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67話

 ……さて。

 俺達は一旦アラネウムへ戻り、オルガさんと泉を連れてきた。(ニーナさんは留守番である。)

「……ははは!こいつは酷いな!」

「だからあなたを呼んだのよ、オルガ」

 そして俺達は今、桃子の家の前に集まっている。

 これから桃子の家の修繕を行う為だ。

 ……そう。現在、桃子の家は、控えめに言って半壊状態である。

「……すみません……」

「やー、これはしゃーないって。自分の腐乱死体見てパニクらない人の方がおかしいって。気にしたら負けよ、負け」

 ……原因は分かりきった事だが、幽霊嬢こと、『鋸屋紫穂』。

 彼女が起こした数々の心霊現象……主に、氷柱やつららや氷塊によって、桃子の家が大規模に破損したためである。




 結論から言えば、事件は無事、解決した。

 つまり、幽霊嬢……紫穂の暴走は無事、収まった。

 だがそれは、彼女の未練が解消されたからではない。

 これから未練を解消していくための手段を見つけられたからだ。

 そしてその手段が、『アラネウムへ来ること』。

 ……彼女が一番欲しかったものの代替となるものだ。

 つまり、真っ当な家族、の。




 俺は紫穂に「アラネウムへ来ないか」と言いはしたが、紫穂の未練が何か、はっきり確信していた訳でもなかった。

 紫穂、と名前で呼んだのは、苗字に嫌な思いがある可能性を捨てきれなかったからだ。結局、憶測の上に憶測を重ねて、安全策をとったアクションを起こしたに過ぎない。

 ……とりあえず、未練が何にせよ、アラネウムへ来れば解決できる可能性が高い。

 探し物なら見つかるし、したい事もかなりの範囲でできるだろう。

 だから、紫穂の未練が復讐の類ではなさそうだ、と判断した上で、とりあえずそう言ったのだ。

 ……ただ、復讐目的でもなく、自分が元々住んでいた家の周りを彷徨い、自分が住んでいた家に新たに住み始めた同年代の少女に憑りついている幽霊なのだから、なんとなく……寂しいのかな、とは思ったし、桃子関連では、桃子に嫉妬しているのではないか、とも思った。

 ……そして、結果としてそれらの推測は概ね合っていた、らしい。




「……いい、です、ね」

 家の修繕を行いながら、紫穂は桃子を見ていた。

 桃子は、自分の家が半壊したというにもかかわらず、元気に修繕作業を行っている。

 そして桃子の傍らでは、桃子の家族が一緒になって働いていた。

「……今までは、羨ましかったし……だから、見たくなかった、です。桃子さんが居る家は、見たく、なかった」

 紫穂の言葉は、相変わらず小さく、ぽつぽつ、と生まれるだけの物だったが、以前よりも幾分、言葉数が増えていた。

「でも、今は……見られ、ます。……この家は、私の家じゃない、ですし、私の家族はもう、居ない、です。大丈夫、です」

 桃子が何か冗談を言ったのだろう、桃子の家族たちは一斉に笑い、桃子もその中で笑っていた。

 そしてその様子を見ながら、紫穂も、僅かに口元を綻ばせていた。

「……今度が、あったら……ああいう、ふうに」

 紫穂は呟きながら、傍らに置かれた、ボロボロの本の表紙を撫でた。


 ……結局、紫穂の未練の全貌が分かった訳ではない。俺は紫穂の過去に何があったかを根掘り葉掘り聞く程、短慮ではない。

 だが、紫穂の名前が書かれたボロボロの本に、『お誕生日おめでとう』と書かれたカードが挟まっていたことを俺は知っている。

 紫穂の家族は、紫穂を物置で生活させ、紫穂が死んだあとには床下に死体を放置して夜逃げするような人達ではあったが……それでも、最初からそうではなかった、のだろう。

 だからこそ、紫穂は家族というものに未練があったんじゃないか、とも思う。




「さて、これでいいか?」

「うん!すごい!すごいよっ!……えへへ、ありがとう、みんな!」

 結局、桃子の家の修繕には明け方までかかった。

 だが、流石の異世界クオリティと言うべきか……クオリティが違う。

 家が建った。

 新たに家が建ったのだ。

 ……修繕するよりも、新たに1軒建ててしまった方が楽だ、というオルガさんの謎の理論によって、俺達総出で家を建てることになったのだ。

 正に一夜城であるが、その造りは至って真っ当である。張りぼてでもなんでもなく、平均以上によくできた家だ。

 発想も異世界クオリティなら、建築方法も異世界クオリティだった。

 泉が水を操って凄まじい速度で基礎を作りなおし、オルガさんが1人で重機顔負けの働きを見せつつ家を作り上げていき、高所での作業はイゼルが身軽に飛び回って行い、壊れた家財の修復や内装はペタルが魔法で行い、がれきの撤去はリディアさんがすべてを鞄に放り込んでいくことで完了させ、そもそもの材料等々はアレーネさんと俺とであちこちの世界から集めた。

 ……信じがたいことに、こうして俺達総勢7名で、家を建ててしまった。桃子一家は大体、家財の修繕や整理を行っていたので、建築には実質関わっていない。

 ……慣れた慣れた、と思っていても、こういうところでしばしば、異世界のすさまじさを感じ直す羽目になるな……。




 家の中に家財を全て運び込み、輝尾一家がまた生活できる空間を取り戻せたところで、アレーネさんが桃子を呼んだ。

「桃子嬢。今回の依頼なのだけれど、達成、という事でいいかしら?」

 建築のすさまじさで霞むが、今回、俺達が請けた依頼は、『憑りついている幽霊を何とかしてほしい』だったんだよな。

「あー……うん。ええと、幽霊さん……じゃ、なくって……紫穂さん、だよね?紫穂さんは……ええと、もう私に憑りつくのは、やめてくれるのかなぁ?」

 桃子が恐る恐る、というように紫穂へ話しかけると、紫穂は小さく、確かに頷いた。

 それを見て、桃子はほっとしたような表情を浮かべた。

 余程、幽霊が怖かったんだろうな。

「……ということよ。紫穂嬢については、今後、私達アラネウムのメンバーとして活動してもらう事になると思うわ。ドーマティオンじゃなくて、アラネウムがあるディアモニスを中心に活動することになるわね」

 アレーネさんがここで紫穂にアイコンタクトを取ると、紫穂はまた1つ頷いた。

 それを見て、アレーネさんは微笑みを深める。

「だから、桃子嬢は安心して頂戴。もし、今後、また別の幽霊に憑りつかれたら、その時はまたアラネウムへいらっしゃい。きっと扉が開くはずだから」

「うん。分かったよ!……本当にありがとう、アレーネさん」

 桃子が深くお辞儀すると、アレーネさんはまた微笑みながら、桃子の頭を撫でた。

「じゃあ、お元気で。……ご家族を大切にね、桃子嬢」

 そう言いながら、アレーネさんは一瞬……微笑みを、寂しげなものに変えた、ような気がした。




 それから俺達は桃子の家を辞し、ひとまず、ドーマティオンに来た時、最初に着いた丘に向かった。

「ニーナが居れば、高機能な家にできたんだがな」

「あー……まあ、しょうがないよねー……ううん、でも、ニーナさんが幽霊苦手なんて、意外だったよねー」

 その間に話すのは専ら、ニーナさんについてだ。

「アレーネさん。ニーナさん、大丈夫かな。紫穂ちゃんを連れていったら、ニーナさん、また強制シャットダウンしない?」

「さあ……こればかりはニーナの問題だもの。私にはどうなるか分からないわ」

「すみません……」

「あー、紫穂ちゃんが気にすることじゃあないって。ね、ね」

 ……ニーナさん。今、アラネウムで留守番しているニーナさんは、アンドロイドでありながら、幽霊やおばけが苦手、という、とても不思議な人である。

 そのニーナさんの元へ、紫穂を連れて戻ったら……大惨事になるな。

「とりあえず、ニーナ側でできることはやっておきましょうか。多分、幽霊についてきちんと知識を得られれば、そこまで怖がらなくなると思うのだけれど」

 ニーナさんはピュライやディアモニスの図書館の本は大概読破したらしいが、それらの情報の統合の仕方に問題がありそうだ。

 そのあたりはアレーネさんが矯正してくれるだろう。


「ニーナについては私に任せて頂戴。……だから、あなた達は」

「ああ、分かってるぞ、アレーネ」

「任せてよ、アレーネさん。『翼ある者の為の第一協会』がドーマティオンで何をしていたのか、しっかり突き止めてくるから」




 そして俺達は丘の上にたどり着く。

 そこから小さな町を見下ろし、朝日に輝く大地を見下ろし。

 ……そこに向かって、アレーネさんが腕を軽く振った。

 きらり、と光が走り……アレーネさんが指先を動かすと、その度にきらり、きらり、と光が細く細く走っていく。

 そしてアレーネさんは懐からメモを取り出した。グラフィオで手に入れた、『翼ある者の為の第一協会』が侵攻中の世界一覧だろう。

「ええ。分かったわ」

 アレーネさんはもう一度指先を確認して、深く頷いた。

「きっと、墓地に『翼ある者の為の第一協会』の基地への入り口があるはずよ」

 アレーネさんの言葉を聞いて、俺達は顔を見合わせて頷き合う。

 さて、異世界間よろずギルドアラネウム、のもう1つの業務……異世界間の侵略の阻止の為、俺達は丘を下りて、墓地へ向かう事にした。


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