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72話

「わ、私用の、あんどろいどそたい……?」

 紫穂は困惑しているが、まあ、当然である。

 正直、俺も困惑している。何だ、『憑依して体として使う』って。

「要は、人形だよ。紫穂が憑依して動かせば、紫穂が疑似的に肉体を手に入れて行動できるようになると思うんだ」

 ペタルが解説してくれるが……それ、可能なのか?

「そ、それってつまり……私が、人形に憑りついて操る、っていうこと、です、か……?」

「まあ、そうね」

 ……そういえば、紫穂はドーマティオンにおいて、桃子に憑りついていたが、桃子を操るようなことはしなかったな。

 多分、桃子と自分を重ねたら色々なギャップで辛い、と、無意識に分かっていたからなのだろうが。

「そもそも、紫穂はそんなことできるのか?バニエラのアンドロイド素体は幽霊が憑りついて動かす前提でできていないから、関節部とかが結構面倒だと思うぞ?紫穂だって、何かに憑りついて動かせるかどうかなんて分からないだろ?」

 オルガさんの説明に、紫穂も不安げである。

 ……ここで紫穂と目が合ったので、『できるのか?』と口を動かして聞いてみたところ、困ったように首を傾げられてしまった。

「うん。それは勿論、紫穂次第のところもあるけれど……バニエラのアンドロイド素体なら、ピュライの魔法である程度弄れるはずだから、私が弄って紫穂が動かしやすいようにしようと思ってるんだ」

「紫穂ちゃんとアンドロイド素体のドッキングについては、私がある程度手伝えると思うわよ」

 だが、ペタルとアレーネさんは既に、可能である、と確信しているらしかった。

 それだけ自信がある、ということだろうか。

「まあ、駄目で元々、ぐらいの気持ちでやってみるってことでいーんでない?ん?」

 最後にリディアさんがそうしめると、紫穂も頷いたのだった。




「さて、ここね」

 そうして俺達が歩いた先には、煌びやかな店があった。

 店のショーウィンドウには、華やかなドレスを纏った少女……いや、少女型のアンドロイドが設置されていた。

 瞳を閉じてショーウィンドウに陳列されたアンドロイドは、本物の人間にしか見えない。

 透明感のある肌も、細く長い睫毛も、完璧に質感を再現した髪も、何もかもがリアルすぎる程にリアルだった。

「バニエラのアンドロイド製造技術はとても高いわ。この素体なら、紫穂が動かしていても『人形が動いている』ようには見えないでしょう」

 ただ陳列されているだけでこのリアルさなのだ。

 このアンドロイドが動いたら、本当に普通の人間にしか見えないに違いない。そう、ニーナさんと同じように。

「ま、ニーナちゃん見てれば、バニエラのアンドロイドのリアルさが分かるもんなー……はー、私も1台欲しいわー、こう、お茶くみしてくれる美少女メイドロボ……」

「ニーナは既にウェイトレスとしてなら働いてるけどな!」

 何故、紫穂の体の代替品としてバニエラのアンドロイド素体を使うか、と言われれば、ピュライの魔法で弄れる、といった理由の他に何よりも、『出来が良いから』だろう。

 ニーナさんは傍目からは、普通の人間と何ら変わりがない。

 バニエラの高い技術力に寄って生まれた接客・サービス業用アンドロイドは、その人工皮膚を剥ぎ、内部の骨格や基盤やコードをさらけ出しでもしない限り、本当にただの美女でしかないのだ。

 このリアルさは、トラペザリアでも手に入らない。

 ……一応、ピュライやアウレでは魔法の品として『ゴーレム』というものがあるらしいのだが、それは用意にとてつもない手間がかかる上、そこまで出来も良くない、とのことだ。

 金さえあれば最高のアンドロイド素体……人形が手に入るのだから、やはりバニエラで調達するに越したことは無いな。




「さあ、紫穂が動かす素体を選びましょう」

 アレーネさんが微笑みながら店内に踏み入ると、真っ先に紫穂が付いていった。

 ……紫穂は浮足立っている様子だった。いや、本当に浮いているとかそういう話ではなく、気分が、という話だが。

「……わあ」

 やはり女の子だからか、綺麗な物を見るのが好きらしい。

 紫穂は精巧なアンドロイドや、アンドロイドが纏っている衣装を眺めては、感嘆のため息を吐いている。

「ちょ、ちょっと居心地が悪い、かも……」

 一方、ペタルは少々、居心地悪そうにしていた。

「見られてるみたいで、ちょっと落ち着かないな……」

「どちらかというと俺もそういうかんじだな。すごい、とは思うけれど」

 そして俺も、ペタル同様、少々居心地が悪い。

 店内にずらり、と並んだアンドロイド素体。

 それらは動きこそしないが、最高のリアルさと生々しいまでの美しさを伴って、虚ろな視線をひたすらこちらに投げかけている。

 ……落ち着かない。とても、落ち着かない。

「人形だ、って割り切れちゃえばいいんだろうけど……」

 ペタルが見る先では、興奮気味に店内を見ているリディアさんと、感心したようにアンドロイドの関節を曲げ伸ばししているオルガさんが居る。

 ……リディアさんは観賞目的なのだろうし、オルガさんはアンドロイドの機体性能に関心があるのだろうな。つまり2人とも、アンドロイドをちゃんと『物』として見ているわけだ。

 ある意味、羨ましいな。


「……あ」

 そうして落ち着かないながらも店内を見て回っていると、ふと、ペタルが1点を指さした。

「見て。あの素体、紫穂にそっくりだよ」

 そのアンドロイド素体は、誂えたように紫穂そっくりだった。

 長い黒髪。ルビーのような赤い瞳。透き通るような白い肌。小柄な体つき。

 確かに、紫穂そっくりのアンドロイド素体だ。

 ……こうしてみると、なんというか、アンドロイド素体の中から紫穂そっくりなアンドロイド素体を見つけた、というよりは、人込みの中から目的の人物を見つけた、というような感覚に近いかもしれない。


「鏡……じゃ、ない、んです、か?」

 紫穂はそっくりのアンドロイド素体の前で目を瞠った。

 自分そっくりな人形があったら、それは驚くか。

 ……いや、紫穂は……こう、不気味、という意味ではなく、単純な驚嘆の意味で驚いているらしいが。

「おお、いいんじゃないか?」

「おー、そっくりそっくり」

「誂えたみたいにそっくりね。出来もいいわ。じゃあ、これを購入しましょう」

 そしてとんとん拍子に、購入、と相成った。

 ……ふと、そこで気になって、アンドロイド素体の値札を見た。

 ……0が、7つ程並んでいた。

 7つ。

 0が7つである。つまり、8桁の買い物である。千万だ。千万である。

 バニエラの貨幣の価値がどの程度の物かは分からないが、少なくとも、ジンバブエドルのような価値ではないはずだ。

「この素体が欲しいのだけれど」

 だが、アレーネさんは気にする様子も無く、さくさくと購入の手続きを進めていった。

「いい素体が見つかって良かったな!」

「これで紫穂ちゃんに抱き着けるわー」

 ……そして、オルガさんもリディアさんも、価格について何ら疑問を抱いていないらしかった。

 恐らく、オルガさんは価格を見てもこの反応なのだろうし、リディアさんはそもそも価格を確認していない。

「あ、あの、お金……」

「ああ、紫穂は気にしなくていいわ。従業員が快適に働くための環境づくりの一環だもの。いわゆる経費、というやつね。そんなに高い買い物でも無いから安心して頂戴」

 紫穂はというと、アレーネさんの言葉に納得して、どことなくほっとしている様子であった。

 勿論、その安堵は『お金を払わなくて済むこと』に対してではなく、『そんなに高い買い物ではない』ことに対する安堵だ。

 ……恐らくこれは、紫穂が『千万』の価値を分かっていない、或いは、そもそも文字が読めていないか……つまるところ、真実を知らないが故の反応だろう。

 知っていたら、紫穂の性格から考えて……大変なことになりそうだな。ああ。

「……なあ、ペタル」

 オルガさんもリディアさんも紫穂もアレーネさんもこの調子なので、俺は最もこういう感覚が近いペタルに聞いてみた。

「ああ、うん、ええと、眞太郎が言いたいことはなんとなく分かるよ」

「話が早くて助かる。これ、大丈夫なのか?」

「うん、アラネウムは何かとお金には困ってないから……」

 紫穂が居る手前、明確な言葉は避けつつ、ひそひそと囁き交わす。

「……具体的に何をやって儲けているんだ、アレーネさんは」

「トラペザリアでリアルフードを売るみたいなことをする時もあるけれど……大体は、報酬、だよね」

 ……そういえば、『異世界間よろずギルド』の仕事でまともに報酬を手にしているところを碌に見ていないのだが。

 俺はてっきり、『異世界間よろずギルド』は採算度外視で運営されているのだと思っていた。……が、違うのか。

「例えば、バニエラではマスターコンピュータに対して後から請求書が行ってるんだ」

 請求書。

「バグを直してバニエラを救った事に対する請求でもあるし、マスターコンピュータがバグを起こしていたことを秘密にしておくための口止め料でもある、らしいよ」

 口止め料。

「ディアモニスでも、口止め料とか、そういうお金を入手する経路があるみたい。詳しくは知らない方が良い、って、教えてもらえなかったけれど……」

 ……知らなくていい事を知ってしまった気がする。

「うん、眞太郎が考えてることはなんとなく分かるよ……」

「……話が早くてとても助かる。ええと、つまり、アラネウムは金には困っていない、ということで、いいのか……?」

「まあ、多分……。アレーネさんの事だから、お金絡みで今後トラブルになるとも思えないし、お金はたくさん使って大丈夫だと思うよ」

 俺達の視線の先で、アレーネさんは会計を済ませ、梱包されたアンドロイド素体(8桁のやつ)をオルガさんが担いでやってきた。

「お待たせ。さあ、ニーナのお使いも済ませてしまいましょうか」

 ……ああ。

 リディアさんではないが、『気にしたら負け』という奴、だな……。




 それからニーナさんが必要としている物や、バッテリーパックを購入するため、パーツ専門店のような店に入り、買い物を済ませた。

 ニーナさんのお使いは、案外早く終わった。

 元々買うものが少なかったし、買う為の手続きもごく簡単なものだったので。

 ……しかし、ディアモニスの機械類なら多少分かるが、バニエラのアンドロイド用パーツとなると、まるで勝手が分からなかった。

 とりあえず、ニーナさんがくれたメモを良く見ながら、型番やサイズ番号等々に間違いが無いか確認して買い物カゴに品物を入れていったが……。

「これ、何に使うものなん?」

「さあな。悪いが私にも分からん!」

 リディアさんが買った物の袋を覗き込みながらオルガさんに尋ねるも、オルガさんにもよく分かっていないらしいかった。

 ……買った物は当然、ニーナさんが今回、『おばけ嫌いを直す』為に必要なパーツ、なのだろうが……どういうものなのだろうか。




「お帰りなさいませ、皆様」

「ただいま。ニーナ、買ってきたわよ」

 それから俺達はアラネウムに戻り、ニーナさんに買い物袋を手渡した。

「はい、確かに。……どうもありがとうございます、マスター・アレーネ」

「気にしないで。じゃあ、ニーナ。お店はもう大丈夫よ。戻って改良作業に入って頂戴」

「畏まりました。86400秒以内に終了させます」

 ニーナさんは会釈して、店の奥……ニーナさんの部屋の方へと戻っていった。すぐに改造作業に入るらしい。

 1日以内、という事だから、明日の今頃にはニーナさんのおばけ嫌いが直っている、ということになるのだろう。




「……じゃあ、早速だけれど眞太郎君は席をはずしてくれるかしら?」

「え?」

 ニーナさんが部屋に戻った後、唐突にそう言われて戸惑う。

「眞太郎、その、紫穂の体になる素体をカスタムしていくから……あの、男の人には見られたくない、と、思う、んだ……」

 戸惑っていると、視線を彷徨わせつつ頬を染めたペタルが説明してくれた。

 ……納得した。

「じゃあ、俺は部屋に居ます」

「ええ。夕食の頃になったら呼ぶわね」

 ということで、俺はしばらく、待ちぼうけをくらうことになったのだった。

 ……課題でもやるか。


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