88話
フェイリンには、泉と紫穂と一緒に村の森の祠で待機していてもらうことにした。
もし、誰かに見つかりそうになってしまったとしても、とりあえず泉が寝かしつけられるし、紫穂が氷の壁を作って防衛もできる。フェイリンの殺害は避けられるだろう。
……そして俺とペタルとリディアさんとイゼル、という面々は、イェンジュさん達の村へ戻ってきた。
「ああ、皆無事だったか!」
村は既に、祭の様相を呈していた。
その中心で笑い合い、喜び合っていたイェンジュさんは、俺達の姿を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
「ありがとう、あなた達のおかげで、死者が出なかった。怪我も軽く済んだ。……本当に、感謝してもしきれない」
「うん、皆が無事でよかった」
イェンジュさんをはじめとして、次第に俺達の周りには村の人達が集まってくる。
彼らは皆口々に、愚王が死んだことを喜び、そして俺達に(恐らく、主に傷を治したであろうペタルに)礼を言う。
「元々は我々と無関係であるのに、こうまでしてもらって……本当に、皆には感謝してもしきれない。……そうだ、何か礼をさせて欲しい。不躾だが、何か我々にできることは無いだろうか?」
そしてイェンジュさんがそう言ってくれたので、俺達は顔を見合わせて……そして、報酬についての相談を始めるのだ。
「龍の鱗を、もらえませんか?」
理由を話せば、イェンジュさんは龍の鱗を譲ってくれた。
つまり、この村の巫女が持っていた龍の鱗が、その子供の手元から失われてしまった、ということ。そして、その子供は母の形見をなくして悲しんでいる、ということ。
それらを話せば、イェンジュさん達はむしろ、同情してくれさえした。
……巫女の子供が王の娘であることについてはぼかしたが、もしかしたら、何か分かっていたのかもしれない。
「そういうことなら、その子にこれを。もう我々には必要の無いものだ」
イェンジュさんは懐から龍の鱗を取り出すと、俺達に渡してくれた。
「私達は神の力に頼らずとも、これから自分達の力で国を作っていけるだろうから」
イェンジュさんの言葉を聞いて、ふと、疑問に思いつつ、聞いてみた。
「そういえば、戦闘の時に龍の鱗は使ったんですか?」
「ああ。使った。天にこの龍の鱗を掲げて祈った。……そして現れた龍は、王家の旗を持って飛び去って行ってしまった」
するとそんな答えが返ってきた。
……内心、どうしたものかと思いつつ、イェンジュさんの続きを待つ。
「あれは……もしかしたら、我々に驕るな、と言う神の使いだったのかもしれない。実際、神の使いが居なくとも、我々は王を殺し、この国を取り戻すことができたのだから。……だから、これからは我々自身の手で、国を作っていこうと思う」
イェンジュさんはそう言って、力強い笑みを見せてくれた。
イェンジュさん達が、神、或いは神の使いである龍について、どのように思っているのかは分からない。
ただ分かっていることがあるとすれば……これから城の死体を検分していく内に、フェイリンの不在が分かるだろうということだ。
その時、龍の伝説ができるのかどうかは……それこそ神のみぞ知る、ということなのかもしれない。
「あの、また国ができた頃に遊びに来るね!」
「皆、体に気をつけて!」
「ああ、ありがとう!本当にありがとう!どうか、元気で!」
そして俺達はコジーナを辞すことにした。
祭の輪の中から抜け出て、見送られながら森に向かって歩き始める。
……そして村の人達の視線が俺達を捉えられなくなった頃、祠に到着した。
祠の前ではリディアさんがぼんやり見張り番をしつつ、そこらの草を引き抜いて弄んでいた。
「あ!来た来た」
俺達に気付くと、リディアさんは草を放り捨てつつ、祠の中に声を掛ける。
すると祠から紫穂と泉とフェイリンが出てきた。念のため、ということでリディアさん達を残していったのだが、結局特に何も無かったらしい。まあ、それが何よりか。
「ほんじゃー、ささっと帰りましょっか!」
「うん。そうしようか。オルガさんとニーナさんも心配だし」
そして帰る時は、リディアさんの腕輪によるランダム世界渡りである。少々心配ではあるが、これ以外に方法が無いのだ。仕方ない。
「……フェイリンさん、異世界へ行くことになるけれど、いいの?」
リディアさんが腕輪を使う前に、ペタルがフェイリンに尋ねる。
すると、フェイリンはさも当然、というような顔をして頷いた。
「ええ。構わないわ。もうパパは死んだし、お母様も亡くなって久しいし。城も燃えたし、この世界には私、もう居ない方がいいでしょう?」
フェイリンのあっさりした答えに、若干、泉やイゼルが痛まし気な顔をした。
2人はそれぞれ故郷となる世界に良好な関係の家族が居るからな。天涯孤独になり、むしろ世界中から追われる側となったフェイリンには、思うところがあるらしい。
「それに私、『龍になった』んだもの。この世界には時々顔を出して、忘れるんじゃあないわよ、って言ってやるくらいでちょうどいいでしょう?」
だが、フェイリンは一向に気にした様子も無く、高慢な様子で胸を張る。
そんなフェイリンにペタルは笑みをこぼして頷いた。
「うん。すごくかっこいいと思う」
「……そ、そう。まあ、当然よね?」
フェイリンは素直に褒められるのに慣れていないのか、どこか戸惑い気味ではあったが。
……だが、俺も純粋に、『すごくかっこいいと思う』。
「ほんじゃー行きま」
「あ、ちょっと待ってくれ」
ということで早速帰ろうとしたリディアさんを引き留めて、俺は1つ、引っかかっていることを口に出した。
「フェイリン。龍の鱗って、そうそう幾つもあるものなのか?」
「いいえ。それは無いわ。だって、これは巫女が代々ずっと隠し続けて守ってきたものなんだって、お母様が仰ってたわ。そうそう幾つもあるものなら、そんなことしないでしょう?」
「そうか……」
そうそう幾つもある訳ではない、ということが、『2つあったことを否定する材料』にはならないが……。
「それにこの形も輝きも、私が私の部屋でずっと隠していたものとそっくり同じだもの。見間違えようも無いわ」
……だが、俺の勘では、限りなく黒に近いグレー、だ。
つまり。
「つまり、眞太郎。……誰かがフェイリンさんの部屋から龍の鱗を盗んで、イェンジュさんに託した、ってことかな?」
「ああ、そうだと思う。……それから、ペタル。確か『コジーナ』は、『翼ある者の為の第一協会』の侵攻リストに入っていたよな?」
ここでまた、一戦闘あるだろうな、ということなのだ。
だが、その戦闘は今すぐという訳にもいかないだろう。
「うーん……確かに、その線はありそう、だよね。もしフェイリンさんと龍の鱗とは関係が無くても、『翼ある者の為の第一協会』がコジーナに居ることは間違いないだろうし……でも、探す方法が、無い、よね」
ペタルが表情を曇らせる。
そう。今、俺達は『翼ある者の為の第一協会』と戦う事ができない。
何故なら……探す方法が無いからだ。
「このちかくでは『翼ある者の為の第一協会』の匂いはしないよ。でも、地面の中とか、ちょっと遠い所だと、ぼく、分からないと思う……」
「うー、私も水鏡でちょっと見てみたけれど、少なくとも小さめな水場の近くには居なさそう、って分かっただけだよ」
イゼルの鼻も、泉の水の魔法も、『翼ある者の為の第一協会』を見つけられないようだ。
普通なら、ここでアレーネさんが何らかの方法を使って『翼ある者の為の第一協会』の潜伏場所を探し出してくれるところなのだ。
だが。
「これはアレーネさん待ちするしかなさそうかな」
「ああー……そういえば、連絡も無かったんだっけ……」
「……アレーネさん、大丈夫、でしょう、か?」
俺達がコジーナへ渡った時、まだアレーネさんはアラネウムへは帰っておらず、連絡も無かったのだ。
「じゃあ尚更一回、帰ってみたほーがいーんじゃない?ほら、アレーネちゃん帰ってるかもだし」
なんとなく不安になりつつも、他にどうしようもない。
俺達はリディアさんの言葉に従って、一度ディアモニスへ戻ることにした。
「ほいじゃー今度こそ。ぽちっとな」
「ぽちっと、て、リディアさんその腕輪押すとこないじゃーん!」
……なんともしまらないが、とにかくこうして俺達はコジーナを後にすることになったのだった。
そして。
「めっちゃさむい!さむいさむいさむいああああああああああ!」
俺達は極寒の大地に居た。
白い。視界がすべて白い!
雪と氷と吹雪で全て白い!
そして寒い!とにかく寒い!非常に寒い!
トラペザリアのコートは耐冷でもあるが、それでも十分すぎる程に寒い!
「そう、です……か?」
「紫穂は体が体じゃないから寒くないんだよーっ!うわーんペタルー!はやくー!」
「わ、わかってるっ!アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス『ディアモニス』っ!」
……そうして、一瞬で体が冷え切って体力を大きく消耗したものの、ペタルが早口に呪文を唱えてすぐに世界渡りしてくれた為、俺達は無事、ディアモニスに戻ることができたのであった。
「お帰りなさいませ、皆様。……そちらの方は新しく入られた方ですね?」
「お、新入りか!……ん?なんで皆、そんなに震えてるんだ?」
……ほんの数十秒、或いはそれにも満たない時間の間だけですっかり冷やされてしまった俺達は、ディアモニスはアラネウムの店内に帰ってきても、しばらく震えていることになったのだった。
できればもう二度と、リディアさんのランダム世界渡りはやりたくないな……。




