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エルヴァンとアンリがジーグの街へ出ると、2人の行動を気にしている視線を感じる。
しかしここへ来た時に比べればそれは徐々に治まり、今は過去に人族に苦しめられた者達の視線しか感じる事は無い。
どんなに周りに対しては気にしていないという雰囲気を纏っていても、身分を人族と偽っているエルヴァンとアンリを見つめる視線は鋭い。
その感情に、エルヴァンとアンリは仕方がないとしか思う事が出来ない。
自分達が亜人だという事を言えば、自分達を見張っている剣聖の部下の精鋭騎士達に知られる事になり、面倒なことになる事は十分に理解できている。
エルヴァンとアンリは特に気にしない様にしながら歩いていると、
「おやあんた、ムソウ様の所に出入りしてる大男だね?」
上半身が女性の姿、下半身が蛇の姿をしている種族、ラミアの女性が話しかけてきた。
「そうだが、何か用か?」
話しかけられるとは思っていなかった2人は一瞬驚いて彼女の事を凝視してしまうが、エルヴァンが先に持ち直してそう問い直す。
エルヴァンの問いを聞いたラミア族の女性は、
「私の名前は、フルミー。この甘い実を売ってるんだけどね。これをムソウ様に届けて欲しいんだよ」
そう言って、近くに置かれている袋を指差す。
フルミーと名乗ったラミアの言葉を聞いたエルヴァンは、
「それくらいの事なら問題ない、預かろう」
そう言いながら、拳より少し小さい果実が入った袋を取ろうとすると、
「僕が持ちますよエルヴァン様!」
エルヴァンはより先に、アンリが飛び出して袋を持ち上げた。
アンリに先に袋を取られてしまったエルヴァンは、
「ならば頼む」
アンリにそうお願いをする。
すると、何故か先程よりもずっと悪意とは言わないものの、それに近い視線を目の前のラミアから感じるアンリ。
チラリとフルミーの視線を向けた瞬間、アンリよりも背が高いフルミーは近くにいるアンリを見下ろして、瞳を細めて長い舌で唇を舐めている光景がアンリの視界に映った。
自身を見つめるその瞳に、アンリは異様な恐怖を覚えてすぐにエルヴァンの背後に身を隠した。
エルヴァンはそんなアンリの様子を気にしながらも、行くぞと声を出して歩き始めた。
そうしてセンジン・ムソウの屋敷に到着したエルヴァンとアンリは、いつも通りにセンジンの付き人であるユキという女性に声を掛けて屋敷に入れて貰った。
屋敷の一室に案内されたエルヴァンとアンリが少しの間部屋で待っていると、廊下をズカズカと歩いてくる足音が聞こえ、
「待たせたなぁッ!」
扉を勢いよく開け放ちながら、センジン・ムソウが大声でそう言って部屋に入って来る。
いつもの様子にエルヴァンとアンリは特に気にした様子は無く、
「すぐそこのお店で、フルミーさんから預かって来ました」
部屋に入って来たセンジンに果実が入っている袋を差し出す。
アンリに袋を手渡されたセンジンは、中身を気にして袋の中に手を入れて果実を取り出し、
「相変わらず買うって言ってるのに、タダで渡してきやがって」
フルミーに対しての文句を言いつつ、言葉とは反対に顔に笑みを浮かべて果実に齧りつく。
エルヴァンとアンリはそれを少しの間傍観していると、
「それでエルヴァンとアンリ、剣聖と騎士達の様子はどうだ?」
そう質問をした。
それを聞いたエルヴァンは、
「特に動きは無い。おそらくセンジン達が動き出してから、向こうも動こうとしているのだろう」
センジン達に頼まれた騎士達の情報を明かす。
元々ジーグに来てから指示された依頼内容はセンジン達の動きをマークする事だったのだが、まさかセンジン達にも頼み事をされてしまうとは思わなかった。
センジン達は今、帝都や周辺国に奴隷として不当に働かされている亜人族の者達を救うべく、行動を起こす為の準備をしているとエルヴァン達は聞いた。
そしてその事をどこで知ったのかは不明だが、剣聖が率いる精鋭騎士達はそれを防ぐべく隠密で行動をしているらしい。
お互いの情報がどこまで信用できるかは分からないエルヴァンとアンリは、今は両陣営の情報を自分達で集めている状態であった。
エルヴァンのその言葉を聞いたセンジンは顔を歪めて、
「何で俺達が動いてから行動しようとしてるんだ?正直な話、俺達が怪しい行動をしたらすぐに殺しに来る様な奴らだと思ってるんだが?」
エルヴァンにそんな質問をしてくる。
それを聞いたエルヴァンは、
「何かしらの言い訳?か何かが必要なのかもしれないな。もしくは帝都にいる皇族?からの評価を稼ぐ為、センジン達が反乱を起こそうと動き出す前に処理するのではなく、実際に反乱を起こした後に帝都に襲撃する前に鎮圧をして報告し、手柄を良いモノに見せようとするかもしれない。すまないが私が思い付くのはその程度だ。あまり頭を使って考える事は得意ではないのだ」
ある程度自身で考えついた考察を述べると、センジンは何とも言え無さそうな微妙な反応をする。
そんな2人の様子を見ていたアンリは、
「相手の行動の意味なんて、今考えても大変なだけですよ。そういうのは、作戦を立てる人とかが考えるんですから、戦う僕達が考えても理解できないと思いますよ」
少し面倒そうにそう言う。
実はここ数日は同じ様な会話を繰り返しており、アンリは少し面倒になってきていたのだ。
ただでさえジーグの街をあまり見て回っていないアンリは、不満が溜まり始めている。
そんなアンリの言葉を聞いたセンジンは、
「ハッハッハ!その通りだッ!」
大笑いをしてアンリの言葉に同意し、それを見ていたエルヴァンはため息を吐いた。
アンリの不満が溜まっている事には気づいていたエルヴァンではあったが、ここまで態度と言葉に表すとは思っていなかったエルヴァンは、
「すまないが、今日はこれで失礼する。また何かあったら伝えに来よう」
そう言って立ち上がる。
エルヴァンが立ち上がるとアンリも続いて立ち上がり、
「了解だ」
センジンがそう言って手を振るう。
それを見たエルヴァンとアンリはセンジンの屋敷を出る。
センジンの屋敷に通っている故に、街の者達の視線も少しだけ緩やかにもなっている。
今なら少しくらいは良いだろうとエルヴァンは思い、
「街を見て回るか」
アンリのストレスを発散させるべく、そう提案をした。
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