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女性の力が抜けてしまった様な声を聞くと、続いてバタバタとこちらに近寄って来る複数の足音が聞こえ、
「失敗だ!退却しろ!」
そんな声が上から降ってくる。
見ると先程までいた屋根の上に2人の人物が立っており、俺達を見て退却を指示するとすぐに走り出してしまう。
足音はもっと別の場所からも聞こえてくる、おそらくエルヴァンとファルシュの部屋を襲っていた人数は俺の方よりも多く、その全ての者が逃げているのだろう。
そんな仲間の様子に、追跡者一同は一斉に走り出して俺の前から消えていく。
最後まで俺の事を凝視していた追跡者の女性は、おそらく相当に悔しい気持ちを持って俺の事を見てきたのだろう。
俺はそう思いながら一応気配察知のスキルを発動し、周りに他の者がいないかを確認する。
近くには誰もいない事を理解すると、俺は自分の泊まっている宿屋へと帰る。
それからは特に変わった事は無く無事に宿屋へ帰って来た俺は、塔に戻って明日の準備を始める。
まずは明日の話し合いの為に使う装備だな。
俺は自室でそう思い、
「クラスチェンジ・騎士」
クラスを騎士に変更すると、俺は今まで着けていた装備を変更し始める。
今までの装備は軽装備であり、篭手の様な装備、胸辺りを護る装備、脚も動きに支障が出ない程度の軽装備を着けていたが、今回はその反対、エルヴァンと同じ様な装備を着けなければいけない。
勿論武器も、片手で扱える片手剣からエルヴァンと同じ様に大剣を二振り背中に背負わなければいけない。
体を覆い尽くす金属の鎧に背中には大剣が2本。
慣れていない所為か、動きが鈍くなるのを感じる。
おそらくこのままでは、エルヴァンの様に動く事は出来ないだろう。
少し調整しないといけないかもしれないな。
俺がそう思っていると、
「ヴァルダ様、お帰りなさいませ」
部屋がノックされると同時に、扉の向こうからシェーファが挨拶をしてくれる。
「あぁ、ただいまシェーファ。中に入って大丈夫だ」
俺がそう言うと失礼しますと扉を開けながらシェーファが言い、ゆっくりと部屋の扉を閉めてから俺の事を見ると、
「どうしたのですかヴァルダ様?まるでエルヴァンの様な恰好をしていますが?」
俺が普段ならあまり着けない装備を着けている様子に、驚いた様子でそう聞いてくるシェーファ。
「あ、あぁ。少し外の世界でやる事があってな。本当ならエルヴァンがしたかったはずではあるのだが、それを俺が横から奪ってしまった。エルヴァンの名を使って動く故に、エルヴァンに装備などを似せなければいけない」
俺が事情を説明すると、シェーファはスタスタと少し早歩きで俺の元までやって来ると、全身に着けている鎧を見つめてくる。
そして、
「とても良くお似合いですヴァルダ様」
そう言ってきた。
「ありがとう。…しかし、普段とは違う装備故に少し動きが悪くなっていてな。剣も大剣に変更したから、動きを少し大振りにしないといけないな」
俺が少し体を動かしながらそう言うと、シェーファは動いている俺の事を見た後、
「バルドゥやルミルフルに、相手をお願いするのはどうでしょうか?戦いの動きでしたら、やはり戦ってこそ鍛練の意味があると、エルヴァンも前に言っていましたし」
そう進言をしてくる。
シェーファの言葉を聞いた俺は、確かにエルヴァンの言う通りかもしれないと思う。
頭の中では動けても、実際に動けるかは未知数だ。
「UFO」の時にも少しだけ大剣を扱える様にしたのだが、おそらく今はその時よりももっと動けなくなっているだろうし、再確認する必要がある。
俺はそう思い、
「シェーファ、バルドゥとルミルフルに話を通して貰えないか?俺は明日、朝から外の世界に行かなければいけない。2人に失礼ではあるのだが、外の事も色々と込み入っていてな。朝早くからその事を話す訳にもいかない」
シェーファにお願いをする。
それを聞いたシェーファは、
「分かりました。2人に伝えておきます」
笑顔でそう言ってくれる。
「それと、スゥを次俺が戻って来た時に部屋に呼んで貰えると助かる。おそらくスゥにも、今回は手伝って貰わなければいけないからな」
俺が更にシェーファにそうお願いをすると、
「かしこまりました」
シェーファは軽く頭を下げて返事をしてくれる。
「さて、明日も忙しくなる。今日は早めに寝るとしよう」
俺は明日の為に心をリラックスさせる為になるべく長く寝ようとすると、
「では、私は失礼しますね」
シェーファがそう言って部屋を出ようと踵を返す。
その後ろ姿を見て、少し寂しそうな様子に見えた俺は、
「シェーファ、一緒に寝るか?」
冗談半分でそう質問をする。
しかし、
「本当ですかヴァルダ様ッ!?今すぐに湯浴みをして着替えてきます!少々お待ち下さいね!」
俺の言葉を聞いたシェーファは、凄まじい勢いで俺の方へと振り返ると、一気に色々と準備をすると言って部屋から飛び出して行った…。
ま、まぁ大丈夫だろう、先にベッドに入っておこう。
俺はシェーファの勢いに気圧されてのそのそとベッドに入ると、シェーファの事を待ちながら明日の事を考え始める。
そうして時間は過ぎていき、シェーファが戻って来た頃には俺は意識が半分寝ている状態であったが、シェーファをベッドに入れてから安心したのかすぐに意識を手放してしまった。
そして翌朝早朝、柔らかい感触と花の様な甘い香りに目を覚まし、ゆっくりと目を開けた俺は、
「……完全に無意識の状態で…」
自分がシェーファと抱き合う様に寝ている光景に、無意識でシェーファを抱き寄せたのだろうと察し、俺は彼女を起こさない様にベッドから抜け出す。
良かった、起こしていないな。
俺はまだ眠っているシェーファの事を見て安心すると、俺は昨日試しに着けた装備を着け始める。
そして準備が終わると、
「帰還」
外に出るための声を発したのだが、その一言だけで、
「おはようございますヴァルダ様。…いってらっしゃいませ」
シェーファは起きてしまった。
俺は少し振り返ると、
「起こしてしまったか、すまない。まだ朝早い、ベッドでしっかりと寝てなさい」
そうシェーファに伝えると、
「行ってくる」
出掛ける際の挨拶を言い、黒い靄の中へと入った。
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