開かれているのが見え、俺はその窓を閉める。
…完全武装をした甲冑姿を大男が、窓をそっと閉めている光景は第三者視点から見たらシュールそうだな…。
そんな事を思いながら窓を完全に閉めると、レオノーラさんがコツコツと足音を立てて俺の元までやって来ると、
「………」
レオノーラさんが俺の事をジッと見つめてくる。
どうやら、俺から言えって事なのだろう。
俺はそう思い、
「この者を、君達に会わせたくて今日ここに集まって貰った」
そう警戒心を出している騎士達にそう言うと、レオノーラさんが俺の座っていた席の机を撫でる。
何か懐かしさでも感じているのだろうか?
ここに来ていないのは1日,2日くらいだろうが…。
俺がそう思っていると、
「………団長」
俺に書類を何度も渡してきた、女性騎士がそう呟いた!?
え、今のちょっとした動きで分かるモノなのか!?
俺がそう思っていると、
「流石に、お前にはバレてしまうか」
レオノーラさんが軽く笑う様な、少し明るい声でそう言うと被っていたフードを取った。
フードを取った故にレオノーラさんが素顔を表すと、詰所に集まっている騎士達があんぐりと口を開けてレオノーラさんの事を見つめていた。
そんな様子に、
「恥ずかしい事に、皆に必ず彼を倒して騎士団長の席を護り通してみせると言っていた私は負けてしまった。すまなかった」
レオノーラさんは、そう謝罪をして頭を下げる。
彼女の謝罪を聞いた騎士達の中から、
「待て!何か怪しい、魔法やスキルで操られている可能性は無いのかッ!?」
そんな声が挙がる。
それを聞いたレオノーラさんが頭を上げて何かを言おうと口を開けた瞬間、
「レオノーラ様は先程、いつもの様に机を撫でられた!あれは、この机もそろそろ変え時か、もしくは綺麗に修繕してもらうか?いや、私が使う物に資金を使うくらいなら、他の物に使う方が良いだろうと考えての行動!いつもの、私達が知っている、お世話になっているレオノーラ騎士団長です!」
女性騎士がそう言って、まさかの訂正しなさいと剣を抜いてしまった…。
というか、あの時本当にそう思っていたのだろうか?
俺は確認の意味も込めてレオノーラさんの事を見ると、おそらく視線で俺の考えを察したのかレオノーラさんは苦笑しながら頷いた…。
いや、何かもうレオノーラさん好き過ぎでしょ…。
俺はそう思いつつ、今すぐにでも斬りかかろうとしている女性騎士と、それに怯える騎士達の光景を眺めていた。
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