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79話

「なっ……くそ、あれは王の兵の……!大変だ、皆に伝えなくては!」

 イェンジュさんが血相を変えて、村の方へと走っていく。

 ……王の兵、ということは、即ち、イェンジュさん達にとっての敵、ということか。

 イェンジュさん達は革命を起こそうとしているのだから、その制圧のための出兵なのかもしれない。

「……これ、どうする?世界渡りして戻った方がいいかなー?オルガさんもニーナさんも居ないし、このまま戦闘になったら大変だよねー?」

「泉ちゃーん、そりゃ駄目よ。ここで私ら居なくなったら、この村の人、どーすんのよー」

「イェンジュさんが狙われている以上、私達も戦わなきゃいけない、よね」

 そして俺達がこの戦いに巻き込まれるのは仕方ない。

 アラネウムの基本理念の内の1つに、『依頼者を最優先する』というものがある。

 であるからして、ここでイェンジュさんの身に何かあったら、それはアラネウムの理念に反することになる。

 ……だが……同時に、俺達は、『異世界の環境を大きく変えるようなことはしない』という理念も守らなければならない。

 この場合だと、できる限り、死傷者は出さずに済ませたい、のだが……。

 単純故に大きな戦力であるオルガさんと、正確さ故に作戦の幅を広げられるニーナさんが、既にダウンしている。

 残っているのは、俺とペタルと泉とイゼルとリディアさんと紫穂……ということになるか。

 この面子で、なんとかしなきゃ、な。




「っと、わわわわわっ!これ、火矢!?だよね!?」

 そうこうしている内に、敵の攻撃が始まった。

 遠距離から飛んでくるのは、火矢だ。

 簡素な家の集まる中へ飛び込んだ火矢は、このままなら辺りを燃え上がらせていくのだろう。

「でも水があれば平気だよね!」

 しかし、心配はいらないはずだ。泉は泉の妖精だ。水を操るのは得意中の得意。消火作業は泉に任せて平気だろう。

 泉は早速、バイオリンを構えると音を奏で始め……。

「……あ、あれ?あれ?」

 ……ぽよん、と、小さな水玉1つが浮かび、ぱしゃ、と弾けて消えてしまった。

 俺達も勿論、泉自身も、唖然、としていた。

「あ……う、嘘、駄目、全然できない!水がいう事聞かないよー!」

 ……どうやら、泉の能力が使えない、らしい。

「そ、それなら私がやってみるよ。……パラカリステナクセピダ、アポトネロ!……う」

 続けて、ペタルが杖を構えて呪文を唱えたものの、宙に水が少し湧き出て、止まってしまった。

「……この世界……相性が悪いのは、機械類だけじゃない、みたいだね……」

 肩で息をつきながら、ペタルが呟く。

 どうやら、この世界……コジーナは、色々なものと相性が悪いらしかった。


「えーと、水、水……」

 火が燃え広がり始める気配を見せる中、リディアさんは鞄をひたすら漁っていた。

「確かここらへんに……あ、あった」

 俺達が見守る中、リディアさんは鞄から……どこにもつながっていない蛇口を取り出した。

「よいしょっと」

 そして蛇口をひねると……。

「えっ、なんでこれで水出るのー!?」

「あれっ……?ど、どこにもつながってない、よね……?」

「水を集めてる訳じゃなくて、本当にすぐ水を生み出してるみたいだね……」

 じょぼじょぼ、と、そこそこの威勢の良さで、蛇口から水が溢れだしたのであった。

 どこにもつながっていない蛇口から水が延々と出てくるのは、なんというか……シュール、である。


「と、とにかくこれで水は手に入ったよー!あとはこれを運べばいいんじゃない?」

「そうだね。なら眞太郎、お願いできるかな?」

「ああ、分かった」

 後は俺の出番か。

 リディアさんが持つ蛇口から延々と溢れてくる水を、テレポートの魔道具を使って火元へ飛ばす。

 ……はず、だった、のだが。

 ばしゃり、と音がして、水は目標地点より大分手前に広がった。

「シンタロー、もっと先だよー」

「分かってるんだが……ちょっとペタルもやってみてくれ」

「え?う、うん……あ、あれ?」

 念のため、ペタルにもやってみてもらったのだが、やはり、水をテレポートさせようとしても、水は目標地点まで届かない。

 なんというか……テレポートの距離に大きく制限を掛けられているような、そんな感覚だ。

「……もしかして、ピュライの魔法、全部こんなかんじ、なのかな……?」

 対処しなければならないものは、火だけではない。すぐそこまで兵団も迫ってきている。

 これを、オルガさんもニーナさんも抜き、更にはペタルや泉の魔法も無しにどうにかしなければならないのか。

 ……結構、厳しくないか?




「あ、あの、火は……私が、なんとかする、です」

 どうしようか、と思考を巡らせる中、紫穂が声を上げた。

 紫穂の体はバニエラ製のアンドロイド素体、要は機械なのだが、紫穂はアンドロイド素体を機械など全く関係なしに動かしている。よって、コジーナにおいても紫穂は活動できているらしい。

「紫穂、大丈夫?」

「冷凍は、ちょっと難しそう、なので……水を動かし、ます」

 紫穂はそう言って両手を前に突き出す。

 途端、紫穂の髪が突風に吹かれたようにぶわり、と靡き、それと同時に周囲にあったものがいくつか、浮き上がった。

 小石、木片、枯草……そして、リディアさんが延々と出し続けている、大量の水。

 紫穂はそれらを操って動かし、多少色々と混ざってはいるものの、大きな水玉を宙に作り上げた。

 水玉はふわふわ、と宙を飛び、やがて、火元の上でその拘束を解かれ、水流となって降り注いだ。

「どう、です、か……?」

 若干、コントロールが上手くいっていないようだが、この程度なら十分許容範囲だろう。火は確実に弱まり、あと1回水を掛ければ、十分に鎮火すると思われた。

「流石紫穂ちゃん!いよっ!アラネウム期待の新星!……てことで、ペタルちゃん。火消しと、オルガちゃんとニーナちゃんのお世話は私と紫穂ちゃんでなんとかしとくから、あのこわーい軍隊、どーにかしちゃってちょーだいな!」

 そして、リディアさんの道具も、どうやら普通に使えるものがあるらしい。

 ならば、ここは2人に任せてしまっても大丈夫だろう。

「うん、分かった!……じゃあ、泉、イゼル、眞太郎!私達は兵団をどうにかしよう!」

 俺はペタル達と一緒に、迫りくる兵団に向かう。

 ……さて、どうやって戦えばいいんだろうか。




 何となく予想はしていたが、俺が持っている武器は使えなかった。

 つまり、バニエラの光線銃と、トラペザリアの爆弾類である。

 ……まあ、ニーナさんもオルガさんもダウンしてるから、当然かもしれない。

 同じように、トラペザリアのジェットパックは使えなくなっていたが、一方、トラペザリアの防具の類はそのまま使えそうだ。まあ、防具は機械じゃないからな。

 それから、ピュライの、テレポートの魔道具。これは効力が10分の1程度にまで落ちていた。

 物を移動させられる距離がずっと短くなっているし、消費魔力も多くなっている。

 ……要は、俺はほとんど役立たずになっている、ということだ。


「……ああ、駄目。『エラエピセシペタロ』が目くらまし程度にしかなりそうにないや」

 そしてペタルもまた、魔法が思うように使えないらしかった。

『エラエピセシペタロ』は、ペタル十八番の花弁嵐の魔法だ。

 いつもなら花弁の嵐が敵を切り裂いて、隠して、そのまま消してくれるのだが……コジーナでは、目くらまし程度にしかならないらしい。

「うー……私も、水を操るのは全然だめ!歌は多少、効きそうだけど……シンタロー、ジェットパックは使えないんだよね?この地系じゃ全然音が響かないから、距離が足りないよー。というか、効くまえに矢で撃たれちゃいそう」

 泉の方も、調子が悪そうだ。

 少なくとも、泉1人で決定打を叩きこむのは難しいだろう。

「俺もてんで駄目だ。武器は全部、トラペザリアかバニエラの機械で制御されているものだから、全く使えない」

 そして俺は言わずもがなの役立たずである。

「ええと、ぼくは変身できるよ!アウレのお菓子は効くよ!」

 だが一方で、イゼルの調子は特に変わりないらしい。イゼルはくるり、と回ると狼の姿になって唸った。

 変身はできる、と。そして、『アウレのお菓子は効く』。

 つまり、一概に、アウレのものは全て駄目、という訳ではないらしい。


 泉は水を操作できなかった。しかし、歌は多少大丈夫そうだし、アウレのお菓子の効果はそのまま使える。

 ピュライの魔法についても、もしかしたら、コジーナと相性が悪い魔法は一部分だけなのかもしれない。

 ……うん。

 持っている材料を全て組み合わせて最良の結果を生むとしたら。

「イゼル。バニエラで使った『ドラゴンタブレット』、まだ持ってるか?」




 轟、と、イゼルが……イゼルが転じた竜が、吠える。

 灰褐色のドラゴンは、ゆったりと見える動作で、しかし、実際には地上に猛烈な風を巻き起こしながら、空へと舞い上がった。

 当然、この様子は村へやってきた兵団にも見えている。

 兵団は突如現れたドラゴンに戸惑い、恐れ、隊列が乱れた。

 ……まあ、そりゃ、当然か。俺だっていきなり目の前にドラゴンが出てきたら驚きもする。

 だが、兵団の乱れはすぐに立て直された。

 誰かが指示をしたのか、兵団の後列に控えている弓を持った兵士達が、すぐ、イゼルに向けて矢を射かける。

「エラエピセシペタロ、ヴィエイオス!」

 その矢を遮るのは、銀色の花弁の嵐だ。

 激しく舞い起こった花嵐は、矢を射ようとする兵士達の視線を遮り、矢の起動を変え、イゼルを守る。

「眞太郎、来るよ!」

 ……そして、花嵐が舞い起こる中、俺達は……耳を塞いだ。




 ……聞こえていないから、よく分からないのだが。

 恐らく今、イゼルの背の上で、泉はバイオリンを弾きながら歌っている。

 空から降り注ぐ歌声は兵士達全員に行きわたり、兵士達の動きを鈍らせ……遂には、兵士達を眠らせ始めた。

 兵団は異常事態に気付いたようだが、もう遅い。

 耐えていた兵士達も次々と眠りに落ちていき、最後に残っていた兵士達は……。

「これで、どうだっ!」

 ……俺の体当たりで地面に倒れ、そのまま抵抗しきれずに眠りに落ちていった。

 俺の肉弾戦は、オルガさんの見様見真似だ。つまり、碌に何の技術も無い、本当にただの体当たり。或いは、足払い。更に或いは、殴る蹴るの挙動。

 ……テレポートの魔道具が碌に使えない今、回避技術も碌に無い俺は、眠気と戦いながらなんとか起きている兵士達の攻撃を、もろに受けることになる。

 しかし、そこは流石のトラペザリア製の防具だ。

 矢が飛んできてもコートで受ければ(とても痛いが)刺さらない。

 剣で斬りつけられても、コートで受ければ(とても痛いが)斬られない。

 防刃防炎防冷防電、といううたい文句は確かだった。

 フードを被って、身を低くして、ひたすら泉の歌が効くまでの時間稼ぎと追い打ちに徹していれば……まあ、なんとかならなくも、なかった。




「お疲れ様、眞太郎。……うわ、すごい打ち身……」

「まあ、打ち身で済んだんだから、御の字、なんだろうな……」

 そうして兵士達全員を眠らせて、とりあえず拘束するなり、武装解除するなりしたところで、俺はペタルに治療してもらうことになった。

 矢がぶつかったり剣がぶつかったりした場所は、酷い打ち身になっていた。

 出血こそ無いものの、痛まない訳ではない。むしろとても痛い。

「でも、癒しの魔法が使えて良かった」

「ああ、助かるよ」

 だが、ペタルの魔法によって、俺の打ち身は無事、治療されつつある。

 泉の歌が使えたからそんな気はしていたが、ピュライの魔法についても、使える魔法と使えない魔法があるようだ。

 水を生み出す魔法はほとんど使えず、テレポートや花嵐の魔法は弱体化しており、回復の魔法はほぼ等倍で使えている、と。

「……落ち着いたら、使える魔法と使えない魔法、一通り確認しておいた方が良さそうだね」

「だな……」

 どうやら、このコジーナという世界。

 かなり、俺達に厳しい世界であるようだ。




「もし、もし、異国のお方」

 俺とペタルが頭を抱えていたところに、声が掛けられた。

 見れば、そこには1人の老人と、側に控えるイェンジュさんが居た。

「イェンジュより聞いております。あなた方がこの村を救って下さったとか。助かりました。おかげで、村の者は皆、無事でございます。本当になんとお礼を申し上げたら良いか……」

 そう言って老人は、深々と頭を下げた。

「眞太郎殿、ペタル嬢。本当にありがとう。突然の事なのに、こうまでしてもらえるなんて……」

 イェンジュさんは俺達の手を取って、やはり深く頭を下げている。

「いえ、私達は……」

 ……なんとなく気まずくなってペタルと顔を見合わせて、思い出した。

「あの、とりあえず、ご飯にしませんか?」

 兵団の襲撃でうやむやになっていたが、俺達はとりあえず、この村に食事を届けに来たのだった。

「ついでに、色々な事情もお伺いしたいのですが、よろしいですか?」

 それから、この世界の事……王の圧政について、革命について、なども、聞いておきたかった。

 ……それから、アラネウムがどう動くべきか、慎重に考えよう。

 俺達がこの世界の運命を変えてしまうかもしれないのだから。


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