80話
それから俺達は、大量の食事とオルガさんとニーナさんを運び、村の集会所らしい場所へと向かった。
「すまん、紫穂……」
「平気、です。……あんまり無理しないで、です」
オルガさんとニーナさんはそれぞれ、紫穂が霊能力で運んでくれた。
ニーナさんはまだしも、オルガさんは歩く武器庫みたいなものだから、紫穂が居なかったら運ぶのにさぞ苦戦したことと思われる。
電源が落ちてしまっているニーナさんを集会所の片隅に寝かせ、意識が朦朧としているオルガさんをその横の壁にもたれさせるように座らせると、俺達は改めて、村長であるらしい老人とイェンジュさん、そして集会所に恐る恐る、といった様子で集まってくる村の人達に向けて声を掛けた。
「とりあえず、ご飯にしましょう!」
タッパーを開ける。
すると即座にタッパーは空くので、空いたタッパーをしまい、新たに食事の入ったタッパーを出す。
……そうして、俺達はひたすら給仕を行っていた。
イェンジュさんが言っていた、『種籾にすら困る』という状況は本当だったのだろう。
どうみても村の人々の健康状態は悪かったし、それを裏付けるように、食欲も凄まじかった。
次々に空になっていくタッパーに、なんというか、いっそすがすがしいような感覚さえ覚える。
……それと同時に、それほどまでに飢えていたのであろう村の人々達に対して、哀れみというか、悲しみというか、そういったものを感じもする。
「いっぱい食べてお腹いっぱいになってねー!」
「あ、でも食べ過ぎると良くないかんねー。ほどほどに。ほどほどに腹八分で!」
他のメンバーも同じようなものを感じているのだろう。
それぞれ、給仕する表情はとても優しい。
……こうして俺達は口々に礼を言われながら、ひたすら給仕に徹し、用意していた食事全てを空にしたのだった。
「いやはや、本当に、ありがとうございます。王国の兵団を退けて頂き、さらには食事まで……」
「それが仕事ですから」
ひたすら平身低頭、例を言い続ける村長さんに対して、『仕事ですから』と答えるペタルは、どこか誇らしげだ。
俺も、アラネウムの一員として、人を助けられたことを誇らしく思っている。
「……それで、イェンジュさん」
「あ、ああ」
ペタルは表情を引き締めて、村長さんの傍らに控えていたイェンジュさんに向き直った。
「急ぐようで悪いけれど、できるだけ詳しく、早く、この村と国と、王についての情報が知りたいんだ。私達がイェンジュさん達を助ける上で必要になる情報だから」
「情報、か……とりあえず、この村については、昨日話した通りだ。国からの税は重く、満足に食べることもできない。それから、若い女は戯れに連れていかれる。そして王城や都で奴隷として働かされるのだと聞く。恥ずかしい話だが、私はアラネウムへ辿りつく前、その手の目的で捕らえられたところを逃げ出したのだ」
イェンジュさんの言葉に、俺達は何とも言えず、顔を見合わせる。
確かに、イェンジュさんは捕まったところを逃げてきた、とは言っていたが……。
「……この村の女達も、何人か連れていかれたきり、戻ってきていない。生きているかも……」
イェンジュさんが悲し気に首を振る。
俺達は本当に、もう何も言えない。
「それから、国について、か……酷いものだ。今の王になってからというものの、訳の分からない法ができては、すぐに消えていく。朝に出された法が夕方の内に変わっている、ということも珍しくない」
「まさに朝令暮改、っていう奴だねー……」
「ああ。だから、私達は分かりもしない法を犯さないように生きているんだ。……兵団が村の女を連れていく時も、法を犯したことを理由に連れていくが……そもそも、そんな法が本当にあるのかすら分からない。すぐに変わってしまうから、確かめようも無い」
「そうして王に意見したりして、王の機嫌を損ねたりした者は、何者であろうとも断頭台に立つのです。王子や王女ですら、王の機嫌を損ねたものは情けをかけられずに断頭台の露と消えました」
成程、イェンジュさんが言っていた『愚王』とはそのまま真実なのだろう。
話を聞く限りでは、この国の王は本当に絵に描いたように『愚王』そのものだ。まさか、自分の子供すら殺してしまうような王とは……。
「……王は、狂っているのだ。王は媚びへつらい、すり寄ってくる者に対しては寛容だ。意見を述べる者には残虐で……それ以外の者、王に声を届ける事すらできぬ、民衆達に対しては……全くの無関心だ。それも、冷酷な無関心だ。生きていても死んでいても変わらない、というのだから……」
そう言って、イェンジュさんは憎々し気に顔を歪めた。
無関心、か。
……同じ人間とも思っていない、ということだ。どうなってもいい。そもそも、存在を知らないのかもしれない。相手が生きているという感覚すら無いんだろうな。
愛の反対は無関心、というのも間違っていないのかもしれない。
「王城はこの村から北にある都の中心だ」
これからイェンジュさん達が行う作戦について説明が始まると、先ほどまでの暗い雰囲気から一転、未来に向けての希望と情熱が空気を満たす。
「この村の他、十を超える村にも連絡をしてある。次の満月の夜、私達は一斉に都へ向かい、都を落とす」
イェンジュさんが広げた地図の上、都を示す赤い印の周りに、いくつもの青い点が散らばっている。
この青い点が、味方の村、ということか。
これだけの数の村人たちが一斉に攻め入ったら、流石の都も落ちる、かもしれないが……オルガさんなら、火力不足、とはっきり言うだろうな。
なんとなくアラネウムの他のメンバーを見てみると、泉やイゼルや紫穂は首をかしげているものの、ペタルやリディアさんは難しい顔をしていた。
やはり、村人は村人だ。
数が居たとしても、そうそう簡単に王城を攻め落とすことはできないだろう。
「それに加えて、私達には神の加護がある」
だが、俺達の想定は少々、ずれていたらしい。
「神の、加護?」
「ああ。神の使いたる龍の加護だ。……この宝玉を見て」
俺達が覗き込む中、イェンジュさんは懐から絹の包みを取り出し……その中から、手のひら大の宝玉を取り出した。
黄金色に透き通った玉の中に、小さく煌めく破片のようなものが見える。
「龍の鱗だ。……神がおわすという湖……シォンユーへと赴き、愚王の悪政を訴えたところ、湖より龍が現れ、この宝玉を託して下さった。我らの決起の時、この宝玉を掲げれば、龍が我らを助けてくれる、と」
龍、か。
……多分、強いんだろう。多分。
この世界の宗教の事はよく分からないから、神の使い、と言われてもピンとこないし、神の加護、と言われてもやはりピンとこないが、『龍が来る』と言われれば、なんとなく、強そう、というか……とにかく、イェンジュさんが勝利を確信している以上、心配することは無いだろう。
「え、じゃーその玉んこがあればレンガニッポームカシバナシの真似ができるって事?」
「リディアさん、レンガじゃなくて漫画だし、日報じゃなくて日本ですし、とりあえず黙っていてください。それから、トレジャーハンター精神は今はしまってください」
……リディアさんがイェンジュさんの手の龍の鱗をキラキラした眼差しで見つめていたので、とりあえず止めておいた。
それから、都の内部の地図や、分かっている限りの王城の地図、兵士の配置、数……といった情報を教えてもらったところで、すっかり夜になってしまった。
「ああ……すっかり日が暮れてしまったな。今日は泊まっていってくれ。使っていない家がある。粗末だが、そこは自由に使ってもらって構わない」
イェンジュさんもそう言ってくれるので、俺達はお言葉に甘えて村の中の空き家を1つ、借りることになった。
……そして俺達がその空き家に移動して真っ先に行うのは。
「とりあえず、今、私達は何ができて何ができないのか。何を使えて何を使えないのか。確認しておかないとまずい、よね……」
……この世界、コジーナと相性の悪い魔法や道具の洗い出し、である。
今までも、誰かと相性が悪い世界、というものはあったが、ここまで色々と制限される世界は初めてだ。
できないこと、使えない物を先に把握しておかないと、いざという時に『できませんでした』じゃ、困る。
「……もしかしたら、世界渡りも……」
……そして何より俺達が心配しているのは、『世界渡り』が使えるかどうかだ。
これが使えなかった場合……俺達は、半分詰む、ということになる。
「と、とりあえず使ってみる、ね。……アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『ディアモニス』!」
俺達が固唾を飲んで見守る中、ペタルがいつもの呪文を唱えて……。
「……ああ、や、やっぱり……」
……それだけ、だった。
そう。
俺達は『世界渡り』も、できないらしい。




