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俺の様子を少し観察していた奴隷の人達は、俺がソファに座っても怒らない人だと察してくれたのかゆっくりとだが座り始め、ようやく話せる状況になってくれた。
と言っても、奴隷になった理由が犯罪を犯していた訳でも無かったし、彼らが嫌がらなければ契約はもう決めている。
後は、彼らの意思で契約するかだ。
「さて、ブルクハルトさんが貴方達の事を紹介してくれたので、貴方達にも俺の事を知って貰うために自己紹介をしましょうか。俺の名前はヴァルダ・ビステルです。………後は何を言えば良いですかね?」
俺は自己紹介をしようとして、まだ契約していない彼らにこれ以上情報を伝えない様にした結果、名前しか教える事が無かった…。
俺がそう思っていると、
「あの、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
エルフの女性が、僅かに手を挙げてそう俺に声を掛けてきた。
それを見た夫である男性が止めようとするが、その前に俺は少し前かがみになり、
「どうぞ。ですが、答えられない事もあるので、それは許して下さいね」
そう答えた。
俺の言葉を聞いた女性は意を決した表情をすると、
「あの、貴方様は亜人に対して何故敬語を使うのでしょうか?」
そんな当たり前の事を聞いてくる。
むしろ、亜人だからと言ってぞんざいに扱って良い訳が無い。
「たまに気が抜けて楽な話し方をしてしまいますが、基本的に初対面の人には敬語で話す様にしていますよ。そこに、人族も亜人族も関係はありません。俺が初対面で敬語を使わない時は、使うべき人では無いと判断しているからですしね」
俺が女性の質問にそう答えると、俺の前に座っていた亜人の人達が驚いたような表情をし、それとは反対に獣人の女性が俺の事を鋭い目つきで睨んでくる。
確か、不正な奴隷商人に捕まったっていう人だよな。
彼女からしたら、俺の言葉は嘘にしか聞こえないかもしれない。
しかし彼女の経験した事を考えれば、会って間もない俺を信用するのなんて無理だと思うし、人族の俺に買われるのなんて嫌だろう。
俺はそう思いながら、
「今すぐに、俺の配下となって命令に従えなんて言いません。でも、少しの間自分の下で働いてくれるとありがたいです。勿論衣食住は俺の方で提供させて頂きます。反対に、どんな種族の人でもこういう家の建て方、料理の作り方、服や装飾があると教えてくれませんか?俺はまだ冒険者としては半人前なので未来の話にはなってしまいますが、不当な理由で売られてしまった奴隷の人達を保護したいと考えています。その時に、なるべく暮らしやすい様に環境を整えておきたいんです」
俺は自分が出来る事を伝え、それと同時に奴隷の人達には情報を提供してもらう、対等な関係を持ちかける。
俺の言葉を聞いた人達は俺の事を信じ切れていない様子ではあるが、それでも俺が提供し欲する条件が他の奴隷を買おうとしている人達より良い事である故に悩んでいる様だ。
どうしたものか、流石に俺にはこれ以上の交渉材料も手段も無いぞ…。
俺がそう思い、不安になりながら彼らの様子を見る。
強制する訳にもいかないし、後は少し相談する時間を置いた後にブルクハルトさんを呼んで来て貰おう。
俺はそう思い、少し小声で話し始める人達を見つつ、今後どうしようかと考え始めた。
とりあえず彼らの誰かを迎え入れられたという前提で考えると、ブルクハルトさんに頼んだ農具などが届くまでは塔の世界で英気を養ってもらうしかない。
それに農業専用の島も作らないといけないし、そこに住むのか分からないが可能性もあり得る。
農具が届くまでに、冒険者ギルドの依頼を受けつつも色々と材料の調達、伐採や採取が必要だな。
他にする事は特に無いよな?
奴隷の人達を保護するには俺の収入が足りないし、冒険者ギルドの依頼を達成しまくって第二級や第一級にならなければいけないし、同時進行で色々とやらないといけない事もある。
こう考え直してみると、意外とまだ忙しさは続きそうだな。
俺がそう思いつつ色々と思考している間に時間は経過し、やがて人族の女性が俺に一礼してから部屋を出て行った。
おそらく、ブルクハルトさんを呼びに行ったのだろう。
話は聞いていなかったが全員どうするかは決めた様だ。
そうして女性がブルクハルトさんと一緒に戻って来ると、
「お待たせしましたビステル様。どの様になったかはこちらで聞きましたので、早速契約しましょう」
そう言って、数枚の紙と革の様なモノで作られた首輪を持って来た。
首輪…か。
出来れば着けたくないから、塔の世界に行ったら外させよう。
俺がそう思っていると、
「それでは準備をします。ビステル様、申し訳ありませんがこちらに立ってもらえませんか?」
ブルクハルトさんが俺にそう言ってくる。
俺は軽く返事をすると、ブルクハルトさんの近くに立つ。
その前に、まずはエルフの男性が俺の前に跪いた。
「あのブルクハルトさん?わざわざ頭を垂れさせるのは彼らの負担になりますし、立った状態では出来ないのですか?」
俺がそう聞くと、
「申し訳ありませんビステル様。奴隷との契約は一種の儀式ですので、しっかりと作法があるのですよ」
ブルクハルトさんが申し訳なさそうにそう言ってきた。
「そうですか。そういう事なら、文句は言えませんね」
俺もこれ以上彼に迷惑を掛ける訳にもいかず、なおかつ跪いた男性の体を心配してさっさと済ませてしまおうと思い口を閉じる。
「では、失礼します」
ブルクハルトさんはそう言うと、首輪を男性の首に着けて剃刀の様な小型のナイフを懐から取り出すと、エルフの男性の髪の毛を僅かに切った。
そして、男性の髪を紙の上に添える様に置くと、何やら文字が浮かび上がる。
何それ?魔法?アイテム?課金すれば手に入るの?
俺がそう思っていると、文字が浮かび上がった紙を俺に差し出して、
「ビステル様、こちらをお受け取り下さい」
そう言ってきた。
どうやら、俺が何かをする事はなさそうだ。
もしサインとか言われたら、こちらの世界の文字を書く事なんて出来なかったから危なかった。
俺がそう思っている内に、ブルクハルトさんがどんどん契約を進めていった。
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