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73話

 長期休暇中とはいえ、通年の授業の課題が少しばかりある。

 紫穂の『体』のカスタムとニーナさんの改造作業を待つ傍ら、今まで手を着けていなかったそれを片付けた。

 ……だが、そんなに時間もかからずに課題を終わらせてしまい、俺はすぐに暇になった。

 そこで思い出したのが、以前、ピュライの古代遺跡から持ち帰った魔道具である。

 確かまだ1つ、使い方が分かっていないものがあったはずだ。




 喫茶店の方は紫穂の諸々をやっているから入れない。居住空間の方でも、ニーナさんが作業中なので、あまりうるさくはできない。

 だが、泉が持っていったきりの魔道具を少し借りに行くことくらいは十分可能だった。


 泉が『私が使い方探すー!』と持っていった魔道具は、2つの黒い箱だ。

 泉の部屋となっている棚の上に、その黒い箱は乗っていた。

 それを拝借してきて、俺は早速、箱を弄り始める。

 ……見た目は、洒落た装飾の箱だ、という程度だろうか。

 艶やかな黒い地に銀が象嵌されて、フラットな装飾となっている。

 黒い地の材質はよく分からない。硬い木なのか、石なのか、金属なのか。或いはもっと別のものかもしれない。

 ……蓋を開けてみると、両方、紺色の絹張りになっていた。

 勿論、中身は無い。

 最初から箱2つだけが宝箱に入っていたのだ。つまり、この箱2つが宝物だった、ということだろうし、エンブレッサさんの見立てでもこの箱が魔道具という事で間違いはない。

 ならばやはり、黒革の手袋と同様に、この2つの箱も『2つ1組で動く魔道具』なのだろう、と推理されるのだが……。




 それから色々と弄ってみた。

 泉が何をやったかは分からないので、同じことをやったかもしれないが。

 中に物を入れたり、2つに同じものを入れたり、はたまた別の物を入れてみたり。

 或いは、2つの位置を離してみたり、くっつけてみたり。

 思いつく限りのことはやってみたのだが……何も起こらなかった。

 まあ、泉だって思いつく限りのことはしているのだろうし、俺が何かやったところで新たな発見がすぐに得られるとも思っていなかったが。

 ……2つ1組の箱、か。

 やはり、2つ1組であるところに意味があるのだろうが。

 何か、発動にはもっと特殊な条件が必要なのかもしれないな。




 箱の効果の確認を諦めたところで、イゼルがひょっこり俺の部屋へやってきた。

「あ、あの、紫穂ちゃんの、終わったみたいだよ」

 どうやら、紫穂の体の調整が終わったらしい。

 案外早く終わったな。もっとかかるのかと思ったが……まあ、魔法じかけの改造ならこんなものなのかもしれない。


 喫茶店内に戻ると、そこには既に透けていない紫穂の姿があった。

 つまり、紫穂そっくりな姿のアンドロイド素体紫穂が憑依している、ということなのだが。

「あ、眞太郎!見て、調整が終わったんだ。普通の女の子に見えるでしょう?」

「ああ、すごいな……」

 ……予想していたよりも、完成度が高かった。

 つまり、ごく普通に、ごく普通の人間に見える。

 アンドロイド素体らしさも、幽霊らしさも無い。

 俺の目の前で、ごく自然な動作でもって紫穂はもじもじ、としていた。

「まだ、うまく動かせない時がある、んです。練習、します」

 そう言いながら紫穂は指を動かしていたが、確かに、言われてよくよく観察すれば、若干、動きに鈍い所があるようにも見える。

 だが、気をつけて見なければ分からない範疇だし、つまり、普通の人間の範疇である。

 これは素直に凄い。

 元が幽霊と人形だと分かっている分、これには驚くしか無かった。


「それからな、シンタロー!紫穂の冷凍能力を制御しやすくするために、いくつかギミックを仕込んでおいたぞ!紫穂、見せてやれ!」

 だが、オルガさんがにこやかにそう言って、紫穂が頷くと……紫穂の右手から、薄青い剣のようなものが出現した。

 どうやら、薄青い剣のようなものは紫穂の冷凍能力によるものらしい。

 紫穂が剣を数度振ると、その度に冷気がこちらにまで届く。直接当たれば当然、重度の凍傷を負うことになるのだろう。

「これなら、コントロールがそんなに難しくない、んです」

 剣の形にすることで、リーチが短くなる欠点はある。

 だが、紫穂は自分の能力を制御することが難しい状態だ。

 制御しやすくなるメリットがあるなら、こういう形で能力を使えるようにしておくのも悪くないだろう。


「ピュライの魔法とトラペザリアの技術、そしてドーマティオンの幽霊パワーの融合によって生まれた武器!名付けてアイスソードだ!どうだ、シンタロー!」

 ……そう言ってオルガさんは胸を張るが。

「その名前はディアモニス人的には危ないですね」

 殺してでも奪い取られそうなので、そのネーミングはやめてほしい、と思う。




 それから少しして、夕食を摂った。

 紫穂も夕食に参加した。ニーナさんも食事を行えるからそうだろうとは思っていたが、紫穂のボディになっているアンドロイド素体も、食事を行う機能がついているらしい。

「美味しい、です」

 しかも味も分かるらしいので、紫穂は本当に体を取り戻したようなものだ。何かと便利だな、バニエラの技術。

「そう、それは良かったわ。……ニーナの方は順調かしらね」

 アレーネさんが若干、心配そうにしているが、俺としてはあまり心配していない。

 何といっても、ニーナさんだし……。

「ま、大丈夫なんじゃーない?時間かかるのはもしかしたら、別の部分もついでに改造してるのかもねー」

 そしてリディアさんも心配していないらしかった。

 ……リディアさんが、だ。

「リディア、何か知ってるのか?」

「いんやー?べっつにー?」

 オルガさんが若干訝し気にリディアさんを見るも、リディアさんはいかにも、といった様子で口笛を吹くばかりである。

 ……若干。若干、別の方向に、心配が……。




 そして、翌日。

 全員で朝食を摂り、それぞれが思い思いに過ごし、俺は喫茶店内の手伝いをして、そのまま昼になり、各自順番に昼食を摂り、休憩を挟みつつ夕方まで作業を続けて……。

「お待たせしました。作業が終了いたしました」

 閉店時刻となった喫茶アラネウムに、ニーナさんが入ってきたのだった。


「あら、ニーナ。もう終わったの?」

「はい。無事、プログラムの改変も終了しました。現在の私は幽霊・お化け・妖怪・神話生物の類と直接、或いは間接的に遭遇しても強制シャットダウンはしないように設定変更されています」

 ニーナさんはそう言って、カウンター席に居た紫穂に向かって会釈した。紫穂もつられてお辞儀し返している。

「紫穂、念のため、体から出てみてもらえるかしら?」

「あ、はい、です」

 だが、紫穂は今、アンドロイド素体に入って人間様としているのだ。

 念のため、体から出る……言わば、幽体離脱してもらうと、紫穂の体(つまりアンドロイド素体)がガクリ、と力を失ってカウンターに突っ伏し、代わりに半透明な紫穂の姿が宙に浮いた。

「ど、どう、です、か……?」

 だが、そんな紫穂の姿を見ても、ニーナさんは変わらずその場で立っていた。

「ええ、問題ありません。これで今後は紫穂様と共に行動することができます。……先日は失礼いたしました、紫穂様」

 ニーナさんが改めて頭を下げると、またしても紫穂はつられて頭を下げている。

「ま、見る限り大丈夫そうだな」

「わーい、これでニーナさんも紫穂も一緒だねー!」

 ということで、ニーナさんの改造も無事、終了したのだった。

 ……と、終わればよかったのだが。




「それから、数点、ボディの改造も行いました」

「ボディの改造?」

「はい。元々、私の素体は戦闘用ではありません。アラネウムで活動する上では戦力不足であると判断し、マスター・アレーネと相談の上、改造を決定いたしました」

 ……確かに、ニーナさんのボディは『接客・サービス業用アンドロイド』のものだ。

 だから、身体能力は人間と大して変わらないらしい。少なくとも、オルガさんのような怪力があるわけではないな。

 勿論、アンドロイドの頭脳故の性格すぎるまでの射撃能力や計算能力は持ち合わせているのだが。

「ですが、アラネウムは戦闘を専門とする機関ではありません。多様な用途に合わせたボディであるべきであり、今回の改造は主に内部の改造となっています」

 見た目が変わっていないのはそういうことか。

 ……もしかしたら、俺達がバニエラで買ってきたパーツはこのためのものだったのかもしれない。


 それから、ニーナさんの性能説明会が行われた。

「まず、右腕には実弾銃を搭載しました」

 ジャコン、と音がして、ニーナさんの下腕部の一部がずれ、そこから銃口が覗いた。

 ……腕に銃身を収納しているらしい。

「左腕にはスタンガンを搭載しています。ワイヤーで延長した電極を射出できる機構ですので、3mまでは射程範囲内です」

 左腕にはなにやら物騒な武器をまた仕込んでいるらしい。

 スタンガン、というと、相手を無力化する時に使うものか。

 多少の距離があっても使える、というのは便利だな。

「それから処理能力を増強しています。これにより、射撃の正確性が2%上昇することが見込まれています」

「それって誤差なんじゃーない?そーでもない?」

「そうでもないです」

 2%か……大きいと言えば大きいし、そうでもないといえばそうでもないが。

 まあどちらにせよ、上がるならそれに越したことは無いよな。

「そしてバッテリーをよりエネルギー効率のよいタイプに変更しましたので、胸部にスペースが生じました。なので、新たにミルクサーバーを搭載しています」

 ……2%はともかく、ミルクサーバーは。

 ミルクサーバー、は……一体、何だ?


「……ミルク、サーバー?」

「はい。ミルクサーバーです。ご確認ください」

 ペタルのこわごわとした問いに対して、ニーナさんはあっさりと胸部を開いた。

 ……そこには見覚えのないパーツが追加されている。

 ミルクサーバー、なのだろう。

「喫茶店での業務に役立つ機能を追加しようと考え、当初はエスプレッソマシンを導入する予定だったのですが」

 そしてそこで、リディアさんが大笑いし始めた。

「ひゃーっ!ホントに!ホントに入れるとは!さっすがニーナちゃん!やることがぶっ飛んでる!サイコー!好き!大好きーっ!」

 ……そのままリディアさんがけらけら笑い続けている中、俺達は……容易に、ニーナさんの台詞の続きを予想することができた。

「……リディアさんのアドバイスで、ミルクサーバーに変更した、んだな?」

「はい。その通りです、眞太郎様」

 ……面白がっているオルガさんや泉、よく分かっていないらしい紫穂やイゼル、そもそもの原因であるリディアさんと微笑んでいるだけのアレーネさん。そして相変わらず真顔のニーナさん。

 その中で、俺とペタルだけがなんとなく遠い目をしていた。


「……今回の改造点は以上です。不具合等が起こりましたら、またご報告致します」

 ……ニーナさんは、アンドロイドだ。

 人間に見えても、アンドロイドだ。

 冗談が通じないところがある。

 ……だから、時々、こういう愉快なことになってしまうわけだが。




 尚、ニーナさんのミルクサーバーだが、数日のうちに撤去された。

 一応、喫茶店ではなくバーの方で数度、『ウェイトレスニーナによるマジックショー』という体で運用してみたらしく、その場でのウケも良かったらしいのだが……理由は単純で、『コストパフォーマンスに見合わない』から、らしい。

 ミルクサーバーだから、当然、入れておくのは牛乳である。

 品質管理の為、ニーナさんは胸部に冷蔵機能も組み込んだのだが……そこでのエネルギー消費がそこそこの量になる、と。

 そして、ならば別に入れなくてもいいだろう、ということになったのだ。まあ、当然と言うべきか。


 ちなみに、ミルクサーバーを撤去した後には、エスプレッソマシンが組み込まれた。こちらはアレーネさんの不在時に活躍することになった。コストパフォーマンスも悪くないらしい。

 始めからこっちを入れておいてほしかった。


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