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97話

「それは……どういう」

「分からない。でも、それしか見えなかった。その先に何かあったのかもしれないけれど、遠すぎて、触れなかった」

 全てはぼんやりとした、感覚の中の話だ。

 しかし、俺は『糸』を辿った結果……その先に、『何も無い世界』を見た。

 ただ、何も無い訳ではないのだ。

 ただ、『何も無い』が『有る』、というか。

 ……技量不足で、違うものが見えているのかもしれないが……だが、これ以上の情報を得られる気もしない。

 そして、この程度の情報では、『世界渡り』することすら、できないのだ。




「何も無い世界ー?えーと、そういう世界が多分、どこかにあるんだよねー?」

「……ううん、多分、違うと思う」

 困り果てた俺達の中で、ペタルは目を固く閉じて、しばらく、そのままで居た。

 ……そして。

「フェイリンさん、眞太郎が見た『どの世界でもない場所』について、もう少し情報が手に入らないかな」

『どの世界でもない場所』と。そう言った。




「アレーネさんの出身がどこか分からなかったのは、アレーネさんが隠していたからじゃなくて……本当に、『出身が無い』から、じゃないかな」

 フェイリンが水晶玉の準備をしている間、ペタルはここではないどこかを見るような目をしながら、そんなことを呟いた。

「『どの世界でもない場所』。『世界の狭間』。……そういう場所があるって、『翼ある者の為の第一協会』に居た時に、聞いたことがあるんだ」

「どの世界でもない……って、結局どこなのー?」

「それは分からないよ。でも、そこにアレーネさんや他の誰かが居るなら、フェイリンさんの水晶玉で見られると思うんだ」

 詳しいことはよく分からないが、俺の中には確かに、さっき見た『どの世界でもない場所』の光景がある。

 これをイメージしていれば、フェイリンの水晶玉に、この糸の先を映し出すことができるだろうか。


「やってもらう事は前回と一緒よ。今回も、アレーネさんのイメージを強く持って」

 そうして数分後には、俺達は水晶玉とフェイリンを囲んでいた。

 やることは難しくない。前回は成功している。

「フェイリン様。『世界の狭間』にあるものもその水晶玉に映し出せるのですか?」

「さあね。分からないわ。やったことが無いもの」

 だが、フェイリンはあっさりとそう言って肩を竦めた。

「でも、アレーネさんの記憶を辿れば、『アレーネさんがどうやって世界の狭間に行ったのか』は分かるはずよ」

「あ、そっかー。もし『どの世界でもない場所』が映らなくても、アレーネさんがそこに行くまでの景色は映るはずだよねー。前回は映ったんだし」

「なら、私達もアレーネと同じ道を辿ればいい、ってことか。……その後はペタルとシンタロー頼みになりそうだが」

 恐らく、アレーネさんの軌跡が分かれば、そこから糸を辿るのは難しくないはずだ。

 どこかに、きっかけさえ、見つけられれば。




「じゃあ、いくわよ!」

 フェイリンが術を使い始めると同時に、俺達もまた、アレーネさんのイメージを強く持つ。

 ……俺の脳裏に真っ先に浮かんだのは、前回、水晶玉で見た死体だった。

 すぐに考えを振り払って、別のイメージを思い浮かべる。

 ……だが、上手くいかない。

 カウンターの内側でカップを拭いていた姿も、異世界の戦場に立って戦う姿も、覚えている。

 覚えているのに、それらがアレーネさんだった気がしない、というか。

 何故なのかは、考えるまでもない。

 恐らく、今まで俺が見てきたアレーネさんは、ほんの一部分だけだったのだと、気づいてしまったからだ。

 アレーネさんは、隠していたのだろう。恐らく、色々な事を。

 そして俺は今、アレーネさんが隠していた部分に踏み込もうとして、その領域の広さに戸惑っているのだ。

 俺は、アレーネさんの事を知らなさすぎた。


「ちょ、ちょっと、ちゃんとイメージしてるんでしょうね!?」

 そしてフェイリンの術は、上手くいかなかったらしい。フェイリンは苛立ったような、困ったような表情で俺達を見ている。

 そして、他のメンバーは。

「あうう、な、なんか上手くいかないんだよー……」

「どうして、だろう……何をイメージしたらいいのか、分からない……」

「……私達、前回、ちゃんと、アレーネさんをイメージ、できてた、です……か?私達のイメージは、アレーネさん、でしたか……?」

 ……俺だけではなかったらしい。

 それぞれがなんとなく、困ったような顔をしながら視線を彷徨わせている。

 掴もうとしたイメージが指先をすり抜けていくような感覚を、皆、感じているのだろうか。


「……なあ、もしかして考えすぎなんじゃあないか?」

 そんな中、オルガさんがふと、そう言った。

「アレーネが何を隠してたかなんて関係ない。私達はアレーネの意思を捻じ伏せにいく。会って、話す。なんなら、連れ戻す。場合によっちゃ、引っぱたいてやってもいいな。だからそのために、アレーネの居場所を知りたい。……それだけで、いいんじゃないか?」

 オルガさんの言葉が示す先は非常にシンプルな回答である。

 だからこそ、迷いが無くていい。

「前回は成功しただろ?なあ、ニーナ」

「分析の結果、水晶玉の風景を見ていたのはマスター・アレーネであったと結論が出ています。ですから……イメージが、必ずしも真実である必要は無いのでしょう。そもそも、イメージとはそのようなものかと」

 そしてニーナさんがそう付け加える。

 ……機械の体の人間と、人間ではない機械と。2人が出す結論は、とても割り切れていて、とてもシンプルで、とても頼もしい。

「……そうね。真実かが関係ないかなんて、よく分からないけれど。でも、魔術って、そういうものでしょう?遠い誰かを想う気持ちが、水晶に景色を呼び寄せるんだと思うわ」

 そして最後に、フェイリンがそう言って、もう一度水晶玉に手をかざした。

「さあ、もう一回やって頂戴。……香の煙が消えない内にしなさいよね」

 俺達は目を閉じる。

 今度は多分、はっきりとイメージできるだろう。




「……来たわ!」

 小さく鋭いフェイリンの声に、全員が水晶玉の周りへと集まる。

「多分、これがアレーネさんの記憶の視界ね。……建物の中、かしら?」

 水晶玉の中には、見覚えのない風景が広がっている。

 建物の中、なのだろう。

 石造りの建物の床には絨毯が敷かれ、壁には燭台が掛けられている。

 どこか物語の中めいた風景は、俺達が今まで見たことの無いものだ。

「あ、階段を下りてる。やっぱり建物なんだねー」

 やがて、水晶玉の風景は地下へと移る。

 ……そしてその先、石造りの室内に……大きな門があった。

 水晶玉の風景は、開く門へと近づいていき……そして、ふつり、と途切れた。

 それきり、何も映らない。

 ……どうやら、これで終わり、らしい。


「……えっ?これでおしまい?え、えーと……ニーナちゃーん、なんか分かった?」

「申し訳ありませんが、解析中です。……しかし……情報が……あまりにも、少ないです。意図的に減らしてあるのでしょう。先程の壁の石材は、1つ1つ、別の世界の物である可能性があります。解析しても、風景がどの世界の物なのかを知る手掛かりには成りえないでしょう」

 ニーナさんの方は絶望的らしい。

 俺は俺で、糸を手繰ってみようとしたが……恐らく、水晶玉に映し出された風景は、今現在のものではないのだろう。記憶を映しているのだから、現在とは時間のラグがあるはずだ。

 だからか、糸を手繰ろうとしても、先ほどの門の風景にはたどり着けそうになかった。

「ど、どーすんの、これ」

「ペタル、何か見えたか?未来はどうなってる?」

 そしてそんな中、ペタルは……閉じていた目を開いて、小さく微笑んだ。

「この風景は、『あそこ』だよね。……お兄様は、行ったことがあるんじゃないかな。ねえ、お兄様」




 ペタルの視線の先には、スフィク氏が立っていた。いつの間にか起きてきていたらしい。或いは、眠っていなかったのかもしれないが。

「確かに、私はここを知っている。……本来なら、貴様が知るはずだった場所だ」

 スフィク氏は迷うように視線を彷徨わせてから、言葉を続けた。

「……私は、アレーネとやらがどうなろうと知った事ではない。だが、ペタル。貴様には、アレーネとやらと、私達の世界の未来が重なっているのが、見えているんだな?」

「うん。……ピュライを救うなら、アレーネさんを、探さなきゃいけない」

 ペタルの言葉に迷いはない。

 スフィク氏はそれを聞いて、1つため息を吐いてから……シャツの襟の中を軽く探った。

 そして、その中から細い鎖を手繰り寄せる。どうやら首にかけていたらしい。

「なら、ペタル。……これを貴様に、貸してやる」

 鎖の先にあったものは、古びた、重そうな鍵だった。

「……ありがとう、お兄様」

 ペタルが鍵に手を伸ばすと、しかし、そのカギはペタルの身長では届かない位置まで掲げられてしまった。

「その代わり、条件がある」

 スフィク氏は鍵を掲げながらペタルを見下ろして、言った。

「私も同行させてもらう。アリスエリア家の当主として、な。……アリスエリアの屋敷の地下に入れてやるのだ。この程度の条件は当然だろう?」


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