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84話

 そして、太陽が傾き始めた頃。

「これより進軍を開始する!いまこそかの邪知暴虐な愚王に罰を与え、新たなる王国を築く時!」

 勇ましくイェンジュさんが声を上げ、村の人達も合わせて声を上げる。

 俺達は、その中に交ざって、上げきれない声を燻らせつつ、ひたすら微妙な顔をしていた。

「……とりあえず、イェンジュさん達の命を守るのが第一だからね」

「まあ、そうなんだが……」

 ……俺達は、イェンジュさんから依頼を受けている。

 そしてそれ以上に、アラネウムの基本方針は『できる限り人を殺さない、物を壊さない』。

 であるからして、イェンジュさん達革命軍に加わって、人々の死傷を防ぐのが第一なのである。

「王城への侵入は、まー、なんとかなるでしょ。いざとなったらジェット人参(ものすごい速さで光りながら飛ぶ)を一気に数本使えば!」

「飛ぶってことですか?」

「や、ほら、扉とか壁とかにぶち込めば……」

「……人参なんですよね?」

 ……リディアさんがくれた謎の道具はさて置き、あくまでも、フェイリンの救出はおまけだ。

 できなかったならば、他を犠牲にしてまで行うべきではない。

 でも、できるならばやりたい。

 どうにも、話をして、関わって……知り合ってしまった人を見殺しにするのは、嫌だった。




 進軍が始まると、誰も何も言わなくなった。

 かがり火を掲げながら、都までの道を歩く。

 都まではそう遠くない。夜中には都へ到着するだろう。

 全員が真剣な表情で行進していく様子の中、俺達の表情はまた別の意味で固い。

 ……この人達を守りながら、ある一点においては裏切る。

 器用な事をする羽目になったな、と思うが、それはこうしないと割り切れない程度に俺が不器用だからである。

 不器用のしわ寄せはまた別の場所に出るらしい、なんて、哲学めいたことを考えて軽く現実逃避しつつ、俺は歩を進めた。




 その内太陽は沈み切り、満ち切った月が空に登り……そして、都の王城のシルエットが大きくそびえる周りに、かがり火の明かりがポツポツと、見えるようになる。

「見ろ、同志たちが皆、集まってくる!」

 成程、あの火はイェンジュさんが声を掛けた、他の村の人達なのだろう。

 城に向けて火が集まっていく様子は、これから起こるであろう惨劇と相まって、どこか不気味でもある。

「……おかしいな」

 だが、それ以上の不気味さがあるとすれば。

「何故、火が近づいているのに、都では動きが無いんだ?」

 ……兵士の1団すら、このかがり火の群れに向かって来ないことが、何より不気味であった。




 そうこうしている内に、碌に攻撃されることも無く、俺達は都へ到着してしまった。

 一応、申し訳程度に兵士達が来はしたのだが、全く以て脅威では無かった。何だったんだ、一体。

 泉が歌ってしまえばすぐに方がついたし、そうなったらあとは放っておいて、先を急ぐだけだ。


 ……都の中へ入っても、碌な抵抗もされずに進めた。

 かがり火は都に入って次第に集まってきて、すっかり増えた。

 今や都の王城前の広い通りを目いっぱい使って、革命軍が悠々と行進しているような有様である。

 都に住んでいた人らしい人達も列に加わり、いよいよ革命らしくなってくる光景を前に、俺はペタルと目配せした。

「気をつけてね」

 小さく囁かれて、頷く。

 そして俺は、適当な頃合いを見計らって、革命軍の行進から抜け出し、路地裏を走り始めた。

 俺が進む先は王城である。

 ここまで革命軍が迫っているのに、兵がほとんど城下に居ないのだ。

 ともすれば、兵士は城の中に戦力を固めていると考えるのが妥当だろう。

 ……つまり、革命軍が城に入った時、大混戦状態になる。

 誰かを城から連れ出すのなら、その時が最も適しているだろう。

 そして、その時は当然ながら、イェンジュさん達革命軍の命が最も危ない時だ。サポートは多い方が良い。

 それと同時に、フェイリンを連れ出す役目は、隠密に、行うべきだ。城の中を多少知っている俺が1人で王城に潜入するのは、当然の流れだった。




 城への道を走りながら、イゼルから分けてもらったチョコレートを口に放り込む。

 素早さを向上させるチョコレートの効き目は思っていたよりも強かった。

 地面を蹴る一歩一歩は今まで感じたことの無いレベルで力強く、俺の後方へ景色が流れていく速度もそれに付随してとても速い。

 みるみるうちに王城は眼前まで迫り、ついには白い漆喰で固められた塀に到達する。

 俺は塀に向かって、『ジェット人参(ものすごい速さで光りながら飛ぶ)』を撃ちこんだ。

 ……オレンジ色の光の流れとなって飛んでいった数本の人参は、塀に着弾するや否や、ぽんっ!というジョークのような音と共に……オレンジ色の光をまき散らしながら大爆発を起こした。

 オレンジ色の光が消え去った後に残っていたのは、当然のように大穴を開けた塀だった。

 ……なんなんだ、これ。




 予想以上の威力を持っていた人参と、その人参を当然のように所持していたリディアさんに若干の寒気を感じつつも、俺は塀の内側へ入った。

 すぐに投げられるように煙幕を手に持っていたのだが、必要なかったらしい。

 オレンジ色の光こそ発したものの、『ジェット人参(ものすごい速さで光りながら飛ぶ)』の爆発で起きた音は『ぽんっ!』だけである。

 兵士が気づかなかったとしても無理はない、が……。

 ……それにしても、塀の内側にも兵士が居ない。居なさすぎる。

 これは一体どういうことだろうか。何故、革命軍が城の目前まで迫っているにもかかわらず、こうまで城内が手薄なのか。

 ……不安を感じつつも、俺は再びチョコレートを口に放り込んで、城の中を進み始めた。




 城の中に入ってすぐ、兵士らしい人が1人で歩いているのを発見した。

「ん……?」

 ただ、妙にぼんやりとした兵士だったので、見つかってすぐ襲われるでもない。

 俺はその隙にさっさと逃げ出して、兵士を撒くことに成功した。


 それからも数回、人に会ったが、その度に『バールのようなもの・オブザデッド』や『爆発の代わりに爽やな香りと甘やかな果汁!オレンジ爆弾!』を使ってなんとか切り抜けた。

 意外だったのは、オレンジ爆弾だ。

 ……爆発せずに果汁をまき散らすだけの道具だろう、と高を括っていたのだが、これがなかなかどうして、目くらましに丁度いい。

 オレンジ果汁だから相手を必要以上に傷つけることもないし、かといって、オレンジ爆弾を顔面で炸裂させられて果汁がもろに目に入った人が行動不能にならない訳もない。

 今回のミッションに対しては意外なほどに役立つ道具だった。

 ……リディアさんの自慢げな顔が目に浮かぶ。




 そうして俺は城の、できるだけ高い階層まで上り、城の外側をぐるりと回った。

 すると予想通りと言うべきか、俺が到着した露台の1階層下、斜め前辺りに、見覚えのある机と椅子が出ている露台が見えた。

 ……机の上には、これまた見覚えのある水晶玉と香炉が乗っている。

 あそこがフェイリンの部屋だろう。


 少し辺りを見回すと、ロープとして使えそうなカーテンが見つかったので、『きゅうりを切ってもくっつかないナイフ』で適当に切っていく。

 ロープの作り方は以前、オルガさんに聞いたことがある。舫結び、というらしい結び方で布を結び合わせていき、一本の長いロープにする。

 ロープの片側を露台の柵に結び付け、もう片方を……少し迷ったのだが、『超安全ベルト~絶対転落しません~』に結び付けて、超安全ベルトを俺の腰に巻いた。

 ロープを引っ張って外れないことを確認したら、いよいよ、露台の外へと降りる。

 ……ロープを手繰って、少しずつ降りていく。

 腕と脚の力だけで体重を支えているわけなので、当然、消耗も大きい。

 慎重にいきたいが、体力が有限であることを考えると、そうそう悠長にもしていられない。

 俺は適度に急ぎつつ、1階層分、ロープを伝って下降した。

 だが、これだけではフェイリンの部屋の露台までたどり着けない。

 ……仕方ない。

 俺は体を揺らして、ロープを少しずつ、振り子のように動かし始めた。


 少しずつ揺れが大きくなり、次第に俺は、ブランコでも漕いでいるような状態になっていった。

 振り子運動は次第に大きくなっていき、やがて、フェイリンの部屋の露台まで届くようになる。

 そこまでいけば、あとは簡単だ。

 フェイリンの部屋の露台の柵を掴み、体を引き寄せ、柵と柵の間に脚を割り込ませてしっかりしがみつく。

 その状態で片手を離し、ナイフでロープを切断する。

 ……腰のベルトを離れたロープが宙へと戻っていき、俺の動きを制限するものも、俺の体を支えるものも無くなってしまったら、あとは柵を慎重によじ登り、露台の中へと転がりこめばいい。

 ……説明だけなら、本当に簡単だった。

 ターザンか何かのようにロープを揺らすなんて、自分でも正気の沙汰じゃないと思ったし、その後、命綱でもあるロープを切断して柵を乗り越えるのもかなり怖かった。

 ……だが、俺はやり遂げたのだ。

 なんというか、アラネウムに入ってから、こういう事をやってしまえる度胸が妙についてしまった。

 いいのだか、悪いのだか……。




 露台から部屋の中へ入る。

 ……ここに来るのは初めてだ。今までのは全て夢だったのだから。

 だが、夢で見たものそのままの調度がそのままの状態で部屋にあるのを見て、妙な気分になった。

 夢と現実の区別がつかなくなるような、そんな気分に。

 ……だが、夢とは確実に違う点が1つ、あった。

 ここ数夜で見慣れた部屋の中で、それだけがどうしようもない違和感だった。

 フェイリンが居ない。


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