81話
……世界渡りができない。
これは……詰んだ、のか?
「あー……こ、これ、駄目な奴……」
しかし、ペタルや泉の顔を見る限り、『げんなりしてはいても絶望はしていない』。
「うー……ってことは、あっちこっち、ぱたぱた開けまくらなきゃかー……あううう」
ぱたぱた開けまくる……?
それが『世界渡り』と何か関係があるのだろうか?
そう考えていたところ。
「……あっ!あああああ!」
ペタルが急に、何かに思い当たったかのように声を上げた。
「そういえばリディアさん、異世界間を移動できる腕輪、持ってたよね?」
「え?あー、うん。持ってる持ってる。ほれ」
リディアさんはあっさりと、二の腕に着けられた腕輪を見せてくれた。
……そういえば、あったな、『世界渡り』の代用として使えそうだ、と話していた、リディアさんの腕輪……。
リディアさんが異世界を飛び回って、あちこちで秘宝からガラクタまで、蒐集するのに使っていた、『使用者をランダムにどこかの異世界へ飛ばす』腕輪……。
「うん。これ使えばふっつーに、アラネウムに帰れるなー、て思ってた」
「あー、そっかー。これがあるならぱたぱた開けまくっても駄目だったねー。危ない危ない。……あれ、でもそれって、行き先ランダムなんじゃなかったっけー?」
「え?うん、ランダムよ。もち。だからまー……30回ぐらい移動しまくれば、多分、帰れる!」
……。
そういえば、そうも言っていたな……。だから元の世界に帰るのが難しい、みたいなことも……。
「ま、まあ、よく考えたら一度、『世界渡り』が使える異世界に移動できれば、そこから『世界渡り』できるもんね」
だが、別にリディアさんの腕輪で直接ディアモニスへ戻れなくてもいいのだ。
要は、ペタルや俺が『世界渡り』を使えるような世界へ移動できさえすれば、そこからディアモニスへ帰れる。
「あー、よかったー!これでとりあえず、帰り道は確保できたねー!」
安心したらしい泉が足を放り出して床に座り込む。
「よ、よかった……」
よく分からないながらも不安だったらしいイゼルや紫穂も、同様に床に座り込んだ。
それにつられて、全員とりあえず床に座り、安堵の息を吐いた。
コジーナの家屋の床は板張りだ。そして、草を編んで作ったような座布団も置いてある。床に座りこめる家、というものは、ディアモニスの日本人の俺からすると中々いいものである。
「まあ、第一段階はこれでオッケー、てとこかー」
……だが、一息ついたリディアさんの言う通り、これは『第一段階』。
「じゃ、第二段階。……ペタルちゃん。泉ちゃん。それからイゼルちゃんに紫穂ちゃんに、シンタロー君も。……何がどんぐらい、使えそ?」
この世界において、俺達がどの程度、それぞれの世界の道具や魔法を使えるか、という問題だ。
「あー……うん、やっぱり駄目。水を操るのは全部駄目ー。歌もちょっぴり効きが悪いなー……あ、でも水鏡で遠くの水場の様子を見るのはできたよー。水を作るのはできないけれど、水を使うのは多少できそうかなぁ」
まず、泉はその言葉の通り。
水を操ることはほとんどできず、歌だよりになりそう、とのこと。
ただし、水をどうこうするのではなく、元々そこにある水を媒介に何かをすることはできるらしい。
「私は、癒しの魔法以外はほとんどあてにならないかな……。全部、弱体化しちゃってるみたいなんだ。テレポートも、エラエピセシペタロも、それ以外の魔法も大体はすごく効果が落ちてる。ただ、人の体に働きかけるタイプの魔法は、癒しの魔法と同じように、大体は等倍で使えるよ」
ペタルは、さっきの検証結果と大体同じらしい。つまり、ほとんどの魔法が弱体化している、と。
……ただし、人体に作用する魔法は使える、か。
回復魔法の他には、眠りの魔法や幻覚の魔法があるらしいが、どちらかと言うとペタルはそれらがあまり得意ではないらしい。
まあ、回復ができるだけでもかなり心強いのだが。
「ぼくは、とくに何も変わりないよ。変身もできるし、ドラゴンにもなれたよ!それから、アウレのお菓子は全部効果があったから大丈夫」
イゼルはというと、全く異常なしだった。
元々、魔法を使ったり機械仕掛けだったりするわけではない分、変化が少ないのか。
しかし、イゼルもまた、『人体に作用する魔法(或いは道具)は使える』状態にあるのか。
「私は……しょーじき、検証のしよーもない!だって道具、ありすぎるんだもん。でも大体は使えそーね」
一方のリディアさんは、この返事である。
……リディアさんの武器たる、異世界各国のアイテム類は、余りにも種類が多すぎるために全てを検証するのは現実的ではない、とのこと。
しかし、さっきもリディアさんが持っていた謎蛇口が使えたのだから、今回のメインウエポンになるのはリディアさんの道具になりそうだな。
「私も異常なし、です……あ、でも、『体』に依存してるものは使えない、です……」
「体に依存してるもの?なーにそれぇ」
「冷凍剣、です」
そして紫穂もまた、それほど能力に制限が無いらしい。元々が幽霊だからな。体たるアンドロイド素体がバニエラの物でも関係ないらしい。
ただし、アンドロイド素体の改造の時に仕込んだ武器の類は上手く使えない、とのこと。まあ、それはしょうがないな。
「俺は異常だらけだ。正直、何もできることが無い」
「なーに言ってんのシンタローくーん。……盾になれるよ!」
できればやりたくない。
……そして俺は、元々が一般人だ。
ピュライとバニエラとトラペザリアの道具だけに頼り切って今までやってきたのだ。
それら3つの異世界産のものが変調をきたしている今、俺の武器は何も無い。無だ。無である。
「そ、それは困る、よね……?あっ、そうだ」
俺自身にできることの無さに無我の境地に至りかけていた時、イゼルがポケットを漁り始めた。
「なら、シンタローさんにぼくが持ってるお菓子とか、分けてあげるね!」
そして俺の手のひらの上には、お菓子やらなにやらの包みがぽんぽんと乗せられた。
「……つまりそれって、シンタローがスピードアップしたり、精神力回復させたりするってこと?」
「う、うん……だ、駄目かな……?」
俺の両手には、俊足のチョコレートが5つに、精神力回復のキャンディが5つ、恋星金平糖というらしい金平糖の小包が1つ、ドラゴンタブレットが3つ、攻撃力上昇のグミが5つ、気分高揚のシロップのアンプルが1つ……という具合に、積み上げられている。尚、恋星金平糖の効果は幻覚・誘惑破り、らしい。
「眞太郎さんが、走ったりする、です、か……?」
「……まあ、何も無いよりはいいと思うな。眞太郎の自衛の手段が少ないのは確かだし……」
勿論、これらアウレのお菓子が役に立つかは未知数だ。
だってどうするんだ、俺の足を速くして。
大体、精神力回復もあまり必要ない。本来なら、魔法を使う人達が使うものらしいからな。
……まあ、無いよりはいい。
イゼルは他にもたくさんお菓子を持っているらしいので、これは頂いておこう。俺が使わなかったとしても、荷物持ちは分散させておいた方が何かと都合が良いからな。
その後、俺はイゼルから分けてもらったお菓子類の他に、リディアさんから『きゅうりを切ってもくっつかないナイフ』と『幻惑頭ポヤポヤ系目くらましスモーク玉』と『超安全ベルト~絶対転落しません~』と『バールのようなもの・オブザデッド』と『爆発の代わりに爽やな香りと甘やかな果汁!オレンジ爆弾!』と『ジェット人参(凄い速さで光りながら飛ぶ)』を借りた。というか、消耗品は貰った。
……ナイフはまだ分かる。煙幕玉も使えるだろう。だが……後半の諸々は何に使えるんだ?
「ま、私のフィーリングで選んだから。使わなかったら使わなかったでいーじゃんいーじゃん」
リディアさんは満足げである。
「あの、遠距離攻撃できるようなものって」
「ん?ジェット人参(すごい速さで光りながら飛ぶ)は?」
「……ええと」
ペタルに視線を向けて助けを求めたが、ペタルからは黙って小さな包みを渡された。
「ディアモニスの道具だから、使えると思うんだ。眞太郎なら、何かに巧く使えそうだから、預けておくね」
……ペタルから渡されたのは、防犯ブザーだった。
知っている。ペタルは傍目からは只の小柄な美少女だ。だから、アレーネさんからこういうものを持たされているという事は知っている。知っているが!
「……お札、あげる、です」
そして紫穂からは謎のお札を数枚、貰った。
……。
以上が俺の武装である。
不安だ。
不安はさて置き、とりあえず俺達は最後の確認を行った。
「……多分、このまま私達が何もしなくても、この国は革命でひっくり返ると思うんだ」
ペタルの言葉に、全員が納得する。
イェンジュさんが言っていたことがどの程度まで当てになるのかは分からないが、彼女の言葉をそのまま信じれば、革命を起こそうとする村人たちは、既に神を味方につけていることになる。
それに、人数も人数だ。押して押せない戦いじゃないだろう。
……だが。
「でも、このまま私達が何もしなかったら、多くの人が、死ぬ、と、思う」
……どんなに革命側が強くても、王の戦力が少ない訳が無い。
人と人がぶつかり合えば、当然、死者も出るだろう。
「だから今回、私達の任務は『死者をできるだけ減らすこと』にしようと思うんだ」
「うん。いいと思う。……人が死んじゃうのは、悲しいもんね」
静かにイゼルが賛同すれば、全員がそれぞれ、賛同の意を示す。
王とその一族を根絶やしにしようとするイェンジュさん達を止めることはできない。
だが、加担することもせずに……その代わり、人ができるだけ、死なないように。戦禍に飲まれた人達が傷つかずに済むように、俺達は動こう。
それがアラネウムらしくて、良いと思う。
そうして俺達はそのまま、借りた空き家で眠ることにした。
……俺はすっかり忘れていた。
眠ると、夢を見る、という事を。
今日は、室内だ。
天蓋に覆われたベッドには、フェイリン姫が物憂げに腰かけている。
そして、ベッドサイドの小さな机の上には、水晶玉と香炉が置かれている。
……だが、水晶玉が映す景色は、ディアモニスのものではない。コジーナのものだ。
当然か。あれが俺の記憶を映しているのなら、コジーナの景色が映るのは当然だ。
「……こんばんは」
そして、そんな景色をぼんやり見ていたフェイリンに声を掛けると、フェイリンは驚いたように肩を跳ねさせて、振り向いた。
俺は慌てて目を逸らして、目が合うのを防ぐ。
「シンタロウ……来たのね」
表情こそ見えないが、フェイリンの表情が綻んだであろうことは声の調子から分かった。
「ふん、来るのが遅いわ。それに、王女の部屋を訪ねるのに手土産も無しなんて、気が利かないわね」
「それは悪かったな。代わりに土産話なら持ってるよ」
高慢な調子で続けられた台詞に返すと、フェイリンは少し黙ってから、くす、と笑い声を漏らした。
「ええ。それでいいわ。……さあ、また聞かせなさい。異世界の話。あなたの話を」
そして優しい調子で続けられた言葉に誘われて、俺はまた、色々な話をするのだった。
そうして、大分話した。
フェイリンは前回よりは落ち着いていたものの、やはり興奮したのか、嬉しそうに声を弾ませながら俺と会話をしていた。
……なんとなく、そんな気がする、という程度なのだが。
普段、フェイリンはあまり、こういうふうに誰かと会話をすることが無いのかもしれない、と思った。
王の娘、と言っていたから、身分も高いのだろうし、友人に相当する人が居ないのかもしれないな。
「はあ、不思議ね。空が牡丹色と柳色の、妖精の世界……行ってみたいわ」
フェイリンはアウレの話がいたくお気に召したらしい。
アウレのおおらかな人々の話を聞かせ、そこで起きた事を聞かせると、懐かしむような、悲しむような、そんな声で、そんなことを呟いた。
「……なんなら、本当に行ってみるか?」
フェイリンにそう声を掛けると、フェイリンは驚いたのか、少しの間、喋らなかった。
……だが、ふっ、と、息を漏らすように笑う声が聞こえると、すぐ、フェイリンの高慢そうな声が返ってくる。
「いいえ。駄目よ。だって私は王の娘よ?そうそう簡単に、それもどこのだれかも分からないような者と気軽に出かける事なんてできないわ」
だが、その声は高慢そうでありながら、どこか乾いて、寂しげでもあった。
……そんな折。
ふと、かつり、かつり、と、靴音が響いた。
その途端、フェイリンは、はっと息を飲み、数瞬、逡巡した。
「シンタロウ、隠れなさい!」
だがその後の行動は早く、俺はすぐさま、大きな衣装箪笥の中に押し込まれる。
煌びやかな服がたっぷりと詰まった箪笥の中は、あまり居心地がいい場所ではない。
だが、衣装箪笥の鍵穴から外を覗けば、思いのほかしっかりと外の様子が分かった。音も聞こえる。
……まあ、そう考えるといい隠れ場所か。
靴音は部屋の前で止まると、こんこん、と、控えめなノックの音に変わった。
「フェイリン様、フェイリン様。国王陛下がお会いになりたいと」
ノックの音に続けてそう声が聞こえると、フェイリンは……一度、深呼吸をしてから、ぱっと表情を明るいものへと変えた。
「パパが?いいわ、入って!」
そして、ことさらに明るく弾んだ声を返すと、部屋の扉の前で何かごそごそ、とする気配があり……。
「フェイリン、元気かい?」
扉が開き、中年の男性が入ってきた。
……恐らく、この人がフェイリンの父親……つまり、王様、なのだろう。
だが……俺は初めて見るはずのその人を見て、何か、既視感があった。
どこかで、見た、だろうか……?




