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66話

 轟、と、唸るような、かつ強く激しい音が響く。

 それと同時に現れた氷柱が、天井を突き破る。

 バキバキと音を立てながら、床も天井も凍り付いていく。

 ……全て、幽霊嬢の仕業なのだろう。

 姿こそ見えないが、恐らく、『ユーレイミエール君』を外した幽霊嬢がここに居るはずだ。

 どのタイミングで俺達に付いてきたのかは分からないが、少なくとも今、ここに居て……彼女は自分自身の死体、それも、かなりひどい状態の死体を見た。

 その結果、『能力の暴走』が起きているのだろう。

 感情の爆発か、パニックか。

 或いはその両方かもしれないが……ただ1つ、確かに言える事は、今の幽霊嬢は、俺達の話なんて聞いてくれないだろう、という事だけだ。




 床からせりあがった氷柱が、俺の足下を掠めていく。

 あと少し、氷柱に近い位置に居たならば、俺は延びる氷柱に巻き込まれて凍り付かされていたか、或いは、伸びる氷柱に突きさされて串刺しだったか、というところだろう。

「幽霊嬢にも『糸』を持たせておくべきだったかしら」

「もしもの話をしていても仕方ないですよ!」

 アレーネさんの言う『糸』とは、アラネウムの会員証のようなもの、つまり、俺がソラリウムで貰った糸巻きを指すのだろう。

 ……俺は未だに『糸』がどういう代物なのか、正確に把握していないのだが……恐らくは、GPS、なのだ。

 アレーネさんには『糸』を持っている人が今、どこに居るのか分かるらしい。だからまあ、幽霊嬢に持たせておけば、不用意にこうなる事態は避けられただろうな、ということなのだが。

 ……だが、あくまでそれは、もしもの話。

 今現在、俺とアレーネさんは、桃子の家の中で幽霊嬢の死体を床下から見つけ、そして、自分自身の死体を見て暴走してしまった幽霊嬢によって、生死の危機に陥っているのだ。

 まずは、この状況をどうにかしなければなるまい。


「幽霊嬢と桃子と分かれる為にペタル達と分かれてしまったのは痛いわね……」

 今、問題なのは、戦闘員が居ない、という事である。

 ……一応、俺にはトラペザリアとバニエラの武器、そしてピュライの魔道具がある。

 だが、それらを使って『家を壊さずに』『幽霊嬢を必要以上に傷つけず』『見えない相手を取り押さえる』というのは、難しすぎる。

 そもそも、条件をかなり緩くしたとして、家を破壊し、幽霊嬢を殺すつもりでやったとしても……見えない相手に光線銃、というだけで、もう、無理だ。

 そして、アレーネさんだが……戦闘力が分からない。

 あちこちで戦闘がある時はいつも、ペタルやオルガさんが戦っている。つまり、アレーネさんがどう戦うのか、未だによく分かっていないのだ。

 戦闘力が未知数である以上、アレーネさんを頼りにすることはできないと思うし、したくないとも思う。アレーネさんが戦わないのはアレーネさんの考えあってのことだろうし。


 ……ということで、今、俺もアレーネさんも、大した戦闘力を持たずに、暴走する幽霊嬢と対峙している、ということになる。

 だが、相変わらず、室内はどんどん氷柱によって破壊されていくし、床は凍り付いて俺達を巻きこもうとする。

 幽霊嬢は暴走すると冷凍能力クライオキネシスを発動してしまうらしい。

「眞太郎君!伏せて!」

 だが、幽霊嬢が起こす現象を観察している暇も無い。

 アレーネさんの声が飛んでくると同時にほとんど反射で体を低くすると、俺の頭上を何かが鋭く通り過ぎていった。

 振り返ると、背後の柱につららのようなものが突き刺さっていた。……幽霊嬢によるものなのだろうが、ちょっと、これはあまりにも攻撃的すぎやしないか?




 攻防というか、防戦一方な戦いは続く。

 俺はひたすら、テレポートの魔道具を使って飛んでくるつららを避け、光線銃で氷柱を砕いて逃げ場を確保し、なんとか幽霊嬢の暴走の余波から逃げていた。

 アレーネさんはというと、やはり何かしているらしく、アレーネさんに向かって飛んだつららは軌道を変えて別方向へ流れていき、氷柱は切り刻まれたようになって消えていく。

 ……だが、それだけだ。俺もアレーネさんも、幽霊嬢をどうこうするに至っていない。

「騒ぎに気付いてペタル達が来てくれるといいのだけれど」

 アレーネさんはそう言いつつ肩で息をついているが、望みは薄いだろう。

 ペタルとイゼルとリディアさんは、それぞれ町の人に聞き込みをしているはずだ。まさか、幽霊嬢が透明になっていつの間にか俺達の方へ来ているなどとは、思いもよらないはずだ。

 そして、俺もアレーネさんも、現在、幽霊嬢の攻撃を防ぐだけで手いっぱい。応援を呼びに行く余裕が無い。

 ……かといって、逃げるのは無しだ。

 このまま幽霊嬢を暴走したまま放って俺達だけ逃げたら、ドーマティオンがどうなるか分かったものではない。

 それはアラネウムの理念としても許されないし、俺自身のモラルとしても許されない。

 だから……俺達は、この手一杯な状況を打破するための一手を、見つけ出さなければならない。




「アレーネさん!」

 アレーネさんに声をかけると、アレーネさんは体の前で腕を素早く数度動かしてから、俺の方を見た。

 ……アレーネさんに向かって飛んだ氷塊が、アレーネさんの前で弾き飛ばされて明後日の方向へ飛んでいく。何か、バリアのようなものを張ったらしい。

「1分、お願いできますか」

 俺が声をかけると、アレーネさんは余裕のある笑みを浮かべながら頷いた。

「ええ。大丈夫。1分程度なら、眞太郎君の身も守れるわ。安心して頂戴」

 そしてすぐ、正面を向きながら腕と指先を動かし、飛んでくるつららを弾き、俺を巻き込んで伸びようとした氷柱を破壊してくれた。

 ……アレーネさんの実力の程は分からないが、アレーネさんが任せろと言ってくれたのだ。俺はただ、幽霊嬢の未練を探すことに集中しよう。




 この状況を打破する方法があるとすれば、幽霊嬢の無力化につきる。

 そして、それは主に3つの手段によって成し遂げられるだろう。

 1つ目は、幽霊嬢を倒す、ということ。強制的に成仏させる、というか、御祓いする、というか。

 ……勿論、これは駄目だ。方法が無い。俺は残念ながら寺生まれでもなければ陰陽師でもない。

 2つ目は、こちらの戦力の拡大。

 俺がリスク承知で手袋を使って幽霊嬢の冷凍能力クライオキネシスをコピーするなり、光線銃を暴発覚悟の出力で撃つなりすれば、可能性はある。

 尤も、こちらも現実味が薄いが。

 何せ、相手は見えない相手なのだ。攻撃が来る方向から、ある程度の位置は割りだせても、移動しているらしい相手を完全に捉えるのは難しすぎる。ましてや、それが1発勝負の暴発技だったりするならば、勝算は限りなく0に近いはずだ。

 ……そして3つ目。

 幽霊嬢の無力化……言ってしまえば、幽霊嬢を正気に戻せればいい。

 幽霊嬢がパニックを起こしているのだから、この死体は幽霊嬢のもので間違いなさそうだ。

 ならば、幽霊嬢の記憶や、そもそもの未練についてのヒントも、ここにあるんじゃないだろうか。

 そして幽霊嬢の未練をなんとかすることができたのなら、きっと、幽霊嬢は暴走を止めてくれる、はずだ。




 アレーネさんが稼いでくれる1分の間に、俺は幽霊嬢の未練をつきとめなければならない。

 或いは、それができなかった場合でも、何らかのアクションを起こして幽霊嬢の暴走を止めなくてはならない。

 ……さて。

 果たして、『恐らく虐待もしくは育児放棄されており、最終的に殺されたか何らかの原因で死んでしまい、床下に死体を隠されたまま放り置かれた』少女の幽霊の未練とは、何だろうか。




 とりあえず、もう一度死体を見るべく、光線銃で床の氷を破壊していく。

 床下へと続く穴はすっかり氷で塞がれて、中の死体が見えない状態だ。

 そして、光線銃を連射して氷を砕き、光線銃のエネルギーが尽きたらそこからは銃床で氷を殴り壊しながら、俺は幽霊嬢の未練を考える。


 真っ先に思い浮かぶのは、復讐、だろうか。

 幽霊嬢の死因に直接『翼ある者の為の第一協会』が関わっているかは定かではないが、仮に、幽霊嬢が殺されて、その原因に『翼ある者の為の第一協会』が関わっていたとしたら、幽霊嬢の未練が『翼ある者の為の第一協会』への復讐だったとしてもおかしくない。

 ……だが、今一つ、これには疑問が残る。

 勿論、幽霊嬢が本当に『殺された』のか不明である、という不確定要素もあるが……そんなことより先に、幽霊嬢自身の気質、のようなものが引っかかるのだ。

 幽霊嬢はどうも、引っ込み思案というか、大人しすぎる程に大人しいというか、そういう性格をしているらしい。

 記憶が無い状態でその性格がどの程度本来の物なのかは分からないが……俺にはどうも、幽霊嬢が『復讐を望む』程に攻撃的な性格をしているようには思えないのだ。


 そして何より、『桃子に憑りついていた』理由が分からない。

 復讐を望むなら、復讐相手なり、復讐を手伝ってくれそうな相手に憑りつかないか?何故、元・自分の家に引っ越してきただけの少女に憑りついた?

 それから、幽霊少女が桃子の家に入りたがらなかった謎もある。

 今は間違いなく家の中に入ってきている訳だが……では何故、今は入ってきたのか?

 ……前回、家に入りたがらなかった時と、今回の違いがあるとすれば、桃子が居るか居ないか、だろう。

 幽霊嬢は桃子が嫌い、なのだろうか?いや、幽霊嬢は桃子に憑りついているのだから、それは今更だろう。桃子が嫌いなのだったら、とっくに桃子に憑りつくのをやめているはずだ。

 ……では、幽霊嬢は……この家が嫌いなのではなく、『桃子が居る家が嫌い』なのだろうか?


 ならば、それは何故?

 ……前の住人達の慌ただしすぎる引っ越し。その前夜に尋ねていたと思しき『翼ある者の為の第一協会』。隠されて放置された死体。虐待や殺害の疑惑。

 家の周囲で心霊現象を起こす幽霊嬢。桃子に憑りつきながら、桃子が居る家には居たがらない幽霊嬢。

 それらによる『未練』が、復讐ではない、なら……何だ?




 光線銃の銃床が遂に、床の氷を破りきった。

 ……その中には、無残な死体が半ば凍ってそこにあり……死体のそばの暗がりに、何か、物が落ちているのを見つけた。

 手を突っ込んで拾い上げてみると、それは、ぼろぼろになった本だった。

 ……本の裏表紙には、『鋸屋紫穂』と、書いてあった。




「眞太郎君!」

 1分が終わったらしい。

 ぶつり、と何かが切れるような音と共に、アレーネさんの焦るような声が響く。

 俺に向かって飛んできた氷塊を何とか、トラペザリア製の爆弾で爆破。

 ……そして、次の氷塊が飛んでくる前に、何かアクションを起こさなくてはならない。

 答えが明確に分かった訳じゃない。なんとなく、そうだろうか、と思っただけだ。

 だが、直観でしかないような回答でも、とりあえずしてみないことには始まらない。

 俺はさっき、氷塊が飛んできた方向を向いた。

「紫穂!」

 ぎゅ、と、冷気が凝り固まったような気配があった。

 怯えるような気配はきっと、幽霊嬢のものだ。

 俺は改めて、その気配の方を向いて……回答を。

「……アラネウムへ一緒に来ないか?」


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