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レオノーラさんの弱気な様子に、俺は何も言葉を出す事は出来なかった。
「私には、護る者が沢山いる。だから、私が死ぬ事になったとしてもここを離れる訳にはいかないのだ」
レオノーラさんはそう言うと、ティーカップに残っているお茶を飲み干して、
「失礼する。…反乱の話は、他言無用でお願いする。しかし、ここから離れていた方が良いかもしれない。もしかしたらだが、ここは戦場になり、帝都にいる者達は反乱で襲い掛かってくる亜人族を迎え撃たなければいけない。君はそんな事したくは無いだろう、だから、事が起きる前に安全な所に逃げるんだ」
そう言って席を立った。
「…ここは、俺が払います。気にしないでください」
個室から出ていこうとする彼女に、俺は声を掛ける。
それ以外の言葉は、今の彼女に言える言葉は無い。
すまない、ありがとう。
レオノーラさんは背を向けたまま、そう小さく声を出して部屋から出て行った。
…さて、やる事は決まった。
俺個人としては全然やりたくはない事だが、一応この方法なら………。
俺はそう思うと、自身の目の前にあるティーカップの中身を飲み干して店を後にした。
店から出ると、俺はまずジーグに行こうと考え帝都の街から出てカルラを召喚し、カルラに乗って空の世界に飛び立った。
帝都は広いし、騎士団の情報を流す事は出来ないと言われてレオノーラさん探しで忙しかったからな。
久しぶりにジーグに行くな。
俺がそう思っていると、見覚えがある港町が見えてきて、
「カルラ、あの灯台から向こう側に真っ直ぐ進んでくれ」
俺はそう指示を出す。
カルラは俺の指示に鳴いて返事をすると、一気にスピードを速めた。
それからすぐにジーグに辿り着くと、俺はカルラを塔に戻してセンジンさんの屋敷に向かう。
すると、何やら慌てた様子でいる人達が数人いるのが見える。
何かあったのだろうか?
俺はそう思いつつ、センジンさんの屋敷に辿り着くと玄関の扉をノックして中の人を待つ。
すると、中から少し慌てている様な足音が近づいて来て、
「見つかったかッ?!」
センジンさんが鬼気迫る勢いで、玄関の扉を開けた瞬間にそう声を放ってきた…。
あまりの勢いに驚いた俺は、そんな彼の言葉に反応出来ずに固まってしまう。
すると、センジンさんは俺に気づいて、
「あ、あぁヴァルダさん…か」
そう声を出して、突然申し訳ないと謝罪をしてきた。
「…少し厄介な事になった。入ってくれ」
センジンさんは謝罪をした後に、更に申し訳なさそうな表情をしてそう言って屋敷の中に促してくる。
「お邪魔します」
和風の様式の建物の所為か、自然とそう言ってしまうんだよな。
俺はそう思いつつ屋敷に入ると、奥の部屋に案内される。
今日はユキさんはいないのかな?
屋敷の静かさにそう感じていると、案内された部屋で座布団に座る。
センジンさんも向かいに置かれている座布団に座ると、
「…すまねぇ、あんたにとってはとても重大な問題が発生した」
深々と頭を下げてきた。
突然の謝罪にまた驚いてしまうが、
「どの様な問題ですか?」
今回は固まる事なく、普通に質問を返す事が出来た。
俺の質問を聞いたセンジンさんは、深々と下げた頭を上げる事なく、
「アンリが、いなくなった」
そう報告をしてくれる。
その瞬間、俺は首から下げている本の中の世界を元の大きさに戻して開き、アンリの詳細が書かれているページを確認する。
状態異常などの欄を確認し、特に変化がない事に俺は少しだけ安堵する。
死んでいる訳では無いし、状態異常にも罹っていない。
精神状態は少し焦っている様だが、心配しすぎる程のものでも無い。
俺はアンリの詳細を一通り確認した後、
「とりあえず、アンリの状態は大丈夫そうですね。剣聖側に捕まっている訳でも無さそうです。もしそれなら、精神状態がおそらくもっと悪い状態になっているでしょう。少し焦っている程度…道に迷っているとかなのか?」
頭を下げ続けるセンジンさんにそう報告をした。
それを聞いたセンジンさんは、ようやく頭を上げてくれると、
「居場所とかは分かるのか?」
そう聞いてきた。
その問いに俺は、
「分かるのには分かるんですが、正確な位置までは…。大雑把になら…ジーグにいればジーグにと書かれ、帝都にいれば帝都と書かれる程度ですよ」
苦笑しながらそう答えるしかなかった。
アンリの位置を確認しても、ジーグから離れている訳では無さそうだ。
となると、町で迷子になるとは思えないし森で迷子になっているのだろうか?
俺がそう思っていると、
「…ここ最近は無かったが、まさか…」
アンリの居場所に心当たりがあるのか、センジンさんは意味深な事を呟いた。
「何か心当たりがあるんですか?」
俺がそう聞くと、センジンさんは少し不安げな様子で、
「ここジーグは様々な亜人族の集落がある所為で、全ての種族を理解している訳では無いんだ。ひっそりと他の集落とも関わらない者達もいる。その者達の中で最も存在がハッキリしていない者達がいる。今回のアンリの件は、その者達の人攫いの様子が似ている。ある日突然、狙われた者の姿形が忽然と消えてしまう。帰って来た者はおらず、未だに帰りを待つ者すらいる」
考え込む様に俺に伝えてきた。
のだが、俺はアンリだけなら呼び戻す事は出来る。
あまり危機感は感じていないんだよな。
俺はそう思い、
「とりあえず、アンリを連れ戻して事情を聞きましょう」
センジンにそう進言し、膝に開いた状態のままにしてあった本の中の世界を持ち上げて、
「アンリ、帰還。………召喚、アンリ」
アンリを一度塔の世界に戻し、少し待ってから再度俺の元に召喚する。
すると現れたのは、何やらぽわぽわフワフワとした物を全身に付けたアンリ。
その様子に俺とセンジンはただ黙ってアンリを見つめる事しか出来なかった。
しかし、
「ヴァルダ様~!ありがとうございます!帰れなくて困ってたんですよ~!」
アンリの涙は流していないが、泣き声にようやく意識をアンリ自身に戻す事が出来た。
「お、落ち着けアンリ。何があったのか、説明を頼む。あと、そのフワフワの羽毛みたいな物も外した方が良いぞ?」
そんなアンリに、俺はそう言うしか出来なかった。
俺の言葉に、センジンさんも無言で頷いていた。
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