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8話

 ということで、またピュライに行くことになった。

「大丈夫。今度はちゃんと対策してから行けるから」

 またペタルの兄さんとかち合わないとも限らない、と思っていたら、その点については俺よりペタルの方が余程慎重らしかった。

「隠者のケープ、霞の指輪……それから薄雲の帽子!」

 ペタルはリボンが着いた紫色のケープを羽織り、銀色の指輪を着け、ふんわりとしたキャスケットを被っていた。

 どうやらこれらは、人から見つかりにくくする効果のある装備なんだとか。

 魔法的な探知はほぼ完全に遮断できる上、直接会ってしまっても雲隠れできるらしい。

 ペタルによく似合っているので違和感も無いが、一応、『お兄様対策』として最強の装備なんだとか。

「ということで、はい。眞太郎の分もあるよ」

 ……しかも俺の分もあるらしい。

 ただし、デザインはペタルのものとそう大差無い。ケープのリボンが無かったり、帽子の花飾りが無かったりする程度だ。

 つまり、俺が身に着けるには少々可愛らしすぎる。

「……できれば、ちゃんと男の子用のやつ、用意したかったんだけど、今手持ちがこれしかないんだ。向こうで眞太郎の分の買い物をするまではこれで我慢してもらえるかな」

 しかし、これを身に着けないと危ない、ということなら仕方ない。

 流石に、自分の命よりも恰好を気にすることができる程、俺は神経が太くない。




 ということで、男が身に着けるには少々可愛らしすぎるケープと帽子を身に着け、ペタルと揃いの指輪を嵌め、再びピュライへ向かう事になった。

「今度はちゃんと準備したんだ。これ、魔力充填装置。これがあれば、ブローチが魔力充填する時間を10分ぐらいに短縮できるから、帰りたいのに帰れない、ってことは無いと思うよ」

 今回はがっつり対策していくらしい。

 まあ、またあのお兄さんとの遭遇は勘弁だよな。

「それから、眞太郎、これ、煙幕ボール。ピュライじゃなくてトラペザリアの道具だけど、使うのに魔力も素質も必要ないから、眞太郎も問題なく使えると思う」

 さらに、ペタルは俺に灰色のボールを3つ、渡してきた。

「トラペザリア、って、オルガさんの世界だったか」

「うん。そう。オルガさんが分けてくれたんだ。ピュライだと魔法以外の道具は珍しいから、これでも十分役に立つと思う」


 諸々の準備も終わり、再び、ペタルがブローチと俺の手を握って呪文を唱え……再び、俺は異世界の地を踏むことになった。

 ……が、前回とは大分、風景が違った。

「街……」

 そこは、街だった。

 街の大通りなのだろう。

 石畳の広い通りの両脇には色とりどりの天幕が張られ、数々の露店が開かれている。

 露店に並べられているものは食べ物だったり、見た事の無い植物だったり、何に使うのか分からない動物の骨や角だったり、細かい細工の装飾品だったり。つまり、雑多に様々な露店が混じり合っている。

 少し遠くを見渡せば、石や漆喰で作られた建物の中に、明らかに物理法則を無視したようなものも混じっている。宙に浮く家とか。時計らしい巨大な銀細工と、その周りをぐるぐる回る謎の金細工とか。

 更に空へと視線を移せば……建物の遥か上空を、翼竜のような生き物がのんびり飛んでいった。

 ……異世界の街、だった。

「前回は森の中だったけれど、今回は街の中に出たんだ。用事があるのはここの裏通り。さあ、急ごう、眞太郎。対策はしたけど、破られないとも限らないから」

 見ていて楽しい眺めではあったが、ペタルの言う通り、今は急いだ方がいいだろう。

 ペタルの案内に従って、俺達は通りの横の細い道を通り、裏通りへと進んだ。




 そうして薄暗い裏通りを進むと、やがて1軒の店の前に辿り着いた。

 白っぽい石のレンガを積み上げて作ったらしい小さな家に、『エンブレッサ魔道具店』と、小さな看板が出ている。

 唯一、不思議なところがあるとすれば、木のドアに不思議な模様が書いてあるところだ。チョークで描いたように白く粉っぽく、その模様はドアに描かれて存在感を放っていた。

「ここだよ。私の友達がやってるお店なんだ」

 ペタルが躊躇なく店のドアのノブを掴むと、一瞬、チョークの線が光ったような気がしたが……次の瞬間には、普通のチョークの線になっていた。

 ……何かの魔法なのかもしれない。


 店の中に入ると……酒臭かった。

「あらーあ?変ね、ペタルが見えるわ?……流石にちょーっと飲みすぎちゃったかしら?」

 酒の匂いの正体は、店のカウンターの奥に座っている女性だった。

 カウンターの上には酒瓶と思しき瓶が大量に並んでいる。

 昼間から飲んでいたらしい。

「幻じゃないからね、エンブレッサ」

 ペタルが呆れたように言うと、カウンターの女性は立ち上がってペタルの顔を覗き込んだ。

「……え?ホントにペタル?……あー、本物だ。え?どうしたのよ。あんた追われてなかったっけ?」

「うん、色々あって。杖を無くしちゃったから、新しいのを買いに。それから……彼の護身用の道具が欲しいんだ」

 そこで初めて、カウンターの女性は俺の存在に気付いたらしい。俺を見て、目を瞬かせた。

「……え?彼、誰?あんたの彼氏?」

「ち、違うよ。ええと……お仕事関係で知り合った人……?」

 ……それでいいんだろうか。いいのか。いいのかなあ。

 確かにお仕事関係、ではあるが……商売相手、じゃないぞ。決して。


「ええと、紹介するね。眞太郎。この人はエンブレッサ。このお店の店主だよ。……昼間からお酒を飲むような人だけれど、魔道具の仕入れの目は確かだし、たまに本人が作る魔道具も、ちょっと変だけどすごく性能の良いものばっかりなんだ」

 エンブレッサさんは、カウンターの上の酒瓶(恐ろしいことに、全て空だった)を片付けながら、にっこりと微笑んだ。

「それから、エンブレッサ。この人は眞太郎。詳しくは聞かないでね」

 ……そして、ペタルは俺のことをそんな風に紹介した。

 成程、俺が異世界人(この世界の人から見れば俺が異世界人だ)であることは隠しておいた方がいい、と。

「あー、はいはい。大体察しがついちゃったけど、ま、聞かないでおくわね」

 ……いや、もう察されているらしいけど。


「で?ペタル、あんたの杖はまあ、適当に見繕ってあげるけど。眞太郎君の道具っていうのは、どういうのをお望み?」

「ええとね、できれば、簡単な武器と防具。それから、使い捨てでもいいから、移動用の道具が少し欲しいな」

 あ、そんなに買うんだ。

 ……金、大丈夫なんだろうか。俺はこの世界の通貨なんて1円たりとも持っていないんだが。

「はいはい。分かったわ。じゃあ、早速検査……あ、もしかして、相性のいいオノマとかはもう検査した?」

「うん。大体は」

 そこでペタルは少し言い淀んで……声を潜めて、続けた。

「……ええとね、眞太郎、全部のオノマ、大丈夫みたい」




 結局、俺はまた、例の検査を行うことになった。

 理由は簡単で、エンブレッサさんが「全部のオノマぁ!?そんなの信じられないわよ!」と言い張ったためである。


「……うわー、本当だわ。なにこれ」

 なのでもう一度念のため検査、という事になったのだが、結果は特に変わらなかった。

「はー、居るのねー、ホントにこういう人……眞太郎君?君ね、すっごく恵まれてるわよ?」

「なんとなくペタルの説明で分かってます」

「ね。ほんとにね。はー……」

 エンブレッサさんはどこか呆れたような顔をしていたが、やがて、表情を楽しげな笑みへと変えた。

「ま、いーわ。魔道具屋としては、こんなにやりがいのあるお客さん、無いものね。任せてちょーだい。眞太郎君にぴったりの魔道具、見繕ってあ・げ・る!」

 そして俺に『ばちこん』と音がしそうなくらいのウインクを飛ばしたかと思ったら、鼻歌混じりに店の奥へと引っ込んで行ってしまった。




「はあーい、お待たせ!」

 そして戻ってきたエンブレッサさんは、腕いっぱいに荷物を抱えていた。

 それらをカウンターの上に置くと、その中から1つ、小さなおもちゃの弓のようなものを取り出して渡してきた。

「ということで早速だけど眞太郎君、これ、試してみて」

 渡されてしまったが、使い方が分からない。

 弓なのだから、矢が必要なのだろうが……。

「これね、魔力を風と光の矢にして飛ばす奴。小さくてそんなにかさばらないし、軽いし、矢は何かに当たったら消えちゃうから暗殺にも向いてる優れものよ?」

 暗殺をする予定はありませんが。

 ……だが、これなら護身用としては、いい、んだろうか。

 遠距離から攻撃できる物なら、俺自身の身体能力はそんなに関係ないだろうし、このサイズなら鞄に入れて持ち運べるし。

「こう、矢を番えるかんじで構えて?」

「こう、ですか?」

 弓を構えて、そこに矢を番えるかんじに、右手を添えると……。

 ぶわり、と、風が巻き起こり、光が凝集して……。

 消えた。




「……あっ?」

「……消えちゃった、よね」

 どうやら何かがおかしい、という事だけはなんとなく分かった。

 もう一度、と、弓を構えるも、今度は一瞬たりともさっきの風や光が集まる事は無かった。


「も……もしかして……ちょ、ちょっとこっち来なさい、眞太郎君!」

 何やら顔をひきつらせたエンブレッサさんに引っ張られて、カウンターの内側に連れてこられる。

「はい、これ握る!」

「はい」

 渡されたのは、透明な球状の物体だ。

 金属線が金属細工となって球を覆い、ある点から伸びて別の細工に繋がっている。

「……ひー、嘘、嘘でしょ……」

 何事か、と覗き込んだペタルもまた、顔をひきつらせた。

「……眞太郎」

「うん」

「落ち着いて聞いてね」

「うん」

 俺はさっきから落ち着いているが。

 ……何やら、ペタルは大きく1つ息を吸い込んでから、ようやくその続きを口に出した。

「眞太郎、ほとんど魔力が無いみたい」

「うん」




 つまりどういうことか、と言われれば、とても簡単な事だった。

「なんにでもできる、なんにでも使える素材が、ほんのひとつまみ。……それが眞太郎君なのねー」

 エンブレッサさんの説明はとても分かりやすい。

 つまり、俺は、ありとあらゆる魔法を使う適正こそあるものの、その魔法を使うためのエネルギーである『魔力』が致命的なまでに少ないのだそうだ。

 ……あれだ。

 すべての呪文を習得しているのに、MPが1、みたいな。


 そして残念ながら、MP1でできることなんてたかが知れている。

 少なくとも、さっきの弓から矢を発射することはできないらしいし……。

「どーしましょーね。これはちょっと、思ってたより厄介なお客さんだわー……」

 ……その他、多くの魔道具に関しても、同様に使用がままならないだろう、ということだった。

 なんてこった。


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