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89話

「えっ、アレーネさん、まだ連絡ないの?」

 とりあえず、ということで、茶菓子をつまみつつ報告を済ませ、オルガさんとニーナさんの方の状況を聞いたところ……これだ。

「ああ。まだ連絡が無いな。……7日はとうに過ぎてるんだが」

 アレーネさんは不在のまま、連絡も来ていない、ということらしかった。


『7日くらい店を空ける』というような事を、アレーネさんは言っていた。

 それから、『遅くなるようなら連絡を入れる』と。

 ……つまり、7日過ぎ、かつ、連絡も無い今……アレーネさんは、連絡を入れられないような状況にあるのではないか、と、考えられる、のだが……。

「アレーネさん、どこに行ったかも、分からない、です、か……?」

「あー……うん。ほら、アレーネさん、あんまり詳しく言わなかったから、多分、聞かれたくないんだろうな、って思って……私達、聞かなかったんだよねー……」

 1人、きょとんとしたフェイリンを取り残して、俺達は天井を仰いだり頭を抱えたりおろおろしたり、と、それぞれにそれぞれが思いを馳せる。

 アレーネさんは大丈夫だろうか、とか、なんで行き先をもう少し詳しく聞いておかなかったんだ、とか、連絡手段くらいはきちんと整えておくべきだった、とか。

「あ……でも、アレーネさんは世界渡りをできるわけじゃない、よね?なら、ディアモニスをあっちこっち探せば、アレーネさん、見つかるんじゃないかな……?」

 そんな中、イゼルがふと、そんなことを言ったが、ペタルが首を振った。

「そうだったとしても、ディアモニスはとても広いから、探すのは難しいと思う。それに……アレーネさんがディアモニスに居るとも限らないし」


「えっ」

「ええっ」

「お、おい、ちょっと待て、ペタル。な、なんだ?アレーネって自力で世界渡りできたのか?私はそんな話聞いたことが無いぞ!?」

 フェイリンを除く全員がそれぞれ驚きを示す。当然ながら、俺も驚いている。

 だって……いつも世界渡りは、ペタルがやっていた。

 俺もブローチを借りたり、手袋に魔法をコピーしたりして世界渡りすることはできるが……アレーネさんができる、という話は聞いたことが無い。

 だが……そう言われてみれば、『世界渡りできないという話も聞いたことが無い』。


「あ、ええとね、勘違いしないでほしいんだけれど、私もアレーネさんが異世界間を移動する手段を持ってるかどうかは知らないんだ」

 俺達が騒然とする中、ペタルが慌てて付け足した。

「そっかー……うー、でも、アレーネさんなら確かに、やってもおかしくないかも……」

「まあ、アレーネだからなあ……はあ」

 ペタルの言葉に、安堵というか、げんなりというか、そんなかんじの心境になりつつ、俺も思う。

 アレーネさんなら、やりかねない。

「……それに」

 俺達が謎の説得力に納得したところで、ペタルが迷いながら、口を開いた。

「それに、そうじゃなきゃ、アレーネさんがピュライに居た理由が分からないから」




 そういえば、以前、ペタルから聞いたんだったか。アレーネさんはピュライの人間じゃない、と。

 どこか別の世界から来たらしい、と。

 ……ペタルも詳しくは知らないらしいが、それらの情報が示すものはそう難しくない。

 つまり、アレーネさんはどこか、アレーネさんの出身の世界から、ピュライへと移動したことになる。

 少なくとも1度、アレーネさんは『世界渡り』をしていることになるのだ。

「だが、事故か何かに巻き込まれてピュライに行っていたとも考えられるんじゃないか?」

「例えば、『翼ある者の為の第一協会』によって別の世界から連れ去られた、というようなケースも考えられますが」

 オルガさんやニーナさんの考えも確かだろう。

 だが、それならば余計に、『アレーネさんがディアモニスに居ない可能性』が高まるんじゃないだろうか。

 しかも、アレーネさんが『何者かに連れ去られた』或いは『事故に巻き込まれた』可能性を考えるならば、アレーネさんの無事は益々危うく思えてくる。

「と、とにかく待つっきゃーないでしょ?ね?アレーネちゃんから連絡あるまではこっちだってどーしよーもないし。まさか探すって訳にもいかないし」

 場がすっかり暗くなったところで、リディアさんが取りなすようにそう言う。

 確かにその通りだ。俺達はアレーネさんに待てと言われた。

 ならば待つしかない。信じて、ただ、待つしか……。

「ねえシンタロウ?私の事を忘れてるんじゃないの?」

 そう、思おうとした矢先、フェイリンが俺の横に、ずい、と入り込んできた。

「私、もしかしたらそのアレーネって人を見つけられるかもしれないわ」




 夜を待って、フェイリンの呪術は行われた。

 月明かりに照らされたアラネウムの中庭に小さなテーブルと椅子を出し、そこにフェイリンが腰かける。

 フェイリンの目の前に置かれたものは、例の水晶玉と香炉だ。

「この呪術は、誰かが見たものを見るためのものよ。強いイメージがあれば成功しやすいわ」

「イメージ?」

 聞き返すと、フェイリンはさも当然、というように頷いた。

「ええ。どういう人の記憶を見たいか、っていう、はっきりしたイメージよ」

 成程、そうやって対象を絞って、うまくアレーネさんが見たものを見られれば、アレーネさんの居場所が分かるかもしれない、ということか。

「あれっ、フェイリンちゃーん。それってつまり、シンタロー君の記憶を見た時にはシンタロー君をイメージしたって事にならない?或いは、シンタロー君が引っかかるよーなイメージをしたわけでしょ?ん?」

 が、リディアさんがそんなことを言うと、途端、フェイリンは言葉に詰まった。

 ……何だ。何なんだ。一体どういうイメージをしたら俺が引っかかったんだ。

「し、シンタロウの時は……異世界の、そこら辺に居る誰か、ってイメージしたのよ。多分、たまたまシンタロウが引っかかりやすかったんだわ」

 成程。そこら辺に居る誰か、か。

 ……うん。

「と、とにかく!そのイメージが無かったら、私がどんなに優れた呪術師でもアレーネって人の視界を見ることはできないわ!だから、ここに居る皆でそのアレーネって人をイメージして頂戴。うまくそのイメージを拾って、やってみるから」

 まあ、俺が凡庸な人間であることはどうでもいい。ここからはアレーネさんのことに集中しないとな。

「イメージって、どういうイメージをすればいいのー?」

「そうね……人柄とか、その人が喋りそうなこととか、しそうなこととか。経験していそうなこととか……そういうものを集めて、1人の人間の像を作っていくの。つまり、その人の断片を強くイメージすればいいわ。これだけ人数が居るんだもの。1人1つのイメージだって、繋ぎ合わせればうまくいくはずよ」

 そうか。なら、俺は……。

「アレーネさんは優しくて、魅力的な人だよね。ちょっと憧れるな」

「アレーネは酒に強い。サイボーグより強いからな、あいつは!ははは!」

「アレーネさん、歌が上手いんだよー!一緒に歌った事あるけど、びっくりしちゃった!」

「ぼく、初めて会った時に貰ったスープ、今も覚えてるよ!」

「マスター・アレーネは乱数の塊のような方ですね」

「あー、アレーネちゃん、色っぽいイメージしか出てこないなー……うーん、アレーネちゃんおっぱいおっきい……アレーネちゃんいい尻してる……」

「静かな人、です……夜、みたいな……です」

 ……。

「ねえ、ちょっと。シンタロウ。お前達のイメージはどうなっているの。どうしてこんなにバラバラなの」

「いや……いや、バラバラなんだが、確かにそうなんだが」

 ……せめて、これらの情報を統合するために、俺は『アレーネさんはアラネウムのリーダーである』と、強くイメージすることにした。

 よりバラバラになる気もするが……。




 そうして一頻り、各々が強くアレーネさんをイメージしていると。

「来たわ」

 フェイリンが静かに鋭く囁いた。

 見れば、水晶玉の中に色彩が渦巻いている。

 まだ、景色とは言えないようなぐちゃぐちゃ加減だ。

「まだ、まだよ。イメージを強く持って!」

 フェイリンの言葉に、俺達はより一層強く、アレーネさんを思い浮かべる。

 企みごとをする時の艶やかな笑顔。喫茶やバーで働いている時のしどけない仕草。異世界で危険が迫った時の、凛とした視線。

 ……大丈夫だ。すぐにイメージできる。表情も、声も、言葉も。

 それから。

「な、なにこれ……?」

 フェイリンの戸惑うような声に、水晶玉を見る。

 ……そこに映っていたのは。


 アレーネさんの死体だった。


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