60話
「よし、突破ぁっ!」
果たして、遺跡の壁は壊れた。最早特筆すべき事も無い。
「嘘やん……?」
リディアさんは茫然としていたが、俺達は2度目なのでもう驚かない。動じない。
「じゃあ、行きましょうか」
ただ、1つ、何か言うべきことがあるとすれば……この遺跡を作った人、ごめんなさい。
壁を壊して抜けた先には、奇妙な光景が広がっていた。
「……なんぞこれー?」
「パズル、かしら……?」
その部屋は天井が高く、ドーム状になっていた。
ドームの中心、天井近くには、黄金に輝く宝玉が金色の鳥籠に入って揺れている。鳥籠を支えているのは、天井や壁から突き出したアームだ。
アームは複雑に組み合わさっている。絡繰り仕掛けなのだろうか。
……床は、磨かれた黒い石材でできており、その中に真鍮の線が金色に輝いている。真鍮の線は、どうやら何かの模様を成しているらしい。
模様の要所要所には、同じように磨き抜かれた白い石の板が嵌めこまれている。白い石はそれぞれ、丸や三角など、色々な形をしているが……。
「……えーと、『黄金の光を手に入れたくば、全ての白を黒へと変えよ。その術は辿った道が示す』。……駄目だ、分からーん」
あまりにも、情報が無い。
「これ、もしかしたら、『本来なら通ってきたはずの部屋』にヒントがあったんじゃ……」
ペタルがそう言って頭を抱えたが……ああ、まさにそれ、あり得そうだな……。
「ズルはだめ、って事かー……うーん、どうしよ?」
まあ、そもそも、壁を壊してショートカットする、なんて、想定されてなかったんだろうな……。
「ええと……その、あの金色の宝石、取ってくればいいの?」
だが、イゼルがふと、そんなことを言った。
……まあ、そうだろう。
「そうね、恐らく、あの宝石を取る為のパズルなんだと思うわ」
「あ、この扉、なんか嵌めるところあるよー?ここにあの宝石、嵌めればいいんじゃなーい?」
つまり、この部屋は『天井近くに設置された宝石を取るべく、パズルを解く』部屋なのだろう。
……ということは。
「あ、あの、なら、ぼくとってくる!」
イゼルは、耳をピンと立てて、そう言った。
イゼルは狼に変身すると、四肢で床を蹴り、壁へと脚をついた。
そしてそのまま、壁を蹴って、更に高みへ。
続いて、壁の装飾を足掛かりに跳ぶ。次は壁から突き出たアーム。更に次はまた別のアーム。
途中で一回、何も無い空中を蹴って、高く高く跳び……そして、イゼルの牙が一閃。
ガシャリ、と音が響くと、宝石入りの鳥籠が破壊されて、宝石が落ちてきた。
「オーライ」
そして宝石は、何も無い宙でハンモックか何かに受け止められたように、ぽよん、と弾んで、そのままアレーネさんの手へ収まった。
そこへイゼルも降ってきて、ひらり、と着地する。
「お手柄よ、イゼル」
「えへへ……」
獣人の姿にまた戻ったイゼルの頭をアレーネさんが撫でると、イゼルは誇らしげな、はにかむような笑顔を浮かべた。
「さあ、じゃあ、進みましょうか」
アレーネさんが宝石を扉に嵌めこむと、扉は何の問題も無く開いた。
「……えええ……な、なんか……いいの?これ、いいの?え、いいの……?」
「ははは、細かいことは気にするな!」
「まあ……しょうがないよね?」
相変わらず、リディアさんは終始頭を抱えていたが、俺達は苦笑い程度で済ませる。
まあ、しょうがない。しょうがないとも。
扉の先へ進む。
……すると、そこには古めかしいものがあった。
「トロッコか……」
道は真っ直ぐ、細く細く地下に向かって伸びており、先が見えない。
その道の上にはレールが延び、そのレールの一番手前……俺達の目の前には、トロッコが設置されていた。
如何にも、『乗れ』と言わんばかりだが。
「あ、これ、乗る奴か。ほんじゃー皆、乗って乗って」
「え、ええ、リディアさん、本当にこれ、使うの?」
だが、ペタルが戸惑うのも無理はない。
トロッコは相当に古めかしく見えるし……第一、先が見えないレールなんて、嫌な予感しかしない。
「まあ、道はこっちに続いてるし。どないでしょ」
「行き先が下り坂だってことを考えりゃ、こっちが逆走ルートだとも思えないしなあ……」
「うー、乗るしかないかー」
だが、このトロッコに乗るのが『正規ルート』なのだろう、とも思える。
ならば仕方ない、か。
「じゃ、出発しんこーう!」
リディアさんが明るく朗らかな声と共に、トロッコのブレーキを解除した。
……途端に、トロッコは緩やかに動き出し……どんどん加速していった。
加速。加速。加速。そしてまた加速。
永遠にも思える下り坂を、トロッコは加速に加速を重ねて駆け抜けていく。
「ひゃっほおおおおおおう!」
リディアさんは楽しそうであった。
「いやああああああああああああああ!」
「きゃああああああああああああああ!」
ペタルや泉は絶叫している。彼女らは絶叫マシン系が苦手らしいが……絶叫マシン系が苦手でなくても……これは、怖い。正直、もう勘弁願いたい。
「……本当に先が見えないわね」
「ああ……大丈夫なのか?これ」
「スピードが速すぎて、行き先の探査が上手くいきませんね……」
アレーネさんやオルガさん、ニーナさんは平常運転である。
頼もしい。
「……きゅう」
そしてイゼルは、もうさっさと気絶してしまっていた。
こうなってしまっては仕方ない、俺はイゼルがトロッコから吹き飛ばされないように支えつつ、必死にトロッコの縁を掴んで、体をトロッコに固定すべく努力した。
……そうしてトロッコは延々と加速し、滑り落ち続け……そして。
「なっ!?道が無い!?」
「レールも切れてるうううううう!」
遥か前方の眼下で、レールがぶつり、と途切れているのが見えたのだった。
「ぶ、ブレーキ!ブレーキいいいいいいい!」
「もう引いてるううううううううう!」
泉はパニックを起こしているし、リディアさんも流石に慌てている。
ペタルは魂が抜けたような状態になってしまっているが、それでも杖を手放さないままだ。
しかし、リディアさんがブレーキを全力で掛けている状態なのに、トロッコは全く止まる気配が無い。
ギャリギャリギャリ、と耳障りな金属の擦れる音が響き、火花が散り……しかし、トロッコは止まることなく進み、レールの途切れた虚空に向かっていく。
「……ま、仕方ないか」
そんな中、オルガさんが……ひらり、と、トロッコの外に飛び出した。
「オルガさん!?」
そしてオルガさんはトロッコの進行方向に下りると……トロッコを両手で受け止めた。
「っ!」
流石のサイボーグ女傑とあっても、トロッコをすぐに止めることは叶わない。
トロッコは止めようとするオルガさんを押しながら、まだ進んでいく。
「加勢します!」
このままだと、オルガさんも危ない。
俺は背中のジェットパックを起動させて、トロッコの外、オルガさんの隣に移動して、トロッコの端を両手で掴み、ジェットパックの出力を上げていく。
ジェットパックとトロッコに押しつぶされそうになりながら、それでもトロッコを止めるべく、俺は体にかかる力に耐えた。
「あああああ、駄目、駄目えええ!やだー!止まってー!」
泉がトロッコの前方に何枚も水の壁を生み出し。
「アンティシアントス、スタマタ!」
ペタルが咲かせた銀色の花がトロッコを減速させ。
「こっ……のおおおおおおお!」
オルガさんがトロッコを受け止めながら押され、それでも踏ん張り。
……そして。
「……と、止まった……」
トロッコは無事、レールが消える前に止まったのだった。
「し、死ぬかと思った……流石の私も死ぬかと思った……あかん……」
へろへろになりながら、リディアさんもトロッコから降りてレールの上に立つ。気絶していたイゼルも起こして、無事、俺達は全員、トロッコから降りたのだが。
「本当ね。……でもこの遺跡、トロッコに乗った人を殺すつもりだったのかしら?」
だが、レールが途切れた先には何も見えないのだ。
「どひゃー……み、見てみ?これ、下、なんもない……」
先には何も無く、天井に何かがある訳でもなく……そして、レールの下には本当に何も無く、ただ、靄か光かよく分からないようなものがゆっくりと渦巻いているだけだった。
これ、もしトロッコに乗ったままだったら、どうなっていたのだろうか。
虚空に放り出されて、そのまま、靄の中へ落ちて……靄で見えないが、きっと床は遥か下にあるはずだ。当然、俺達は床に叩きつけられて……。
……考えるのはやめよう。
「……これ、靄じゃないよね。魔法の力を感じる」
だが、しばらくレールの下を見ていたペタルが、そんなことを言った。
「魔法?」
「うん……なんだろう、空間系か、移動系、みたいなかんじかな?とにかく、あの靄はただの靄じゃないよ」
空間系か、移動系。
……それは……。
「そうね。このままここに居るわけにもいかないわ。靄の中に入ってみましょうか。……この遺跡の作り主が、ここで理不尽なゲームを組みこむとも思えないもの」
半信半疑だが、アレーネさんの言葉には一理ある。つまり、『遺跡の作り主は、わざわざ誰にも攻略できない遺跡を作るか?』という。
「そうか、なら仕方ないな。折角トロッコを止めたが、下りてみるか」
……そして、当然のように、そういう結論になるしかなかったのだった。
「じゃあ、行ってきます」
「気を付けてね、眞太郎」
とりあえず、ジェットパックである程度自由に飛べ、テレポートもできる俺が先に行くことになった。
「多分、靄に触れたくらいの所でテレポートににたかんじになると思うけれど……」
「ああ、何かあったらすぐテレポートして戻ってくる」
心配そうなペタルに手を振って応えてから、俺はレールを飛び下りる。
落下。
風を切る感覚と、ぞわり、とするような落下の感覚。
それらが俺の背筋を撫でていってから、俺はジェットパックを起動させて、ゆっくりと、靄の中に入っていった。
……恐らく、そこでテレポートした、のだろう。
急に変わった視界には、不思議な光景が映っていた。
「……綺麗、だな」
宙に浮いているのは、無数の光が闇の中に渦巻いているかのような、一抱えもあるような大きさの宝玉。
そしてその宝玉から、ぽたりぽたりと、闇と光が混じり合って滴り落ちる。
滴り落ちたそれは、床に触れるか否かというところで固まり……小さな宝石になって、ころり、と床に転がるのだ。
転がった宝石は、親指程度のサイズだろうか。
暗く透き通った色の石の中に、虹のような色の揺らぎがある。
……宇宙を想起させるような、不思議な石だった。
一度テレポートして戻り、全員で靄の中に飛び込んで、再び宇宙めいた石のたまり場へやってきた。
「あー、これこれ。私が拾って帰った奴!」
リディアさんはうきうきと宝石に近づいていき、落ちていた1粒を拾い上げた。
「これ鞄に入れておいたら、鞄がこーなったから……多分、家に入れといたら家がこの鞄みたいになるんじゃないかなー、と。」
「そうね。じゃあ、早速だけれど拾って帰りましょうか」
だが、問題は『どうやって持って帰るか』である。
下手に袋にでも入れようものなら、そのままその袋が不思議空間袋になってしまう。
「なら、とりあえず手で持ってくか?」
「それしかない、かな……」
……ということで、仕方なく俺達は手に手に宝石を持ちつつ、遺跡を後にすることにしたのだった。
当然だが、帰り道はとても速かった。泉のおかげである。
さて。
そして俺達はあっさりとアラネウムに戻ってきたわけなのだが。
「……これ、どうするの?」
「とりあえず家の中に放り込んでから考えればいいんじゃない?」
全員、手に手に宝石を持ったまま、どうしたものか、と思案していた。
……リディアさんが鞄に入って出るのに難儀したというのと同じように、うっかり家の中の空間を大きくしてしまったら、家から出られなくなるのではないだろうか。
「家なら出口は上じゃなく横にあるから、出入りが難しくなることも無いわなー」
「成程」
だが、確かにそうか。
入り口が上にあったから出るのに苦労したのであって、横なら、大丈夫……のような気がする。
「……とりあえず、私、古いタンスでやってみようかな。タンスの中に広い空間ができたら、楽しいよね?」
しばらく悩んでから、ペタルはそう言ってペタルの部屋へと入っていった。
……悩んでいても仕方ないか。
俺は、適当な箱でやってみることにした。
……結論から言えば、うまくいった。
ペタルはタンスを、俺は金属製の箱の中の空間をとてつもない広さにすることに成功し、そこで寝泊まりできるくらいの環境を整えることができた。
なんというか、もう1つ部屋を持ったような感覚だ。
「じゃ、これで居住問題は解決だな!」
そして、持ち帰った宝石はたくさんあったので……適当な大きさの箱や水槽なんかを利用して、『部屋』をたくさん作った。
その『部屋』は庭の物置小屋を掃除して、そこに置くことにした。
そうすれば、物置小屋の中に大きな部屋が4つも5つもある、という状況になるわけだ。
「ほんとに便利だねー、この箱のお部屋!」
出入り口が地面に接した側面にあれば、出入りに不自由しないことも分かった。
これからの新しいメンバーには、この『箱の部屋』に住んでもらうことになりそうだ。
「ほんだら、私は引っ越し作業してくる!」
……そしてこの『箱の部屋』の利点は、『部屋を持ち運べる』ことにあるだろう。
リディアさんはこれから住む部屋を抱えてグラフィオの自宅へ向かい、そこで『箱の部屋』の中に日用品などを詰め込んで、そしてまたアラネウムに戻ってきて『箱の部屋』を設置する予定らしい。
家具を運ぶのではなく、部屋を運んで引っ越しする。
……斬新すぎる発想だが、便利は便利である。
そうして、引っ越し作業や片付けが終わり、リディアさんは『箱の部屋』で快適に暮らし始め……アラネウムはまた、平常運転に戻った。
『翼ある者の為の第一協会』の残党の行方は気になるが、知らない世界については手出しのしようがない。
ピュライやトラペザリアの支部がどう考えても大きい以上、できれば先に『知らない世界』の方で情報を集めたいところなのだが……。
そんなある日、喫茶アラネウムでウェイターの手伝いをしていると、ふと、客足が途切れた。
「……もしかしたら、来るかもしれないわね」
アレーネさんの指す『来る』は、つまり、異世界間よろずギルドへの依頼者、という意味だ。
喫茶アラネウムと異世界間よろずギルドアラネウムは、できるだけ仕事を分けるようにしている。
だから、大抵の場合、異世界間よろずギルドアラネウムへの依頼者は、喫茶店の客が居ない時に来るのだ。
……そして案の定と言うべきか、カラリ、とベルが鳴った。
「いらっしゃい」
「……へ?あれ?ここどこぉ……?」
アレーネさんが声をかけると……ドアのところには、茜色の着物を着た女の子が立っていたのである。




