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76話

 夕方から喫茶店の片付けとバーの開店準備を手伝い、しかし、夜にはオルガさん達によって部屋へ帰された。

「寝不足なら寝た方がいいぞ、シンタロー。体は資本だ。無為に損なうのは馬鹿ってもんだろう?寝られる時は素直に寝ておいた方がいいぞ」

「眞太郎様、私はアンドロイドですし、オルガ様はサイボーグです。眞太郎様のようにまとまった睡眠が必要な訳ではありませんので、お気になさらず」

「えっ?あれっ?私は?私は?」

「リディア様は昼間に1日平均9時間15分寝ていらっしゃいますから、健康状態も問題ありません」

「うそーん、ニーナちゃんが冷たい……」

 ……というようなやり取りの後、バーの客がやや少なかったこともあり、俺はお言葉に甘えて眠ることにした。

 昼寝したにもかかわらず、といったところに罪悪感があるのだが……実際、体の調子はそこまで良くもない。

 ならば、オルガさんの言う通り、『寝られるときは素直に寝ておいた方が良い』だろう。

 ……なんとなく、昼寝の時に見た夢がまだ、頭の片隅にちらついている気がする。

 今眠ると夢見が良いのか悪いのか……微妙な事になりそうなのだが。

 なんとなく、眠る気になれなくて、机の上に積まれたままになっている本(課題を終わらせるために図書館で借りてきたもの)を開いた。




 だが、本を読んでいる内に眠気が訪れた。

 やはり、体は疲れているのだろう。

 枕の横に本を置いて、俺は目を閉じた。

 ……そしてやはりと言うべきか、またしても俺は夢を見たのである。


 内容は前回とさして変わらない。

 俺は前回と同じ、品良く豪華絢爛な部屋に居て、そしてやはり薄絹の天蓋に包まれた寝台の上に、1人の少女を見つけた。

 ただし、少女は前回とは異なり、寝台に寝そべりながら水晶玉を覗き込んでいた。

 少女は気だるげに気まぐれに脚をぱたぱたと動かしつつ、熱心に水晶玉の景色を見つめている。

 ……水晶玉の中に映る景色は、前回同様、ディアモニスの……俺が良く知る景色だった。

 磨き抜かれたカウンター。グラスやカップの並んだ棚。薄水色をした壁掛け鏡。窓辺に飾られた花。……古い棚。やたらと広い風呂場。簡素ながらも必要な物は全て揃った部屋。机の上に積まれた、課題のための本。

 ……どうやらこの水晶玉に映っているのは、俺の記憶にある景色、らしい。

 水晶玉の中で、見覚えのある本のページが捲れる。

 少女は水晶玉を覗きながら、本を読めているのかいないのか。

 脚をぱたぱたさせながら、やはりひたすら水晶玉を覗き込みながら、少女は口元を綻ばせていた。




 やがて、水晶玉の中で本のページの文字がぼやけてくる。

 そして本は閉じられて、枕の横に置かれた。

 ……そこで少女は水晶玉から手を離す。するとやはり、水晶玉の中の景色は消えてしまった。

 少女は1つ、細いため息を吐くと、水晶玉と香炉を片付け始めた。

 今回は、俺の方を振り返る気配が無い。

「あの」

 やや、寂しげに小さく丸められた背中に向かって声を掛ける。

 きっと驚いたのだろう。声を掛けた途端、俺の目の前で少女は背中を跳ねさせ、勢いよく振り向いた。

 ぱつり、と切りそろえられた前髪が揺れ、その奥で黄金色の瞳が驚愕に見開かれている。

 ……そして、目が合った瞬間、夢はふつり、と途切れた。




 ちゅん、ちゅん、と、スズメが鳴く声が聞こえる。

 見れば、窓の外がもう明るんでいた。

 ……良く寝たらしい。寝た気がしないが。




「……シンタロー、それ、大丈夫なのー?」

 そして朝、バー・アラネウムから喫茶アラネウムへと交代する準備をしながら、皆に夢の話をしたところ……泉にすら心配されてしまった。

「まあ、多分……悪意があるようなものには思えなかったんだよな」

 だが、実際、体は何ともない。睡眠不足に特有な頭のぼんやりするかんじも無いし、体の倦怠感も無い。

 気分がなんとなくすっきりしないというか、なんとなく引っかかるものがあるというか……とにかく、夢の内容がなんとなく気になる、というだけである。

「夢は……馬鹿にしちゃ駄目、です」

 だが、珍しくも紫穂から忠告が入った。

「ドーマティオンでは、夢枕に立つのは幽霊、です。……眞太郎さんが見た夢も、幽霊が生きてる人の精気を吸い取る為の、まじない、なのかもしれない……です」

 紫穂の表情は真剣そのものである。

 ……確かに、そう言われればそのように思えてもくるが。

「……気になるのは、水晶玉の中に眞太郎の記憶が映っていた、っていうところだよね。その夢がただの夢じゃないとしたら、何らかの魔術だと思うんだ」

 少なくとも、やはりあの夢は只の夢ではないように思う。2度、同じ夢を見ているのだ。どうにも、只の夢とは思いにくい。

 そして、夢が只の夢ではないとしたら……ペタルの言う通り、何らかの魔術なのだろう。

「とは言っても、寝たら夢を見るんだろう?眠らない訳にもいかないし、対策のしようがないんじゃあないか?」

 更に、オルガさんの言う通り、対策のしようが無い。

 夢の中で一体何をすればいいのか。

 ……そんな時、ふと、リディアさんが真顔になって、言った。

「……んまあ、でも、ふっつーに考えたら、その夢、『目を合わせなければいい』んじゃーない?違うの?」

 と。


「目を合わせない?……ああ、シンタローは夢の中に出てくる子と目が合うと目が覚めるんだったな」

「そ。だから、目ぇ合わせないまんま、話しかけてみればいーんじゃないかって。ど?ど?」

 まあ……言われてみれば、確かに。試してみる価値はある、か。

「それは危険ではありませんか?眞太郎様が何らかの悪意ある呪術に巻き込まれている可能性はまだ消えていません」

 だが、ニーナさんや紫穂が主張するように、危険もある、かもしれない。

「でも夢、見ちゃうんじゃー、しょーがないんでないかなー。夢なんて不可抗力みたいなもんじゃーない?」

「まあ、リスクかもしれないが、やってみてもいいんじゃないか?何にせよ、このままにしておく訳にもいかないだろう?どうだ、シンタロー」

 ……それでも、俺はなんとなく、リスクを冒す方に傾いていた。

「はい。……やってみようと思います。できるかどうかはまた話が別ですけれど」

 やっぱり、夢の中に出てきた少女が、どうにも悪いものには思えなかったから。




「……あ、あの、シンタローさん。ディアモニスには、悪夢を取り除く魔道具があったよね?」

 そんな中、イゼルが唐突にそんなことを言った。

「ああ、ドリームキャッチャーか。あれは魔道具っていうか……おまじないの類、というか……実際の効果は期待できないんだが……」

 ドリームキャッチャー。確か、アメリカの民族の道具だ。

 輪に網を張ったものを枕元に吊るしておくと『悪夢をひっかけて取り除いてくれる』というようなものだったはずだ。

 ……勿論、ドリームキャッチャーは魔道具ではない。

 効果が期待できる類の物ではない、のだが……。

「まあ、やってみてもいいんじゃないかな。たとえドリームキャッチャーの効果が迷信でも、それで気が楽になればその分悪い夢を見なくなると思うし」

 ペタルがそう言うと、イゼルは耳をぴん、と立てて何度も頷いた。

「わかった!なら、ぼく、それ作ってみる!ソラリウムにもにた道具があったから、作り方は分かるよ!」

 そしてイゼルは部屋の方へ、ぱたぱたと駆けていってしまった。

 その様子を見送ってから……俺の前に、泉が顔を出して、にっこり笑った。

「ね、ね、シンタロー!私からはアウレのポプリ、貸してあげるー!いい匂いで安眠できるよー!」

「じゃあ私はピュライのハーブティー、淹れるね。いい夢を見られるんだ」

「あー、じゃあ、何ならトラペザリアの睡眠薬、使うか?あんまりお勧めはしないが!」

「バニエラの脳波測定装置が必要でしょうか」

「……ドーマティオンの、魔除けのお札、書く、です……」

「あっあっあっ、そーだ!私が持ってる『スーパー安眠枕』も貸しちゃるー!別にグラフィオ産じゃないけど!」

 ……。

 こんな調子で、皆が何かしらかの提案をしてくれた。

 流石に、オルガさんの睡眠薬とニーナさんの脳波測定装置は遠慮したが……その日の内に、俺の部屋は幾分、賑やかなことになったのだった。

 ……案外、寝ている時でも、魔法に対抗することはできるのかもしれない。




 俺の部屋が賑やかになって少しした頃、喫茶アラネウムが開店した。

 が。

「……今日はお客さんが少ないね」

 ここ数日の客の入りからは考えられない程、客が少なかった。

 拍子抜け、と言うか、なんというか。

「もしかして……あれ、かな」

 だが、こういう時こそ、気を抜けない。

 喫茶アラネウムが閑古鳥である時は、『異世界間よろずギルド・アラネウム』の出番であることが多いのだから。

「……そういえばアレーネさん、まだ連絡、くれない、よね。……どうしたのかな」

 ふと、ペタルがそう零す。

 ……そういえば、今日でアレーネさんの不在7日目、か。

 遅くなるようなら連絡を入れる、と言っていたが……。

『喫茶アラネウム』のマスターの不在は、何とかなっている。

 だが、『異世界間よろずギルド・アラネウム』のマスターの不在は……少々、不安だな。




 そんな俺達の複雑な心境とは関係なく、昼前に客足がぱったりと途絶えた。

 誰も居ない店内で、どことなく緊張しながら待っていると……。

 しゃらり、と、ドアに吊るされたベルが鳴る。

「……ここはどこだ……?私は一体……」

 案の定。

 異世界からの客人であろう人が、ドアを開けて困惑していた。


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