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64話

 翌朝。

 俺達は桃子の家の庭に集合して、リディアさんの鞄に箱の部屋を1つ残して片付けた。

 ……リディアさんの鞄も箱の部屋も、グラフィオの古代遺跡から採ってきた例の宝石を使って異次元空間化している訳だが、異次元空間の中に異次元空間を収納することも可能らしい。

 つまり、無限の入れ子ができる、というわけで……うっかりすると、無くしものをしそうで怖いな。


「さて、じゃあ、とりあえず、話し合いをしましょうか。眞太郎君はまだ話を聞いていないものね」

 そして、1つ残した箱の部屋に全員入って、昨日、桃子の家で聞いた話を聞かせてもらう事になった。

 ……迷ったのだが、幽霊嬢にも一緒に居てもらう事にした。

 もし、幽霊嬢が昨夜、桃子の家に入れなかったように、何らかの拒否反応が出たら、その時また対処する、ということで。


「最初に聞いたのは、主な『幽霊の仕業』について、だったよね」

 最初に桃子の家で質問したのは、ペタルだったらしい。

 そしてペタルはそこで、幽霊が何をしていたかを聞いたそうだ。

「風も無いのに何かの音が鳴る、そこの……障子みたいなやつの布が突然裂ける、寒くないのに玄関前が凍ってる……とか、だったけれど、幽霊さん、今言ったこと、全部幽霊さんがやったことで合ってる?」

「はい……た、多分、そう、です」

 今聞いた内容だと、家が被害に遭っているようだが、家の中ではなく、外からの被害のようだし……幽霊嬢が桃子の家に入りたがらなかった事を考えると、幽霊嬢がやったという信憑性が高いように思える。

「ええと、どうしてそういうことをしたのか、聞いてもいいかな」

「……よく、分からない、です」

 だが、幽霊嬢はと言うと、自分がやった、と言っておきながら、困ったような顔をするばかりであった。

「気づいたら、そうなってるん、です。……私がやった、ていうことは、分かる、んです、が……」

 つまりそれは、幽霊嬢の暴走なのかもしれない、と俺は思った。

 感情の。或いは、感情の暴走による、能力の。

「ディアモニスでは、幽霊といえばラップ現象やポルターガイスト現象よね。幽霊嬢も同じようなことができるんじゃないかしら?」

「でも、制御できてはいなさそう、だよね。……きっと、色々思い出したり、未練を解決したりしていく内になんとかなると思うよ。ピュライの魔法は、成長して精神が落ち着いていけば、自然と制御が上手になっていくんだ」

 幽霊嬢が能力を制御できていないのなら、それを制御する手伝いも当然、アラネウムがした方が良いだろう。

 さもないと、今後も何かと、幽霊嬢自身も、幽霊嬢の周りに居る人達も困るだろうし。




「それから、この家についても聞いたなー。桃子ちゃん一家が引っ越してくる前からずーっと建ってる奴で、結構古いんじゃーなかったっけ?だからバシバシいう音も、最初は家鳴りか何かだって思ったとか言ってたしなー……うひゃあ、見て見てここオンボロ」

 リディアさんが楽し気に、桃子の家の外壁を眺める。

 ……確かに、漆喰を塗り直し、屋根を葺き直して手入れされた家ではあるが、所々に隠しようのない古さが見受けられる。

「この家、この町の中でも特に、昔の匂いがする気がする。強くて冷たい風の季節を70回くらい、過ごしたんじゃ、ないかな……?」

 イゼルの鼻は時々よく分からない働き方をするが、恐らく、半分くらいは魔法的な力によるものなのだろう。

 鼻を動かすイゼルの瞳は、いつにもまして鋭く金色に輝いている。

「ということは、多く見積もって70年、ということかしら。……まあ、多分、60年か50年、といったところだと思うけれど。他の町の人達に聞いてみたら分かるかもしれないわね」

 まあ、つまり、この家は非常に古い、と。

 ……古い家、か。

 幽霊嬢がこの家に入れない理由は、そこにあるのか?




「怪奇現象とー、家の古さとー、あと、他に何聞いたっけー?」

「え、えっと、昔、この町で幽霊が出たか、っていうお話も聞いたよね?」

「あーそれそれ」

 この話は恐らくアレーネさんが聞いたのだろうが、イゼルが思い出しながら話してくれた。

 曰く、『幽霊の話は前からあった』と。

 ……ただし、それは……恐らく、他の幽霊、というか。

「ま、ふっつーに考えて、この幽霊ちゃんが見えなかったんだから、このドーマティオンの他の幽霊が見えるわきゃーないわなー」

「幽霊の正体見たり枯れ尾花、かしらね」

 少なくとも、出た話は全て伝説や噂話の類であり、幽霊嬢とは直接の関係は無いだろう、という程度らしい。

「仲間が居たら良かったのにねー……ん?居ない方がいいんかな?」

「さ、さあ……」

 とにかく、桃子の家以外では幽霊嬢の情報は出なかった、ということ、だろうか。




 それからもうしばらく、アレーネさん達が思い出しつつ昨日桃子と桃子の家族から聞いた話を話してくれたが……桃子の好きな食べ物は桃だとか、お隣さんの床下収納からツチノコが出てきただとか、物置の棚の奥にカッピカピになったご飯らしきものがあったが乾燥し切っていたためカビておらず、まだ精神的ダメージが小さくて済んだとか……そういう話しか出てこなかったらしい。

 つまり、それ以上はほぼ収穫無し、と。




 そういう訳で、桃子が家から出て来るのを待って、俺達は墓地へと向かった。

 墓地へ向かう道すがら、桃子の近隣住民らしい人達が声を掛けてくれる。

 桃子も元気に挨拶しつつ、俺達をさらり、と紹介してくれ、俺達も町の住民たちと挨拶しながら通り過ぎていく。

 ……温かい町だな、と思わされる。

「そういえば、この町だとあんまり私達、浮かないね」

 ペタルが不思議そうに、辺りを見回しつつ、そんなことを言った。

 確かに、町の人達は俺達を見て怪しむことはしない。桃子が一緒だから、ということもあるのだろうが。

「衣文化も、着物だけではないみたいね」

 アレーネさんの言う通り、町行く人々は、桃子のように着物を着ているばかりではない。

 シンプルなワンピースだったり、Tシャツとズボンのような恰好だったり。着物のようでも、裾がスカートのように広がっているものだったりする。(尚、桃子は裾を端折ってミニスカートのようにしている。)

 ……だが、色彩がどことなく、民族調、というか。

 桃子が来ている着物は茜色をしている。つまり、ややくすんだ赤、といったかんじだ。

 それ同様に、緑もほわり、と柔らかな薄緑色をしていたり、黄色も辛子色に近かったり、と、鮮やかすぎる色が1つも無いのだ。

 それから、青色が少ない。そのせいか、町行く人々はどこか古めかしいような、懐かしいような感覚を覚える色彩となって、風景に溶け込んでいるのだ。

「この中で一番浮いてるんはアレーネさんねー」

「あら……まあ、そうね」

 アレーネさんはドレス姿だ。

 ……大体いつでも、アレーネさんは黒のシンプルなドレスを着ている。

 そして、ドレスの下から主張する体のラインや、しどけなく艶めかしい表情、それらの美貌が、こう、浮く。

 少なくとも、牧歌的な場所では、大概、浮く。

「次はペタルちゃんかぁ」

「うーん……着替えてきた方が良かったかなあ」

「でもそれも今更よね」

 ペタルは大体、いつもかっちりとした……如何にも育ちのいい少女、というような恰好をしている。

 今日は白いブラウスに濃い灰色のベストとスカートを身に着けているため、どこかの学校の制服のようでもある。

「ぼ、ぼくは?ぼくはどう?」

「ぜんっぜん浮いてない」

 ……そしてイゼルは、まあ、簡素すぎる程に簡素なワンピース姿だ。

 耳を隠すための帽子は被っているが、それ以外に特に何がある訳でもない。

 そして、少なくともここドーマティオンでは、シンプルな恰好であればまず間違いなく浮かないのだ。

「シンタロー君と私はそこそこ馴染んでるなー」

「……いや、リディアさんは、リディアさんはちょっと……」

 俺はいい。

 俺は、Tシャツの上に麻のシャツを羽織っている程度の格好だし、似たような恰好の人はドーマティオンにも居る。

 だが。

 だが、リディアさんは……。

「『I am bread』ってなんですか」

「ええやん?え、駄目?」

 すらりとした綿のズボンと、胸の所に『I am bread』と書かれたTシャツ。

 ……『私はパンです』。

 パンか。そうか。

「まあ、そこらへんの人には只の模様に見えてるでしょ」

 それはそうなのかもしれないが……。

 ……パン。




「ところで、幽霊嬢はお墓へは行ってみたのかしら?」

「なんとなく……行ってない、です」

 俺達が服談義をしている中でも、幽霊嬢はどこかそわそわと、落ち着かなげだった。

 無理も無いかもしれない。

 もしかしたら、自分自身の墓が見つかるかもしれないのだ。

 記憶と未練の手掛かりを探すという事は、自分の死と相対するということでもある。

 幽霊嬢には少々、酷な話かもしれない。

「……でも、行ってみたい、です」

 だが、それでも幽霊嬢はそう言って、白いワンピースの裾を翻しながら、俺達の後をついてくるのだった。


 桃子の家から歩いて15分程度。

 町の外れに、墓地はあった。

「うん……ディアモニスに似てる、よね」

「そう、だな」

 ペタルがそう言う通り、墓地の様子は、俺の知るディアモニスの墓地によく似ていた。

 縦に長い四角柱の形をした墓石が立ち並び、朝の陽ざしの中、静かにそこにあり続けた。

 ただし、共通して花のような模様の浮彫があるため、どこかエキゾチックではある。

 墓石の後ろにあるのは卒塔婆ではなく、細い布で作られた旗のようなものであったし、線香を供える風習は無さそうでもあった。

 つまるところ、細部は異なるが、どこかディアモニスの墓場を想起させるような墓場、である。

「えっとねぇ、ちょっと待っててもらっても、いいかなぁ。私、うちのお墓のお参りしてくるから」

 墓場に入ってすぐ、桃子がそう言う。

 見れば、桃子の手には野草らしき花の、素朴な花束が握られている。ドーマティオンでも、ディアモニス同様に墓に花を供える文化はあるらしい。


 真っ直ぐ進んで、少し行ったところで右に曲がると、そこに『輝尾家』と彫られた墓石があった。桃子の先祖を祀ってある墓なのだろう。

 桃子は持ってきていた素朴な花束を供え、手を合わせてほんの少し、目を閉じた。

「ごめんね、お待たせぇ」

 そしてすぐに俺達の方へと戻ってきた。

「もういいの?」

「うん。今日はお墓に来たから顔を見せに来ただけ。近所だから来ようと思えばすぐにまた来られるしねぇ。さっ、幽霊さんのお墓、探そー探そー!」

 桃子は元気にそう言うと、数歩歩いて……立ち止まった。

「……ところで、幽霊さん、お名前はぁ……」

「……わからない、です……」

 ……名前が分からないと、墓を探しようがない、よな……。




「これ、ど?」

「違う、と思います……」

「こっちは?」

「これじゃない、です……」

「んじゃ、あっち」

「ぴんとこない、です……」

 そうして、俺達は墓所をひたすら歩き回り、墓を1つずつ見て、幽霊嬢がピンとくるものを探し回った。

 だが、見つからない。

 小さな町の墓地だとはいえ、そこそこ多くの墓がある。

 それ1つ1つを見て回り、それらがことごとく空振り、ともなれば、次第に徒労感に苛まれてくる。

「……ホントに、幽霊ちゃん、自分の墓の前まで来たらピンとくるんかなぁ……?」

「さあ……でも、何か思い出すきっかけになるかもしれないよね」

 だが、悪魔の証明、というか。つまり、やってみなくては分からないのだ。

 幽霊嬢の墓が分からなかったとしても、幽霊嬢が何か思い出す可能性はある。

「どうかしら、幽霊嬢。何か思う事はある?」

「……お墓、だなあ、と……」

 ……だが、なんというか、まあ、難しい、よな。うん。




「ところで桃子。ドーマティオンでは火葬が主流なのか?」

「へっ?」

 墓場巡りの途中、少し飽きてきたし、折角だ。異文化交流、ということで、桃子に質問してみたのだが……桃子は今一つ、ピンと来ないらしかった。

「かそう、ってなに?」

「ああ……ええと、人が亡くなった時、遺体を燃やして、骨と灰にしてから埋葬する、っていう弔い方、なんだが」

 簡単に火葬の説明をすると、桃子はびっくりしたような顔をした。

「ええぇ、そ、そういうことするなんて、ここでも町の外でも聞いたこと無いけどなぁ……ええとねぇ、普通、この町ではねぇ、ご遺体には青い服着せて、そのまんまお墓の下に埋めるよ」

 ああ、成程、土葬か。まあ、予想通りといえば予想通りだが。

 だが、青い服、というのは少し気になる。

 ディアモニスの感覚でいくと、死人には白装束、というイメージがあるが。

「青い服、か。やっぱり着物か?」

「ううん。形はどんなでもいいんだー。私が今着てるようなのでもいいし、こういう風に前で合わせるんじゃなくて、被って着る服でもいいんだよ。アレーネさんみたいにヒラヒラ着せることもあるよ。そこは生きてる人と一緒かなぁ」

 成程、結構緩いんだな。

「でもねぇ、色は絶対に青。空に還れるように、だって」

 ……そういえば、町の中で、青い色を着ている人はあまり居なかったな。

 そうか、ドーマティオンでは、青色は死者の色、なのか。

「……あれ?」

 ドーマティオンでは、青が死者の服の色。

 なら。

「……桃子、幽霊嬢は、白いワンピースを着ている、よな」

「うん、怖いよねぇ……」

 桃子は、幽霊嬢が青ではない服を着ていることにも怖がっている。

 つまり、幽霊が青では無い服を着ている、ということは、ドーマティオンにおいて、異常な事、なのか。


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