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62話

 ……なまじ、異世界で、幽霊を見てしまっていたが故に、『見えない幽霊』の存在は却って衝撃だった。

 悲鳴を上げる桃子と、シャットダウンしてしまったらしいニーナさん、やや驚いた表情のアレーネさんと驚くペタルと驚きすぎなほどのリディアさんを見ながら、俺は、見えない幽霊の存在をすんなり受け入れるしかなかった。




「ホントに見えた!パチモンじゃなかった!」

 リディアさんの驚きはそこだったらしい。流石である。

「え……えーと、どうしよう、今、幽霊さんが見えてるのって、リディアさんだけだよね?」

 だが、『ユーレイミエール君』なる指輪を着けているのはリディアさんだけだ。

 俺やペタルには、声こそ聞こえど幽霊の姿は見えない。

「あ、じゃあペタルちゃんもユーレイミエール君、着ける?ほい。あ、外したら見えなくなった」

 リディアさんが指輪を抜いてペタルに渡すと、ペタルは恐る恐る、指輪を指に嵌めた。

「……わあ」

 そしてこの反応である。

「ペタル、あの」

「あ、うん。眞太郎も、はい」

 ペタルは嵌めた指輪を外して、俺に渡してくれた。

 ……俺には少し、この指輪は小さい。

 仕方ないので小指に嵌めてみたところ……。

「……幽霊だ」

「……幽霊です……」

 俺の目の前に、少女の幽霊が居た。




 真っ先に、この幽霊は髪が長いな、と、思った。

 太腿まであるであろう黒髪は、幽霊らしくふわふわと宙に浮いている。

 白すぎる程に白い肌も、血のように赤い瞳も、如何にも幽霊、といった風貌だ。

「あの……その」

 声にも、どこか空気に溶けていくような感覚を覚える。

 儚げ、と言うべきか、ぼそぼそしている、と言うべきか。

「ええと……こんにちは」

「……こんにちは……です」

 少女の幽霊は俺が挨拶すると、ぺこり、と宙で頭を下げた。

 ……それきり、特に何を喋るでもなく、宙に浮いている。

 この幽霊は……人と話すのが苦手らしい。

 そういうところも幽霊らしいと言えば、幽霊らしいか……。




「眞太郎君、指輪を貸してくれるかしら」

 喋らない幽霊に困っていると、アレーネさんが来た。

 俺はアレーネさんに指輪を渡す。

 ……すると、幽霊は見えなくなった。

 不便だな、これ。

 一方、アレーネさんには幽霊が見えるようになったらしい。

「あら、可愛いお嬢さんね」

「お、お世辞言われても……何も出さない、です……」

 アレーネさんが虚空(いや、恐らくそこに幽霊嬢が居るのだろうが)に向かって微笑むと、やや焦ったような声が聞こえてきた。

「あら、そう?お世辞のつもりはないけれど。……ああ、そうだわ。ちょっとこの指輪、着けてみてくれるかしら?」

 アレーネさんは幽霊嬢の反応にくすくす笑いながら、嵌めた指輪を外して、虚空に向かって差し出した。

 ……すると。

「おー、流石、『ユーレイミエール君』!」

「読みが当たったわね」

 ぶわり、と空気が色づく。

 宙に流れる髪も、透けるように白いワンピースの裾も、そこから覗く白く細い手足も、すっかり見えるようになっていく。

「きゃあああああああ幽霊ーっ!」

「……」

 ……桃子には不評だったし、ニーナさんは相変わらずシャットダウンしたままだったが。




 桃子とニーナさんは、泉とオルガさんが運んで居住空間の方に連れて行ってくれた。

 イゼルがお菓子とお茶を運んでいったので、恐らく、そちらで桃子が落ち着くようにお茶を飲むのだろう。

 そして、喫茶アラネウム店内では。

「……じゃあ、貴方、記憶が無いのね?」

「はい……無い、です……名前も覚えてなくて……うう」

 幽霊嬢が、どんよりと落ち込んでいた。


 聞いたところ、この幽霊嬢は、どうやら『何か未練があるのだろうが、記憶が無いから何が未練なのか分からない』のだそうだ。

 ……そんなことあっていいのか、とも思うのだが、実際そうなのだと言われたら、そうか、としか言いようがない。

「……何か、足りない、んです……。穴が開いてる、みたいに……」

 消え入りそうな声でそう言う幽霊嬢は、とても不安げな顔をしている。

 何かが足りないのに、何が足りないのか分からない、か。

 確かに、成仏できなさそうな状況だ。

「そう……それで、桃子ちゃんに憑りついていたのかしら?」

「多分、そう、です……」

「多分?ってこたー、何で憑りついてるのか分からん、っちゅーことなん?幽霊ちゃーん」

「……はい……分からない、です」

「だったら、別の人に憑りつかない?例えば、私でもいいんだけれど……」

「それは……多分、できない、です……ごめんなさい」

 ……俺達は顔を見合わせる。

 桃子の依頼……根本的な解決は、とても難しい気がする。




 幽霊嬢は、『ユーレイミエール君』を装備した状態でなら、飲食もできるらしい。

 アレーネさんは幽霊嬢にもシフォンケーキとミルクティーを出した。

 幽霊嬢は黙ってシフォンケーキを食べているが、その頬には仄かに赤みが差し、口元が緩んでいる。

 美味しいらしい。

「……さて、どうしましょうね。一番いいのは幽霊嬢の未練を晴らして、桃子ちゃんから離れてもらうことだと思うのだけれど」

「そーは言っても、何が未練か分からないんじゃー、どーしよーもないじゃーん!」

「未練が何かだけじゃなくて、幽霊さん、記憶そのものがほとんどないんでしょう?じゃあ、手掛かりも得られなさそうだよね」

 そして俺達は幽霊嬢から離れた位置で顔を突き合わせ、こっそり相談していた。

「……いっそ強制除霊しちゃう?しちゃう?ほんならこちらに『ユーレイキエール君』が」

「それは駄目よ。誰か1人を助けるために誰か1人を犠牲にするのは、アラネウムの理念に反するわ。そうしなくて済む道があるなら、どこまででも模索しましょう」

 アレーネさんの意見には、俺もペタルも賛成だった。

 つまり、幽霊嬢を強制的に排する、ということはしない。

 幽霊嬢には、あくまで平和的に、穏便に……できれば、幽霊嬢自身にとっても幸福な道を選んで、桃子の依頼も達成したい。

 少なくとも、その道を徹底的に探したい。

 それが『異世界間よろずギルド』としての理念だし、最低限守るべき道理だとも思う。


「……となると、ひたすら草の根分けて、記憶探しから始めるっきゃーないんかなあ」

「そうでしょうね。依頼者の世界に私達が直接赴いて、幽霊嬢と一緒にあちこち探してみるのが良いと思うわ」

 ということは、また『世界渡り』か。

 ……しかし、目的が今一つはっきりしない異世界探索になりそうだな。

 どうなる事やら。


「ちなみにリディアさん、『ミレンワカール君』とか、ありませんか」

「うん、無い!」

 まあ、期待はしていない。




 結局、桃子や幽霊嬢の世界『ドーマティオン』への随行者は、俺とペタルとリディアさんとイゼル、そして桃子と幽霊嬢、ということになった。

 ニーナさんは幽霊が苦手な為パス。その代わり、ニーナさんは泉とオルガさんと一緒に店番をしながら、『あるもの』の解析を行う。

『あるもの』とは、幽霊嬢が唯一持っていた持ち物。

 ボロボロになって文字が読めなくなった紙切れだった。


「解析は任せてー!」

「まあ、解析するのはニーナだろうがなあ……」

 そうして、俺達は泉とオルガさんに見送られつつ、『世界渡り』することになった。

「じゃあ、行くよ!アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス『ドーマティオン』!」




 いつもの浮遊感の後、さっと視界が暗くなった。

 そして、着地。

 ……たどり着いた世界は、どこか、懐かしいような、寂しいような、そんな世界だった。


 地平の際からは沈みかけた夕陽が橙色の光を弱く投げかけている。

 暗い青に染まった空には雲が浮かび、夕陽と影とで力強いコントラストを持ってしてその姿を浮かび上がらせる。

 そして、俺達は小高い丘に立っており、丘にはススキのような植物が群生していた。

 枯れたように淡くくすんだ色合いの植物は、風が吹くたびにざわざわと寂しい音を立てる。

 夕暮れ時。ススキの丘。人の姿は近くに見当たらず、だんだんと落ちていく太陽が寂しい。

 冷たい風が駆け抜けていくと、胸の奥を締め付けられるような、寂しさとも郷愁ともつかないような……つまり、おそらくは切なさ、と形容するような感覚が俺を襲った。

「綺麗……だけど、寂しい匂いがする」

「あー、なんか……家に帰りたくなるっちゅーか、そーいう光景ね……これ……」

 この感覚は異世界間共通なのだろう。

 イゼルもリディアさんも、どこか切なげな表情を浮かべて、沈みゆく太陽を眺めていた。




「えーと、とりあえず私の家、案内するね?」

 太陽がいよいよ沈む、という時になって、桃子がそう言った。

「あれが私の家だよ!」

 桃子が示したのは、丘の下、小さく灯りが灯る家だった。


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