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96話

「ペタル、シンタロー。こんな夜分に何してるんだ?」

 アレーネさんの部屋の前で、オルガさんと出くわした。

「……アレーネの部屋に入るのか?」

「うん。そうすれば、アレーネさんの居場所が分かりそうだから」

 オルガさんは訝し気だったが、ペタルがそう答えると、何かを察したらしい。

「成程、運命を見たんだな」

「うん」

 オルガさんはやや意外そうな顔をしつつも、どこか納得した風でもある。こうなることは分かっていたのかもしれない。

「……だがな、ペタル。そもそも1つ、聞いておきたいことがある」

 オルガさんはアレーネさんの部屋の扉の前に陣取ると、表情を厳しくした。

「アレーネは『アラネウム』のマスターの糸巻きをシンタローに譲渡した。その意味は分かるよな?」

「うん。……アレーネさんは、『アラネウム』を眞太郎に譲渡したってことだよね」

 ペタルも表情を厳しくして、答える。

「ああ。多分、そういう事だろう。……つまり、アレーネはもう、ここに戻ってくる気が無いって事だ。それが、ふらっと消えちまうって事なのか、それとも死ぬ気でいるって事なのかは分からないがな」

 オルガさんの目がより一層鋭くなり、俺とペタルをしっかりと射抜く。

「つまり、アレーネを連れ戻そうとするなら、アレーネの意思を踏み躙ることになる。それは分かっているんだよな?」


 当たり前なようで、直視しないようにしていた問題でもある。

 アレーネさんは、『戻らないことを望んでいるのかもしれない』。

 だが、俺達は今、『アレーネさんを連れ戻そうとしている』。

 この2つは当然ながら、相反するものである。

 俺達がこのままアレーネさんを探すことは、アレーネさんの意思を踏み躙ることになる、のかもしれない。

 ……だが。

「それでも、俺はアレーネさんを探します。別れの言葉が『あげる』だけじゃ、あんまりじゃないですか」

「うん。……そう、だよね。私も……もし、アレーネさんが戻らないとしても、最後にお別れくらいは、言いたい。それをアレーネさんが望んでいなかったとしても」

 それでも俺は、アレーネさんを探したい。

 我儘なのかもしれないし、正しいことではないのかもしれないけれど、それでも、自分の中で納得できないのだ。このままアレーネさんと、もしかしたら永遠に会えないかもしれないなんて。

「ああ分かった。……分かってるなら、いいんだ。じゃあ入るか」

「えっ」

 ……そして、そんな俺達を見て頷いたかと思うと、オルガさんはあっさりと、アレーネさんの部屋のドアに手を掛けた。

「……アレーネは多分、望んでないな。こんなこと。だが、このままってのは私が望む形じゃあ、ない。……なら、真っ向からぶつけ合うしかないよな、お互いの意思を」

 オルガさんが回したドアノブは、しかし、途中で固い音を立てて止まった。鍵がかかっているらしい。

 オルガさんは舌打ちすると、俺とペタルを後ろに下がらせて……ニヤリ、と笑った。

「アレーネが黙って死ぬことを望んでるっていうなら、私は全力で、その意思を叩き潰してやる!それが私の意思だっ!」

 そして、オルガさんの右脚が、ひゅ、と風を切って折りたたまれると……次の瞬間、勢いよく伸ばされて、アレーネさんの部屋のドアに叩きつけられ、ドアは勢いよく破壊された。

「さーて、家探しといこうじゃあないか、ペタル、シンタロー!ははは!」

 そしてオルガさんは頼もしい笑顔を浮かべながら、颯爽とアレーネさんの部屋の中へ入っていったのだった。




「……あんまり物が無い部屋だね」

「ああ……私もアレーネの部屋に入るのは初めてだ」

 アレーネさんの部屋は、生活感の無い部屋だった。

 小さな机とベッド、それから小さな戸棚があるくらいで、広い面積を無駄にしているような印象すらあった。

 強いて言うなら、ベッドの枕元に置かれた、革張りの本が唯一の生活感らしいもの、だろうか。

「お、この棚、糸巻きが大量に入ってるぞ」

 そんな部屋の片隅に置かれた小さな戸棚の中には、古めかしい糸巻きがたくさん入っていた。

 それらには1つ1つ、例の糸が巻き付けられている。

「……多分……これ、かな」

 その中から、ペタルが1つの糸巻きを取り出した。

「ん?その糸巻き、糸が無いぞ?」

 だが、その糸巻きには糸が掛かっていない。

「うん。……多分、アレーネさんが持ち去ったんだと思う。或いは、処分したか」

「つまり、当たり、ってことか」

 ペタルから糸巻きを受け取って観察する。

 そこには糸が巻き付けられておらず……いや。

「ここ、引っかかって少しだけ、糸が残ってる」

 糸巻きがしまってあった場所、戸棚の奥に、ほんの少しだけ、透明な糸が、千切れて残っているのが見つかった。


「じゃあ、これを辿ってアレーネの居場所が分かるって事か!?」

「……いや、駄目みたいです」

 だが、喜ぶには早かったらしい。

 糸は、あまりにも短かったのだ。

 つまり、この糸を辿っていくには、足りない。

 ……足りないのがこの糸の長さなのか、俺の技量なのかは分からないが……少なくとも、今、俺にはこの糸を辿ることができそうになかった。




「シンタロー、シンタロー、その糸、かーしてっ!」

 不意に、明るい声が足元から響いた。

「泉、いつから居たんだ?」

 声の主は、泉だった。

 いつの間にか、小人サイズになって来ていたらしい。

「んー?ものすっごい音がしたから来たんだよー!」

 ……ああ、オルガさんが部屋のドアを蹴破った時の音で起きたのか……。

「というか、皆居るよー?」

 見れば、部屋の外に他のメンバーも集まっているのが見えた。

「……まあ、あれだけ騒がしくしたら、起きるよなあ……ははは」

「うん。何かやるんだったら、私も起こしてほしかったなー!もー!」

 のけ者にされたことに怒りつつ、泉は俺の手から短い糸を引っ張って抜き取っていった。

「泉ちゃん、それ、バイオリンの絃にできる?」

 そして、ペタルがそう声を掛けると……泉は既に、小さなバイオリンを取り出していた。

「うん!もともとそのつもりだよー!」


 手早く張り替えられた弦は、泉のバイオリンにしっかり馴染んだらしい。

 透明で、実体があるのかないのかもよく分からない不思議な糸は、妖精が弾くバイオリンの絃として相応しい代物だった。

「じゃ、いくよー!」

 小人サイズのバイオリンから、大人サイズの音量で音楽が奏でられる。

 糸が震え、その音が増幅されて、部屋に響く。

 ……普通のバイオリンよりも滑らかで、透明感のある音色だった。

「この糸は多分、魔法の糸だから、この糸に繋がってる糸があれば共鳴するはずだよー」

 どうやら泉は、糸の音色に乗せて、何らかの魔法を使っていたらしい。

 ……だが、耳を澄ましても、聞こえるのは真夜中の町の、極々遠い喧噪だけである。

 つまり、何も聞こえない。

 俺達の耳が悪いのか、それとも糸の共鳴の音が小さすぎるのか……そもそも、繋がる糸なんて、どこにも無いのか。

「……何も聞こえないな!ははははは!」

「オルガちゃんちょーっと静かにしよっか。ね」

 だが、ペタルが恐らく、泉が弦を弾く運命を見ている。

 ならば、この道筋が正解なのだ。だから……。

「あ……お庭の方、かな?」

 ……イゼルが耳をピンと立てて、窓の外……アラネウムの中庭に、身を乗り出した。

「ほら、あそこ……だと思う」

 指さす先には、古ぼけた小さな物置がある。




「あかーん、開かーん……」

 そして案の定というか、物置にはしっかりと施錠してあった。

「よし、蹴破るか」

「いけません、オルガ様。……この扉を破壊すると、内部で何らかの魔法が発動されると予想されます。詳細は不明。しかし、発動する魔法は複数のようです。中の物を何ら破損させずに魔法を処理することは非常に難しいかと思われます」

 そして、ニーナさんの分析によれば、この物置の扉は蹴破っていい類の扉ではないらしい。オルガさんが渋々、といった様子で構えた脚を下ろす。

「恐らく、正規の手段で入るしかないのでしょうね。……このドアの鍵が、魔法の発動を制御する鍵となっているようですから」

 ニーナさんが物置を一通り調べて、そういった結論に達した。

「じゃあ、鍵を探せばいいんだねー!」

「いや、アレーネの部屋に鍵は無かったぞ。アラネウムの店内にあるなら誰かが1回くらい見てるだろうしなあ……アレーネの事だ、どこかに念入りに隠してあるか、肌身離さず持ち歩いてるんだろうよ。何せ、こんなボロい物置に魔法でセキュリティが掛けてあるくらいだからなあ」

 そして、俺達は恐らく、鍵を手に入れられない。

 きっと『アレーネさんが望んでいないから』。アレーネさんはもしかしたら、こうなる事まで見越して、色々と準備というか、片づけをしてから出かけたのかもしれない。


「ほーん。要は、このドアの鍵、開けりゃーいーってことよね?」

 だが、アレーネさんの意思なんて、無意味だ。

「えーと、確かここら辺に……あ、あったあった。はい、じゃじゃーん」

 リディアさんが厳かな動作で、全く厳かではない言葉と共に取り出したのは、古ぼけた……針金の束だった。

「はい、『なんでもアケール君5号』!アーンド、鍵開け職人リディアさーん!」

 ……リディアさんは、本当に何でも持っている。

 道具でも、技術でも。




「ま、トレジャーハンターの本領発揮、てとこよ。こんな鍵1つ開けられないんじゃー、異世界を股に掛けたお宝さがしなんてできやーしないって」

 リディアさんは鍵穴をよく検分してから、針金の束を見て、中から針金を数本選び、抜き取る。

 そして、それらの針金を駆使しながら、鍵穴と格闘し始めた。

「えーと、ここは多分魔法の鍵なんだろなー……てことは、こっちか」

 どうやら、これらの針金は、リディアさんの鍵開け道具らしい。

 恐らく、異世界の道具も中に含まれるのだろう。時々、明らかに針金らしくない棒状の何かが混ざっていたりもする。(半透明な謎の物質であったり、複雑な光沢をもつものであったり、うねうね蠢く何かであったり。)

 ……そして、そんな異世界の道具(仮)とリディアさんの技術は、確かなものだったようだ。

「で、ここをこーして……よっしゃ!きたっ!」

 カチリ、と小気味いい音が響いたかと思うと、リディアさんが鍵開け道具を放り出して、物置のドアを開けた。

 ……ドアノブは滑らかに回り、そして……そのドアもまた、ゆっくりと、開いたのだった。




「うわー……ここ、宝探し精神を刺激するために作ったとしか思えない……なにここ……」

 物置の中は……リディアさんの言葉を借りるならば、『宝探し精神を刺激するために作ったとしか思えない』。

 つまるところ、凄まじい散らかり様であった。

 凄まじい量の物が所狭しと積み重ねられている様子は、アレーネさんの部屋とは真逆の様相だ。

 2つ合わせればバランスがいいか……。

「……これ、下手に物を動かしたら崩れるぞ」

「え……あ、あの、音が響いてるの、この下、だよ……?」

 しかも運の悪いことに、『糸の共鳴』が聞こえるのは、様々な物品の下かららしい。

「これは骨が折れそうだね……」

「だが、急がないとな。時間はあまりないぞ」

「しかし乱暴に扱うと、魔法の品が暴発する恐れもあります。……というよりは、それを狙ってこのようにカオス性溢れる物品の積み方をしてあるのでしょう」

 となると、地道に片付けていくしかないか。

 そう思って、諦めて手近な箱に手を伸ばした瞬間。

「あ、あの」

 紫穂が遠慮がちに、俺の袖を引いて止めてきた。

「私、全部まとめて、浮かせられる、です。その間に……です」




 紫穂のポルターガイストによって、物置の中身を丸ごと浮かべてもらい、その隙に一番下にあった、古い古い箱を取り出すことに成功した。

 物置の中身は再び、元通りに設置し直される。こうして俺達は、無駄に事故を起こすことも無く、目的の物を手に入れることができたのだった。


「おっ、これはいけるんじゃないか、シンタロー!」

 箱の中に入っていたのは、古い古い糸巻きだった。

 だが、そこに巻きつけられている糸は古びたかんじも無く、美しく煌めている。どうやらこの糸は、時間の経過というものに左右されない性質らしい。

「やってみます」

 そして、糸巻きの糸は十分な長さがあった。

 これなら、糸を辿って必要な情報を得られるかもしれない。

 俺は糸の端をマスターの糸巻きに絡めて、糸を手繰るイメージを強く持った。




 糸は、物理的なものではない。

 連なった何かのイメージのようなものだ。

 手繰り寄せる作業もまた、物理的なものではない。

 連なったイメージを辿って、その先にある何かの輪郭に触れて、それの情報を得る、という作業だ。

 つまり、糸を手繰る、ということは、非常に精神的な作業であった。

 ……恐らく、アレーネさんであれば、するり、と糸を手繰って、その先にある物を操作したり、或いは自分をその糸の先へと連れていったりすることも可能なのだろう。

 しかし、俺の技量では、到底そんなことはできやしない 。

 精々、切れてしまいそうな糸をおっかなびっくり辿っていって、その先にある情報を覗き見る程度だ。

 ……けれど、それでいいはずだ。

 アラネウムのメンバーは、俺だけじゃない。


 辿りつく。




「……眞太郎、どうだった?」

 俺を覗き込むペタルの顔にようやく焦点が合うようになる。

 極度の集中から解き放たれた精神が緩んで、熱を持ったようにぼーっとする。

 ……しかし、そんな状態でも、俺は言わなければならない。

「何も無かった。……いや、『何も無い世界』が、あった」


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