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77話

「……ということで、イェンジュさんがここに来たからには、何か困りごとがあるんだと思うんだけれど、どうかな」

 いつもならアレーネさんが行う『異世界間よろずギルド・アラネウム』のシステムをペタルが説明しつつ、異世界からの客人……イェンジュ、と名乗った女性にカフェラテのおかわりを注いだ。

 いつもアレーネさんが行っている事だが、俺達だけでやろうとすると、どうにも固い。

 アレーネさんがいつも柔軟に異世界客をさばけているのは、アレーネさん自身の素質や人柄、経験といったものの賜物なのだろう。

「困りごと、か……確かに、私達は今、困っている」

 だが、多少固い説明ではあったものの、イェンジュさんは柔軟に事態を受け入れてくれたらしい。

 早速、『依頼』について話し始めてくれた。

「私達は愚王の圧政に苦しんでいるのだ」




「私達の国を治める王家は2代前から今の血筋だが、その時から既に酷い政治だった。奴らは王家や華族が肥えることしか考えていない。……そして3代目の現王が国を治めるようになってから、ますます酷くなった。税は跳ね上がり、村の蓄えも押収されて……私達は自分達が口にすることの無い食べ物を育てながら飢え死んでいく有様だ」

 イェンジュさんは確かに、スレンダーすぎる程にスレンダーな体つきをしている。

 ……泉が黙って、バゲットを切って焼き直し始めた。

 気持ちは分かる。

「じゃあ、イェンジュさんの依頼は、『王の政治を良くすること』なのかな?」

 ペタルも尋ねつつ、冷蔵庫から作り置きのサラダを取り出したり、クッキーを包んだりといった作業をしている。

 気持ちはよく分かる。つまりこれは、イゼルが来た時と同じだ。腹が減っているなら食べて欲しい、というか。

「いや……違う」

 だが、イェンジュさんは、目の前に並べられていく食事を見ながらも、手をつけようとはしなかった。

 フォークを握る代わりに拳を握りしめ、瞳の奥には熱を滾らせ、イェンジュさんは続けた。

「私の……私達の願いは1つ。革命を起こし、愚王を断頭台に登らせることだ!」




 ……イェンジュさんには一度、落ち着いてもらい……とりあえず、食事を摂ってもらう事にした。

 その間は、泉やイゼルといった毒の無いメンバーが給仕したり、雑談したりして……そして店の奥で、俺達は話し合っていた。

「うーん……これ、どうしよう」

「アレーネの方針でいくなら、『依頼者の依頼が優先』か?」

「いいえ、しかし、私達はイェンジュ様の世界の情勢を詳しく知りません。にもかかわらず、どちらかに加担するとなると、世界の均衡を壊しかねません。それはアラネウムの理念に反するのではありませんか?」

 俺達の話し合いは専ら、『イェンジュさんの依頼をどうするか』という事だった。

 俺達、『異世界間よろずギルド・アラネウム』は、異世界からの依頼客の依頼を請けている。

 だが、依頼者の願いを叶えることは勿論行うとして、それと同時に、俺達が活動することになる世界にあまり影響を与えないように気を付けてもいる。

 今回の場合……イェンジュさんの望みは、『革命ならびに王の処刑』。

 ただし、だからといってアラネウムが積極的に『革命』や『王の処刑』に加担する訳にもいかない。

 愚王、とはイェンジュさんの評だが、それが真実であるとは限らないし、愚王だったとしても、王には王の立場や事情があるのだろうし。

 少なくとも、一方的に俺達がどうこうしていい問題では無いように思える。

「あー……難し!片っ端からぜーんぶ燃やせー!とかならよっぽどラクなのになー!あー!」

 考え込む傍ら、リディアさんが考えることをやめてソファの背もたれに勢いよく倒れてしまった。

 俺もそうしたい気分だ。

「うーん……アレーネさんが居れば、意見を聞けるんだけどな……」

 ……今回の判断が難しい理由の1つは、アレーネさんの不在だ。

 こういう時、アレーネさんの判断でアラネウムの方針を決めるのが常であった。

 それが今回はそうもいかない。

 ……本当に、どうしたものかな。




「まあ、とりあえず行ってみてから考えてもいいんじゃないか?どうせ行くんだろ?」

 そして結局、考えが碌にまとまらないまま、オルガさんの案に賛同することになった。

 つまり、出たとこ勝負、と。

 ……まあ、言い方を変えれば、『自然な流れに任せる』とでも言えるだろうか。




 それから俺達は、翌日にイェンジュさんの世界『コジーナ』へ向かうことに決めて、休憩に入った。

 ……理由は簡単だ。

 食事の準備。

 ソラリウムへ行ったときと、状況は同じである。


 ひたすら、食事を作る。

 俺とオルガさんとイゼルが買い出しに出て、大量の食材を購入して帰る。

 買って帰った端から、食材を次々に調理していく。

 できるだけ消化に良く、栄養のある物を、と心がけての調理だ。煮込んだり、刻んだりするのに手間も時間もかかる。

 手間は人員を総動員することでなんとかなるが、時間についてはどうしようもない。

 鍋を火にかけている間に、出来上がったものをタッパーに詰めたり、タッパーを段ボールに詰めて梱包したり、と働きながら待ち時間を有効に利用した。


 待ち時間の間に、イェンジュさんの治療も行われた。

 どうやらイェンジュさんは栄養失調の他、いくらか怪我もしていたらしい。

「革命集会の後、王の手先に捕らえられて。……投獄されかけたところをなんとか逃げ出して、そのまま走り回っていたら、この店に来ていた」

「あー、ほんとにリアルタイムでかなり困ってたんだねー。それじゃあ扉も開くわけだよね」

 イェンジュさんの怪我は、明らかに攻撃された痕だった。

 縛られていたのを無理やり縄を切って逃げ出した、というイェンジュさんの手首には、縄が擦れた擦り傷の他、鈍い刃物でひっかいたり切ったりしたような怪我があった。

 ペタルが治療しながら、「痛そう」と、小さく呟いて唇を引き結ぶ。……俺も怪我は大分見慣れたと思う。だがそれでもやはり、他人の怪我を見た時の、自分まで痛みを感じるような感覚はなくならない。

 それはペタルも同じなのだろう。イェンジュさんの怪我を猛スピードで治療して、粗方怪我が綺麗に治ると、誰よりもほっとした顔をしていたから。




 そうしてひたすら食事を作ったところで、夜になった。

 俺達は俺達の夕飯を適当に済ませて、各自、早めに眠ることにした。

 俺が寝不足だったのもそうだが、それは他のメンバーでも同じことだ。

 特に、ニーナさんは24時間労働(本人曰く、23時間45分労働なので問題ないとのこと)を行っている状態だし、オルガさんにしても、ここ数日、かなり長時間働き詰めになっていたらしい。

 彼女らがアンドロイドなりサイボーグなりであったとしても、異世界へ行く時に万全の体調でなくていい理由にはならない。

 異世界へ行くのだから、体調は万全であるべきだろう。




 イェンジュさんを客間に案内して、泉が眠りの歌を歌って強制的に眠らせて休ませる。

 それから俺達もそれぞれに分かれて休憩することになった。

 異世界客が『異世界間よろずギルド・アラネウム』へ来店する時は、『喫茶アラネウム』の方へ客は来ない。よって今日は、かなり体が楽だったはずなのだが……気疲れした分でプラマイゼロか。

 程よく眠気が襲ってきたところで俺の部屋へ戻ると……。

「忘れてた……」

 ……窓辺にはドリームキャッチャーがいくつかぶら下げられ、壁にはお札が張られ、枕元にはポプリの小袋が設置されており、机の上にはハーブティーのティーバッグとカップとポットがあり、枕は奇妙にふにふにとした手触りであり、なおかつよく分からない形のよく分からないものに換えられている。

 ……異世界客が来て紛れてしまっていたが、そういえば、こっちの問題もまだ解決していないんだよな……。




 妙な手触りの枕『スーパー安眠枕』は、思いのほか寝心地が良かった。

 リディアさんが出してくれる道具は、このように見た目等々が珍妙であったり、効果が疑わしかったりするものが大半なのだが、それらの効果は何故かそれなりにちゃんとしている。リディアさんには、効果が無いように見えて効果がある道具を探して集める才能があるんじゃないだろうか。

 ……枕のおかげか、それとも他の物品の効果なのか、すぐに俺は眠りに落ちた。

 そしてまた今日もまた、同じ夢を見る。




 今日の少女は寝台ではなく、月明かりの露台にて水晶玉を覗き込んでいた。

 水晶玉の傍らに置かれた香炉から立ち上る細い煙が、風に煽られて宙に溶けていく。

 露台の下、夜にもかかわらずぼんやりと明るい街並みはさぞ賑やかなのだろうが、その喧噪もこの露台までは届かないらしかった。

 少女は水晶玉を覗き込んでいる。

 ……そしてまた今日も、水晶玉に移り込むのは、俺の記憶にある風景だ。

 アラネウムの中。様々な安眠グッズが飾られた俺の部屋。イェンジュさんの来訪……。

 少女は睫毛を伏せて水晶玉を眺めながら、口元を緩く綻ばせていた。

 ……つまり、場所こそ違えど、前回、前々回と状況は同じだ。

「あの、ちょっといいか」

 なので俺は、若干躊躇いつつも声を掛けた。

 少女の方は見ない。目を合わせない為だ。俺はひたすら地面を見つめながら、声を発する。

 すると、俺の視界の外で、少女が驚きつつ俺の方を振り向いた気配がした。

 ……だが、それだけだった。

 目が覚める様子は無い。

「……お前、どこから入ってきたの?」

 そして俺の耳には、少女のものらしい声が聞こえていた。

 成功だ。


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