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そうして小屋の中の掃除を未だに謝りながら壁を拭いている女性と一緒にしていると、
「これに懲りたら、私の事で自分の人生を棒に振るわない様にしなさい。何故私の立場を護る為に、ミア自身を犠牲にして私が喜ぶと思っているんだ…」
外からブラシで小屋の外側の壁をゴシゴシと磨いている音と共に、レオノーラさんがそう言ってくる。
あぁ、彼女はこんな感じだからミアさんの様な危険を冒してでも力になりたいと思う人がいるのだろうな。
俺はそう思いながら、
「それにしても、まさか何かあったのかと思って来た所にレオノーラさんがいるとは思いませんでしたよ」
外にレオノーラさんに話しかける。
俺の言葉を聞いたレオノーラさんは、
「…元々職務が忙しくてな。それに、君も噂を聞いているんじゃないか?」
俺にそう聞いてきた。
噂、つまり騎士団団長の交代の戦いの事だろう。
「まぁ一応は。レオノーラさんは、戦う相手の事は知ってるんですか?」
本当は結構な事を知っているが、それを隠してレオノーラさんに質問をしてみる。
俺の質問を聞いたレオノーラさんは、
「あぁ、帝都の冒険者ギルド最強の男だ。街を警備で回っている時に何回か見かけたが、あの力強そうな腕から振るわれる一撃は危険だろう。背負っている大剣も、業物だと思われる。正直、ミアやスラムの皆が不安がる気持ちは理解出来る。それほど立っている姿から強者のオーラを感じる」
俺の質問にそう答えて、
「君の方が彼の事は知っているのではないか?同じギルドに所属しているのだ、話したりしたのではないか?」
更に俺にそう質問をしてくるレオノーラさん。
正直、とてもよくは知っている。
しかしそれを言うのは色々とマズいと思い、
「いえ、話した事はないですよ。俺はつい先日第二級冒険者になったばかりですので、向こうからしたら俺なんてそこら辺の者達と一緒でしょう」
俺はレオノーラさんの言葉にそう返答をする。
俺の言葉を聞いたレオノーラさんは少し驚いた様子で小屋の中に顔を入れると、
「私からしたら君も相当の実力を持っていると思っていたのだが、君がそこまで言うという事は相当の強さなんだろうな」
俺にそんな事を言ってくる。
レオノーラさんの言葉に、反射的にそうですと答えそうになるのを堪えると、
「しかし、どんなに強い者でも私は負ける訳にはいかない。私が騎士団団長ではなくなれば、私の護っていたモノも全て…。私1人なら、負けても構わない。しかし、私の命は私だけの命ではない…」
彼女は少し俯きながらそう呟く。
レオノーラさんの言葉を聞き、彼女が護っているのが騎士団の亜人族の団員やスラムの人達の事だというのは分かっている。
すると、
「レオノーラ様ッ!エメリッツ様から直々の手紙が届きましたッ!ご確認をッ!」
男性の慌てている声が外から聞こえ、近くで壁の汚れを拭っていた女性が緊張した表情になり、小屋を覗き込んでいたレオノーラさんも、男性の声が聞こえて真剣な表情で小屋の外に戻って行った。
「わざわざすまないな。職務に戻ってくれ」
「…手紙の内容は、あの事でしょうか?」
そうして外からレオノーラさんと男性の声が聞こえてくると、壁の汚れを拭っていた女性が持っていた布を床に放り投げて外へと飛び出す。
レオノーラさんの為に、あそこまでしたのだ。
気になってしまうのは仕方が無い事だろう。
俺も女性の後に続いてゆっくりと外に出ると、手紙を確認しているレオノーラさんの顰めている表情が見えた。
少しの間、レオノーラさんが手紙を読み終えるまでの間辺りは静まり、騎士団の団員2人は緊張した表情でレオノーラさんの言葉を待っている。
俺がレオノーラさんの権限が欲しいと言った事をしっかりと伝わっているのなら、おそらく今レオノーラさんは怒りや焦燥感で冷静ではないだろう。
俺がそう思っていると、
「…確認した。返事は必要ない。お前は戻れ」
レオノーラさんが男性にそう言ってため息を吐いた。
その様子に男性は少し何かを言いたげではあったが、レオノーラさんの指示を優先して歩いて帰って行った。
レオノーラさんの様子で、あまり良い状況では無い事は察したのだろう。
俺がそう思っていると、
「レオノーラ様、手紙には何と?」
女性が不安そうな表情と声でそう質問をする。
レオノーラさんは女性の質問を聞くと、
「この話を聞いても、向こうの相手に対して行動する事は許さん。それを約束出来るのなら、もう隠しても意味は無いだろうな」
そう言って、呆れる様に苦笑をして女性の事を見る。
そんなレオノーラさんを見た女性は、少し俯いた後に、
「お願いします」
そう言う。
女性の言葉を聞いたレオノーラさんは、
「相手が、勝った際の権限として私の権限を欲していると書いてある。騎士団団長の権限、それはあまり意味は無いだろう。しかし、私の権限という事は…」
「騎士としての技能がある亜人族の、騎士団への加入させる事が出来る権限。スラム街の管理、維持。スラムにある孤児院の運営…」
表情を歪めて最後まで説明をしなかったのだが、女性が確認をする様に言ってしまう。
レオノーラさんの権限って、そんなにあったのか。
俺がそう思っていると、
「相手が何を考えているのか、正直理解はしたくない。しかしこれほどまでに私の権限を欲しいという事は、おそらく騎士団にいる…いや、帝都にいる亜人族にとっては良い話では無いだろう」
レオノーラさんがそう呟く。
彼女の呟きを聞いた女性は表情を歪めると、
「あの時、死んででも殺しておけば…」
そんな恨み言を呟く。
俺はそんな2人に、
「でも、この話ってレオノーラさんが勝てば良いだけの話じゃないですか?」
意識的に、普通に、今まで噂程度しか知らなかった者が言う様に俺は言葉を発する。
それを聞いた2人は、俺の事を見てくると、
「しかし、相手は第一級冒険者。並の相手では無い事は理解しているだろう?」
「レオノーラ様の方が強いと信じている。けど、僅かな可能性でもレオノーラ様が敗北した事を考えてしまうと…」
俺にそう言ってくる。
俺は2人の言葉を聞いてレオノーラさんの事を見ると、
「レオノーラさん、さっき言ってたじゃないですか。自分の命は、自分だけのモノでは無いって。貴女は負けられないんじゃないですか?騎士団の団長として、貴女は皆を護らなければいけないんですよ」
彼女の戦意を昂らせる様にそう言った。
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