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61話

「さあ、席へどうぞ」

 ペタルが女の子を案内すると、女の子は戸惑いながらも進み、カウンター席へと座った。

「はいどうぞ」

 アレーネさんは女の子の前にシフォンケーキとミルクティーを出した。

 ……だが、当然のように、女の子は困惑したままである。

「これはうちへ来てくれたお礼よ。遠慮せずに食べて頂戴」

 アレーネさんが勧めると、女の子は恐る恐る、慣れない手つきでフォークを握り、シフォンケーキをつつき……小さく切り分けて、口に運んだ。

「んっ!」

 そしてその途端、笑顔である。

 満面の笑顔である。

 輝く瞳。緩む口元。

 彼女が考えていることはただ1つ。

「美味しいー!」

 ……ということらしい。




 それから女の子はシフォンケーキを黙々と食べ、甘くしてあるらしいミルクティーにも感嘆のため息を吐き、食器を空にして、ゆるゆると満足げな息を吐いた。

「美味しかったかしら?」

「うん!すごく美味しかったよー、えへへ」

「そう、よかった」

 アレーネさんと女の子は顔を見合わせて笑い合う。

 やはりというか、食べ物、というものは、人の心を開くのに役立つんだな、と思う。


「さて、改めまして、ようこそ、『異世界間よろずギルド』アラネウムへ」

 2杯目のミルクティーを出しながら、アレーネさんはそう言って微笑む。

「……異世界間よろずギルド?」

「そうよ」

 首をかしげる女の子に、アレーネさんは優しく微笑み、説明を続けた。

「ここに来るのは、皆、自分1人ではどうしようもない困りごとを抱えた人達よ。私達はその人達を助けているの」

「困りごと……」

 女の子は、はっとしたような顔をした。

 ……まあ、ここに来た以上、何か、困りごとがあるのだろうな。

「……じゃあ、お名前を聞かせてもらってもいいかしら。それから、もし良ければ、あなたの困りごとも」

 アレーネさんに促されると、女の子はミルクティーに口をつけ……ごくり、と飲み干してから、意を決したように言った。

「私、輝尾桃子。幽霊に憑りつかれて困ってるよ」




「……幽霊」

「……うん。見えないけど、居るんだよお……うう」

 これには、アレーネさんも困ったらしい。

 俺も、色々な異世界を見てきたし、『幽霊』のようなものがフワフワ飛び交う世界にも行ったことがあるが……。

「幽霊、かあ……うーん、姿は見えないんだよね?」

「うー、そう。見えないけど、物が壊れたり、音がしたり、声がしたり……もうやだよお、怖いよお……」

 ペタルが詳しく聞くも、桃子、と言うらしい女の子はそう言って半泣きである。

「幽霊、ね……分かったわ。じゃあ、桃子ちゃん、解決するまで、アラネウムのメンバーが1人、一緒に居てあげるわ。そうすればあまり怖くないでしょう?」

 アレーネさんが提案すると、桃子は涙目で何度も頷いた。やはり、1人は怖いらしい。

 しかし……解決するまで、というと、幽霊をなんとかすることになるのだろうが、見えないものをどうにかする、というのは、骨が折れそうだな。




「幽霊、か。ピュライには見えない幽霊をどうこうする魔法があったりするか?」

「うーん……ごめんね、眞太郎。少なくとも私は知らないや……」

 アレーネさんと桃子が話している横で、俺とペタルは幽霊についての相談だ。

「そもそも、本当に幽霊なんて居るのかな?見えるなら話は分かるけど……」

「ああ、もしかしたら別の現象の連続……つまり、桃子の気のせいかもしれない、と?」

「うん。その方が分かりやすいんだけどな」

 ……だが、俺もペタルも、桃子の言う幽霊とに対しては半信半疑である。

 存在しないかもしれないものをどうこうするのは難しそうだ。

 まあ、恐らく、桃子と一緒に居て、起きる現象をその都度解析して、原因を1つずつ取り除いていく、ということになるのだろうが。




「じゃあ、しばらくの間、桃子ちゃんには……そうね、ニーナ、いいかしら」

「はい、何でしょうか、マスター・アレーネ」

 俺とペタルが話している横では、アレーネさんがニーナさんを呼んでいた。

 ニーナさんは地下の食料貯蔵室で在庫の確認をしていたらしい。話は聞いていなかったようだ。

「ニーナ、これからしばらく、桃子ちゃんの護衛をお願いしてもいいかしら?」

「畏まりました、マスター・アレーネ。……それから、桃子様。私はニーナと申します。どうぞよろしくお願いします」

 ニーナさんが一礼すると、桃子は明らかに戸惑っていた。いきなり恭しい態度を取られたら、こうもなるか。

「え、あの、えと、ニーナさん?……よろしく、お願いします」

 だが、桃子はそう言って一礼し、それからニーナさんの顔を見て……微笑んだ。

「なんかニーナさん、強そうだなあ……ニーナさんなら幽霊相手でも勝てそう!」


「幽霊」

 だが。

「……もう一度お伺いします。幽霊、と。今、幽霊、と、仰いましたか?」

「え?うん……そうなんだけれど、あの?」

 ニーナさんは、無表情だ。

 いや、いつも無表情なのだが、いつにもまして無表情……いや、違う。

「も、申し訳ありません。そういうことなら、今回の任務は承りかねます」

 ……ニーナさんは、緊張に固まったような顔をしていた!


「……もしかしてニーナ、貴方、幽霊が苦手、なのかしら?」

「はい」

 アレーネさんの問いにも、ニーナさんは即答である。

「……ええ……い、意外だなあ、ニーナさんが幽霊、苦手だなんて……」

 ペタルの気持ちも分かる。俺もそう思う。

 ……いや、だって、ニーナさんは化学の結晶たるアンドロイドだ。

 そのアンドロイドが、非科学の象徴とも言えるであろう、幽霊に恐怖する、とは。

「幽霊は姿こそ見えませんが、生物および機械類に危害を加える存在であり、また、幽霊が用いるエネルギーは未知です。幽霊について、ほとんどデータはありません」

 まあ、そうだろうな。

「にもかかわらず、幽霊という存在について幾多の目撃情報および、幽霊による危害についての報告が存在しています。これはバニエラでもピュライでもディアモニスでも、共通していることです」

 ああ、バニエラにもオカルトはあるのか。意外だな。

 ……いや、確かにニーナさんはバニエラのアンドロイドだが、バニエラにも普通に人間が住んでいるんだったな。そう考えれば当然か。

「以上から読み取れることは……少なくとも私は、幽霊に対抗するためのデータを所持していないということです。そして幽霊についてのデータ不足は勿論ですが、その幽霊の報告内容から考えるにあたり……私1人では、あまりにもこの任務は危険すぎるかと……!」

 ……ああ、分かった。

 そうか、ニーナさんは、アンドロイドだ。それも、接客用に作られつつも、バグによって今一つ、接客向きではない性格になっているアンドロイドだ。

 であるからして……ニーナさんは、『ジョーク』や『伝説』及び『フィクション』と現実の話との区別が、ついていない!

「幽霊は様々な姿をしているとか……身長24mを超えることもあれば、1ミクロンにも満たないこともあるとか。また、幽霊が用いるエネルギーの爆発的現象は、TNT換算でトラペザリアの標準的な銃火器を上回ると推算でき……!」

 ……そしてそれ以上に、多分。

 ニーナさん自身の性格として、幽霊やおばけの類が、嫌いなんだろう。多分。

「そういえばニーナさん、前、幽霊が居る世界に行ったらすぐにシャットダウンしちゃったよね……」

 ああ、あの時のあれって、世界が肌に合わなかった云々じゃなくて、ニーナさんの幽霊嫌いによるものだったのか……。




「ん?ん?ユーレイの話?」

 俺とペタルが話していたら、リディアさんが入ってきた。

「ああ、今回の依頼人……あそこに居る、桃子ちゃんっていう子が、幽霊に憑りつかれている、って」

 ペタルがざっと依頼内容を話す。

「……まあ、見えるならともかく、幽霊が見える訳じゃないみたいだから。幽霊が居る、って考えるよりは、別の現象が起きてる、って考えた方がいいかな、って思うんだけれど、リディアさん、どうかな」

 ペタルの問いに、リディアさんは、ふむ、と頷いた。

「ほんなら、ユーレイが見える指輪、使う?」

「……は?」




 リディアさんは一度部屋に戻って、それからまた戻ってきた。

「はい、これ。ユーレイミエール君」

「ユーレイミエール君」

 微妙な名前を付けられた指輪は、割とシンプルなデザインだ。

 幅の広い金属の地に、ぐるりと一周模様が彫り込まれている。

 模様の中には小さな石がいくつかはめ込まれており、それらの石は、瞬くように光り輝いていた。

「これ、どっかの世界での貰い物でなー。まあ、効果のほどは知らんけど」

 そしてリディアさんは言いながら指輪(ユーレイミエール君)を嵌める。

「使い方はえーと……確か、単に指に嵌めてー、そーするとユーレイが見え……」

 ……だが、そこまでで固まってしまった。

「……リディアさん?」

 ペタルがリディアさんの目の前で手を振るも、リディアさんは目を見開いたまま、固まっている。

「え、えええ、あ、あえ、も、もしかして、ももももももしかしてえええっ!?」

 そしてリディアさんが虚空を指さして、悲鳴を上げた時。

「……あの、私が見える、んです、かあ……?」

 ……誰の物でもない声が、ゆらり、と響いたのだった。


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