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92話

「……え?どういう、こと……?」

「そのままの意味だ。お前が戻ってこない未来を複数『視た』がどれ一つとして世界が生きながらえた例は無かった」




 ペタルは息を飲んで、それきり黙り込んだ。

 ペタルの兄も、じっとペタルを見るばかりで、一言も発しない。

 そんな状況がしばらく、続いただろうか。

「……とりあえず、お茶、飲んだら?冷めちゃうよー?」

 泉が気遣わし気に声を掛けて、ようやく2人は動き出した。

「あ、ええと……うん、とりあえず食べてよ」

「……ああ」

 ぎこちない様子で言葉が2人の間を転がり、ついで、ペタルの兄がぎこちないながらも優雅に、カップを傾け始める。

 ……そしてまた、しばらく会話の無い状態が続いた。

 カップがソーサーに触れる音が聞こえ、フォークが皿に触れる音が聞こえ、それだけ。

 そのうちそれらの音もなくなり、また、無言。

 ……。

「ああああああもおおおおおお無理!ごめん無理!私ペタルちゃんとこの事情よく分からんけどこの空気もう無理!あかん!」

 と思ったら唐突にリディアさんが声を上げて、ペタルの兄の隣に座った。

「で!お客さん!具体的な依頼は!?嫌がるペタルちゃんを寄越せってーんならこっちにも考えがあるんですけどねーっ!?」

「い、依頼……?」

 突然のリディアさんに困惑していたペタルの兄は、次いで、別方向からオルガさんに肩を叩かれた。

「ははは、いや何、悪いな。あんまり気にしないでくれ。ところで前、うちのシンタローを殺しかけてくれた礼がまだだったな。失礼した」

 オルガさんは笑いながらも目が笑っていない。ペタルの兄の肩に手を置いたまま、ミシミシと力を入れていく。

「……し、シンタローさん、この人、何した人なの……?」

「悪い人、です……か?」

 そんな彼女らの様子を見て慄くイゼルと紫穂に、どう説明したものか、と困る。

 何といっても、俺自身、ペタルとペタルの兄の関係がよく分かっていないのだ。

 それに、そもそも……本人たちの目の前で、『因縁がある』だとか、『兄より妹の方が運命を見る能力に長けていたために家督争いがあった』とか、そういう話をしたくない!

 そんな、俺の内心を知ってか知らずか、泉が明るい声を出した。

「えっとねー、この人はペタルのお兄さんで、ペタルを殺そうとした人で、シンタローを殺そうとして逆に半殺しにされた人だよ!確か、お兄さんの方には未来を見る力がほとんど無いから家を継げなくて、ペタルから家督を貰おうとしてたんだよね!」

 ……。

 ペタルもペタルの兄も、お互いに目を逸らしたまま動かなくなった……。




 それからペタルとペタルの兄を放り出して、俺はイゼルとリディアさんと紫穂とフェイリンと……そして、如何にも『色々と知っています』というような顔をしつつ全く事情を知らないニーナさんに対して、ピュライであった出来事について話した。

「成程、建物の屋上を爆破するというのは確かに有効ですね」

「ニーナさん、反応してほしいのはそこじゃないんです」

「え?じゃーペタルのおにーちゃんが釘めった刺しになったところ?」

「リディアさん、そこでもないですって」

 こうして何かと賑やかなオーディエンス相手に粗方説明し終えて、ようやく全員が大体の事情を把握した。


「兄弟なのに、殺し合うなんて……ぼく、よく分からない」

「兄弟だから、よ。……下手に血がつながっている分、全くの他人よりずっと厄介だわ」

 イゼルは兄弟、というか仲間と仲が良い生活をしていたから、どうにもペタルとペタルの兄の関係が悲しいらしい。一方でフェイリンは腹違いの兄弟が大勢いたらしいので、そのあたりの感覚がシビアなんだろうな。

「ペタル様とお兄さんの関係はともかく、ペタル様がピュライへ戻らなければピュライが滅ぶ、というのは看過できませんね」

「……未来が見える人には、そういうのも、分かる、です、か……?」

「さあ……それこそ、ペタルかお兄さんに聞かないと分からないな……」

 ……しかし今、大変なのは間違いなく『ペタルが戻らないとピュライが滅ぶ』というよく分からない事情だろう。

 未来が見えるらしい兄妹ではあるが、俺達にはその感覚が全く分からない。

 そのあたりの事情も詳しく聞かないといけないよな。

「ま、あのおにーちゃんもアラネウムに来たってこたー、相当困ってるんでしょ」

「お客様、です……ね?」

 何より彼は客だ。アラネウムの扉が彼に開いた以上、俺達は彼を依頼者として扱わなければならないだろう。




 再び緊張感あふれる喫茶店内に戻ってくると、相変わらずのぎこちなさだった。

「……えーと、とりあえず事情はなんとなーく聞いたんで……」

 だが、ペタルとペタルの兄の間の空気にも物怖じせず、リディアさんが2人へと近づいていく。

「まずは『依頼者』さん、お名前どーぞ」

「依頼者?何のことだ?」

「あっめんどくさっ!ここから説明しなきゃなのかー」

「説明は私がするよ。ええとね、お兄様……」

 ……そして、リディアさんが開いた突破口から、ペタルが説明を始め、ニーナさんや俺が補足を挟み……なんとか、お互いにお互いの事情が概ね掴め、なんとか、話し合いの状態まで持っていくことができたのだった。


「私は……そういえば名乗っていなかったか。スフィク・アリスエリア。アリスエリア家の今代当主だ」

「えっ、お兄様、もう代替わりしたの?」

「元々、貴様が逃げてからは碌に未来も見えぬ老人共が当主代理を務めていただけだっただろうが」

 ペタルの兄……スフィク・アリスエリア氏はペタルに対して冷たい態度を取りはするが……言葉の端に、微かな満足感というか、優越感というか、そういうものも含まれているように思えた。つまり、当主になった……家督を継いだことに対して満足しているのだろう。多分。

「えーと、それでおにーさん。『ペタルが戻らないとピュライがあぶない』てどーいうこと?おにーさんって未来が碌すっぽ見えないんじゃーなかったの?」

 だが、リディアさんがそう言うと、スフィク氏は明らかに機嫌を損ねたような顔をした。

「ある程度は見える。……このできそこないが『目』を持っているから、そこまで精密には見えない上、見える範囲や対象も限られるがな」

 成程、つまるところ、スフィク氏も未来は見える、と。ただし、ペタルのような精密さや広範囲さは無い、ということか。もしかしたら、未来を見る対象も限られるのかもしれない。

「……それでお兄様は、ピュライが滅ぶ未来を見た、んだよね」

「そうだ。……ペタル。貴様が一切私達の世界へ戻らなかったとき、私達の世界は……『翼ある者の為の第一協会』の手によって滅ぶのだ」




「それって!」

 当然、俺達とも関係がある。

『翼ある者の為の第一協会』は今、様々な異世界を侵略しながら、アレーネさんを『回収予定』としている。そして今、アレーネさんとは連絡が取れない状況だ。

 ……関係が無い、とも思えない。何か繋がっていそうな、そんな気がする。

「ああ。私が手を組んでいた連中だ。……勘違いするなよ?私の目的は私達の世界の繁栄であって滅びではない。あいつらは……特定の世界の繁栄を望んでいたようだが、それは私達の世界ではなくても良かったのだろうな」

「じゃあ、お兄様と『翼ある者の為の第一協会』はもう手が切れてるんだね?」

 ペタルの念押しに、スフィク氏は憮然とした表情で頷いた。

「手を切った、というよりは、切らされたのだ。……貴様らに、な!ペタル!」

「おー、そういや、『翼ある者の為の第一協会』のピュライ支部をぶっ壊したのは私達か。はははこいつはいい」

「全く良くない!……くそ、もう少しあいつらを利用できていれば、今回見えた『滅び』も回避できたかもしれないのだぞ!」

 スフィク氏の苛立ちぶりに、オルガさんが両手を挙げて肩を竦めた。

「それこそどうしようもないだろう。それが嫌なら未来を見て回避してくれとしか言いようがない」

 オルガさんの言い分も尤もか。

 確かに、俺達がピュライの『翼ある者の為の第一協会』を潰さないでおけば、スフィク氏がもっと情報を得て、奴らを利用して……ピュライの滅びとやらを回避することができていたのかもしれない。

 だが、そんなことは俺達には知る由も無かった。そして俺達は『翼ある者の為の第一協会』に散々攻撃されていたのだし、俺達があそこで『翼ある者の為の第一協会』を潰しておかなかったら、他の異世界がもっと悲惨な目に遭っていただろう。異世界と異世界を天秤にかけることはできない。俺達がやったことは正解ではなかったのかもしれないが、不正解ではなかったはずだ。

「……なら、貴様ら。それこそ我が愚かなる妹を使えばいい。こいつには『目』があるからな。皮肉なことに私より余程、未来が見える。……そんな稀有な能力を持っていながら使おうとしない愚か者でさえなければ、よりよく世界を導けただろうよ」

 スフィク氏の言葉に、ペタルが普段からは考えられないような剣呑な表情を浮かべた。

「どうした?ペタル。言いたいことがあるなら言え」

「黙ってよ。『蜘蛛の巣に蝶が掛かっていたら蝶を助けることが正しい』って思ってる人に言う事なんて無い」

 そしてペタルが棘を含んだ声を発すると、スフィク氏は一瞬、眉根を寄せて痛まし気な表情をしたが……すぐ、不遜な態度を前面に押し出して、椅子の背もたれに体重を預けた。

「ああ、黙ってやるとも。……平行線を辿るばかりだからな」

 そんな2人の様子を見て、俺達は口を挟めない。

 あのリディアさんですら、気まずげにおろおろしている。

 それほどまでに、ペタルが、いつもと違った。

 ペタルは常識的で、どちらかと言えば優しすぎる部類に入るであろう少女だ。そんな彼女が、こうも剣呑な言葉の応酬をしている。

「……でも、お兄様は『依頼者』だから。余程の事じゃない限りは、依頼を聞いてあげることになってるんだ。改めて……スフィク・アリスエリアさん。あなたの依頼は?」

 だがペタルは、まだ尖った声ではあるが、スフィク氏にそう持ちかけた。

 スフィク氏はほんの一瞬、戸惑ったようではあったが……話し始める。

「先程の続きだが。私が見た未来は、『ペタル・アリスエリアが戻らなかった場合の未来』だけだった。そこから幾重にも枝分かれする未来は見ることができたが、それらの全ては滅びへと繋がっていた。……逆に、『ペタル・アリスエリアが戻った未来』については全く見えていない。貴様が戻ってきても何ら変わらないのかもしれん」

 そこでスフィク氏の目が伏せられた。

 ……髪や瞳の色の違いもあるし、性別の違いもあるのだが……その表情を見て、ああ、この人はペタルの兄なんだな、と思う。

「だが。私は最後まで足掻きたい。……私からの依頼は、こうだ。『私達の世界を救ってほしい』。……だから、ペタル。……戻って来い」

 特に、覚悟を決めて真っ直ぐ相手に向けられる視線が、ペタルとよく似ていた。


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