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99話

 俺達の目の前に、奇妙なものが現れた。

 そこにあったものを見つけた、というよりは、突然現れた、といった方が、感覚に近い。

「あれは……建物、なのかな」

「みたいだな。塔、か?」

 それは人造物のようでもあり、天然物のようでもあった。

 薄く光る石のような、金属のような。はたまたガラスか、或いは氷か、それとも未知の素材なのか。

 これが人造物なのであればオルガさんの言うように塔なのだろうし、自然にできたものなのならば石筍か鍾乳石か……巨大な一角獣の角なのかもしれない。

「あそこにアレーネさんが居るんだよね!よし!がんばろー!」

 泉は至極真面目に、しかし至極明るく楽天的にそう言って拳を天に突きあげた。(この空間では天も地も上も下も分からないのだが。)

「……ま、そうだった場合、居るのはアレーネちゃんだけじゃーないんだろーけどね」

「私達の行動が既に相手に気付かれている可能性もあります。近づいて即、戦闘になるかもしれません」

 ……まあ、それは覚悟の上だ。

『翼ある者の為の第一協会』とは、以前から何度も戦闘になっている。今回だけ戦闘が無いなんて、思っていない。

「あれっ、ニーナちゃん、あの塔の中身は透視できないの?めっずらし」

「はい。この空間そのものの性質なのか、あの塔の性質なのかは分かりませんが、外部からの干渉はほぼ不可能なようです」

 相手の戦力は不明。つまり、出たとこ勝負、ってことか。

 ……だが、すくいなのは、この空間で誰もダウンしていないという事だ。

 思えば、誰一人としてダウンしない場所はかなり珍しいのではないだろうか。

 オルガさんが動いている以上、トラペザリアの道具は使える。ニーナさんが動いているから、バニエラも同じく。感覚として、ピュライの道具が使えないという事は無さそうだし、鞄が正常に動いているからグラフィオの道具も大丈夫という事になる。

 つまり、アラネウムのメンバー全員が全力を出して戦える、という事だ。

 それは敵も同じなのだろうが……敵が俺達の行動に気付いているのだとすれば、すでに対策が練られているはずだ。

 どうせ敵の土俵で戦うなら、こちらが打てる手が多い方が良い。

「急ぐぞ。ここは『世界の狭間』だ。安全な場所ではない」

 俺達はまた、細い糸を辿って進み始める。

 敵とアレーネさんが待つのであろう、奇妙な塔へ。




 塔に近づくと、急に、足が『下に』引かれた。

「きゃっ、わ、わわわ、きゅ、急に重力がー!」

 泉がバランスを崩して転倒したが、他は全員、何とか体勢を整えることができた。

「……うわ、上がある。下もある。うわー、あっりがたい」

 リディアさんが心底ありがたそうに言うが、笑いごとではない。

 久しぶりの感覚だ。上がある。下がある。右も左もある。

 ……どうやら、この塔の周りには秩序があるらしい。

「……もしかしたら、この塔がこの『世界の狭間』を保っているのかもしれないな。そうでなければ、このように無秩序な場所が崩れずにいられるわけがない。世界と世界の間に空間など、無い方が安定するだろうからな」

 スフィク氏がそう呟いて、塔を見やる。

 ……ということは、この塔、うかつに壊せないのか。

『世界の狭間』が崩壊しでもしたら大変だ。


 そうして俺達は歩いて、前方の塔へと近づいた。

 触れられる程の距離まで近づくと……塔の異様さが増した。

 塔は明らかに、金属や石や、或いはその他諸々の、硬い素材でできているのだ。継ぎ目も無く、素材からそのまま削り出したような……或いは、初めからこの姿で生まれてきたような、そんな様相をしている。

 しかし。

「も……もしかして、これ、い、生きてる、です……か?」

 塔は時折、脈打つように蠢いているのだ。

「ちょ、ちょっと!気持ち悪い事言わないでよね!い、生きてる訳が無いじゃない!だってこれ、建物でしょう!?」

 フェイリンが慌てて、塔から数歩、離れる。

 気持ちは分からないでもない。

「触ると冷たいね。あんまり生き物っぽくはない、かな」

「うん……ええと、あの、死んだ生き物に似た気配がするよ。骨みたい、だよね?」

 塔に触れると、確かに冷たく滑らかだ。時折、蠢きはするのだが……命の気配は感じなかった。


「ところでこれ、どっから入りゃーいいの?」

 そして塔の異様さはさておき、問題はここだった。

「……入り口は見当たらないな……」

 この塔には、入り口が無かったのである。




 外壁伝いに一周したが、入り口はおろか、窓すら見当たらなかった。

「入り口がありませんね」

「ど、どうしよう……?」

「よし、ぶっ飛ばすか!」

「えーっ!待って!オルガさん!待ってよー!これ、壊しちゃまずいんじゃないのー!?」

 普段ならば、オルガさんが壁を破壊して、そこから突入するだろう。

 だが、この塔は『世界の狭間』唯一の秩序だ。

 下手に破壊したら、何か悪いことが起こりかねない。

 例えば、この空間の崩壊、とか。

「……もしかしたら」

 そんな中、ペタルが、ひょこ、と、塔の下を覗き込んだ。

 秩序はあるが、地面は無い。俺達が立って歩いている部分は、何も無い空中だ。よって、塔の『下』なんて部分を覗けるわけなのだが。

「……あ。当たり、かな?」

 ペタルにて招きされて、俺も一緒に塔の下を覗く。

 そこには、何か模様のようなものが光って浮かんでいた。




 秩序に逆らって進む。

 それは、予想していたよりも簡単な事だった。

 塔の下へもぐりこむまでは抵抗があったが、ひとたび潜り込んでしまえば、後は何の抵抗も無く進むことができた。

「あ、これが入り口なんじゃない?……あ、ほら。開いたよー!」

 さっき見た模様は、触れれば穴が開いて中に入れる仕掛けだった。

 不思議なことに、入り口が開くとき、魔法が発動したような気配は無かった。

 そして当然、機械仕掛けとも思いにくい。

 ……つまり、この塔は、魔法でもなく、機械仕掛けでも無い動力で動いている訳だ。

 この塔……本当に生きてるんじゃないだろうな。




 塔に入ると、中はやはり、人造なのか天然なのかよく分からない造りをしていた。

 壁の一部がよじれて、階段のようになっている。

 俺達は壁に沿って伸びる階段をひたすら上っていった。


「なあ」

 階段を上っていると、オルガさんが声を掛けてきた。

 ちなみに、オルガさんが先頭、その次が俺、という進み順である。

 理由は簡単、最も耐久性に優れているオルガさんを先頭に置き、続いて、ピュライの魔法ならばほぼ確実に無効化できる手袋を持った俺を配置……という訳だ。アラネウムにも人員が増えたが、盾役ができる人員はオルガさんぐらいしかいない。

「シンタロー。もし、この先で敵と遭遇したら、お前は先に行けよ?」

「え」

 驚いてオルガさんを見れば、オルガさんの表情は穏やかだった。しかし、その眼の奥にはトラペザリアの人間らしい、ギラついた闘争心が灯っている。

「この先で敵と遭遇することがあったら、そいつの目的は私達の足止めだろう。……ペタルのあの様子を見る限り、どうやら私達には時間が無いらしいからな。敵はその時間分、時間稼ぎできれば勝ち、ってことだ」

 オルガさんに促されて、ちら、とペタルを見ると、ペタルは焦燥感を表情に滲ませていた。

 ……ペタルは、運命を口にしない。

 恐らく、見えたものを口にすることで変わってしまう運命があるからだろう。或いは、そういう制約でもあるのかもしれないが。

 だから、俺達は、ペタルを見て、そこからペタルが見た運命を読み取る。

「それから、その時はできれば、ギリギリまでペタルを連れていけ。シンタローは場合によっては『世界渡り』ができないからな」

 その理屈は分かる。ペタルは最後まで……アレーネさんにたどり着くまで、居た方が良い。

 だが、俺は。

「そしてシンタロー。お前は、ペタルを置いていくことになっても、先に進め」


「何故ですか?俺の戦闘力はそこまで高くない。隠密行動に優れている訳でもないし、特殊な力も」

 言いかけると、オルガさんは笑って、俺のコートの胸ポケットを指した。

 ……マスターの糸巻きが入っている場所だ。

「なあ、シンタロー。このアラネウムでは、アレーネの次にペタルが古株だ。その次が私だな。……だが、アレーネはペタルでも私でもなく、お前にその糸巻きを譲ったんだ」

 ……それは確かに、気になっていた。

 何故、俺なのか、と。

 アラネウムのリーダーになるなら、『世界渡り』ができるペタルは適任だろう。或いは、戦闘慣れしていて、いつも冷静なオルガさんだっていいはずだ。

 ……しかし、糸巻きは俺に宛てて送られてきた。

 わざわざ、書く意味も無いぐらい短い手紙と一緒に。俺を、名指しで。

「ああ、あまり深く考えなくていいと思うぞ。理由の1つは、シンタローなら糸巻きを確実に使えるから、っていう事だろうしな。……だが、確かに言える事は、アレーネはシンタローを選んだ、って事だ」

 オルガさんは力強く(おそらく、オルガさんの基準だと軽く)俺の背中を叩く。

「だから、お前が行ってやれ。シンタロー。多分、アレーネは、来るならお前が良いんだろうから」

 どうしてだろうな。アレーネさんは、どうして俺を、指名したんだろうか。

 ……聞かなきゃな。

 アレーネさんに直接会って、聞かなきゃいけないな。

「はい。……必ず俺は、アレーネさんまでたどり着きます」

 俺が返事を返すと、オルガさんはにやり、と笑って、それから、上……階段の先を見て、ますます笑みを深めた。

「……指示は頼むぜ。リーダー代理」

 階段が終わり、もう、次の階層が見えていた。


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