59話
「ん。ここがその遺跡!」
そうして俺達は、グラフィオの遺跡……柱と祭壇で飾られた、天然洞窟への入り口の前へ来ていた。
「あの、ここにグラフィオの宝物があるの?」
「ん!そーともよー!」
イゼルが洞窟の中を覗きこみながら不思議そうに言うと、リディアさんは大きく腕を広げて、いかにも嬉しそうな様子で話し始めた。
「グラフィオにある遺跡は遠い遠い昔、今よりも優れた技術を持っていた古代人たちが残したもの!当然、その中には古代人たちが作りだした至高のお宝が眠っているっ!……でも、ま、当然、お宝を守る罠やなんかがあったりするんだけど……」
リディアさんが洞窟の中を見やる。
……洞窟の中からは、ひゅう、と、風鳴りのような音が聞こえる。
内部は相当広いのだろう。
「その罠を掻い潜るスリルもまた遺跡探索の醍醐味、ってことで!じゃ、レッツゴー!」
リディアさんはそう言って、臆することなく遺跡の中へと入っていった。
古代の遺物が眠る遺跡、と言われると、思い出すのはピュライの古代遺跡だ。
宝物が眠っている点も、罠が仕掛けられている点も共通している。
だが……あの時は、テレポート系の魔法が一切使えないはずの空間で泉が帰還用の魔法を使うわ、壊せないはずの壁をオルガさん達が破るわ……とにかく、色々と非正規の攻略方法で攻略してしまった。
そして、きっと、今回も。
「おお、これは中々腕が鳴るな!」
「内部のマッピングはお任せください」
「あ、帰り道作っとくねー!」
「……右に進んですぐのあたりから水の匂いがするよ?」
……きっと。いや、どうせ。
どうせ、ダンジョンの方が可哀相になるような攻略方法で攻略することになるのだろう。
早速、泉が退路を確保してくれたので、安心して遺跡の中を進む。
「分かれ道ね」
そして入ってすぐ、分かれ道に行きあたった。
正面には、磨いた石の板と、そこに彫り込まれた文字と、2つ並んだ窪み。そしてその先には閉じた扉。
左右にはそれぞれ、道がある。
「これは……正面が正解、なのかな?」
ペタルが石板に近づいて、そこに彫られた文章を見て……頭を振った。
「ううん、読めないや……これ、グラフィオの古代文字なのかな?」
「あー、うん。多分そう。……ええと何々?『月と太陽集いし時、星の扉開かれん』?……あー、この窪みに嵌まる『太陽』と『月』を探してくりゃーいいのね?」
リディアさんは石板を見て、ふむふむ、と頷いた。
……確かに、正面の扉には星の絵が描かれている。
そして、左右、それぞれ道が1本ずつ。つまり、2本の道……『太陽』と『月』がこの先にあるとしてもおかしくないか。
「じゃあ、とりあえず進みましょうか。2手に別れることもできるけれど……多分、別れない方がいいわね。何があるか分からないわ。効率より安全をとりましょう」
俺もアレーネさんの意見に賛成だ。
どうせ、時間はたっぷりある。別に急ぐこともないのだから。
「お、池がある!」
「地底湖、なのかな、一応」
そして、分かれ道を右に進んだ先には、イゼルが言っていた通り、池があった。
人工の物なのだろう、池はきっちりとした形をしており、水深はかなり深く見える。
……そして、池の中では大きな何かが悠々と泳ぐのが見え、池の上、天井には蔦が何本も垂れ下がっている。
これは。
「あー、鰐か。うん、ま、オーソドックスなカンジ」
ワニ。
「んでもって、まあ、普通に蔦にぶら下がってー、揺らしてー、飛び移ってー……行きゃいいね、うん、ま、余裕な方かー」
そしてターザン。
どこかで聞いたことがある気がする無謀さに、頭痛すら感じる。
「えっ、え、ええ……ちょ、ちょっと待って、リディアさん、ワニが居る池の上を、ロープ伝いに行くの?」
「え?うん」
あっけらかん、としたリディアさんを見て、ペタルは頭を抱えた。
「でもこの先には行かなきゃいけないんだよね?」
「あー、多分。一応、左右に道が分かれちゃーいたけど……」
「……そうね、確かに少し危険だわ」
「だな。じゃ、ちょっとワニ退治するか。あ、全員耳と目、ふさいどいてくれ」
やれやれ、とでもいうような動作でオルガさんは……爆弾を、池の中に放り込んだ。
慌てて目を固く閉じ、耳を塞ぐ。
……そして、瞼越しでも眩しく感じる程の光と、塞いだ耳にも聞こえる爆音。
それらが収まって目を開けた時、そこにあったのは、水面に浮かんだワニの姿だった。
「……しんでる……ひえー」
リディアさんは何とも言えない顔で、ワニの死体を眺めていた。
その後、泉が水の橋を掛けてくれたので、それを渡って先へ進む。
「水の上歩くって、変なかんじ……」
「でもこれが速いし楽だよねー」
「うん。今までの私の苦労は何だったんかなー……」
水の上を歩くのは不思議な感触ではあったが、不快ではない。
リディアさんは複雑そうだったが。
「ははは、助かった!私の体重だと、蔦なんぞじゃあ不安だし、水に入ったら入ったで面倒だしなあ」
「あー、オルガさん、重いもんね」
「まあ、鉄だからなあ」
水に入ったらそのまま沈みそうだよな、オルガさん。多分、浮くためのエアバッグとか、そういう類の物は装備してるんだろうが。
「おー。『太陽』めっけ!」
池を渡った先にあったのは、金色に輝く宝石だった。
「……これ、持って帰ったらまずいんかな」
気持ちは分かるが、とりあえず先に進むのが先決だ。
「帰りも池の上歩こーね!」
泉はにこにこしながらそう言って胸を張る。
……これ、泉が居なかったら、俺はジェットパックで飛ぶにしても……少なくともリディアさんは、行きも帰りもワニの池の上をターザンめいた動きで越えなければいけなかったのか。
つくづく、アラネウムに色々な特技の人がいて良かった。
再び、ワニの死体が浮かぶ池の上を歩いて渡り、さっきの石板前に戻ったら、今度は左の道を行く。
すると、そこには……太陽系の模型にも似た、不思議なものがあった。
中心に玉が1つ、周辺を回る惑星のような玉が5つ。
……5つの玉は中心の玉の周りを回るように動かせるのだが、1つを動かすと他の4つも連動して動くらしい。
ただし、その連動の具合が違うのだ。
1番の玉を動かすと、3番目の玉はごくゆっくりと、2番目の玉はとても速く回る。4番と5番は動かない。
だが、2番目の玉を動かすと、1番の玉は動かず、3番と4番と5番がそれぞれ違う速さで回るのだ。
中々に複雑な代物である。
「『光差す道の上に』。あー、これ、パズルかあ……えーと、印ついてる所に一直線になるように並べればいいんかなー。ううん、あんまりこーいうのは得意じゃ」
「あ、任せて。これなら分かるよ」
……だが、ペタルが進み出ると、さくさく、と、玉を動かしていく。
「……ペタルちゃーん?も、もしかして分かるん?」
「うん。これ、ピュライにも似た奴があるんだ……はい、できたよ」
そしてペタルが笑顔を浮かべると、そこには全ての玉が一直線上に並んだパズルと、パズルの台の上に現れた銀色の宝石があったのだった。
「はやい、はやすぎる」
戻って中央の扉の前の石板に金と銀の宝石を嵌めこむと、あっさりと扉が開いた。
そこを進みながら、リディアさんがぶつぶつと何か言っていた。
「な、なんか……え?アラネウムってこんなハイスペックなメンバーばっかし集まってる所なん……?」
「まあ、そうだよね。皆、すごいもん」
「なんだかんだ適材適所だけどな」
ペタルはにこりと、オルガさんは呵々と笑う。
……確かに、オルガさん、パズルやクイズの類は苦手そうだよな。頭が悪い訳じゃないんだろうが。
「成程、いろんな世界の人が集まってるとこういうことができる、っちゅーことなのね」
「そうね。それがアラネウムの強みよ。……逆に、敵に握られると厄介な物でもあるのだけれど」
アレーネさんの言う『厄介な物』とは、『翼ある者の為の第一協会』のように異世界の力を他の異世界で悪用しようとする人達のことについて言っているのだろう。
「どうしたって、色々な世界に行くなら、色々な世界の人が必要よ。特技だけじゃない、知識だって……それこそ、本当になんてことのない、常識レベルの知識だって、『異世界人』にとっては重要なものだから」
覚えがある。
例えば……トラペザリアに行った時、オルガさんが居なかったなら。
あの修羅の国で、俺は1日だって生き延びられたかどうか。
常識、というものは、知っている本人にすら曖昧な知識だ。
だから受け渡りが難しい。その世界の常識を手に入れたいと思ったなら、その世界の人を手に入れてしまうのが一番速い。
つまり、メンバーの増員、と。そういうことなのだ。
「成程、そういう意味でも私がアラネウムに入るのは、まー、アレーネさんにとっても悪い話じゃない、と」
「そういう事よ。……特にリディア、あなたは不思議な物をたくさん見聞きしてきたみたいだから。これからも役に立ってもらうわよ」
「へいへい。そりゃあ勿論、任せてもらいましょー!……ま、とりあえずは、家目指してレッツゴー?」
「そうね。上手くいくといいけれど」
……家を、リディアさんの鞄同様の異次元空間にする、と。
かなり荒唐無稽なように聞こえるが……果たして、どうなる事やら。
「マスター・アレーネ。この壁を破壊した先に空洞があります。恐らく、部屋でしょう」
「分かったわ。壊して頂戴。オルガ」
「おう、任せろ!」
……いや、異次元空間の家以前に、この遺跡攻略が、どうやる事やら……。




