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91話

 薄く紫がかった封筒は薄手なのに、中の便せんの文字が透けない。もしかしたら、魔法の品なのかもしれなかった。

 だが、封筒の表書きには『眞太郎君へ』と書いてあるのだ。

 文字には見覚えがある。

 アレーネさんの文字だ。

 ……そしてそれを裏付けるように、封筒の裏には、『アレーネより』と書いてあった。




 恐る恐る、封筒を開く。

 中には薄紙の便せんが折りたたまれて入っていた。

 そしてそこには、走り書きしたらしい文字が、しかし走り書き故に汚いという事も無く、流麗に整った文面を作り上げていた。

 書いてある文章はそう多くない。

『眞太郎君へ。この箱の片方、貸して頂戴ね』

 ……たったこれだけだった。


 連絡は?とか、そもそも無事なのか?とか、そういうこともだが、どうして箱を片方持っていったんだ?とか……何より、『何時、この箱を持っていったんだ?』という疑問が頭の中を駆け巡る。

 これは……どうしろっていうんだ。




 どうしようもないので、とりあえず便箋を持って階下に下りて、そこにいたオルガさんと紫穂に相談することにした。

「お、どうしたシンタロー……なんかすごい顔してるな?」

「眉間に皺、寄ってる、です……よ?」

 何を言ったらいいのかもよく分からないので、とりあえず2人の目の前に封筒と例の箱を置く。

 黙って置いたそれらをオルガさんは早速検分し始め……。

「……これは……どうしろってんだろうなあ……」

 俺と同じような意見を述べてくれた。なんだか安心した。いや、状況的には安心できないんだが。

「この便せん、ディアモニスの、です、か?」

 一方、多少、俺達とは違う意見をくれたのは紫穂だった。

「まあ、ありそうだけど……薄いわりに透けないから、魔法の品なのかな、とは思った」

 薄紫の便せんも、封筒も、折りたたんでしまえばそれぞれ、中の文字を透かすことがない。

 手触りはさらりとして、かつしなやかで、あまり紙らしさを感じない、というか……とにかく、奇妙な素材であることは確かだ。

 尤も、ディアモニスでも、技術を集結させればこういうものが作れそうな気もするのだが……。

「アレーネさん、この便せんがある世界に、今、いる……の、でしょう、か……?」

「……つまり、これがアレーネなりのヒント、ってことか?」

 首をかしげる紫穂と、眉根を寄せるオルガさん。

 ……だが、答えは出そうにないな。


「で、これが何時送られてきたんだ?」

「分かりません」

 そして『WHERE』も分からないが、『WHEN』も分からない。

「何せ俺達、コジーナに居たりしましたから」

 ……俺達がコジーナで革命とフェイリンの救助に奔走している間、俺の部屋には誰も入っていないはずだ。

 だから、異変があっても気づけなかった。もしアレーネさんが居たとしても、気づけなかったはずだ。

「フェイリンが見せてくれた映像も、リアルタイムで見てる訳じゃないんだろう?」

「ああ、あれは記憶、みたいですから……過去の事、っていうことになるんだと思います」

 少なくとも、俺の記憶をフェイリンが覗いていた時はそうだった。

 フェイリンが部屋の露台で見ていた水晶玉の中には、俺の『その日の昼の記憶』が映っていたから。

「……じゃあ、アレーネさんが、アレーネさんの偽物、を、殺したのは……昨日のこと、です、か……?」

「さあ……どれくらい前かまでは……」

 だが、どれくらい前の事なのかは分からない。何せ、俺の部屋は安眠グッズでいっぱいになっていたのだ。

 俺達がコジーナに行く前だったとしても、箱が片方無くなっていることに気付かなかった、なんてことは十分にあり得そうだ。

「……時系列が分からないからな、アレーネが今、無事なのかも分からない、っていうのは……きついな」

 結局、この手紙の意図もよく分からない。文面以上の意味があるのかもしれないが、俺達はそれを読み取ることができそうにない。

 オルガさんの言う通り、『きつい』な、これ。




「それから、この箱だよな。問題は。……なんで片方だけ持っていったんだ?」

 続いて、この箱だ。

 ピュライの古代遺跡から持って帰ってきた、2つで1つの箱。

「それについてはなんとなく、仮説ができました」

 今まで用途が分からなかったこの箱も、今回、アレーネさんが持ち出したことによって、なんとなく用途が分かってきた。

「この箱、転送装置なんじゃないでしょうか」




 今までも何度も、箱に物を入れてみることはあった。

 だが、それらが箱から箱へと移動したりすることはなかった。

 もしかしたら『手紙』の類だけを転送する魔道具なのかもしれないが、以前、文字を書いた紙を入れた事はあったのでその線は薄そうだ。

 ……となると、恐らくこの1対の箱が動く条件は、『異世界間を跨いでいること』なんじゃないだろうか。

 もしかしたら、『一定の距離以上、箱同士が離れている事』とかかもしれないが。

 ……気になったので、箱に物を入れてみることにした。

 入れる物は、こちらの近況を書いた手紙……にすることも考えたが、アレーネさんがどういう状況に居るのか分からない。もしかしたら、俺達の状況が敵の手に渡ってしまったりするかもしれない。何せ、アレーネさんがいつ箱を持っていって、いつ箱に手紙を入れたのか、分からないから。アレーネさんの状況の特定は難しい。

 ……なので結局、俺達は一言だけ書いた紙を入れることにした。

「こちらは元気です」

 当たり障りの無い文面だ。

 当たり障りが無さすぎて、裏を読まれそうだが……多分、大丈夫だろう。そこはアレーネさんを信じよう。


 さて、俺達は一度、喫茶アラネウムに寄って、ペタル達に箱と手紙の報告をした。

 ペタル達は驚いたが、それ以上に『アレーネさんらしいよね……』というような反応をくれた。

 俺もそう思う。


 報告と断りも済ませ、俺とオルガさんと紫穂は、いよいよ箱を囲んで、当たり障りの無い文面を書いた紙を入れることにした。

「……入れますよ?」

「ああ、やってしまえ、シンタロー」

 蓋を空けて、紙を入れて、蓋を閉める。

 ……それから蓋を開けると、中身が消えていた。

「……消えた、です」

「これ、本当にアレーネの方に送れたのか?」

「さあ……」

 ……何にせよ、箱に入れたものが消えるのはこれが初めてだ。

 やはり、箱同士が遠く離れているとか、異世界間を跨いでいるとか、そういう条件が必要だったんだろうな。多分。

「まあ、返事は気長に待つっきゃないな」

 オルガさんがソファの背もたれに体重を掛けて、ため息を吐いた。

 どうにも、待つだけ、というのは精神的にくるな……。




 そして翌日。

「返事来ないな……」

「まあ、待つしかないよね……」

 俺達はアラネウムのカウンター内で待機しつつ、箱をしょっちゅう開閉してアレーネさんからの返事を待っていた。

「『この箱貸して頂戴ね』だけ、だもんねー。アレーネさん、もうちょっと書いてくれてもいいのにねー」

 泉は、アレーネさんからの手紙を何度も読み返しては、うんうん唸っている。

 唸っても首を捻っても、手紙の文面は変わらないのだが。

「ああ、そういえばこの手紙、魔法の品、だよな?」

「え?……ああ、そうだね。確かに、ちょっと不思議な紙だけれど……ピュライのものじゃなさそう、かな」

「この紙からアレーネさんの居場所って分かったりするか?」

「うーん、これだけじゃ、ちょっとなあ……」

 不思議な質感の紙ではあるが、ある意味、それだけなのだ。

 ……本当にただ待つしかないな、これは。




「……ところで、今日、お客さん来ないね?」

「……となると、あれか」

 最近のアラネウムとしてはあり得ないことに、今日は朝から客が来ていない。

 つまりこれがどういうことか、と言われれば。

 ドアのベルが鳴る。

 そして入ってきた人物は……異世界からの客人である。いつものことだ。ここまでなら、『いつものこと』だった。

 ただし、今回は。

「なっ……ここは……」

 異世界からの客人は突然アラネウムに連れてこられて困惑しているのだろう。困惑したような表情をしつつ、店内を見回して……そして、カウンターの内側で唖然としていたペタルと、目が合った。

「……ペタル」

 茫然と呼ばれた名前に、ペタルは反応しているのかいないのか。

 何にせよ、ペタルもまた、呟いた。

「お兄様……どうしてここへ?」

 と。




 淡い金の髪と薄青の瞳。ペタルとどことなく似ている、整った顔立ち。

 ……この人とは以前、会ったことがある。いや、会ったどころか、殺し合いレベルの戦闘をしたことがある。

「はい、お兄様。どうぞ」

 ペタルはそう言いながら、カウンターに紅茶のカップとミルクレープの皿を置いた。

 全ての異世界を合わせても、ペタルが『兄』と呼ぶのはこの人ただ1人だ。

 ピュライに初めて行った時に初めて会い、会ってすぐ戦闘になって、すぐに世界渡りで逃げ帰ってきた。

 次にピュライに行った時には、俺と1対1で戦って、俺は疑似コイルガンを暴発させてこの人に勝った。

 ……それから、ペタルはペタルの兄に家督を正式に譲り、何か、手紙を残してきたのだったが。

「……ペタル」

 ペタルの兄は、紅茶にもミルクレープにも手をつけず、ペタルを見て、言った。

「戻って来い。お前が居ないと、世界が滅ぶ」


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