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74話

「数日、不在にしたいのだけれど、いいかしら」

 アレーネさんからそんなことを言われたのは、翌日の朝だった。

「数日、ですか」

「ええ。ちょっと予定がはっきりしないのだけれど」

 それとなく、用事の詳細を聞こうとしたのだが、恐らく、アレーネさん自身に話す気が無いのだろう。やんわりとはぐらかされてそれきり、それ以上の情報は出なかった。

 まあ、アレーネさんの事を心配する必要も無いが。


「……ってことは、私達が喫茶店の店番するってことー?」

「そうなるわね。お願いできるかしら?」

「まかせてー!」

 そして、どちらかと言えば問題はこちらである。

「お、おいおいおい、泉。まかせてー、って言ってもだぞ?配膳や皿洗いだけじゃないんだからな?アレーネが居ないのが1日2日ならまだしも、数日単位で居ないなら、作り置きも限界がある。となると私達が調理もしなきゃいけないぞ?」

 オルガさんの言葉に、泉は少々しょんぼりする。

「た、確かに……うーん、私、食べるのは自信あるけど、作るのは自身無いなー」

「アレーネさん、ご飯もお菓子もつくるの上手だもんね」

 普段、アレーネさん抜きで店番をする時には、アレーネさんが予め作り置いておいた食品を温め直したり切り分けたり盛り付けたりして出している。

 だからこそ、その『作り置き』無しでの店番、というものには……不安を感じる。


「大丈夫よ。必要そうなものについてはレシピを置いていくし、簡単な物ならペタルが覚えているでしょう?」

「まあ、うん、簡単な物なら……」

 アラネウムのメンバーの中では、ペタルが最も喫茶店員の経験が多い。

 その分、アレーネさんもペタルに色々と教えているらしいので、アレーネさんが不在の間は主にペタルを頼ることになるのだろう。

「バーについてはオルガがある程度分かるかしら」

「まあ、私とニーナが何とかできると思うが」

 一方で、バーの運営についてはオルガさんが詳しい。

 ……その理由が『バーの店員として働いているため』ではなく、『バーに客としてよく入っているので』なのがオルガさんらしいのだが。

「飲料については私にお任せください。今回の改造によって温度センサーをより高精度な物へと置換しましたので、完璧な温度管理で紅茶やコーヒーの抽出を行うことができます。また、エスプレッソマシンを導入したことにより、マスター・アレーネが淹れるエスプレッソとほぼ同等な味を再現する事ができます」

「再現って言ったって、エスプレッソマシン使ってたら誰がやっても大して変わらないんじゃーないの、ニーナちゃん」

「いいえ、リディア様。エスプレッソマシンにかける豆の挽き方や、粉砕した豆の詰め方などでエスプレッソの味は大きく変化するのです」

 そして一方、ニーナさんというオーバースペックの塊も居る。

「あ、あの、ぼく、おつかいとか、食器洗いならお手伝いできるよ」

「……よく分からない、です、が……私も手伝う、です」

 イゼルと紫穂も、手伝ってくれるらしい。

「これなら大丈夫そうね」

 最後にアレーネさんが優しい微笑みを浮かべてそう言えば、確かに、大丈夫そうな気がしてくるから不思議なものだ。

 そんな俺達の様子を見て、アレーネさんは改めて言った。

「それじゃあ、アラネウムのメンバーへの『依頼』よ。……私が不在の間、喫茶アラネウムとバー・アラネウムの運営をお願い。精々、5日程度だと思うわ。それ以上長引くようなら、連絡します」




 そうして、俺達は『依頼』を受けることになった、のだが。

「……アレーネさんが居ないって、やっぱり大変だね……」

 最初の2日まではなんとかなった。

 だが、3日目あたりから、喫茶店の運営が厳しくなってきた。

 何だかんだ、今まで店番をすることはあっても、運営そのものを行っていた訳ではないのだ。

 メインはアレーネさんだったから、俺達が今まで触れてこなかった部分がある。

 そこがどうにも、難しいというか、手間取るというか。

「それでもペタルが居たからよかったと思うなー。ご飯作るの上手だもーん」

「うん、アレーネさんに教わっておいてよかったよ」

 調理は専ら、ペタルが行っていた。

 アレーネさんとの付き合いが最も長いようだし、その分、色々と教わる機会も多かったのだろう。

 そしてペタルは、元々の気質がマメで真面目だからか、調理などの細々した作業に向いているのだった。

 ……オルガさんや泉もそこそこアレーネさんとの付き合いが長いはずなのだが、その2人は今一つ、調理が得意ではないらしかった。

 まあ、分からないでもない。




 その間、俺は何をしていたかと言えば、専ら調理の手伝いか買い出し係であった。

 配膳や接客はアラネウムの全員ができる。(紫穂には教えながら、ということになったが。)勿論、俺もウェイターとして手伝う事はできる。

 だが、やはり……俺がウェイターをやるよりは、折角なら、美少女、美女達がウェイトレスをやったほうが、ウケが良いのだ。

 なので、俺は大体、裏方として働くことになったのであった。

「あ、眞太郎、悪いんだけれど、買い出し、お願いできるかな」

 喫茶店とバーと、かなり長い時間に渡って営業を続けるアラネウムは、営業時間内に買い出しに行かないといけない。営業時間外には大抵、他の店が閉まっているからだ。

 なので、しばしば俺が駆り出されるわけなのだが。

「ちょっと多いんだ……眞太郎1人だとちょっと辛い、かも」

 ペタルから買い物のメモを渡されてみれば、確かに、1人で運ぶのは少々辛そうだ。

 スパゲティの乾麺やトマト缶、といった、明らかに重いであろうものがたくさんメモに書いてある。

「あ、じゃあ、ぼくも行くよ」

 どうしたものか、と思っていたら、早速、イゼルから声が掛かった。

「紫穂も1人でウェイトレスができるようになったから、ぼくが買い出しのお手伝いをしても平気、だと思う」

「あ、はい、大丈夫……です。イゼルさんが居なくても、大丈夫、です」

 続けて、紫穂からも声がかかる。紫穂はあわただしさの中で着実にウェイトレスとして成長しており、今や、立派に接客ができるまでになっている。

「なら大丈夫、かな。じゃあ、イゼルと眞太郎、お願いできる?」

「分かった」

「まかせて!」

 ……ということで、俺とイゼルは2人で買い出しに行くことになったのだった。




「……これ、1人だったら本当に大変だったな……助かったよ」

「うん、お手伝いできてよかった」

 そして買い物が終わると、俺達の両手はそれぞれ、ずっしりと重い買い物袋で塞がってしまった。

 缶詰や乾麺その他、重い物はできるだけ俺が持ち、比較的軽くてかさばるもの……葉物野菜などはイゼルが持っている。

 それでも、イゼルの小さい体には重いだろう。時々、歩きながらふらついている。

「大丈夫か?」

「大丈夫だよ。ぼくだってこれくらい持てるよ!」

 だが、心配は無用、ということらしいので、そのまま荷物は任せることにした。


 そのまま歩くこと数分。

「……ん」

 ふと、イゼルが立ち止まって、鼻を動かした。

「……この匂い……!」

 そしてそんな呟きと買い物袋をその場に残して、駆け出してしまった。

「イゼル!」

 イゼルが放り出した買い物袋を引っ掴みつつ、俺もイゼルを追いかける。

 ……だが、イゼルは途中で変身したらしい。狼の脚に追いつける訳も無い。

 それでもイゼルを見失う訳にはいかない。

 俺は追いつけないまでも見失わないように、必死に町を走った。


 ……終着点はそんなに遠くなかった。

 そのおかげでなんとか、イゼルを見失うことなく追いかけることができた訳だ。

「あ、シンタローさん、ご、ごめんなさい、急に……」

 だが、俺が着いた時には全てが終わっていた。

「こいつらの匂いがしたから……」

 ……イゼルの近くには、『翼ある者の為の第一協会』のメンバーと思しき連中が倒れていた。

 引っかかれたり噛みつかれたりした跡がある。イゼルがやった、ということだろう。

「いや、それはいいんだが……」

 思わぬ戦果に、喜びはしても、怒りはしない。だが……『これをどうするか』。それについては、多少、困りはする。

「ディアモニスはこういうの厳しいから、気を付けなきゃだめ、って、アレーネさんに教わってたのに……」

「いや、お手柄であることに変わりはないから……あんまり落ち込むなって」

 イゼルも、『これどうしよう』と困っているらしい。反省しきりで、しょんぼりと落ち込んでいる。

 ……さて、『これどうしよう』。




「最初にどうにかするのはこいつらか……」

 どうにかしないとまずいものその1。『翼ある者の為の第一協会』のメンバー達。

 死んでいる。ディアモニスで碌々見る事の無い、だが、俺はそろそろ、多少見慣れてきてしまった……つまり、死体である。死体が数体分、転がっている訳だ。

 ……これをこのまま放っておくわけにはいかない。

「とりあえず……世界渡りして、ピュライにでも放り込んでおけばいいか……」

 ここが人気のない裏通りであっても、見つかるのは時間の問題だ。その時、俺達が殺人の容疑に問われることは間違いない。

 ……図太くなってしまったなあ、と思いつつ、俺はピュライに『世界渡り』して、死体複数個を置いてくることに成功したのだった。

 その際、死体を検分して、道具やメモらしきものを一通り押収してくることも忘れずに。

 ……図太く、なってしまった、なあ……。




「ただいま」

「あ、シンタローさん、お帰りなさい……大丈夫だった?」

「まあ、なんとか」

 死体隠蔽に掛かった時間は1分少し、といったところだと思う。少なくとも、この裏通りにはまだ俺達以外の誰も来ていないようだった。

「……じゃあ、次はこれか」

「うう……ごめんなさい……」

 明らかに殺人現場でした、と言わんばかりの血だまり。

 そして、返り血に塗れたイゼルである。


「泉が居ればよかったんだが」

 何故、と言えば、当然、『洗い流せるから』である。水を操れる泉が居れば、この問題はすぐに解決しただろう。

「……手持ちの魔道具じゃどうにもならないな……」

「ぼくも……」

 だが、俺達は水の類を出せる魔道具を一切持っていない。

 この状態で、だが、とりあえずこの、コンクリートの地面に残ってしまっている血液をどうにかしたい。

「あっ、テレポートしちゃう、っていうのは」

「……残念ながら、バッテリー切れ、だ」

 そして頼みの綱、俺が戦闘でもそれ以外でも重宝しているテレポートの魔道具だが……死体の処理の為に世界渡りで往復してしまった為、恐らく、この血液を全て綺麗にテレポートさせるだけのエネルギーはもう残っていない。

 ……何かないか。この状況を打開できる道具は何か。

 せめて、一度アラネウムに戻って、泉を連れて戻ってくる間の時間稼ぎができれば。

「……あ」

 そして俺達は、気づいたのだ。

 起死回生の一手に。

「……後でペタルに謝っておこう」

「うん……」

 俺達は買い物袋からトマトの缶詰を取り出した。




 缶を勢いよくコンクリートにぶつければ、運よく缶が壊れて、中身がぶちまけられた。

 元々、落ちていた血液はそこまで多くない。

 トマト缶3つ分も壊せば、『血痕の残るコンクリート』ではなく、『何らかの事故でトマト缶の中身がぶちまけられたコンクリート』の地面が出来上がった。

「と、とりあえずこれで、泉を呼べばいいか……」

「時間稼ぎ、にはなる、よね……?」

 これで、ひとまず『すぐに警察を呼ばれる』ような事態は回避できたと思う。

 一度アラネウムに戻って、泉に頼んで流してもらえれば解決だ。


「さて、じゃあ、残るは……イゼルか」

 そして最後の問題。

 返り血を浴び、口の周りから肩にかけて、そして手足の先が赤く染まっているイゼルである。


「でも、ぼくなら簡単だよね?服が血で汚れちゃってても、狼になっちゃえば平気だよ?」

「いや、狼が闊歩していたら、ディアモニスでは騒ぎになるんだ」

 イゼル1人を狼の状態で放してしまえば、最悪でも保健所が警戒を呼びかけるくらいで済むとは思うのだが……イゼルはまだ、アラネウムまでの正確な道を覚えていない。

 いや、覚えていなくても、匂いを辿ってなんとかできそうではある、のだが……。

「……あ、そういえば」

 イゼルはふと、思い出したように、ワンピースの裾の中をごそごそやり始めた。ので、俺は慌てて、かつ、慌てているように見えないように視線を外した。

「あった!……これがあれば、ディアモニスでも大丈夫だって、アレーネさんが言ってた!」

 そして、イゼルの喜色溢れる声に視線を戻すと……イゼルの手には、大型犬が使うような、大きな……首輪とリードがあった。




 そして俺は狼になったイゼルの手足と口元を上着で拭って血液を隠し、イゼルの首に首輪をつけ、リードを握り……『とても狼に似ている大型犬を散歩させつつ買い物に行ってきた大学生』のふりをして、アラネウムまで戻ることになったのだった。

 ……少々視線が集まったが、それは、仕方ないか……。



「ただいま」

「おかえ……ど、どうしたの!?な、何かあったの!?」

「ああ、泉、ちょっと悪いが手伝ってくれ……」

「えっ?えっ、え、あ、うん、おっけーだよ、おっけーだけど……シンタロー、イゼル、どしたの?」

 ……事情を説明して、ペタルとオルガさんにピュライへ行ってもらい、その間に俺と泉は路地裏の掃除に向かった。


 結局、俺と泉は路地裏へ向かい、そこでぶちまけられたトマト缶を見ている人達に愛想笑いを浮かべつつ、フェイクの為に持ってきたホースを握って水をぶちまけて、一通り道を掃除して帰った。

 勿論、帰りにトマト缶を買い足していくことも忘れずに。




「お疲れ様」

 そして喫茶店が閉店して、店内のテーブルに突っ伏していた俺の隣に紅茶とレモンアイスが運ばれてきた。

 そして向かいの席にペタルが座る。

「まさか、ディアモニスにまだ『翼ある者の為の第一協会』が居るなんてな」

「うん、本当に災難だったね、眞太郎達」

「働いたのはイゼルだけどな……」

「火消しだって大事な仕事だと思うよ」

 ペタルもレモンアイスを自分用に持ってきたらしい。スプーンを口に運んで、頬を緩ませていた。

 俺もご相伴にあずかることにしてアイスクリームを口に運ぶ。クリームの濃厚さは強いが、レモンの爽やかな風味に中和されて、くどくはない。成程、アレーネさんのレシピだ。

「……それで、奴らが持っていたものだ」

 ある程度アイスクリームを食って落ち着いたところで、さっき死体から回収してきたメモの類をまとめて机に乗せた。

 ペタルがメモを引き寄せて眺め、その中の写真を見つけると……その銀紫の瞳に、不安げな光が走った。

「これ……」

「……ああ」

 ペタルは不安げな顔をしている。多分、俺も似たような顔をしているのだろう。

 ……メモには、『回収リスト』とあり、そこに道具の名前らしきものや、人の名前などが連ねてある。

 そして、『回収予定』と裏に書かれた写真に映っていたのは、アレーネさんだった。


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