9話
「……え、おかしくないか?俺、使えたよな?なあペタル、俺、『あれ』、使えたよな?」
ペタルにぼかして聞いていると、ペタルは無意識か、ブローチに触れながら、困ったように頷いた。
そう。俺は既に一回、魔道具を使っている。
他でもない、ピュライから俺の世界へと帰るための『世界渡り』の魔法を使っているのだ。今、ペタルが触っているブローチを使って。
「うん、使えてた、けど……『あれ』はね、ちょっと例外なんだ」
「魔道具には大きく分けて、3つあるのよ」
ということで、エンブレッサさんが魔道具講座を開いてくれた。
「1つは、使用者の魔法を助けるもの。ペタルの杖がそれね。この場合、あくまで魔道具はサポートでしかないの。魔道具単体で魔法を編んでる訳じゃないのよね」
それならなんとなく感覚が分かる。
ラーメンを作るためにレシピ本を使うようなものなんだろう。
「それから2つ目は、使用者の魔力を使って魔法を使うもの。この場合の魔道具は、魔法を編む力はあるのだけれど、その魔法を使うための魔力は使用者負担なの」
これもなんとなく分かる。要はカップラーメンだろ?お湯は自己負担。
「それで、滅多にない3つ目。これは魔道具そのものが魔力を周りから吸収するなり、もともと装填しておくなりして魔力負担をしてくれるものなの。使用者は合図だけすればいいわ」
これは……注文したらラーメンが出てくる、ということか。すごいな。材料まで道具が負担してくれるんだろ?
「……で、多分、眞太郎君が使った魔道具、っていうのは、その極々珍しい3つ目の例なのよね、きっと。私には眞太郎君が使った魔道具がどんなものなのかさーっぱり分かんないけど!さーっぱり、分かんないけどー!」
「あ、あはは……」
……多分、俺が『世界渡り』のブローチを使ったであろうことは分かっているだろうに、すっとぼけてくれているらしい。
ペタルのブローチ、知れたらまずい代物なんだろうな……。
「……ということで、眞太郎。眞太郎が魔道具を使うなら、珍しい3つ目のタイプの魔道具を探すか、眞太郎自身の魔力量でも使えるような2つ目のタイプの魔道具を探すしかないんだ」
「一応聞いてみるが、その3つ目のタイプの魔道具、っていうのはこの店に」
「無いわよ。……と言いたいんだけど、無いこともないのよねー、はー」
よっこらしょ、と、エンブレッサさんはカウンターの上に何かを置いた。
「無限にお酒が出てくる古代魔道具」
「それをどう護身用に使えと」
「いる?」
「いや、いいです」
断るとエンブレッサさんはにっこり笑顔で「あーよかったー!これ買いたいなんて言われたらどうしようかと!」なんて言う始末だ。
……さっきのカウンター上の酒瓶でも思ったけど、この人本当に呑兵衛なんだな。
「……ということで、これがうちに置いてある唯一の自立式魔道具でしたー」
「これだけなんですね」
「ええ。魔力を自力で吸収して使えるようにする魔道具なんて、今の技術じゃ作れないもの」
成程、つまり、ペタルの『世界渡り』のブローチはオーパーツみたいなものなのか。
それは……さぞかし、貴重な品物なんだろうな。
「魔力充填を行えば使えるタイプも無くはないけど……すっごく、効率悪いわよ?」
「エンブレッサ、最悪の場合、それでもいいんだ。私が魔力充填しておけば眞太郎が使える訳だし」
「ま、効率は良くないけど、しょうがないかしらね、この際……」
俺のせいで申し訳ない。
「……ってことで、ペタル。あんたは杖、選んでなさい。眞太郎君には眞太郎君用の魔道具、選んで貰うからね」
エンブレッサさんはペタルの前に何本か杖を出すと、俺を連れて店の奥に入った。
そして、倉庫らしい場所に辿り着く。
壁一面が棚に覆われ、その棚にはそれぞれぎっしりと、何らかの魔道具であろうものが置いてある。
いかにも、ファンタジー世界の魔法のお店、という様相だ。
「……さて、眞太郎君」
「はい」
エンブレッサさんはにっこり笑った。
「この棚のここからここまでが、あなたの魔力でもギリギリ1回は使えるであろう魔道具。こっちからはもう、1度の使用すら無理ね」
エンブレッサさんが示した範囲には、魔道具が8つしか無かった。
この、広い倉庫の壁一面にぎっしりと並んだ魔道具の中の、たった8つだ。
つまり、俺の魔力とやらの可能性はそれまでということだ。
……別に、異世界の道具を使って滅茶苦茶に強くなりたいだとか、そういうことを望んだわけではないが……流石にちょっとこれは、悲しい。
「それから、こっちの棚の……そうねえ、多分、この棚なら、ペタルが魔力充填すれば使えるでしょうね。道具によりけりだけど、大体1回ごとに充填し直さなきゃいけないから、使い勝手は良くないかもね。それから、棚の高い位置になればなるほど、ペタルの負担が大きくなると思ってね」
そして、次に示された範囲は棚1つ分。ゆうに100個ほどの魔道具があるだろう。
……だが、エンブレッサさんの言葉を聞いて、とりあえず目の高さまでにある魔道具の中から選ぼう、と決めた。
俺がこんなことに巻き込まれているのは大体ペタルのせいと言えばペタルのせいなのだが、だからと言って必要以上に負担をかけたいとも思わない。
「ま、選ぶときは適当に手に持ってみるといいわ。相性が殊更にいいやつなら、その分手にしっくりくるでしょうから。説明が欲しかったら言ってね。それから、大まかな効果の説明があれば、それに合った道具を教えてあげるから」
ということで、エンブレッサさんはそれきり、そこら辺の木箱に腰かけながら酒瓶を空けはじめた。……本当によく飲む人だ。
さて。
最初に、『俺の魔力でもギリギリ使えるであろう魔道具』を見る。
魔道具は全部で8つ。
1つ目は赤い石のついた指輪。
2つ目は薄青のコンパクトミラー。
3つ目は黄色い鈴の根付。
4つ目は……錠剤?
5つ目は銀色の指輪。
6つ目はLEDみたいなものが付いている指輪。
7つ目は緑色の小さな笛。
8つ目は紫色の透き通った……手榴弾。
「……明らかに気になるものが」
「気になるものはジャンジャン触ってみていいわよ。眞太郎君なら相性悪すぎて暴発、ってこともないでしょーし」
エンブレッサさんのお言葉に甘えて、早速、一番怪しい錠剤に触ってみる。
……仄かに温かい、気がする。
「あー、それね。プチドラタブレット。この中で一番特殊な魔道具ね」
「一体どんな魔道具なんですか?形状からして、使い捨てのような……」
「そう。この中で唯一使い捨ての魔道具よ。飲んだらその時から5分間、プチドラゴンみたいに小さな火を吹き続けられるのよ」
それは大変だ。間違いなく使い勝手が悪い気がする。
「ただし、魔力が尽きてる時に使うと暴走しちゃうのよね。しばらくは理性を失って炎を吐き続けたり、暴れたりするだけになるわ。ま、ドラゴンタブレットと違って、あくまでもプチドラだから。副作用で死んじゃったりはしないけど、おススメはしないわねー」
ああ……。
錠剤と言う時点でなんとなくヤバい代物のような気がしていたが、案の定ヤバい代物だった。
「ではこれは」
次に、赤い石の指輪。
「ああ、これは火種の指輪。小指の爪くらいの小さい火を飛ばせるわよ。……眞太郎君だと3発、いや、2発、使えるかしらね……」
俺の魔力低すぎなのではないだろうか。
続いて、薄青のコンパクトミラー。
「あ、それはインスタント魔鏡。使うと魔法を跳ね返す魔鏡を少しの間だけ作れるの」
これは便利そうだ。少なくとも、ピュライの人相手なら相当便利なんじゃないかと思われるが。
「でも、あんまり高度な魔法だと跳ね返せずに鏡が割れるから注意ね」
「具体的にはどの程度の魔法だと駄目ですか」
「うーん……ペタルの十八番……見た事ある?花びらがブワーっ、てなるやつ。アレがギリギリセーフ、かしら」
それは……案外、すごいんじゃないだろうか。
ペタルの魔法は昨日見た。
銀色の光の花びらが宙を舞って、相手に襲い掛かる魔法。
あれを跳ね返せるのだとすれば、中々の物のような気がする。……いや、ペタルの魔法がピュライの中でどのぐらいの威力で、どのぐらいの珍しさなのかが分からないから微妙なところだが。
「ただし、眞太郎君の魔力だと魔鏡が出ている時間は1秒」
前言撤回。短すぎる。
襲ってくる魔法を相手に、そんなにピンポイントで使えるわけがない。
続いて、黄色い鈴。
「それはイエローベル。簡単な呪い避けのお守りね。魔力の消費はほとんど無いわ。眞太郎君でも丸一日はもつから安心してね」
逆に『魔力の消費がほとんど無い』ものですが丸一日しかもたないのか、俺は。
「ちなみに魔力は寝ている間に回復するから、それをつけっぱなしにしていれば回復分と合わせて永遠に動かせるんじゃないかしらね」
ああ、他の魔道具を一切使わなくていいならずっと使っていられるのか。
……デメリットが大きすぎないだろうか。
続いて、銀色の指輪。
「これはぺったんリングよ。子供の魔育玩具の1つね」
「何ですか、マイク玩具って」
MIKE?拡声器のようなものか?
……と、素朴な疑問を口にしたところ。
「……眞太郎くーん。一応ね、私ね、眞太郎君がピュライの人間だっていうことで話してるからね。……他所でそんなこと聞いたが最後だと思ってね」
……エンブレッサさんから、鋭い釘を刺されてしまった。
そういえば、『世界渡り』は秘密、なんだったか。気を付けなくては。
「……で、まあ、『ご存知』魔育玩具っていうのは、小さい子が遊んで魔力のコントロールを学ぶためのおもちゃよ」
「成程、これはおもちゃなんですね」
「そうね。魔力を流すと鉄をぺたーん、って吸い付けるようになるおもちゃ」
成程、魔法の磁石遊びか。
懐かしいな。俺も小さいころによくやっていた。公園の砂場から砂鉄をとったりだとか……。
……護身向きじゃないな、これ。
続いて、LEDみたいなものがついている指輪。
「これはポインターリング」
「もしかしてここから光が出ますか」
「そうよ。よく分かったわね」
あれだろ?つまり、レーザーポインタ……。
想像がついてしまった事も悲しいし、魔法の道具がレーザーポインタであることもなんとなく悲しい。
「燃えやすいものに10秒ぐらい光を当てておけば、そこから火が点くのよね。ただし、光線を出していられるのは魔力が尽きるまでよ。眞太郎君は……1分、出していられないわねー、多分」
しかも電池切れが早いとは。
続いて、緑色の小さな笛。
「これは草虫の笛よ。これも魔育玩具ね。吹くと虫が寄ってきて、演奏者の後ろについてくるっていう魔道具」
「ちなみに寄ってくるのはどんな虫ですか」
「その時近くに居る虫ね」
絶対にこれを使う事は無いと思う。使いたくない。
最後に、紫色の透き通った、明らかに小さな手榴弾にしか見えない形をしたもの。
「これは子供用魔弾ね」
今までも大分そんなものがあったが、遂に明白に『子供用』とされてしまった。
「魔力を込めてから10秒後に爆発を起こすのよ。爆発っていっても、元々、爆発の音と光を楽しむ魔育玩具だから威力はほぼ無いわよ。それから、使い捨てじゃないからね。爆発を起こしてもこれは残るから、何度でも繰り返し使用可能よ」
なにそれ怖い。
「で、決まった?」
……そして、俺は考える。
俺の魔力で動かせるものには限度がある。使用回数にも限度があるわけだ。
ということは、あまり多く持っていても仕方ないわけだ。
……護身用、という事を考えれば、『インスタント魔鏡』だろうか。
しかし、逆に言えば1秒間、魔法から身を守ったらそれで終わりだ。
なら、『火種の指輪』か『ポインターリング』か……いや、でもこれだって、3発程度だの、1分もたないだの、使用回数にかなり限度がある。
それに、魔法だ。これらは、魔法だ。
子供だましみたいな魔法で、魔法使いから身を守れるのだろうか。
……無いな。
なら、答えは大体絞られてくる。
「エンブレッサさん、ぺったんリングって、何回使えますか」
「何回でも。……あ、眞太郎君の魔力だと……そーねえ、多分、1分は使えると思うけど。おもちゃだし」
「ちょっと使ってみてもいいですか」
「どうぞどうぞ」
エンブレッサさんが箱からネジやら釘やらを出してくれ、その上で銀色の指輪を使ってみることになった。
指輪を嵌めると同時に、頭の中に『マグネテス』と言葉が広がった。
マグネテス、と頭の中で返すと、次の瞬間、机の上に散らばっていたネジや釘が一斉に俺の指目がけて集まってきた。
かなりヒヤッとしたが、幸運なことに、釘やネジが指に突き刺さるようなことは無く、あくまでぺったんリングにくっつくだけだった。
気が抜けると同時に、指輪から釘やネジが一気に落ちた。
「あら、上手ね」
……エンブレッサさんの反応を見る限り、これが正常な動作らしい。
「これ……子供が怪我とか、しないんですか」
「あー、たまにあるわね。ほら、今みたいにちゃんと指に嵌めて使えばいいんだけど、離れた場所にあるぺったんリングに魔力入れちゃったり、3つとか5つとかぺったんリング同時に使っちゃったりすると事故が起きるのよね。ま、そんな馬鹿はそうそう居ないけど、眞太郎君も気を付けてね」
魔法の世界は俺達の世界よりも消費者がおおらからしい。
「……で、まさかぺったんリング買うの?」
「はい」
「……マジで?え、護身用、よね?」
さて、俺はぺったんリングを護身用に購入したいと思ったが、エンブレッサさんは『大丈夫かこいつは』というような目で俺を見ていた。
「ところでこれ、どのぐらいの値段ですか」
「あー、大丈夫大丈夫。値段の心配はしなくていいのよ。うん。……ちょっと事情があってさあ」
……そうか。ならよかった、と思うことにしよう。
「じゃあぺったんリングを6つ下さい」
「……あんまりお勧めしないわよー?ぺったんリングの暴発狙いは」
「そこは大丈夫だと思います」
駄目だったらその分金を無駄にする訳だから申し訳ないが、多分、上手くいくと思う。多分。
「ま、いいけど。……眞太郎君が私達に無い発想をしてるのかもしれないし」
納得がいっているようないっていないような、そんな顔でエンブレッサさんは1つ鷹揚に頷いた。
それから、ペタルの魔力を充填しておいて使うタイプの魔道具を見繕ってもらって、テレポート用魔道具を2つ購入することになった。
緊急避難用の道具、といったところか。
負担の小さい魔道具らしいからあまりペタルに気兼ねしなくても済みそうだ。
俺が魔道具を選び終わった頃にはペタルの杖選びも終わっていた。
「これにすることにしたよ」
ペタルの杖は、長さ40cm、直径3cmくらいの均等な円柱だった。
銀色の金属と濃い紫色の宝石のレンガを5:1の割合でランダムに積み上げてから内径3cmの円筒でくり抜いたらこんなかんじの円柱が出来上がるだろうか、といった風合いの杖。
色合いは元々ペタルが使っていた杖と似ている。つまり、どことなくペタルに似ている色合いをしていた。
にこにこしながら杖を抱きしめるようにしているペタルと杖はよくマッチしている。
「ああ、やっぱりね。それにすると思ってた。……じゃ、お会計は」
「エンブレッサの借金から引いておくね」
……そして、会計時になってこれだ。
エンブレッサさんはどうやら、ペタルに借金があるらしい。
『どんなに買ってもペタルは困らない』というのは、こういう事か。
「あー、はいはい……うー、これで借金のこりいくらだっけ?」
「10821クリスになったね」
「やっと先が見えてきたわ……」
しかし……一体この2人、過去に何があったんだろうか。
ということで無事に買い物も終わり、俺とペタルは再び『ディアモニス』……俺の世界へと戻ってきた。
ペタルの『世界渡り』は正確なのだろう。俺が使った時のように、目的地からずれた場所に着くこともなく、しっかり俺の部屋の前に到着した。
「じゃあ私、アラネウムの喫茶店を手伝ってくるね」
そして到着してすぐ慌ただしく、ペタルはペタルの部屋に入っていったと思ったらエプロンをつけて戻ってきた。
どうやらこれから、『喫茶アラネウム』のウェイトレスをするらしい。
……一応客は来るらしいし、ウェイトレスも必要か。
「……でも、眞太郎、本当に大丈夫?ぺったんリングで護身になるかな……」
しかし、アラネウムの方へ行きかけたペタルは不意に立ち止まって、心配そうに俺を見つめてきた。
「あの、眞太郎。もし、私に遠慮してた、とかだったら」
「ああ、大丈夫」
心配そうなペタルを安心させるように、という意図が半分、もう半分は単純に楽しいが故に、俺は笑顔を浮かべた。
「多分、なんとかなるから」