頼むから傍観者でいさせてっ!
「ウィースト侯爵令嬢、今をもって私は貴様との婚約を破棄する!」
先ほどまで談笑やら音楽やらで賑わっていた中庭に突如声が響く。それがこのカネリア国の誇る美貌の皇太子ウェインであることはすぐに誰もが気づいた。
「…で、殿下…何をおっしゃって「黙れ。お前がここにいるアイシャをいじめていたことはとっくに調べがついているのだ。おとなしくその罪を認めろ」」
ウィースト侯爵令嬢…シエラ嬢は唇をぎゅっと噛んで震えている。若干吊り上がったアメジストの瞳は不快に揺れ、真珠のような美しい頬は赤く染まっている。
あー、あれは相当腹が立ってるなー…。そんな風なことを思いながら、私は静かに会場の中心で始まった茶番劇を眺める。傍観者の私は正直気楽だ。
「いじめる…?」
心外だと言わんばかりにシエラ嬢は眉間にしわを寄せる。その迫力が怖かったのか、アイシャと呼ばれた女性は王子の後ろに引っ込んだ。その庇護欲をそそる姿と言ったら言葉にするのも難しい。よくもまああそこまでうるうるぴくぴくな性格に育ったもんだ。ここまで行くともはや感心を通り越して呆れる。
「もう半年になるらしい。貴様は私と行動を共にする機会の増えたアイシャに嫉妬したのだろう?日に日に憔悴していくアイシャの姿を見かね、聞いてみればアイシャは教えてくれた。彼女は本当のことを言えば貴様がひどい目に遭うのではとギリギリまで黙っていた。まあ無理だろうがその健気さを貴様が少しでも持っていたならこうはならなかっただろう。残念なことだ」
殿下は一人腕を組み、納得するようにうなずいている。周りの視線も、シエラ嬢の視線もおそらく気づいていないのだろう。先日も婚約者がいる身で、中庭で「真実の愛」とやらに浸って幸せそうにしていたくらいだ。頭お花畑も極めるとあんなになってしまうのか。もはや呆れを通り越して哀れに思えてきた。
「…わたくしは何もしておりませんわ。一体わたくしが何をしたのでしょう?」
「まだ認めないのか。仕方ない、教えてやろう。…貴様はアイシャにひどい言葉を投げつけただけでなく、私物を隠し、壊し、それどころか制服を引き裂き、階段から突き落としたらしいな?転ばせられる、紅茶をかけられるなど日常茶飯事だったそうだな」
「…信じてくださりはしないと思いますが一応言っておきましょう。わたくしは一切そのようなことをしておりません」
基本的にアイシャ嬢はこの学園内において一人でいることはほぼないのだ。いじめる機会などそうそうない。そもそも、婚約者のいる身で「真実の愛を見つけた」などとほざいて見せつけるように手をつないで校舎内を徘徊し、パーティー等の社交の場で踊り、人目をはばからずいちゃいちゃいちゃいちゃしているあのバカ王子の方がよほど問題だ。
ついでに言えば健気も何も、アイシャ嬢は別にあのバカ王子とだけ仲が良いわけではない。ほかにも宰相の子息、騎士団長の子息、魔法兵団団長の子息、等々将来を期待される重鎮の息子たちとも仲が良いのだ。中庭で抱き合っている姿を私はたびたび目撃している。
「そもそも、わたくしがやったという証拠でもありますの?わたくしは一度たりとも彼女に近づいておりませんのよ?」
「何を言っている!先日の茶会でアイシャは貴様に足をかけられ、転んでいるのだぞ?それだけでは飽き足らず、貴様は熱い紅茶をアイシャにかけたのだろう。紅茶のかけられたドレスを見た。転んだ姿はかなり大勢にみられている」
「…‥そもそも、わたくしそのお茶会には参加しておりませんわ。前日に足をくじいてしまってそんな気分ではありませんでしたもの」
「何を言っている。ではアイシャが嘘をついているというのか?」
「………お茶会の参加者の記録は残っているはずですわ。どうぞご確認なさってください」
「っ!だ、だがその茶会の件がなくても、アイシャは貴様に階段から突き落とされたと言っているのだ。現場には貴様の羽ペンも落ちていたし、落ちる瞬間アイシャはお前の姿を見ている」
「………わたくしは学院の階段を使ったりしませんわ。普通、魔法科の学生ならば教室から自分の部屋まで、移動用魔術を用いるのではなくて?」
「……では、お前のペンはなぜその場にあった。まさかペンが歩いてあそこまで行った、などとお伽めいたことは言わないだろうな」
だんだんシエラ嬢が哀れになってきた。間違いなくシエラ嬢は何もしていない。それは私が証言できる。けれど私にも事情があるし…。どうしようか…。
そんなことを考えている時だった。はい、ストップ、、、そんな軽快な声が聞こえるとともに一人の男がシエラ嬢を庇うように立ったのは。
漆黒の髪を後ろで一つに束ね、口元を髪同様黒の布で覆った男は、顔半分が隠れているのにわかるほど綺麗な顔をしている。通った鼻筋も、布の上からでもわかる形の良い唇も、切れ長の黄金の瞳も、顔だけは完璧のあのバカ王子に負けず劣らず綺麗な造形をしている。
「え…」
突然の男の登場にバカ王子はたじろぐ。そんなバカ王子を横目で一瞥した後、謎の男はその黄金の瞳を細めて妖艶に微笑んだ。
「ウィースト侯爵令嬢の身の潔白はあそこにいるお嬢さんが証明してくれると思うけど?」
男はどことなく聞き覚えのある声で、何か余計なことを言った。それと同時ににやりと笑ったその視線の先にあったのは学院で一番大きな樹。そして男の視線は確実に、木の上から傍観していた私を捕らえていた。
「真相を知っているくせに傍観なんてタチが悪いんじゃないのー、ティア嬢?」
痛いところを突かれた私はうっと唸る。けれどこうなっては仕方がない。私は静かに樹から降りると、その男の隣に立った。
「……き、貴様は……確かノルンフォードの…」
なぜだか狼狽えているけどこうなったら私は私の役目を果たすしかない。とりあえず男の正体は全て片付いてからだ。幸いここは学園内だから身分による上下関係は一切考慮されない。たとえ国王様に対してため口で話しかけようと国王様は罰することができないのだ。まあ、そんな愚か者はいないだろうけど。
とにかく、男の正体が後回しでもたぶん大丈夫だ。うん。
「ええ。まあ、私のことなどどうでも良いではありませんか」
ああ、分かってはいたもののやっぱり面倒臭い。なんで我が国の王子はこんなにもバカなんだろう。
私は静かにため息を吐くと王子の後ろからこちらを覗くアイシャ嬢を見た。グリーンに輝く大きな目は不安げにこちらを窺っている。
まず何から話したら良いだろうか。
「なぜ学院の問題児である貴様がこの場で証人となる?授業には顔を出さず、社交の場には現れず、ましてや重要な式典の日ですら参加をしない貴様が、なぜ」
「問題児、とは心外です。私は国王様に頼まれた仕事を全うしていただけです。第一、それら全部、成績優秀者の免除対象ですよ。免除されてます」
面倒くさい。とても。けれど私は何とかため息をこらえてバカ王子を見た。
一年前、学院に現れた一人の女性…アイシャ・リージェス。その女性は不思議だった。次々と国の重鎮の子息たちを骨抜きにし、使い物にならなくしていった。どんどん頭がお花畑になっていく子息たちに、重鎮たちも頭を悩ませ、ついには廃嫡を考えた。けれど、いくら頭がお花畑とはいえ、成績は優秀なのだ。そんな彼らが廃嫡されるのは惜しい。
国王様はそう考え、私を城に呼んだ。私がそんな仕事に選ばれたのは、若くして国王様の右腕をつとめる兄の推薦らしい。元々、学園を卒業したらその手の仕事に就くことがすでに決まっている私的にはちょうど良い練習なのだ。重要機密事項なわけではないから、と、国王様も許してくれたらしい。
そうして国王様は命じたのだ。一年間、アイシャ・リージェスを見張り、その動向を逐一報告せよ。だから私はひたすら陰からアイシャ嬢を見張ったのだ。
そして今日も見張っていた。別段変なことをしていない。ただ彼女の何も知らない言動が苦労の多い子息たちを和ませていただけ、というのはもうとっくの昔に判明していた。その何も知らないさまが、お花畑どもの目には天真爛漫に映ったのだろうことは想像に易い。とりあえず禁止されている人の心を操る系の魔法のにおいは感じなかったから私はずっと傍観を貫いていた。
まあ、そしたら今日の茶番が始まったのだけれど。
「……こと細かくアイシャ嬢の動きを報告しましょうか。ああ、いじめられ始めたのは半年くらい前からでしたっけ。では半年前の記録から。半年くらい前からアイシャ嬢は一人でいる時間のほぼ全てを寮で過ごしているみたいですね。すべては確認できていませんが、自分の制服を自室で破いていたのと、教科書を水浸しにしていたのは確認で「う、嘘ですっ」」
愛らしい声が私の発言をさえぎる。面倒くささに思わず舌打ちしそうになるのを抑え、私は静かにアイシャ嬢を見た。バカ王子の服の裾をきゅっとつかみつつ、彼女は一歩前に出る。
「そんなことしてません!制服は学校で裂かれました!教科書もなくしたと思っていて…戻ってきたと思ったらあんな水浸しだったんです!」
震えつつ、言い切ったと満足げな表情を浮かべたアイシャ嬢を庇うようにバカ王子が立つ。
「アイシャがやったという証拠はないだろう」
バカめ。それを言うならシエラ嬢がやったという証拠もないのだ。
何故それをわからないのか。と、いうかこんな公衆の面前で糾弾しようと思うならせめて証拠を揃えろ、恥晒しめ。
さすがに今回は舌打ちを抑えられず、ギッとバカ王子を睨んだ。
「……私は、国王様からの勅命を受けて動いている…先ほどそう言ったでしょう?」
あまりの面倒くささに私は首にしていたストールをとりさった。首元を見たバカ王子は呆然とこちらを見ている。
私の首元に浮かぶのは真っ赤な紋章だ。この国の国王様のみが使うことを許されるこの紋章は国王様を裏切れないような呪詛が吹き込まれている。
先日、黒い笑みを浮かべた兄に呼び出されて行った城にて、刻まれたものだ。黒い笑みを浮かべた兄とは対照的に国王様はぐったりとしていた気がする。もしかしたら今日のことを既に知っていたのかもしれない。占星術に長ける兄ならあり得る話だ。
だからこそ、嘘をつけなくする呪詛も混じるこの紋章を私に与えたに違いない。この様子だと紋章の効果については、さすがのバカ王子も知っていたのだろう。
「まだ言いましょうか。アイシャ嬢は殿下のほかにも様々な殿方と交流をしていたようですね?それだけではありません。誰もいないのを言いことに何もないところで転んでは騒いだり、紅茶を自らにかけては騒いだり「やめてくださいっ!」」
アイシャ嬢が叫ぶ。どうやら彼女はまだ理解していないらしい。唯一の味方であったバカ王子も、アイシャ嬢を疑いざるをえないのだと。
私の首元に浮かぶ紋章は大きな鷲と蔦の施されたこの国の国章だ。国章すら知らないのだろうか。今時五歳児だって知っていると思っていた。
「なんの権限があって人のプライバシーを覗いてそんなウソをでっちあげるんですか…!私はただ、ウェイの心を癒してあげたくて…それで」
押し黙ったアイシャ嬢の腕を、バカ王子の監視役の騎士がつかんだ。続いて、バカ王子も拘束される。
さすがに、監視では済ませられないと判断したに違いない。もう少し早く出てくれていれば私がこんな場に出る必要はなかったのに。私が任されたのはあくまでアイシャ嬢の監視なのに…。
「な、何するのっ!」
助けて、と叫ぶアイシャ嬢を無視し、私はじっとバカ王子を見つめた。
「殿下、貴方を監視していた騎士も判断を下したみたいです。…ご同行願えますね…?…殿下がおかしなことをなさった場合、力ずくでも連れ帰るよう命じられております。まあ、それはそこの騎士お二人の役目ですが」
「……なんの権限があってお前が父上の勅命を受ける…」
バカ王子は力なくうなだれている。その美貌も台無しだ。美貌がなくなったらただのお花畑だというのに。
「陛下のおっしゃる通り…救いようのない愚か者ですね。そもそも前提が間違っていたんですよ」
私は騎士団に両腕を抑えられたバカ王子を眺める。こんな公の場で、大衆の面前でさらし者のように糾弾した罪はなかなかに大きい。まあ、それよりも婚約者がいる身で裏切るような行為をすることの方がこの国では特に重い罪となるんだけどね。
「あなたの婚約者はシエラ嬢じゃない。……私なんですよ。それもあって、国王様は私を選んだのでしょうね」
心底呆れた声で言ってやれば、王子は呆然と私を眺めた。今まで勘違いして生きてきた経緯がさっぱりわからないけど、まあそれだけお花畑だってことだろう。間違いなく私との婚約も破棄されるだろうし特に問題はない。何気にキツかった王妃教育が無駄になるのかと思うとかなり腹が立つけど、この男のとこに嫁がないといけなかったのかと思えば全然許せる。
「まあ、これであなたの望み通り破棄されるでしょう。良かったですね、お互いに」
連れて行ってください、そう言えば騎士団の男二人はバカ王子とアイシャ嬢を連れて中庭から出て行った。残された来客たちはどうすれば良いかわからず固まっており、身動き取れないでいる。まあ、それは私の仕事ではないし、これでようやく表舞台の幕引きだ。私はまた傍観者に戻れる。
ふう、と息を吐き、中庭をあとにしようとした私は後ろからつめたーい何かを感じて振り返った。
腕を組み、つり上がった目を冷ややかに細めたシエラ嬢がそこにいる。心なしか先ほどよりも顔が赤いうえ、震えている。腕に食い込んだ爪が赤く滲んでる気がする。血かね。
「久しいですわね、ティア。幼馴染であるわたくしに何も告げず消えたと思えば…国王様の勅命ですの…」
言葉の端々に鋭いトゲを感じる。
「えーっと…シエラ嬢…?」
「あのバ…殿下が婚約者云々の話をし出した時、貴方を探しましたのよ?まさかあんな樹の上にいるとは思いませんでしたわ。さすが、ティアですわね。ええ、さすがですわ。武術・魔術・筆記全てにおいて主席のティアだけありますわ!それは国王様から勅命も受けますわね」
「う、え、あ…。あの…シエラ?いや、私もほら…将来を見据えた練習だったと言うか…仕事だから仕方ないというか…。…あの、とりあえず…言いたいことがあるならはっき「遅いのではありませんの!?あのバカはわたくしの話を聞きませんし、アイシャ?とかいうあの娘の名を聞いたのも今日が初めてですわ!何が嬉しくてあのバカの婚約者扱いをされなきゃなりませんの!?そもそも、先ほど姿を現したということは、本当に必要なら仕事内容を明かすことを許されていたのでしょう!?わたくしが勘違いされてる時点で姿を現さないその神経どうなってますの!?ティア!?」」
「つ、罪に問われないことはわかっていたから。それに放っておいてもシエラはあのバカ負かして「そういう問題ではありませんわ!その事なかれ主義、どうにかなさいな!」」
「うっ。は、はいぃいいい。ご、ごめんなさ「大体、昔から事なかれ主義とか言いつつ無茶しすぎですわ!聞いてますの!?ティア!?ティア!?」」
結局そのあと二時間にわたって説教された私が解放された頃には中庭の人はすっかり消えていた。
「うっ。つ、疲れた…」
ふらりと体が傾く。足を出してなんとか転ぶのを免れようとした私は突然後ろから腕を掴まれた。
「よー。お疲れ、ティア嬢」
先ほどと同様、軽快な声が響く。お疲れー、でも、よー、でもない。説教中、この男はずっとニヤニヤこっちを見ていた。ニヤニヤしていた癖にシエラ嬢は稀にこの男の方を見てはどこか気まずそうにしていた。まあ、説教は止まらなかったけど。
ああ、なんか腹が立ってきた。この男のせいで私の傍観者的立ち位置が露見される流れとなったんだったか。おまけに助けてくれれば良いのに説教中もずっとニヤニヤ見やがって。
「……何者ですか、あなたは。なぜ私のことも仕事のことも知っているのです」
てか、なんでさらっと私を愛称で呼んでんだ。
そう言いかけて口をつぐんだのは多分間違いじゃない。もう面倒くさい、この男…。
「そりゃ、聞かされてたからだろ。お前を溺愛するお前の兄さんと仕事を命じた男本人に。さすがに、あんなでっかい木の上から呑気に眺めてるなんて思いもしなかったけどな」
「………傍観しろ、と命じられていたので…。まあ、必要に応じて明かすことも許されてましたけど…シエラ嬢が罰せられることはないとわかっていたし…。それより、よくも私を巻き込んでくれましたね!あんな面倒な場に!どこの誰だか存じませんが、あなたのその顔、絶対わすれませんからっ」
「そう。忘れないなら好都合。また会おう、ティア嬢?」
にやりと笑って男は消える。その直前に私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて。
「絶対、会わないっ」
そう叫んだほんの三日後。私は彼と会うことになる。
隣国の皇帝、クロディス・ハーベルト、そう紹介された彼はその美しい黄金の瞳を楽し気に細めて恭しく私に会釈して見せた。そして次の瞬間こう告げるのだ。
ーよろしく、婚約者殿?
その時の間抜け顔はたぶんあのバカ王子にも負けていなかったと思う。
けれどそうなるのも許してほしい。
社交界が嫌いで散々理由をつけては避けて来た私は、度々カネリアの夜会に顔を出すらしい大国の皇帝なんて知らない。
いくらカネリアがその大国…ジェネシス帝国の属国といえど、絵姿も出回らない、見たこともない人を皇帝だと分かれなんて無理だ。ついでにその皇帝が、学生時代兄の同級生で親友だったってことも、兄が私に会わせないようにしてたんじゃ知る由も無い。
「兄様、皇帝陛下はお忍びで何度もうちに来たことがあるらしいけど、なんで私は会ったことないの?」
「…ティアを見ればあいつは気にいるだろうとわかっていたからね。あんな底意地の悪い男にお前をやるわけにはいかないだろう?だからこそ会うことがないようにありとあらゆる手を尽くして来たんだ。まあ、今回私が陛下にお前を推薦したせいで、城に来たお前をあいつは気に入ってしまったんだけどね。…それでもあのバカ王子よりは遥かにマシかな」
なんでも、今回私を推薦したのは、あのバカ王子に幻滅させる目的もあったらしい。私が言うのもなんだが、地位を私利私欲のために使い過ぎだ。まあ、それで私は助けられてるし、国王様も許してるし、それ以上に優秀だから誰も何も言えないのだけれど。
「けれど困ったな。他国に嫁ぐとなると目が届かなくなる…。お前は放っておくと何故だか問題事に巻き込まれるし…。あの王子のとこに嫁がせたかったのは、私と父様の目が届くところに置いておきたかったのが大きいのだが、こうなってしまっては仕方ないな。あの王子があそこまでお花畑になるとは想定外だ。…私もまだまだだな」
そう言って苦笑いを浮かべる兄に鉄拳を入れたのは許してほしい。令嬢らしくないというなら今更だし、もうなんでも良い。とりあえず、全部兄と父の知るところだったらしい。最悪すぎる…。
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ー変わり者の公爵令嬢が皇帝陛下を射止めたらしい
そんな噂がまことしやかに流れた始めたのはそれからすぐのことだったと思う。
街を歩けば注目を浴び、学園に顔を出せばいつもならありえないくらいにご令嬢方が寄って来る。
もう勘弁してほしい。私は事なかれ主義なのだ。目立つ場は好きじゃない。貴族の娘としては前代未聞、国を裏から守る暗部を希望したくらいなのだ。私は注目の浴びない静かなところでひっそりこっそり生きたい。
それが大陸一の力を誇るジェネシス帝国の王様の嫁!?
無理だ。もう先行き不安どころか平穏な未来が見えない。
ああ、誰か…。
私を傍観者に戻して…っ!