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69話

 どうする、と考える間も無い。そして、考えたところで、俺達がとる行動は何ら変わらなかっただろう。

「急ぎましょう!」

 つまり、俺達は緩やかな速度で下降していたが、その速度を一気に上げた。

 オルガさんと泉とイゼルとリディアさん、先に穴の底へ降りたメンバーに追いついて、ゾンビ、とやらをどうにかする為に。




 闇の結界は目視できた。

 圧倒的に濃い黒があり、そこから下が見えなくなっていた。

 だが、躊躇う暇も無い。躊躇わずとも、特に問題は無いであろうことは先発組によって証明済みでもある。

 俺達は闇でできた膜のような結界の中に入った。

 とぷん、と水に沈むときのような感覚があり、それから、薄膜を破った時のような感覚。

 ……そしてその一瞬の後には、俺達の視界は明るく染まっていた。

「これは……狐火?」

「燐火、ね。……お墓の下らしいと言えば、そうかもしれないわ」

 結界の下に隠されていた光景。

 それは、鬼火、狐火、人魂……とでも呼ばれるべき、揺らめく火の玉。

 そして火の玉のぼんやりとした明りに照らされた、アラネウムメンバーと、アラネウムメンバーを囲む、大量の……ゾンビ。

 ……まさに、墓の下にあるが相応しい光景、であった。




 着地する前から攻撃された。

 石が飛んできて、鉄屑が飛んできて、中には錆びながらも未だ刃物として十分に働くであろう剣やナイフの類まで飛んでくる。

 そしてゾンビはゾンビだ。つまり、死体である。

 彼らは自らの手足を千切って投擲武器として使う、という恐ろしいことまで実行してくるので、俺達は着地するにも苦労する状態になった。

「とにかく数が多すぎる、ね!」

 何より、ゾンビたちは数が多い。

 1つ1つの攻撃こそ大したことはないが、圧倒的な数の暴力はそれだけで驚異となる。

 投げられた石が1つであればいくらでも対応できるが、100、200、と飛んでくるとなると……流石に、厳しくなってくる。

「そうね、これじゃあ着地しても対処しきれないわ。下手に着地するよりは、空中からオルガたちを援護した方が良さそうね」

 アレーネさんがそう言いつつ、激しく腕を数度動かすと、いきなり足が『宙に着地した』。

 何も無い空中に見えない足場ができたかのように、俺は宙に立っていた。

 体勢を崩しかけて、慌ててジェットパックの出力を切る。

「わ、わわわわっ!あ、アレーネさん!何かするなら先に言ってほしいな!」

「大丈夫、です、か……?」

 ペタルも同様に体勢を崩したらしく、『宙で転んでいた』。

 何も無い宙で尻餅をついたペタルがアレーネさんに対してむくれると、紫穂がペタルの頭上でおろおろする。

 そんな2人の様子を見て、アレーネさんはくすくす笑って謝った。

 ……ということは、この見えない足場はアレーネさんによるものなのか。一体どういう仕組みなのやら。


 足場が手に入った事で、俺達は安定して援護できるようになった。

 オルガさんと泉とイゼルとリディアさん、という先発組がゾンビに囲まれているところへ、的確に攻撃を繰り出せる。

 俺はバニエラの光線銃でゾンビの頭を撃ち抜き、ペタルは十八番の花弁の魔法でゾンビを一気に片付ける。

 時々、何をされたでもなく倒れるゾンビが居るのは、アレーネさんによるものなのだろう。

 そんな俺達の援護によって、オルガさん達も行動しやすくなってきたらしい。

 オルガさん達の戦い方は次第に滑らかになっていき、ゾンビが倒れていくスピードがどんどん速くなっていく。

 ……だが。

「全然減らないね……」

「……ゾンビ、は伊達じゃない、という事かしら」

 だが、そんな俺達の猛攻にもかかわらず、ゾンビの数は一向に減るように見えないのだった。




 頭を撃ち抜かれたゾンビが起き上がり、オルガさん達に襲い掛かる。

「っこの!」

 オルガさんが繰り出した蹴り技によって、ゾンビは胴体を叩きつぶされながら吹き飛んでいく。

 ……だが、直後にまた別のゾンビが襲い掛かってくるのだ。

 そして、他のゾンビが襲い掛かる間に、先ほどのゾンビはいつの間にかある程度修復されて、再び、攻撃の列に加わっていった。

「復活しているわね。これじゃあまるで終わりが見えないわ」

「ゾンビ、って、まさか……これ、死なない、っていうことは無い、よね……?」

 ……ペタルの言葉を否定する人は居なかった。

 むしろ、俺はここで1つ、恐ろしい考えに思い至ってしまったのである。


 幽霊、とは、不死、ではないだろうか。

 除霊されることはあるかもしれないが、『死ぬ』ことは無いように思える。

 ……そして、俺達の身近に1人、幽霊が居る。

 ここドーマティオンで新たに仲間になった紫穂だ。紫穂は幽霊だ。

 では、何故。何故、紫穂は幽霊になったのか。

 ……可能性として、『翼ある者の為の第一協会』の関与を否定することはできない。

 つまり、『翼ある者の為の第一協会』が紫穂を殺した、という意味だけではなく……『紫穂を幽霊にした』という意味で。

 ここドーマティオンでも迷信や噂話レベルでしか知られていない『幽霊』が実際に居る。

 いくら異世界とはいえ、桃子の話や町の人の話から考えるに、ドーマティオンでは幽霊が居ること自体がイレギュラー。噂は噂であるべきであり、迷信は迷信であるべきだった。

 その『幽霊』が実在しているのだから……そこに異世界の何らかの術が使われたと……つまり、『翼ある者の為の第一協会』が関わったと考えても、おかしくはない。


『翼ある者の為の第一協会』が死んだ紫穂を幽霊として蘇らせたのか、紫穂が幽霊になったのは『翼ある者の為の第一協会』にも予期せぬ出来事だったのか、はたまた別の理由か……それは分からない。

 だが、『翼ある者の為の第一協会』が、幽霊を生み出す何らかの術を持っていると考えるのは至って妥当な線だと思うし、幽霊を生み出せるのであれば、『不死』の兵士……ゾンビ兵を作ることも、また可能なのではないか、と考えるのもそこそこ妥当だろう。

 つまるところ、このゾンビたちが『不死』である、と。

 ……どうしたものか。




「わーん!こいつら全然減らないよーっ!」

 泉の泣き言も尤もで、ゾンビ兵達は倒しても倒しても復活してきて、一向に埒が明かない。

「こいつら斬っても斬ってもすぐ戻りよるーっ!もーイヤーッ!」

 リディアさんは例の光でできた剣を振るってゾンビを斬り刻み続けているのだが、斬られてもゾンビはすぐ復活する。

「戦いにくい……」

 イゼルは持ち前の素早さと身のこなしを発揮することができない。こんな混戦状態だし、何より、この障害物も何も無いバトルフィールドは、イゼルにとって最悪の環境だ。

「くそ、こんなところで爆発させるわけにもいかないしな……!」

 そして、我らがオルガさんすら、ゾンビたちに手を焼いていた。

 混戦状態であるがゆえに、オルガさんは十八番の銃火器の使用を躊躇っていた。

 閉鎖された地下空間で爆発物を使うなんてリスクが高すぎる。

 地下空間ごと崩落してもおかしくないし、そうでなくとも味方を巻き込む可能性が高い。

 よってオルガさんは銃火器を使えず、かといっていつもの肉弾戦にしても、数が多いとどうにも上手くいかない。

 結局、オルガさんの肉弾戦は、弱い多数ではなく、強い1人を相手にすることを想定しているものだ、ということなのだろう。本来なら、弱い多数は銃火器で焼き払えるのだから。

「どうしよう。このゾンビたち、ピュライの魔法に耐性があるみたいで……私の魔法じゃ、決定打にならない」

 そして、いつもなら広範囲の魔法で一気に片をつけられるペタルだが、こちらもこちらで苦戦していた。

 このゾンビたちが『翼ある者の為の第一協会』が何かしたゾンビであることは明白だが、それ故に、ピュライの魔法に耐性をつけられてもいるらしい。

 よって、ペタルの魔法が効きにくい、と。

「ねー!こいつら歌っても効かないんだけどー!水出して全部流していいー!?」

「だ、駄目だよ!ぼくたちも沈んじゃうよ!」

 更には、泉の歌も効かず、かといって水で押し流すわけにもいかない、と。

 ……地下という密閉空間の中で下手に水を出そうものなら、俺達まで流されて沈んで溺死しかねないからな……。

「あとは、どうにか直接親玉を叩くしかない、かしらね」

 アレーネさんも難しい顔をしている。

 唐突にゾンビが十数体切り刻まれて崩れ落ちているのは、恐らくアレーネさんの仕業なのだろうが……アレーネさんもまた、この状況を打開できるような手段を持っていない、という事か。

「親玉を叩く、って言っても……当てずっぽうにオルガさんや眞太郎が射撃する以外に方法が無いと思う。このゾンビの壁を超えるのは難しそうだし、相手だって馬鹿じゃないはずだから、対策はしていると思うし……」

 そしてペタルの言う通り、今の所、俺達には『有効打が無い』。

 ゾンビは無数に居るし、そもそも、倒しても倒しても復活してくる。

 親玉……ここのどこかに居るのであろう『翼ある者の為の第一協会』の残党の姿は見えない。恐らく、闇の結界を張って隠れているのだろうが。

 ……条件付きのバトルフィールドでは、このように『それほど強くない代わりに数に限りが無い』ような敵と戦う術が無いのだ。




「撤退、かしらね」

 アレーネさんが厳しい顔でそう呟く。

 ……悔しいが仕方ないだろう。

 一旦戻って、トラペザリアかグラフィオか、或いはバニエラ辺りでなんとか、ゾンビたちを処理できるような道具を調達してきた方が良い。

『翼ある者の為の第一協会』に逃げられる可能性が極めて高い上に、ここドーマティオンに被害が及ぶ可能性も高くなるが、仕方ないだろう。


「皆!撤退を」

「ま、待って、ください!」

 だが、アレーネさんが撤退指示を出そうとした時、紫穂が声を上げた。

「……でき、ます。私が、やります」

 紫穂はそう言いながらも震えている。

 ……確かに、紫穂の能力を使えるならば、突破口になり得る。だが、紫穂は自分の能力をコントロールできるのだろうか?

 紫穂が昨日、桃子の家を氷柱で破壊してしまったのも記憶に新しい。

 紫穂の能力は、紫穂の感情がキャパシティオーバーした結果の暴走によるものなのだと、思ったのだが。

 ……だが、アレーネさんは何も言わずに見守っている。ならば、俺が口を出すことでも無い。

 それに、もし駄目だったとしても、その時はその時で、当初の予定通り撤退すればいいのだ。


 俺達が見守る中、紫穂は両手をゾンビたちに向けて、表情を険しくした。

「全部、凍っちゃえば、いい、です!」

 その瞬間、紫穂の周りの温度が下がったように感じた。

 ひやり、とした空気が俺を撫でて流れていき……ぴしり、と。静かに、音がした。

 ぴしぴし、と冷たい音がゾンビたちの中から聞こえたかと思うと、次第に音は広がっていき、やがて、ゾンビたちを覆い尽くし……。

「……あ……」

 とは、いかなかった。

 広がった氷は、ゾンビたちの一部を凍り付かせるにとどまり、それ以上広がる気配を見せない。

 ……やはり、紫穂はまだ自分の能力をコントロールしきれないんだろう。


「あ……な、なんで……私、は」

 紫穂は焦るような表情で自らの手と、凍り付いた一部のゾンビを見ている。

「駄目なのに。これ、じゃ、足りない、です」

「紫穂、大丈夫よ」

 アレーネさんが声をかけるも、紫穂はアレーネさんを見ることなく、震えながら自分の手を見ている。

「足りない……これじゃ、足りない……まだ、もっと、じゃ、なきゃ」

 そして泣きそうな声で呟きながら、紫穂は傍目から分かる程に焦っていく。

 ……まずい、と、思う間も無かった。

 びし、と、鈍い音が聞こえた。

 ……直後、酷く攻撃的に、地面からは氷柱が何本も突き出したのである。




「うおっ!?」

 当然ながら、氷柱はオルガさん達、先発組をも襲った。

 咄嗟に避けるなり、氷柱を破壊するなりして彼女らはやり過ごしたが、今度は地面がバキバキと音を立てながら凍り付いていく。

「わっわっわっ!だ、駄目ーっ!」

 今度は泉が水を操ったのだろう、彼女らの周りに水の防壁が生まれて、凍り付いていく地面から彼女らを遠ざけた。

 ……だが、長く持ちそうもない。このままだと、オルガさんと泉とイゼルとリディアさん、4人は紫穂の冷凍能力クライオキネシスによって氷漬けにされてしまうだろう。

 実際、防壁を持たないゾンビたちは既に氷漬けにされて動けなくなってしまっているし、かく言う俺達もまた、紫穂を中心にして渦巻く吹雪から身を守るので精一杯であった。

「ど、どうしよう、止めないと!」

 ペタルが杖を構えて花弁の嵐を紫穂に向かわせた。

 攻撃的な雰囲気がほとんど無い花弁の嵐は、紫穂を傷つけないように配慮して飛ばされたものだったのだろう。

 だが、それ故に力も弱く、紫穂が巻き起こす吹雪に吹き飛ばされて、ペタルの花弁は届かない。

「紫穂を傷つけるわけにもいかない、ものね……いいえ、でもこれは……」

 紫穂を傷つけてでも、無理矢理にでも、能力を止めさせなくてはいけない。

 さもないと、俺達が死にかねないのだから。


 ……だが、俺は考える。少なくとも、俺には考えるだけの余裕があった。

 昨日、アレーネさんと俺は紫穂と戦っていたのだ。その時の経験が生きて、今、俺は吹雪に混じって飛んでくる氷塊を避けたり破壊したりしながらも考え事ができる程度には余裕を持っていた。

 そして俺は結論を出す。

 やはり、紫穂の能力の暴走が感情の暴走によるものなのだとしたら……やることは限られてくる、と。


「紫穂!」

 俺が声をかけても、紫穂は反応しない。ただ、目を見開いて震えながら、眼下で凍り付いていく地面を見ているだけである。

 ……それでもいい。

「紫穂、凄いな!」

 俺は紫穂に声をかけた。


「紫穂のおかげで助かったわ」

 俺の意図を察してか、アレーネさんも乗ってくれた。

「流石だよ、紫穂!」

 ペタルも続いて声をかけると、吹きすさぶ吹雪が揺らぐ。

「紫穂ももう、立派にアラネウムの一員だな!」

 足下から、オルガさんの声が大きく響く。

「紫穂ちゃん大好きーっ!」

「わ、私も大好きー!」

「紫穂ちゃんサイコーッ!」

 ネタ切れしてきたらしく、泉とイゼルとリディアさんはそれぞれにそんなことを言ってきた。

 それからもそれぞれが、好き勝手な具合に紫穂に向けて、プラスの意味合いの言葉を投げかけ続ける。

 ……そして吹雪が、ふっ、と弱まった。

「紫穂!」

 そのタイミングを見計らって、俺は見えない足場の上を走る。紫穂まではすぐだった。

 紫穂の元へ辿りついたら、紫穂の手を取る。

 紫穂の手を取った俺の手は、冷たさよりも痛みを感じ、そして指先から熱が奪われて、凍り付いていく。

 ……だが、紫穂は俺を見ていた。

 混乱故にか、震えながら。目を見開いて、でも俺を見ていた。

「もう大丈夫だ」


 ふと、俺の手に感覚が戻ってきて、痛みと冷たさを強く感じた。

 ……そして吹雪が止み、広がっていた氷はぴたり、と止まって、それ以上進むことは無かった。

「……あ……」

 すっかり我に返ったらしい紫穂は、周りを見て、俺を見て、またしても焦ったような顔をしたが、今度は後ろからアレーネさんが紫穂を抱きしめる。

「お手柄よ、紫穂。親玉までまとめて凍らせちゃうんだもの。すごいわ」

 アレーネさんに抱きしめられて、紫穂は戸惑いつつも落ち着いたらしい。

 再び能力が暴走することも無く、ただ、紫穂は申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな顔をして、アレーネさんに抱きしめられていた。


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