71話
「……あー……忘れてたー……」
「これ……なあ、アレーネ。これ、どうするんだ?ニーナも紫穂も、このままにしておくわけにはいかないぞ?」
ニーナさんを部屋に連れていってから、俺達は喫茶店内で会議をしていた。
「ごめんなさい、です……」
「いや、紫穂ちゃんが悪いんじゃあないからなー?気にしたら負けよ、負け」
議題は勿論、『おばけが苦手なニーナさんと、幽霊の紫穂をどうするか』である。
「……一番簡単なのは、ニーナ側をどうにかする事だよな」
「まあ、そうね。ニーナのおばけ嫌いは彼女自身の間違った認識によるものが大きいでしょうし、正しい情報を与えれば改善すると思うわ」
ニーナさんはアンドロイド故にか、ジョークが妙なところで通用しなかったらしい。
その結果、『おばけ』もとい『幽霊』の情報を、それこそ噂話や伝説の類から拾ってきては素直に統合して……頭の中でとんでもない怪物として、『おばけ』像を生み出してしまった、ということなのだろうか。
或いは、ニーナさん自身の『性格』か。
……後者が強い気がする。
「情報の取捨選択の下手さはともかく、それを恐れる辺りが『バグのあるアンドロイド』ってことなのかもな」
「ニーナさん、アンドロイドっぽくないもんねー」
……だが。
だが、性格だのなんだの、色々言ってみたところで、ニーナさんは『アンドロイド』なのである。
ということは、彼女の性格はプログラムによるものであり、彼女の反応もまた、プログラムによって制御されたものでしかない。
つまり。
「『N-P025型アンドロイド』が元々こういう『人間味』をプログラミングされているんじゃないですか?」
バニエラの高い技術をもってすれば、『接客・サービス業』に向くような『アンドロイドの性格』を作り出すことも可能だろう。それこそ、人間により近く、人間がより親しみを感じるような。
そう。『人間味』をプログラミングされたアンドロイドだって、生み出せるのかもしれない。
……勿論、ニーナさんのおばけ嫌いに関しては、度が過ぎる。いくら『人間味』をプログラミングされているとしても、だ。
まあ、この辺りはニーナさん自身の『バグ』が絡んだ結果なのかもしれない。ニーナさんは、バニエラに居たならば廃棄処分になるはずの、バグのあるアンドロイドだから。
「……ってことは、ニーナのプログラミングをし直せば、おばけ嫌いも直るんじゃないか?」
オルガさんが言うと、アレーネさんが首を横に振った。
「そうね……でも、下手に触るのも危険ね。ニーナの性格の根本に関わるプログラムを書き換えなんてしたら、今のニーナが失われかねないわ」
まあ、そうか。
ニーナさんの性格がプログラムでできているのだとしたら、その一部を書き換えてしまう事で、ニーナさんの性格が大きく変わる結果になりかねない。
特に、バニエラ人でもない俺達がどうこうしていいものではないだろうな。
「でも、ニーナさん自身が改良しようとするのは駄目なの?ほら、ニーナさん、自分で自分の事、ある程度弄れるよねー?」
……だが、まあ、バニエラ出身のニーナさんなら、自分自身の改造程度、容易い事かもしれない。
「ま、おばけを見た瞬間に強制シャットダウンするのを防止するパッチをあてるくらいならなんとかなるんじゃないか?そこんとこもニーナに聞いてみた方が良いが」
ニーナさんのおばけ嫌いをバグと言うべきかは微妙なところだが、とりあえず、おばけ嫌い修正パッチのようなものを作れたならば、ニーナさんが紫穂を見てすぐ気絶することも無くなるだろう。何せ、彼女はアンドロイドなのだから。
「ちなみに、オルガさんはニーナさんのリプログラミング、できないんですか?」
「あー、私はソフトの事はほとんどできないな!ハードなら自分の修理で散々やってるから、ある程度できるんだが」
オルガさんはまあ、性格というか見た目というか、そういうものから分かる通り、弄るのはハードウェア専門らしい。
「じゃあ、そのあたりも含めてニーナちゃんに聞いてみればいーんでないの?」
「そうね、やっぱり本人に聞いてみるのが一番だわ」
……自分で自分の改造をする、というのはどうなんだ、とも思うが……最近のPCは、自動でプログラムのアップデートを行ってくれたりする。
あんなものだと思えば、まあ、そんなものかもしれない。
「はい。可能です」
そして、ニーナさんに聞いてみたら、この答えであった。
「ほ、ホント!?」
「無理はするなよ?プログラムの修正を行ったせいでニーナの人格が大幅に変わったりするなら他の方法を考えるからな」
「ええ、問題ありません。強制シャットダウンを制御するパッチをあてれば、皆さんのご希望に沿えるはずです。人格プログラムへの大きな影響も無いでしょう」
俺達(紫穂だけは喫茶店内で待機中である)は顔を見合わせて、安堵のため息を吐いた。
「よ、よかったー!これでニーナさんも紫穂も一緒にアラネウムに居られるねー!」
「一時はどうなる事かと思ったけれど。うん、良かった」
皆がそれぞれに安堵なり喜びなりを表している中、ニーナさんは虚空を見つめて何か……恐らく、ニーナさんの『中身』を弄っていて……そこで、ふと、表情を曇らせた。(元々表情に乏しいニーナさんだから、表情の変化は微々たるものなのだが)
「……ただし……材料が、必要なようです」
「え?材料?」
ニーナさんは思案顔でまた何か弄っていたが、それもすぐに止まり、1つ、頷いた。
「はい。いくつか、足りないパーツが。……大変申し訳ないのですが、どうやら、皆さんにいくつか、買い物をお願いしなくてはならないようです」
そうしてニーナさんは、いくつかメモを書いて、アレーネさんに渡した。
「これが必要なパーツの一覧です。こちらはそれらが手に入るバニエラの店舗情報です。それから、こちらが『例の物』を取り扱っている店舗の地図です」
「ええ、分かったわ。ありがとうニーナ。任せて頂戴」
……『例の物』とは何だろう。
アレーネさんは意味ありげな含み笑いを浮かべているが。
「申し訳ありません、マスター・アレーネ。このようにお手数をおかけすることになるとは」
「いいのよ。あなたはアラネウムのメンバーですもの。従業員の体調管理も私の役目よ」
ニーナさんは居心地悪そうにしている。
……ニーナさんは頑なに、俺達を『様』づけで呼ぶし、アレーネさんの事は『マスター』と呼ぶ。
つまり、自分は『物』であり、アレーネさんや俺達は『所有者』である、と言い張っている訳だ。
だが、アレーネさんも俺達も、やはり頑なに、ニーナさんの事を人間のように……『従業員』として扱っている。
それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが、俺達はそうしたいと思ってそうしている。そのあたりの理由はこれで十分だと思う。
「じゃあ、留守番は頼んだわよ、泉、イゼル、ニーナ」
「任せてー!もう私だって、ウェイトレスできるもん!」
「気を付けてね。ぼく、頑張ってお店のお手伝いして待ってるから!」
そして翌日。
俺達は、バニエラへと出かけることになった。
今回の留守番は、泉とイゼルとニーナさんだ。
ニーナさんはバニエラに行ったが最後、廃棄処分へ一直線なので、バニエラへは連れていけない。
そして泉とイゼルは……どちらかというと、バニエラの空気はそんなに好きではないらしい(苦手ではないらしいのだが)ので、留守番、ということになった。
「申し訳ありません、マスター・アレーネ。その代わり、留守の間はお任せください」
「ええ。大丈夫よ、ニーナ。お店をよろしくね」
ニーナさんは相変わらず申し訳なさそうではあるが、『手間をかけさせる分は喫茶店で働く』ようなつもりでいるらしい。
ニーナさんはそのあたりが合理的というか、割り切りが上手だと思う。
「……じゃあ、ペタル。お願い」
「オーケー!……アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『バニエラ』!」
そして俺達は3人に見送られつつ、いつも通りの『世界渡り』でバニエラ……ニーナさんの生まれ故郷である未来都市へと、移動したのであった。
視界が安定した時、俺達は驚くべき光景を目の当たりにしていた。
「うわー、綺麗な街!なーんだ、バニエラっていいとこやーん!全然話とちがーう!」
「いや……リディアさん、こうじゃなかったんです。前に来た時は……」
「前来た時はずっと雨が降ってたから暗く見えてた、っていうだけじゃ、ないよね。……すごく、明るくなったね。この街」
目の前にあったのは、活気づいた白い街並みであった。
白く滑らかな素材でできた建物群はそのままだが、とにかく、活気がある。
前回、俺達がバニエラに来た時は、人が外を歩いていることはほとんど無かった。
だが、今、白い往来には人々が行き来している。笑い声があちこちから聞こえている。町に流れるアナウンスも、無機的ながらどこか温かい。
白い街並みのあちこちには植物が植えられ、鮮やかな緑のアクセントとなっている。広場の中心に据えられた噴水も、通りを抜けていく風も、全てが心地よい。
……何より、明るい。
雨が降っていないから明るい、ということもあるが、物理的に、というだけではなくて……人々の表情も、あちこちから聞こえる声も、全てが明るいのだ。
「ディアモニスのSFにありそうな『理想の未来都市』、ってかんじかしら」
以前の、ディストピア然とした雰囲気はどこにもない。
マスターコンピュータのバグを修正した今、バニエラの街はどこまでも美しく、どこまでも平穏で明るい、理想の街となっていたのだった。
そんな街並みを歩きながら、俺達はニーナさんがくれた地図の場所へと向かう。
……だが、アレーネさんが足を進めるのは、ニーナさんがくれた地図の『2枚目』の方だ。
つまり、『例の物』を扱っている店、ということだったが……。
「アレーネさん、ニーナさんが言っていた『例の物』って、何ですか?」
気になるので聞いてみると、アレーネさんはやや悪戯めいた笑みを浮かべて、答えてくれた。
「アンドロイド素体よ。……紫穂が憑依して、体としてつかうための、ね」




