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床に激突し、苦悶の表情で激突した際の衝撃に息を漏らしたハイシェーラさんを見て、俺は彼女が竜人族達から見えない位置にいる事を改めて確認すると、
「…飲んでください」
俺はそう言って、先程剣を仕舞う時に予め蓋を開けておいた回復薬の瓶を彼女の口元で傾ける。
「…すまないな」
先程の威勢はすっかりと消え、素直に回復薬を飲み始めるハイシェーラさん。
俺達のそんな様子に、竜人族達は心配そうな表情で俺達の事を見ている。
そんな彼らに、
「安心してください。命は取っていません」
俺がそう伝えると、竜人族達は少し安心した表情になる。
俺は彼らに対して、
「彼女は、とても偉大な御方だ。貴方達が逃げ出した俺の威圧に、彼女は立ち向かい戦いを捨てなかった」
彼女を持ち上げる事を言う。
実際、俺の威圧スキルに立ち向かってくるのは凄い事だろう。
この世界では、中々味わえない未知の威圧感があるだろうからな。
そう考えると、ブルクハルトさんもどこか壊れているのかもしれないな。
俺はそう思いながら苦笑をしていると、
「…私の負けか。いや、私達の…」
少し芝居っぽい、流調とは言い切れない何とも言えない言葉遣いでハイシェーラさんがそう呟く。
その言葉を聞いた俺は、
「…俺達は勝ちに来た訳ではありません。ハイシェーラ様、改めて話し合いをして下さいませんか?俺には、貴女の様な偉大なお方と、貴女の様に成長するであろう竜人族の力が必要なんです」
そうお願いをする。
その言葉にハイシェーラさんは、
「そうだな。皆もこれで納得するだろう」
そう答える。
彼女の言葉に竜人族は雄叫びを上げ、すぐにハイシェーラを安静にする部屋へと連れて行った。
後に残された俺達は、とりあえず自分達の部屋へと頑張って帰ると、
「あんた、意外に凄かったんだな。ビックリしたぞ」
ファルシュがそんな事を言ってくる。
俺はファルシュの言葉に、
「お前が慕っている、エルヴァンの主だ。これくらい出来なければ、エルヴァンに申し訳ないと思うぞ」
そう返すと、
「しかしヴァルダ様。あの者は一体何がしたかったのでしょうか?」
エルヴァンがそう質問をしてきた。
俺はエルヴァンの問いを聞き、
「…詳しい事は俺も分からないが、ハイシェーラさんが竜人族の皆を綺麗に納得させる為に、あんな事をしたのは分かる。最初に彼女は、彼女自身は俺達との話し合いをする事に良い印象を持っていた。しかしそれでは、仲間の竜人族が納得しないだろうからと戦う事にしたんだ。だがおそらく、それだけでは駄目だと思ったから、あんな事をしたんだと思う」
詳しい事は分からないが、俺でもある程度察する事をエルヴァンに説明する。
すると、
「失礼します」
突然扉の向こうからそう声がすると、扉がゆっくりと開いてハイシェーラさんが部屋へと入って来る。
「ハイシェーラさん!?動いて大丈夫…そうですね。無理はしないで、辛かったら戻して下さいね」
俺はハイシェーラさんの体を考えて、無理をするなと伝える。
今のハイシェーラさんは、彼女が作り出した幻影のハイシェーラさんだ。
「流石に分かるか」
ハイシェーラさんはそう呟くと、
「今回は、私の我儘に付き合って貰ってすまなかった」
ハイシェーラさんがそう言ってくる。
その言葉に俺は、
「すみませんが、もう少し詳しく教えて貰えませんか?ある程度ぐらいしか、俺もハイシェーラさんの考えは分かっていないので」
ハイシェーラさんにそうお願いをする。
俺の言葉を聞いたハイシェーラさんは頷くと、
「私の提案で戦ってもらい、力の優劣で物事を判断する竜人族の皆を納得させるつもりだった。のだが、思わぬ事にそれだけでは駄目だという事に気が付き、死ぬ間際まで追い詰められた老体の最後の使命を全うしようと思った。まさか、お前が治してくれるとは思っていなかったがな。彼らを束ねている私が戦わずに物事を決めては、おそらく他の者達は結局私にも、お前達にも従う事は無かっただろう」
そう説明をしてくれる。
なるほど、仲間達が俺達と戦って負けたとしても最後の要のハイシェーラさんが戦っていない故に、彼らは俺達の事を信用せず、話し合いをしても結局決裂したかもしれない。
それを察したハイシェーラさんが、あんな傷ついた体で無理をしてでも戦い負ける事で、彼らはおそらく長を倒した俺達に従うと思ったのだろう。
死ぬ覚悟をして、戦うつもりだった。
だが彼女の計画が少し狂ったのは、俺が彼女の体を癒す事が出来たからだろう。
「そう。お前が私の体を治す事で、私も少し欲が出てしまった」
俺がハイシェーラさんの言葉を頭の中で整理していると、俺の心の中を読み取ったハイシェーラさんが頷きながらそう言った。
「欲ですか?」
ハイシェーラさんの言葉に俺はそう聞き返す。
「あぁ。…長い苦痛からの解放は、生きる喜びと同時に恐怖を抱いた。まだ生きていられる、だがまたあの苦痛に苛まれる事になるかもしれないという恐怖。故に私は、お前に全てを委ねた。剣で私の体を貫くか、それとも私に貫かれるか」
俺の質問に、ハイシェーラさんが答える。
彼女の言葉に俺は、もう一度なるほどと納得してしまう。
あの時剣の鞘を取ったのは、そんな考えがあったからだったのか。
「しかしまさか、すぐに剣を仕舞うとは思っていなかったな。傷つけるつもりは無いと思っていたが、寸止めくらいにするのかと思っていたぞ」
ハイシェーラさんのそんな言葉に、俺は苦笑しながら、
「危ない要因を全て捨てたに過ぎません。…これから貴女には、竜人族率いてもらう役割があるんです。これから忙しくなりますよ、よろしくお願いしますね」
俺はそう言って手を差し出すと、
「未だ死の痛みに恐怖している者だが、私にも出来る事がある…か。ヴァルダ・ビステル、盟約を」
ハイシェーラさんはそう言って、俺の差し出した手を見て、
「すまないが、この姿では握る事が出来ない。私の元に、来てくれないか?迎えを送る」
そう言うと、消えてしまった…。
俺は誰もいなくなった場所に差し出していた手を見て、
「そういえば、幻影なのだから触れられる訳ないよな…」
改めて冷静にそう思い、俺はハイシェーラさんが言っていた迎えが来るのを待つ事にした。
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